魔法なんて、使えないけれど   作:dorakoishi

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6. 私の答え

目覚ましが鳴るよりも少し早く、私は目を覚ました。

 

普段なら、朝は比較的強い方だ。けれど、今日は違った。

 

昨日の夜、玲夢の家から帰ってきてからというもの、どうにも落ち着かなかったのだ。

 

何度も時計を確認して、何度も明日のことを考えて、そのたびに布団の中で寝返りを打った。

 

眠れなかったというほどではない。

 

ただ、目を閉じると、どうしても彼の顔が浮かんできてしまう。

 

『……はぁ』

 

私は枕に顔を埋めた。

 

昨日、私は玲夢に言った。

 

朝倉君と付き合いたい、と。

 

あのときは確かにそう思ったのだ。カードの結果がどうであれ、自分の気持ちを誤魔化すのはもうやめよう、と。

 

それなのに、いざ当日がやってくると、急に怖くなってしまうのだから不思議なものだ。

 

本当に、私なんかでいいのだろうか。

 

彼は、きっと優しい人だ。

 

私が困っていたら助けてくれるし、私が話せばちゃんと聞いてくれる。昨日だって、返事を急かすことなく待ってくれた。

 

けれど、それは彼が優しいからであって、私が特別だからではないのかもしれない。

 

もし、私と付き合ってから、彼が後悔するようなことになったら。

 

もし、彼まで風見さんたちに目をつけられてしまったら。

 

……いや。

 

まただ。

 

また、同じことを考えている。

 

『もう……!』

 

私は勢いよく上半身を起こした。

 

『考えても仕方ないだろ……』

 

そう。考えたところで答えは出ない。

 

だったら、もう自分の気持ちに従うしかないじゃないか。

 

私はベッドから降り、制服に着替え始めた。

 

鏡の前で髪を整え、鞄を持つ。

 

いつものように、玄関の鏡に向かって声をかける。

 

『行ってきます』

 

今日は、いつもより少しだけ声が弾んでいた。

 

*

 

学校に着いてからも、私は何度も彼の方を見てしまった。

 

前の席に座る悠人は、いつもどおりだった。

 

友達と話し、授業の準備をし、先生が来ると教科書を開く。

 

昨日、あんなことを言ってくれた人と同じ人物なのだろうか。

 

いや、もちろん同じ人なのだけれど。

 

何だか、それまでとは少し違って見えてしまう。

 

『……落ち着け、私』

 

小さく呟いて、教科書を開いた。

 

一時間目。

 

二時間目。

 

休み時間。

 

何度か目が合いそうになったけれど、結局、私は話しかけることができなかった。

 

向こうも、こちらを気にしているようだった。

 

けれど、無理に話しかけてくることはなかった。

 

そのことに、私は少しだけ救われた。

 

そして、放課後。

 

帰りの会が終わり、クラスメイトたちが次々と教室を出ていく。

 

私は、鞄を持って立ち上がった。

 

「……朝倉君」

 

声をかけると、彼はすぐに振り向いた。

 

「ん? どうしたの?」

 

「あの……少し、話せるかな」

 

言いながら、心臓が大きく鳴った。

 

彼は一瞬だけ驚いたようだったけれど、すぐに頷いた。

 

「うん。大丈夫だよ」

 

私たちは、誰もいなくなりかけた教室を出た。

 

向かった先は、昨日と同じプールサイドだった。

 

掃除をしたときに比べれば、ずっときれいになっている。

 

水面は静かで、空の青さをそのまま映していた。

 

私は、フェンスの近くで立ち止まった。

 

「……昨日は、ごめんね」

 

「え?」

 

「せっかく告白してくれたのに、すぐに返事できなくて」

 

「ああ、そのことか」

 

悠人は、少し照れくさそうに笑った。

 

「気にしてないよ。ちゃんと考えてくれたなら、それでいいし」

 

その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 

本当に、この人は優しい。

 

だからこそ、私はちゃんと伝えなければならないと思った。

 

自分の気持ちを。

 

他の誰でもない、自分の言葉で。

 

「……あのね」

 

「うん」

 

「私、昨日、玲夢に相談したんだ」

 

「博麗さんに?」

 

「うん。どうしたらいいか、わからなくて……」

 

恥ずかしくなって、私は俯いた。

 

「それで、占いまでしてもらった」

 

「占い?」

 

「……タロットカード」

 

言ってしまった。

 

どうしよう。

 

笑われるだろうか。

 

そう思って恐る恐る顔を上げると、悠人は少し驚いたあと、楽しそうに笑った。

 

「へえ。そんなことまでしたんだ」

 

「う、うん……」

 

「それで、結果は?」

 

「……悪くなかった」

 

「そっか」

 

彼は、それ以上何も聞かなかった。

 

占いがどうだったのか、本当はどう思ったのか。

 

そういうことを、無理に聞き出そうとはしなかった。

 

ただ、私が話したいことだけを聞いてくれる。

 

その優しさに背中を押されて、私はようやく顔を上げた。

 

「……私も」

 

「うん?」

 

「私も、朝倉君のことが好きです」

 

言葉にした瞬間、顔が熱くなった。

 

それでも、目を逸らさないように頑張った。

 

「だから……私でよかったら、付き合ってください」

 

最後の方は、ほとんど聞こえないくらいの声になってしまった。

 

けれど、彼にはちゃんと届いたらしい。

 

「……本当に?」

 

悠人は、少し目を見開いていた。

 

私は、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

その瞬間、彼の顔がぱっと明るくなった。

 

「ありがとう、魔理沙さん!」

 

あまりにも嬉しそうに言うものだから、私は思わず笑ってしまった。

 

「な、何だよ……そんなに喜ばなくても」

 

「いや、だって……!」

 

彼は少し言葉に詰まり、それから照れたように頭を掻いた。

 

「……正直、断られるかもしれないって思ってたから」

 

「……え?」

 

「だから、すごく嬉しい」

 

その言葉を聞いて、私は胸がいっぱいになった。

 

彼も、不安だったのだ。

 

私ばかりが悩んでいたわけではなかった。

 

そう思うと、少しだけ不思議な気持ちになった。

 

「……私も、すごく嬉しいよ」

 

そう答えると、彼は照れくさそうに笑った。

 

しばらく、二人とも何も言えなかった。

 

水の音が、遠くから小さく聞こえてくる。

 

何か話さなければと思うのに、何を話せばいいのかわからない。

 

今まで何度も言葉を交わしてきたはずなのに、たった一つの約束をしただけで、こんなにもぎこちなくなってしまうなんて。

 

「……えっと」

 

先に口を開いたのは、悠人だった。

 

「これから、よろしくね」

 

「……うん。よろしく」

 

また、二人で笑った。

 

何だか、すごく恥ずかしかった。

 

けれど、嫌な恥ずかしさではなかった。

 

私は、もう一度プールの水面を見た。

 

昨日と同じ場所。

 

昨日と同じ空。

 

なのに、今日の景色は少しだけ違って見えた。

 

私は、朝倉悠人の彼女になったのだ。

 

まだ実感は湧かない。

 

だけど、その事実がどうしようもなく嬉しかった。

 

*

 

校門を出たところで、悠人が私を呼び止めた。

 

「魔理沙さん」

 

「ん?」

 

「……手、つないでもいい?」

 

私は一瞬、固まってしまった。

 

手。

 

手をつなぐ。

 

それは、恋人同士なら普通のことなのだろう。

 

ドラマでも、漫画でも、何度も見たことがある。

 

なのに、いざ自分のことになると、どうしてこんなにも緊張するのだろう。

 

「……う、うん」

 

小さく頷く。

 

悠人は、少しだけためらったあと、そっと私の手に触れた。

 

指先が重なる。

 

それから、ゆっくりと手のひらが重なった。

 

温かかった。

 

思っていたよりも、ずっと。

 

私は、ぎゅっと握り返した。

 

すると彼も、少しだけ力を込めてくれた。

 

「……嫌じゃない?」

 

「……嫌なわけないだろ」

 

思わず、そんな言葉が出てしまった。

 

悠人は笑った。

 

「そっか。よかった」

 

夕方の道路を、二人で歩いていく。

 

まだ、何も変わっていない。

 

明日になれば、また学校が始まる。

 

風見さんたちは、相変わらず私をいじめるのだろう。

 

クラスメイトたちも、今までどおりなのかもしれない。

 

それでも。

 

私の手には、温かさがあった。

 

それだけで、もう少し頑張れるような気がした。

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