魔法なんて、使えないけれど   作:dorakoishi

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8. 四人で過ごす夏

夏休みが近づくにつれて、私たちは少しずつ一緒に過ごす時間を増やしていった。

 

休日に映画を見に行ったり、商店街を歩いたり、図書館で宿題をしたり。

 

特別なことばかりではない。

 

むしろ、何でもないことの方が多かった。

 

けれど、私にはその一つひとつが大切だった。

 

朝、悠人からメッセージが届く。

 

『おはよう。今日も暑そうだね』

 

それに返事をする。

 

『おはよう。もう溶けそうだよ』

 

『じゃあ、アイスでも食べに行く?』

 

『行く!』

 

そんなやりとりだけで、私はしばらく頬が緩んでしまう。

 

自分でも、単純だと思う。

 

でも、好きな人から連絡が来ることが、こんなにうれしいなんて知らなかった。

 

ただ、幸せな時間が増えるほど、別の不安も大きくなっていった。

 

学校では、相変わらず風見さんたちの存在が気になった。

 

悠人と話しているところを見られたら、何か言われるのではないか。

 

彼が私と一緒にいるせいで、周囲から何かされるのではないか。

 

そう考えると、つい彼から距離を取ってしまうことがあった。

 

ある日の帰り道。

 

いつものように並んで歩いていたとき、私は無意識に、彼の手から自分の手を離してしまった。

 

悠人が、不思議そうにこちらを見た。

 

「……どうしたの?」

 

「えっ?」

 

「何か、気になることでもある?」

 

私は、少し迷った。

 

けれど、もう隠してばかりいるのも嫌だった。

 

「……私と一緒にいるところ、誰かに見られたら嫌じゃない?」

 

「どうして?」

 

「だって……」

 

私は、俯いた。

 

「私と付き合ってるって知られたら、悠人君まで何か言われるかもしれないし」

 

少しの沈黙があった。

 

私は、彼の反応を見ることができなかった。

 

また、面倒だと思われたかもしれない。

 

せっかく付き合っているのに、こんなことばかり気にしていたら、嫌になるかもしれない。

 

けれど、悠人は静かに言った。

 

「……魔理沙さん」

 

「……うん」

 

「俺は、魔理沙さんと一緒にいたいから、一緒にいるんだよ」

 

私は、顔を上げた。

 

「誰かに見られるからって、隠れなきゃいけないとは思わない」

 

「……」

 

「もちろん、怖いと思う気持ちはわかるよ。俺だって、何もかも平気ってわけじゃないし」

 

彼は、少しだけ困ったように笑った。

 

「でも、だからって、魔理沙さんと一緒にいたくないわけじゃないから」

 

胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 

「……ごめん」

 

「謝らなくていいよ」

 

彼は、もう一度私の手を取った。

 

「不安になったら、ちゃんと話して。俺も、できるだけ話すから」

 

私は、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

この人は、きっと私を魔法のように変えてくれるわけではない。

 

いじめがなくなるわけでもない。

 

私が急に強くなれるわけでもない。

 

それでも、隣にいてくれる。

 

それだけで、少しずつ変われる気がした。

 

*

 

夏休みに入って間もない頃、玲夢から連絡が来た。

 

『今度、四人で遊びに行かない?』

 

四人。

 

私と悠人と、玲夢と、玲夢の彼氏。

 

実は、玲夢にも付き合っている男の子がいる。

 

名前は相馬蓮。

 

同じ学年の別クラスで、口数はあまり多くない。普段はどこか気だるそうにしているけれど、玲夢のことになると妙に行動が早い。

 

玲夢が困っていると、すぐに気づいて助けに行く。

 

そういうところが、彼女らしい相手だと思う。

 

私たち四人は、休日に駅前で待ち合わせることになった。

 

行き先は、少し離れたところにある大きな公園と、その近くのショッピングモールだった。

 

待ち合わせ場所に着くと、玲夢はすでに来ていた。

 

「遅い!」

 

「いや、まだ約束の時間前だろ!」

 

「細かいことはいいの!」

 

相変わらずだ。

 

その隣には、蓮が立っていた。

 

彼は、私たちを見ると軽く手を上げた。

 

「おはよう。朝倉、霧雨さん」

 

「おはよう」

 

「……おはようございます」

 

つい、少しだけかしこまった返事になってしまった。

 

蓮は気にした様子もなく、悠人に話しかけた。

 

「今日はどこから回る?」

 

「公園の方から行こうかと思ってるけど」

 

「了解」

 

そのやりとりを見て、玲夢が私の肩を軽くつついた。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「どう? 彼氏とのお出かけは」

 

「なっ……! いきなり何だよ!」

 

「ふふっ。顔、赤いわよ?」

 

「うるさい!」

 

玲夢は、楽しそうに笑った。

 

……もう、本当に。

 

この子には、どうしてこうも簡単にからかわれてしまうのだろう。

 

*

 

公園には、大きな池があった。

 

夏の日差しは強かったけれど、木陰に入ると風が通って心地よい。

 

私たちは売店で飲み物を買い、池の周りをゆっくり歩くことにした。

 

玲夢と蓮は、先ほどから何やら言い合っている。

 

「だから、あっちの道の方が近いって言ってるでしょ」

 

「いや、こっちの方が景色がいいだろ」

 

「景色より、暑さをどうにかしてよ!」

 

「じゃあ、そこのベンチで休めばいいじゃん」

 

「……それもそうね」

 

何だかんだで、二人は仲がよかった。

 

私は、悠人の隣を歩きながら、小さく笑った。

 

「……あの二人、いつもあんな感じなの?」

 

「らしいね」

 

悠人も笑った。

 

「でも、見てると面白いよね」

 

「うん」

 

そう答えながら、私は思った。

 

こうして誰かと一緒に出かけること自体、私には少し不思議なことだった。

 

以前の私は、休日になると家で一人で過ごすことが多かった。

 

両親は海外にいることが多く、帰ってくることもほとんどない。

 

近くに親戚がいることにはなっているけれど、日常生活は自分で何とかするしかなかった。

 

学校で嫌なことがあっても、家に帰れば誰かが話を聞いてくれる、というわけではない。

 

だから、休日に誰かと出かける約束をすることもなかった。

 

それが今は、三人も一緒にいる。

 

そのことが、少しだけ夢のようだった。

 

「……魔理沙さん?」

 

悠人が、こちらを見た。

 

「ん?」

 

「何か考えてた?」

 

「……ううん」

 

私は、笑った。

 

「ただ、楽しいなって」

 

彼は、一瞬だけ驚いたようだった。

 

それから、優しく笑った。

 

「……そっか。俺も楽しいよ」

 

私は、その言葉を聞いて、また少しだけ胸が温かくなった。

 

*

 

昼食のあと、私たちはショッピングモールに向かった。

 

ゲームセンターに入ると、玲夢が急に張り切り始めた。

 

「よし、勝負よ!」

 

「何の?」

 

「クレーンゲーム! 誰が一番景品を取れるか!」

 

「……またそれ?」

 

蓮が呆れたように呟いた。

 

「何よ、文句あるの?」

 

「いや、別に」

 

「じゃあ決まり!」

 

結局、四人でクレーンゲームに挑戦することになった。

 

玲夢は、最初こそ勢いがよかったものの、すぐに苦戦し始めた。

 

「……何で取れないのよ!」

 

「玲夢、アームの位置がずれてる」

 

蓮が横から言った。

 

「わかってるわよ!」

 

「いや、わかってないだろ」

 

「……もう一回!」

 

そう言って、彼女は財布から硬貨を取り出した。

 

私は、その様子を見て笑ってしまった。

 

すると、悠人が隣で小さく言った。

 

「……魔理沙さんも、やってみる?」

 

「えっ?」

 

「取れたら、何か一つあげるよ」

 

「……本当?」

 

「うん」

 

私は、少しだけ考えた。

 

そして、クレーンゲームの中にいる、小さなウサギのぬいぐるみを指さした。

 

「……あれがいい」

 

「了解」

 

彼は真剣な顔でゲームに挑戦した。

 

一回目。

 

失敗。

 

二回目。

 

また失敗。

 

「……難しいな」

 

「頑張れ、悠人君!」

 

思わず応援してしまう。

 

三回目。

 

アームがぬいぐるみの耳をつかみ、そのまま持ち上げた。

 

「……あっ!」

 

けれど、出口の直前で落ちてしまった。

 

「惜しい!」

 

私が声を上げると、悠人は苦笑した。

 

「……もう一回だけ」

 

四回目。

 

今度こそ、ぬいぐるみは出口まで運ばれた。

 

ころん、と小さな音を立てて、景品が落ちてくる。

 

「……やった!」

 

思わず、声が出た。

 

悠人がぬいぐるみを取り出し、私に差し出す。

 

「はい」

 

私は、それを両手で受け取った。

 

「……ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

彼は、少し照れくさそうに笑った。

 

玲夢が、そんな私たちを見てにやりと笑う。

 

「……へえ。ずいぶん仲がいいのね」

 

「なっ……!」

 

「いいじゃない、別に!」

 

「はいはい」

 

彼女は、楽しそうに笑った。

 

その隣で、蓮も小さく笑っていた。

 

何だか、少しだけ恥ずかしい。

 

でも、それ以上にうれしかった。

 

このぬいぐるみを見るたびに、今日のことを思い出せる気がしたから。

 

*

 

夕方、四人で駅に向かって歩いていたときのことだった。

 

ふと、玲夢が私の隣に並んだ。

 

「……ねえ、魔理沙」

 

「ん?」

 

「最近、よく笑うようになったわね」

 

私は、少しだけ驚いた。

 

「……そうかな?」

 

「うん。前は、笑ってても、どこか無理してる感じがあったけど」

 

彼女は、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。

 

「今は、ちゃんと楽しそうに見える」

 

その言葉を聞いて、私は思わず俯いた。

 

うれしかった。

 

私が変わったことに、気づいてくれたのだから。

 

「……玲夢のおかげだよ」

 

「何よ、急に」

 

「だって……玲夢がいてくれたから、私、学校でも一人じゃなかったし」

 

玲夢は、少しだけ目を丸くした。

 

私は、続けた。

 

「悠人君のことだって、玲夢に相談できたから、ちゃんと返事できたんだと思う」

 

「……そっか」

 

彼女は、照れくさそうに頬を掻いた。

 

「まあ、アンタが幸せなら、それでいいわよ」

 

その言葉が、胸に染みた。

 

私は、思わず笑った。

 

「……ありがとう」

 

「だから、お礼はいいってば」

 

玲夢は、少しだけ笑ってから、私の肩を軽く叩いた。

 

「これからも、何かあったらちゃんと言いなさいよ」

 

「……うん」

 

そのとき、私は心の底から思った。

 

この時間が、ずっと続けばいい。

 

悠人と一緒にいられること。

 

玲夢と笑い合えること。

 

四人で、何でもない休日を過ごせること。

 

そんな当たり前のような幸せが、これからもずっと続いていけばいい。

 

本気で、そう思っていた。

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