魔法少女おりこ☆マギカ ショートストーリー 作:伊勢海老99
休日の朝、美国織莉子は目覚まし時計が鳴るよりも先に目を覚ました。
理由は簡単だった。
今日、キリカと出かけるからだ。
それも、いつものようにどちらかの家でお茶を飲むのではなく、少し離れた場所にある大型ショッピングモールへ行く約束をしていた。
映画館に、衣料品店に、雑貨屋。レストランも多く、休日にはよくイベントも開かれるらしい。キリカが見つけてきたパンケーキの店は、期間限定で普段よりも多くの種類のシロップを取り扱っているという。
その話を私に伝える時のキリカの目の輝きといったら、なかなかのものだった。
織莉子は枕元の時計を見た。
まだ出発までには時間がある。
ところが、次の瞬間。
――午前十一時四十分。食品売り場の特設コーナーにて、数量限定の焼き菓子セットが半額になる。
唐突に、そんな未来が脳裏をよぎった。
「……またなのね」
織莉子は小さく息を吐く。
予知は、いつも彼女が望んだときに現れるわけではない。世界の行く末を左右する重大な未来もあれば、誰かが落としたハンカチの行方や、明日の天気のような些細な未来もある。
そして、ときには。
――午後二時十七分。三階の雑貨店にて、くじ引きの特賞が当たる。
「……どうして、よりによって今日なのかしら」
織莉子は額に手を当てた。
未来を知ることそのものは、もう慣れている。
けれど、友達との休日にまで勝手に割り込んでくるのは、さすがに困る。
とりあえず、キリカには黙っておこう。
そう決めて、織莉子は身支度を始めた。
「お待たせ、織莉子!」
待ち合わせ場所に現れたキリカは、いつもより浮き足立っていた。
服装は普段よりも洒落ていて、髪も丁寧に整えられている。本人は平静を装っているつもりなのだろうが、織莉子には分かってしまった。
「待っていないわ。私も今来たところよ」
「本当かい? よかった。せっかくの休日に、織莉子を待たせたくなかったからね」
「ええ。今日は一日、ゆっくり楽しみましょう」
「うん!」
返事があまりに勢いよく返ってきたので、織莉子は思わず微笑んだ。
キリカは織莉子と出かけることを、楽しみにしてくれている。
それが、なんだか嬉しかった。
「それで、最初はどこに行こうか。映画? 服? それとも食事処?」
「あなたが行きたいところからでいいわ」
「そう言われると困るなあ。どこも行きたいんだから」
「ふふ。では、順番に回りましょう」
歩き出そうとしたところで、織莉子の頭にまた未来が浮かんだ。
――午前十時三分。中央広場の案内板前にて、抽選会が始まる。
織莉子は足を止めた。
「どうしたんだい?」
「……いえ。少し考え事を」
「もしかして、私が行きたいところばかりで、織莉子の希望を聞いていないとか?」
「違うわ。そういうことではないの」
織莉子は少し迷ってから、案内板のほうを指した。
「せっかくだから、あちらを見てみない?」
「案内板? もちろんいいけど……何か気になる店でもあった?」
「ええ、まあ」
嘘ではない。
ただし、気になったのは店ではなく、これから始まる抽選会だった。
中央広場では、ちょうどスタッフが抽選箱を設置しているところだった。買い物をした客がレシートを提示すれば参加できるらしい。
「へえ、抽選会だってさ。何が当たるんだろうね」
「日用品や、お菓子の詰め合わせ。それから、特賞は大きなクッションのようね」
「大きなクッション!」
キリカの反応が妙に素早かった。
「……欲しいの?」
「いや、別に? ただ、ああいうものが家にあったら、休みの日にごろごろするのが楽しくなりそうだなって」
「それを欲しいと言うのではないかしら」
「うっ……。織莉子は、たまに鋭いね」
「たまに?」
「いつもです。はい」
素直に訂正するキリカに、織莉子はくすりと笑った。
しかし、抽選に参加するには条件を満たすレシートが必要だった。二人はまだ何も買っていない。
「残念だね。まあ、仕方ないか」
キリカはさほど気にした様子もなく、次の店へ向かおうとする。
織莉子はその横顔を見た。
特賞が当たる未来を、彼女は知っている。
けれど、その未来へ向かうために、今ここで何かを買うべきなのか。それとも、未来を知らないまま普通に過ごすべきなのか。
少しだけ考えてから、織莉子はキリカの袖をそっとつまんだ。
「キリカ。先に何か買っていきましょうか」
「え?」
「せっかく来たのだもの。記念になるものがあってもいいでしょう?」
キリカは目を瞬かせ、それから、ぱっと笑った。
「そうだね! じゃあ、織莉子とおそろいのものを探そうよ」
「おそろい?」
「うん。せっかく二人で来たんだからさ」
その言葉に、織莉子は一瞬だけ返事を忘れた。
おそろいのもの。
誰かと同じものを持つ。それ自体は、珍しいことではないのかもしれない。
けれど、キリカがそれを当然のように提案してくれたことが、織莉子には少し眩しかった。
「……いいわね。探しましょう」
雑貨店には、色とりどりの小物が並んでいた。
キーホルダー、アクセサリー、ぬいぐるみ、文房具。どれも可愛らしく、見ているだけでも時間が過ぎていく。
「織莉子、これなんかどう?」
キリカが手に取ったのは、白い猫と黒い猫が並んだ小さなキーホルダーだった。
「白いほうが織莉子で、黒いほうが私の」
「どうしてそうなるの?」
「えっ、だって織莉子の魔法少女の姿は白い感じだし、私は黒い感じじゃないか」
「ずいぶん単純な理由ね」
「分かりやすくていいだろう?」
そう言いながらも、キリカは二つのキーホルダーを大事そうに並べている。
織莉子は、その様子を見て微笑んだ。
「ええ。とてもいいと思うわ」
「本当?」
「本当よ。あなたが気に入ったものなら、私も欲しいわ」
キリカは、ほんの少しだけ頬を赤くした。
「……そういう言い方は、ずるいなあ」
「何が?」
「なんでもない!」
キリカは慌ててレジへ向かった。
織莉子はその背中を見送りながら、胸の内に小さな温かさが広がるのを感じていた。
そのとき、また未来が見えた。
――午後二時十七分。くじ引きの特賞。
先ほどの未来と同じだ。
織莉子は腕時計を確認する。
まだ午前中。ずいぶん先の話だった。
未来は変えられるのだろうか。
それとも、自分が知っているからこそ、そこへ向かってしまうのだろうか。
答えは分からない。
ただ、今は。
「織莉子! 買えたよ!」
白と黒の猫のキーホルダーを持ってキリカは戻ってきた。
「はい、織莉子のぶん」
「ありがとう。大切にするわ」
「……うん」
キリカは照れくさそうに視線を逸らした。
織莉子は、袋をそっと鞄へしまった。
今日のことを、忘れたくないと思った。
昼食を済ませた二人は、いよいよキリカが楽しみにしていたパンケーキの店へ向かった。
店の前には、期間限定のメニューが書かれた看板が出ている。
苺と練乳のパンケーキ。キャラメルとチョコレートのパンケーキ。蜂蜜と三種のジャムを添えたパンケーキ。
そして、キリカが目を輝かせたのは、行く前から目を付けていたいくつものトッピングを自由に使える特別メニューだった。
「すごい……!」
「ふふ。気に入ったものがあった?」
「織莉子、見てよ。蜂蜜もジャムも、チョコレートソースもかけ放題だ!」
「ええ、見ているわ」
「しかも、追加料金で他のトッピングも全部乗られるんだって!」
「……全部?」
「全部!」
織莉子は看板を見つめた。
パンケーキそのものより、トッピングのほうが目立っている気がする。
「キリカ。全部乗せにしたら、パンケーキが見えなくなってしまうのではないかしら」
「大丈夫。心の目で見ればいいんだよ」
「パンケーキは心の目で食べるものだったのね……」
「そうとも!」
あまりにも自信満々に言うので、織莉子はとうとう声を上げて笑ってしまった。
席について注文を済ませると、キリカは落ち着かない様子でメニューを何度も見直していた。
「そんなに楽しみなの?」
「だって、織莉子と一緒に来るのを楽しみにしてたんだ。ワルプルギスの夜が来る前は何かと忙しくてこうやって落ち着いてパンケーキを君と食べるなんて出来なかっただろう?それに、一人で食べるよりも織莉子と食べたほうが美味しくなるのは分かりきったことだしね」
何気ない言葉だった。
けれど、織莉子の胸には、思った以上に深く響いた。
誰かと一緒に楽しむ。
自分が用意したものを相手に喜んでもらうのも嬉しい。相手が喜ぶ姿を見て、自分も嬉しくなるのも同じくらい嬉しい。
最近は、そういうことを少しずつ覚えている。
「私も、楽しみにしていたわ」
「本当?」
「ええ。あなたと出かけるのだもの」
キリカは口を開きかけ、結局、何も言わずにメニューで顔を隠した。
「……織莉子は、ほんとにずるい」
「今日は二度目ね。何がずるいのか、教えてくれないかしら」
「教えない!」
やがて運ばれてきたパンケーキは、キリカの注文どおり、見事なまでに甘いものだった。
シロップがたっぷりとかけられ、蜂蜜が添えられ、三種類のジャムが小皿に並んでいてパンケーキのそばにチョコレートソース、ストロベリーチョコソース、ホワイトチョコソース、抹茶チョコソースが盛られている。
織莉子の注文は、普通のパンケーキとストレートティーだった。
「……キリカ。ひとつ聞いてもいい?」
「なに?」
「それは、本当に全部食べられるの?」
「もちろん!」
キリカは胸を張った。
「甘いものは、いくらあってもいいんだよ」
「以前も聞いた気がするわ、その言葉」
「私の座右の銘と言ってもいいかもね」
「そうね」
織莉子は微笑み、キリカがシロップをかける様子を見守った。
かける。
まだかける。
さらにかける。
ついには、パンケーキの表面がシロップの光沢に覆われてしまった。
「……キリカ」
「うん?」
「もう十分ではないかしら」
「えっ、まだ少ないくらいだよ?まだジャムもチョコソースも使ってないんだから」
織莉子は、そっと自分のパンケーキをキリカの皿の隣に置いた。
「では、少し分けてもらえる? あなたのおすすめを食べてみたいの」
「もちろん!」
キリカは嬉しそうに、シロップとジャムを少しずつ取り分けてくれた。
織莉子はひと口食べた。
甘い。
予想以上に甘い。
以前も私の家でパンケーキを振る舞ってくれたことがあったが、それよりもだ。
けれど、キリカが自信満々にこちらを見ているので、織莉子はなるべく穏やかな顔を保った。
「……美味しいわ」
「本当!?」
「ええ。ただ、紅茶はストレートのほうが合うかもしれないわね」
「そっか。じゃあ、次はそうしてみよう!」
キリカはまったく気を悪くした様子もなく、むしろ新しい楽しみを見つけたように笑った。
織莉子は、その笑顔を見ながら思う。
相手に合わせることと、相手と一緒に楽しむことは、少し違う。
どちらかが我慢して同じものを食べるのではなく、違う好みを持ったまま、同じ時間を楽しむことだってできる。
「織莉子、こっちのジャムも試してみる?」
「ええ。少しだけね」
「少しだけかあ……」
「あなたの言う少しが、私の言う少しとは違うみたいだから」
「うっ、否定できない……!」
二人の笑い声が、店内のざわめきに溶けていった。
午後二時を少し過ぎたころ、織莉子はまた未来を見た。
――午後二時十七分。雑貨店の抽選会。特賞。
場所も、時間も、結果も、はっきりしている。
織莉子は腕時計を見た。
あと十数分。
今から向かえば、間に合うだろう。
けれど、キリカはパンケーキを食べ終えたばかりで、まだ楽しそうにメニューを眺めている。
「織莉子? どうしたの?」
「……少し、気になることがあって」
「どこか行きたいところがある?」
織莉子は迷った。
予知のことを話すべきだろうか。
話せば、キリカはきっと興味を持つ。そして、一緒に行こうと言ってくれるに違いない。
でも、それでは今日の予定が、また予知に引っ張られてしまう。
織莉子は、キリカの顔を見た。
「ねえ、キリカ。あなたは、くじ引きが好き?」
「くじ引き? うーん、当たったら嬉しいけど、そこまでかな。どうして?」
「いえ。少し、気になっただけよ」
「じゃあ、帰る前に見てみようか。まだやっていたら、一回くらい引いてみてもいいし」
キリカはそう言って、あっさりと笑った。
織莉子は目を瞬かせた。
彼女は、特賞が当たることを知らない。
それでも、帰りに寄ることを提案してくれた。
未来を知っている自分が、無理に彼女を連れていかなくてもいいのだ。
「……そうね。帰る前に寄りましょう」
「決まり!」
キリカは満足そうに頷いた。
そのあと二人は、本屋に寄り、服を見て、季節限定の飲み物を買った。
キリカは甘い飲み物を選び、織莉子は甘さ控えめのものを選んだ。けれど、キリカはひと口だけ織莉子の飲み物を味見し、織莉子もひと口だけキリカの飲み物を味見した。
「……甘いわね」
「美味しいだろう?」
「ええ。あなたが好きなのも分かる気がするわ。私も少しだけなら美味しく飲めるもの」
「じゃあ、今度は織莉子が好きなものも教えてよ」
「私の好きなもの?」
「うん。私ばっかり、織莉子にいろいろ教えてもらっているからね」
織莉子は少し考えた。
好きなもの。
以前なら、すぐには答えられなかったかもしれない。
けれど、今は。
「……あなたと一緒に過ごす時間は、好きよ」
キリカが立ち止まった。
織莉子も足を止める。
「キリカ?」
「……それは、ずるいってば」
キリカは顔を赤くして、手に持った飲み物を見つめた。
「私だって、そうだよ。こうやって誰かと過ごす時間は好き。」
「あら、誰かって誰のことかしら。」
意地の悪い質問であることは分かっていた。
聞くまでもないことだろう。
それでもキリカから答えを聞きたくてつい、問いかけてしまった。
「織莉子はずるいんじゃなくて意地悪なのかな。」
「分からないんだもの。仕方ないわ。それでキリカは誰と過ごす時間が好きなのかしら。」
「そんなの織莉子と過ごす時間に決まっているだろう!分かっているくせに意地悪なんだから!」
私にそっぽを向いて先に歩き出したキリカ。
後ろからでも分かるくらいに耳が赤くなったキリカの姿が妙に愛らしく見えてくるのだった。
帰り際、二人は中央広場へ戻った。
雑貨店での抽選会はまだ続いていた。
「本当にまだやってるね。じゃあ、一回だけ引こうか」
キリカがレシートを提示し、抽選箱へ手を伸ばす。
織莉子の脳裏に、未来が重なった。
――午後二時十七分。特賞。
キリカがくじを引く。
紙を開く。
特賞の文字。
未来は、予知どおりに進んだ。
「……あれ?」
キリカが紙を見つめている。
「どうしたの?」
「えっ、いや……これ、特賞って書いてあるんだけど」
「まあ!」
織莉子は驚いた顔を作った。
キリカは係員から、大きなクッションを受け取った。ふわふわの、抱えるのが大変なくらい大きなクッションだった。
「すごいね、織莉子! 当たっちゃった!」
「本当に。すごい幸運ね」
「うん! ……でも、どうしてだろう。なんだか、織莉子と一緒にいると、こういうことが起きやすいよね」
織莉子は、一瞬だけ言葉に詰まった。
予知のことを、キリカに隠しているわけではない。
ただ、今日の特賞を予知で既に知っていたことは話していない。
「そうかしら?」
「そうだよ。前にも、私が欲しがっていたものをちょうど見つけてくれたりしただろ?」
「……偶然かもしれないわ」
「そうかなあ」
キリカは首を傾げたが、すぐに笑った。
「まあ、いいや。今日は楽しかったし!」
そして、大きなクッションを抱え直した。
「これ、家に置いたら、織莉子が来たときに一緒に座れるかな?」
「二人で座るにしては、少し小さすぎるかもしれないわね」
「それでも、私は二人で使いたいな。僕が半分、織莉子が半分」
「ふふ。それじゃあ少し窮屈じゃないかしら」
帰り道、夕方の光が街を淡く染めていた。
織莉子は、鞄につけた白い猫のキーホルダーを指先でそっと撫でた。隣では、キリカが黒い猫を揺らしながら歩いている。
未来は、これからも勝手に見えてしまうだろう。
望んでいないタイミングで、些細な出来事まで教えてくることもある。
それでも、今日の一日をすべて予知できたわけではなかった。
キリカがどんな顔で笑うのか。
どんな言葉に照れるのか。
自分が、彼女と過ごす時間をこれほど大切に思うようになるのか。
そんなことは、未来を見ても分からなかった。
「織莉子?」
「なあに?」
「また、今日みたいに出かけようね」
織莉子は、キリカを見た。
未来を知るまでもない。
その願いには、自分も同じ答えを返したかった。
「ええ。次は、あなたの行きたいところをもっと教えてちょうだい」
「もちろん! 次はね、もっとすごい甘いものがある店を見つけたんだ!」
「……もっと?」
「うん。パンケーキにアイスクリームを乗せて、チョコレートソースをかけて、その上に――」
「キリカ」
「はい」
「楽しみにしているわ。ただし、紅茶はストレートにさせてね」
「ええっ、そこは譲ってくれないの?」
「そこは譲れないわ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
未来は、いつだって織莉子の意思とは関係なく訪れる。
けれど、未来のすべてが決まっているわけではない。
誰と歩くのか。
誰と笑うのか。
次の休日を、誰と過ごしたいと思うのか。
それだけは、予知に教えてもらわなくても分かっていた。
織莉子は、隣を歩くキリカの手に、自分の手をそっと重ねた。
キリカは驚いたようにこちらを見たあと、何も言わず、その手を握り返した。
その先にどんな未来が待っているのか、織莉子にはまだ分からない。
分からなくても、よかった。
今はただ、二人で帰るこの道が、いつまでも続けばいいと思った。
前の話の前に作っていたもの。
供養に投稿しました。
新約の織莉子とキリカの関係もいいけど別編の関係も最高何だよなぁ!