ウルトラマンゼロ/iDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 作:わたあめ丸
路地の奥は、驚くほど静かだった。
つい先ほどまで街を揺るがすほどの轟音が響いていたのが、まるで嘘のようだ。大通りからは、避難する人々の声や、遠くで鳴り続けるサイレンがかすかに聞こえてくる。それでも、建物に挟まれたこの狭い路地には、どこか現実から切り離されたような空気が漂っていた。
「……あっ!」
最初に気づいたのは卯月だった。
路地の片隅、崩れた看板のそばに、一人の青年が倒れている。
「人が倒れてるよ!」
三人は慌てて駆け寄った。
青年は、黒い髪に整った顔立ちをしていた。年齢は二十歳前後だろうか。身にまとっているのは、見慣れない意匠の服だった。地球の一般的な衣服とは少し違う、異国の民族衣装を思わせる素朴な装い。丈夫そうな生地と実用性を重視した仕立てからは、どこか遠い土地で暮らしていた人のような印象を受ける。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
卯月は青年のそばに膝をつき、顔をのぞき込んだ。
返事はない。
「う、卯月、落ち着いて! まずは息があるか確認しないと!」
未央が慌てながらも声をかける。凛も周囲を警戒しつつ、青年の様子を確かめた。
「……息はしてる。脈もあるみたい」
「よかったぁ……!」
卯月は胸をなで下ろした。
そのとき、彼女の目に青年の左腕が映った。
手首には、奇妙な形をしたブレスレットが装着されている。金属のようでいて、どこか普通の装飾品とは違う。複雑な造形をしているのに不思議と無駄がなく、まるで何かの装置のようにも見えた。
「……綺礼なブレスレットだなぁ」
卯月は思わずつぶやいた。
アクセサリーにしては少し変わっている。少なくとも、彼女がこれまで見たことのあるものではなかった。
けれど、その形をじっと見つめているうちに、卯月の頭の中で、先ほど目の前に現れた光景がよみがえった。
街を覆い尽くすほどの巨大なロボット。
崩れ落ちる建物。
そして、自分をかばうようにして瓦礫を受け止めた、銀色と赤、青の巨人。
あの巨人の腕にも、確か――。
「……あれ?」
卯月は目を丸くした。
「このブレスレット……」
「ん? どうしたの、しまむー?」
未央が顔を向ける。
「あっ、いえ!なんでもありません」
私は咄嗟に誤魔化してしまった。そしてもう一度そのブレスレットを見る。戦いの最中、巨人の腕に何かがあったのは覚えている。
細かい形までははっきりしないが、確かにこのブレスレットによく似ていた気がする。
卯月は改めて、倒れている青年の顔を見た。
もちろん、目の前にいるのは普通の人間に見える。巨大な体を持っていたわけでもないし、光を放っているわけでもない。服装こそ見慣れないものだが、それだけで特別な人物だと決めつけることはできない。
それでも――。
もしかして、この人が……?
先ほど自分たちを助けてくれた、あのウルトラマンなのだろうか。
そんな疑問が胸の中に浮かんだものの、卯月はすぐに口に出すことができなかった。
まずは、この人が無事かどうかを確かめるのが先だ。
「えっと……もしもし。聞こえますか?」
卯月がそっと声をかける。
すると、青年の指先がわずかに動いた。
「……う……」
「あっ! 気がつきましたか!?」
青年は眉をひそめながら、ゆっくりと目を開いた。
ぼんやりとした視線が、路地の壁を、空を、そして自分をのぞき込む三人の少女たちを順番に捉えていく。
「……ここは……?」
「街の中です! さっき、大きなロボットが暴れていて……それで、私たちは避難していたんです!」
卯月が説明すると、青年はしばらく黙り込んだ。
やがて、何かを思い出したように顔をしかめる。
「……そうか。あの野郎を倒したところまでは覚えてるんだがな」
青年はそう言って、ゆっくりと上半身を起こそうとした。
しかし、まだ体に力が入らないらしい。ふらついた彼を、卯月と凛が慌てて支える。
「無理しちゃ駄目ですよ! まだ怪我をしているかもしれませんし……!」
「……悪いな。助かる」
青年は短く礼を言った。
声には疲労がにじんでいたが、意識ははっきりしているようだった。
「まだ顔色が悪いですし、救急車を呼びましょう!」
卯月は心配そうに青年の顔をのぞき込んだ。
「そうそう! あんな巨大ロボットが暴れ回った後なんだし、どこか怪我してるかもしれないじゃん!」
未央も大きくうなずき、スマートフォンを取り出そうとする。
しかし、青年はすぐさま首を横に振った。
「いや、救急車は必要ない」
「えっ? でも……」
「少し休めば大丈夫だ。心配しなくていい」
「そんなこと言って、無理してるんじゃないの?」
凛が疑わしそうに尋ねた。
「無理なんかしてねえよ。ちょっとエネルギーを使いすぎただけだ」
「エネルギー……?」
未央が首をかしげた。
青年はしまった、というように口を閉じたが、すぐに何事もなかったかのように話を続けた。
「とにかく、病院に行く必要はない。騒ぎが起きたばかりだろう? 救急車も、もっと必要な人間がいるはずだ」
その言葉に、三人は顔を見合わせた。
確かに、街は大きな被害を受けている。負傷した人や、避難の途中で体調を崩した人もいるだろう。救急車が必要な人は、ほかにも大勢いるはずだっ
た。
それでも、目の前の青年を放っておくわけにはいかない。
「それじゃあ……せめて、私たちの事務所で休んでいきませんか?」
卯月が提案した。
「事務所?」
「はい! 私たち、アイドルをしているんです。事務所ならソファーもありますし、少し休むくらいなら大丈夫だと思います!」
「おおっ、さすがしまむー! 名案!」
未央がぱっと顔を明るくした。
「この人をここに置いていくわけにもいかないしね。事務所なら、ひとまず落ち着けると思う」
凛も賛成する。
三人の言葉を聞き、青年は少し困ったように頭をかいた。
「……そこまでしてもらうのは悪いんだが」
「駄目です!」
卯月は思いのほか力強い声で言った。
「具合が悪い人をそのままにしておくなんて、私にはできませんから!」
青年は一瞬、目を丸くした。
そして、卯月の真剣な表情を見つめると、小さく息を吐いた。
「……分かった。少しだけ世話になる」
「はいっ!」
卯月の顔に、ぱっと笑顔が咲いた。
「よーし! それじゃ、事務所に出発だー!」
「未央、あんまり騒がないで。まだこの人、ふらついてるんだから」
「あっ、そうだった!」
未央は慌てて声を抑えた。
凛と卯月が青年の両側から支え、ゆっくりと歩き始める。
青年は二人の肩を借りながら、ふと空を見上げた。
雲の向こうには、いつもと変わらない青空が広がっている。
だが、彼にとっては見慣れた空ではなかった。
ここは地球。それも、自分が知る世界軸とは異なる世界の地球らしい。
しかも、さっきの空間移動でエネルギーを大きく消耗したうえ、あのロボットとの戦闘までこなしてしまった。
今は、状況を確認することが先決だ。
青年は内心でそう考えながら、三人の後について歩いていった。
左腕に装着されたウルティメイトブレスレットが、街に差し込む日差しを受けて静かに輝いていた。
ーーーーーーー
しばらくして。
三人が青年を連れてたどり着いたのは、彼女たちが所属する芸能事務所だった。
幸い、建物そのものに大きな被害はなかった。周辺の道路には瓦礫が散乱していたものの、事務所までの道は何とか通れる状態だった。
「着きました! ここが私たちの事務所です!」
卯月が玄関の扉を開ける。
青年は建物を見上げ、それから室内へと視線を移した。
「……ここがお前たちの仕事場か」
「はい! 私たち、ここでアイドルとして活動しているんです!」
卯月は胸を張って答えた。
「まあ、今はちょっとバタバタしてるけどね。さっきの騒ぎもあったし」
未央はそう言いながら、青年をソファーへ案内する。
「とりあえず、ここに座ってて! 飲み物を持ってくるから!」
「いや、そこまで気を遣わなくても……」
「遠慮しない、遠慮しない!」
未央は笑顔で言い切ると、卯月と一緒に給湯室の方へ向かった。
凛は青年の様子を気にしながら、少し離れた椅子に腰を下ろす。
「……本当に大丈夫なの?」
「ああ。もう少し休めば動ける」
「そう。ならいいけど」
凛はそれ以上追及しなかった。
やがて、卯月と未央が飲み物を持って戻ってきた。
「お待たせしました!」
「はい、どうぞ!」
青年は差し出されたコップを受け取り、一口飲んだ。
「……ありがとう」
「いえいえ!」
卯月は嬉しそうに微笑んだ。
少し落ち着いたところで、未央がふと思い出したように手を叩いた。
「あっ、そういえば! 私たち、まだちゃんと自己紹介してなかったよね?」
未央は青年の正面に座り直し、にっと笑った。
「私は本田未央! アイドルをやってます! 趣味はショッピング! よろしくね!」
「私は島村卯月です! 私もアイドルをしています! よろしくお願いします!」
卯月も背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げる。
「渋谷凛。私もアイドル。……まあ、今はそんなことより、あなたの体調の方が気になるけど」
凛は少しだけ口元を緩めた。
三人の自己紹介を聞いた青年は、順番に彼女たちを見た。
「島村卯月、本田未央、渋谷凛……か」
「はいっ!」
「あぁ、覚えたぜ。俺は……モロボシ・シンだ」
「モロボシ・シンさん、ですね!」
卯月がうなずいた。
「ところで、シンさんはどこか遠い所から来たんですか?服装が日本ぽく無いなぁ〜って」
未央が何気なく尋ねる。
「あぁ、まぁそうだなかなり遠いところからだ」
「えーっ、ずいぶん曖昧だなあ!」
未央が頬を膨らませる。
青年は答えず、コップをテーブルに置いた。
その左腕には、相変わらず奇妙なブレスレットが装着されている。
卯月の視線が、自然とそちらへ向かった。
銀色の装甲のような外見。独特な形状。そして、どこか神秘的な存在感。
やはり、見覚えがある。
先ほど自分たちを助けてくれた、あの巨人の腕にあったものとよく似ているそれを見て卯月は少し迷った後、そっと口を開いた。
「……あの、シンさん」
「ん?」
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
卯月は彼の左腕を見つめた。
「そのブレスレットなんですけど……」
青年も、自分の腕へと目を落とす。
「これか?」
「はい。実は、さっきのウルトラマンも、よく似たものを付けていたような気がするんです」
未央が「あっ」と声を上げた。
「そういえば! 確かに、あの巨人の腕にも何か付いてたよね!」
「……私も覚えてる」
凛が静かにうなずく。
卯月は三人の間に漂う空気を感じながら、さらに言葉を続けた。
「それに、シンさんは何かを倒したところまで覚えているって言っていましたよね?」
「…ああ」
「それって……」
卯月は一度、息を整えた。
ここまで来たら、もう尋ねるしかない。
「もしかして、シンさんが……あのウルトラマンなんですか?」
部屋の中が静まり返った。
未央は目を見開き、凛も青年の顔をじっと見つめている。
青年はすぐには答えなかった。
ただ、左腕のウルティメイトブレスレットを見下ろしていた。
やがて、彼は小さく息を吐く。
「……なるほどな。そこに気づいたのか」
「えっ……?」
卯月の胸が高鳴った。
青年は顔を上げ、三人をまっすぐに見た。
「お前たちの言う通りだ。さっきのウルトラマンは、俺だ」
「や、やっぱり……!」
卯月が思わず声を上げる。
「うっそおおおお!? 本当に!?」
未央はソファーから飛び上がりかけ、慌てて口元を押さえた。
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、シンさんって……あのウルトラマンなの!?」
「そういうことになるな」
青年はあっさりと答えた。
凛は驚きを隠せない様子で彼を見つめていた。
「……人間の姿になれるんだ」
「まあな」
青年は短く返事をした。
そして、改めて三人に向き直る。
「さっきは名前を偽って悪かったな、いきなりウルトラマンって言いふらすのも変な奴だと思うだろ」
彼は一度言葉を切り、左腕のブレスレットに指を添えた。
「俺の本当の名前は――」
三人が息をのむ。
「ゼロ、ウルトラマンゼロ。セブンの息子だ」
モロボシ・シンの見た目は宮野真守版を想定してます