ウルトラマンゼロ/iDOLM@STER CINDERELLA GIRLS   作:わたあめ丸

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星空の向こうに

 

 346プロダクションで働き始めて、数日。 

 

 

 モロボシ・シンは、ようやく事務所の仕事に慣れ始めていた。

もちろん、まだ分からないことは多い。

書類の整理では相変わらず略語に悩まされるし、複合機の操作だって、ときどき失敗する。予定変更の連絡を一度に何件も頼まれれば、頭がこんがらがることもあった。

それでも、最初の日のように電話が鳴るたびに飛び上がることはなくなったし、簡単なスケジュールの確認や資料の準備なら、一人でもこなせるようになってきた。

 

「シンさん、こちらの資料、確認をお願いします」

 

「おう。……ええと、これは午後の打ち合わせで使うやつだな。部数は十部で、変更箇所はこの二つ。これでいいか?」

 

「はい。問題ありません」

 

 武内プロデューサーの返事に、シンは得意げに笑った。

 

「へへっ、どうだ! 俺だって、やればできるんだぜ!」

 

「その調子です。ただし、提出前の確認は忘れないようにお願いします」

 

「分かってるって!」

 

 胸を張るシン。

 

 その様子を、少し離れたところから見ていた本田未央が、隣の島村卯月に小声で話しかけた。

 

「ねえ、しまむー。ゼロ、ちょっとずつプロデューサーっぽくなってない?」

 

「はい! 最初の頃より、ずっと頼もしくなったと思います!」

 

「……まぁ、まだ機会の類には嫌われてるけどね」

 

 渋谷凛が淡々と付け加える。

 

「おい、聞こえてんぞ!」

 

 シンが振り返ると、三人はそろって笑った。

宇宙の危機には迷わず飛び込んでいく男が、紙の束を前にして真剣に悩んでいる。

そのギャップがおかしくて、そして少しだけ微笑ましかった。

 

「……ま、何にせよだ」

 

 シンは書類をファイルにしまい、立ち上がった。

 

「頼まれた仕事は、ちゃんと片づける。それが大事なんだろ?」

 

「はい! その通りです!」

 

 卯月が嬉しそうに答えた。

そんな彼のもとへ、武内プロデューサーが新しいファイルを持ってきた。

 

「シンさん。少し、お願いしたい仕事があるのですが」

 

「おう、何だ?」

 

「今度開催される宇宙科学フェスティバルについてです」

 

 武内がファイルを開く。

 

 そこには、星空を背景にしたイベントの告知資料が挟まれていた。

 

 『宇宙科学フェスティバル2026――プラネタリウム新型LIVE』

 

「宇宙科学フェスティバル?」

 

「はい。科学館とプラネタリウムが共同で開催するイベントです。宇宙や天文学について楽しく学んでいただくことを目的としており、今回は新しい投影システムを活用した特別なライブステージも企画されています」

 

「へえ……」

 

 シンは資料に目を落とした。

ドーム型の天井いっぱいに星空を投影し、その下でアイドルが歌う。

観客は、まるで宇宙空間にいるかのような感覚を味わえるらしい。

 

「面白そうじゃねえか!」

 

「はい。主に新田美波さんとアナスタシアさんに出演していただく予定です」

 

「美波とアナスタシアか」

 

 シンは、事務所で何度か顔を合わせた二人を思い浮かべた。

 

 新田美波は、学業とアイドル活動をしっかり両立している才色兼備のアイドルだ。落ち着いた雰囲気があり、周囲への気配りもできる。仕事に対して真剣で、任されたことには最後まで責任を持って取り組む。

 

 一方のアナスタシアは、ロシアと日本にルーツを持つ少女で、星や宇宙が大好きだと聞いていた。ゆったりとした話し方に、ときおりロシア語が混じるのが特徴的だった。

 

「今回、シンさんには、お二人の担当スタッフとの連絡や資料の確認、当日の進行表の整理などをお願いしたいと思っています」

 

「……おおっ!」

 

 シンの顔がぱっと明るくなった。

 

「つまり、俺がこの仕事を任されるってことか?」

 

「はい。もちろん、私も全体の進行を確認します。初めて担当していただく大きな案件ですので、すべてを一人で判断していただくわけではありません。ただ、これまでの仕事ぶりを見て、そろそろ経験を積んでいただいてもよいと考えました」

 

 武内の言葉は、いつも通り落ち着いていた。

大げさに褒めることも、無責任に期待を背負わせることもない。

しかし、シンには分かった。これは、武内が自分を信頼して仕事を任せてくれたということなのだ。

 

「……へへっ。分かったぜ!」

 

 シンは、力強くうなずいた。

 

「任せとけ! まだ慣れねえこともあるけどよ、やるからにはきっちりやってやる!」

 

「ありがとうございます。では、まずはお二人と一緒に、企画の内容を確認していただけますか」

 

「おう!」

 

 シンはファイルを受け取った。

その表紙には、満天の星空と、青い光に包まれた地球の写真が載っていた。

宇宙、その言葉を見つめながら、シンはどこか懐かしい気持ちになっていた。

彼にとって、宇宙は遠く眺めるだけのものではない。

生まれ育った星があり、仲間たちがいて、数え切れないほどの出会いがあった場所。

そして、守るべきものが広がる場所でもあった。

そんな宇宙をテーマにした仕事を任されたのだ。

少しだけ、楽しみになってきた。

 

 ーーーーーーー

 

 その日の午後。

 

 シンは会議室で、新田美波とアナスタシアに向かい合っていた。

 

「それでは、改めて今回の企画についてご説明しますね」

 

 美波が、机の上に広げた資料を指し示す。

 

「今回のLIVEは、普通のステージとは少し違います。プラネタリウムのドーム全体を使って星空を投影するので、観客の皆さんは、私たちの頭上だけでなく、周囲の景色にも包まれることになります」

 

「ほう……」

 

 シンは資料の写真を覗き込んだ。

暗いドームの天井いっぱいに、無数の星が広がっている。

 

「この星空の中で歌うのか。そりゃ、なかなかすげえな」

 

「はい! 私も、初めて企画を聞いた時は驚きました」

 

 美波は嬉しそうに微笑んだ。

 

「普通のライブとは違う表現ができると思うんです。星空の動きに合わせて照明や映像を変えたり、曲の雰囲気に合わせて宇宙を旅しているような演出をしたり……。まだ調整が必要な部分も多いですけど、きっと素敵なステージになると思います」

 

「ダー。私も、楽しみです」

 

 アナスタシアが、ゆっくりとうなずいた。

 

「星が、いっぱい……。本物の宇宙に行くことは、まだできません。でも、ここなら、みんなと一緒に宇宙を旅する気持ちに、なれますね」

 

「そうだな」

 

 シンは、彼女の言葉にうなずいた。

 

「実際に宇宙へ行くのと、映像で見るのとじゃ、全然違うだろうけどよ。それでも、知らない世界を見てみたいって気持ちは、悪くねえと思うぜ」

 

 アナスタシアは、シンの顔をじっと見つめた。

 

「……シンさんも、宇宙が好きですか?」

 

「ん? ああ。まあな」

 

「どんなところが、好きですか?」

 

 静かな質問だった。

ただの世間話。けれど、俺はすぐには答えなかった。

宇宙のどこが好きか、改めてそう聞かれると、少し考えてしまう。

 

 美しい星空。

 

 果てしない空間。

 

 そこに広がる無数の星々。

 

 どれも間違いではない。

しかし、それだけではなかった。

シンは、少しだけ視線を窓の外へ向けた。

 

「……広いところ、かな」

 

「広いところ?」

 

「ああ。俺たちが知らない星が、まだまだたくさんある。そこには、俺たちとは違う暮らしをしてる奴らがいて、違う考え方をしてる奴らがいる。そういうのを知るのは、面白いもんだぜ」

 

 話しながら、俺は遠い星々を思い出していた。

地球とは環境も文化も違う星、そこで暮らす人々。

互いの違いを理解できず、争いになったこともあった。

反対に、違いを知ったからこそ、手を取り合えたこともあった。

宇宙は広い、だからこそ、出会いがある。

自分とは違う誰かと出会い、その存在を知ることができる。

俺にとって、それは何よりも面白いことだった。

 

「……ハラショー」

 

 アナスタシアが、ぽつりとつぶやいた。

 

「シンさんは、星のきれいなところだけじゃなくて、そこに住んでいる宇宙人たちにも、興味があるんですね」

 

「まあな。星ってのは、ただ光ってるだけじゃねえからよ」

 

 シンは笑った。

 

「そこには、そこの暮らしがある。そいつらの歴史も、夢も、守りたいものもある。そういうのを知ると、宇宙ってのは、もっと面白くなるんだ」

 

「……守りたいもの」

 

 美波が、静かに繰り返した。

シンはその言葉に気づかず、資料のページをめくっていた。

 

「……あっ、そうだ。美波」

 

「はい?」

 

「このLIVEって、宇宙について勉強するコーナーもあるんだよな?」

 

「はい。歌の合間に、天文学や惑星について紹介する時間を設ける予定です。父が海洋学者なので、その影響で生物学も学んでいるので、生命が存在できる環境についても少し触れられたらと思っています」

 

「へえ。そりゃいいな!」

 

 シンは、感心したようにうなずいた。

 

「宇宙には、地球と全然違う環境の星もあるからな。どんな生き物がいるのか、想像するだけでも面白いぜ」

 

「……シンさん」

 

 美波が、少し首を傾げた。

 

「はい?」

 

「さっきからお話を聞いていて、ひとつ気になったことがあるんですけど……」

 

「何だ?」

 

「シンさんは、宇宙に暮らす人たちがいるって、当たり前のようにお話ししますよね」

 

 シンの表情が、ほんのわずかに固まった。

 

「……そうか?」

 

「はい。まだ発見されていない惑星に、私たちとは違う暮らしをしている人たちがいるかもしれない。そういう可能性についてお話しする人は多いと思います。でも、シンさんは、まるで実際に知っているみたいに話すんです」

 

 美波は責めるような口調ではなく、純粋な疑問として尋ねていた。

 

「シンさんは……宇宙人を信じているんですね?」

 

「…………」

 

 痛いところを突かれた。

ゼロは内心で、思わず顔をしかめた。

 

(……おいおい。そりゃ、信じるも何も……)

 

 自分自身が宇宙人、ウルトラマンなのだから、信じない理由がない。

しかし、今の彼は、記憶喪失の青年モロボシ・シンということになっている。

宇宙人の存在を、まるで見てきたかのように語るのは、少々まずかったかもしれない。

 

「……ま、宇宙は広いからな」

 

 シンは、どうにか自然な調子で答えた。

 

「地球みたいな星が、ほかにあったって不思議じゃねえだろ?」

 

「それは、そうですね」

 

 美波はうなずいた。

 

「地球以外に生命が存在する可能性は、科学的にも研究されています。まだ確認されていないだけで、宇宙のどこかに生命が存在している可能性はありますから」

 

「ダー。私も、そう思います」

 

 アナスタシアも同意する。

 

「宇宙は、とても広いです。地球だけが特別だと、まだ決まったわけではないですから」

 

「……だよな!」

 

 シンは、少しだけほっとした。

しかし、美波はまだ考え込んでいる様子だった。

 

「そういえば……」

 

 彼女は、資料の端に目を落としながら口を開いた。

 

「あの日、ロボットと戦った巨人。彼も宇宙人なのでしょうか」

 

「……っ!」

 

 今度こそ、シンの肩がぴくりと動いた。

アナスタシアも顔を上げた。

 

「あの日の、銀色の巨人……」

 

「はい。あの事件の後、テレビでもウルトラマンについての特集がたくさん放送されていますよね。私も最初はあまり詳しくなかったんですけど、最近は少しずつ分かってきました」

 

 美波は、記憶をたどるように話した。

 

「ウルトラマンは、特撮番組に登場するヒーローで、宇宙から来た存在として描かれている作品も多いんですよね。怪獣や宇宙人から地球を守るために戦う……という」

 

「はい。私も、テレビで少し見ました」

 

 アナスタシアが言葉を添えた。

 

「ウルトラセブンというヒーローも、宇宙から来た人……なんですよね? あの日の巨人、少し似ていました」

 

「……へえ」

 

 シンは、何とか平静を装いながら相づちを打った。

親父がテレビの中のヒーローとして紹介されている。

それだけでも妙な気分なのに、目の前の二人は、まさに自分の正体に近い話をしている。

しかも、彼女たちは自分がウルトラマンだとは知らない。

シンは、うっかり口を滑らせないように気をつけながら答えた。

 

「……まあ、あの巨人が本当にウルトラマンなのかは、まだ分からねえんじゃねえか?」

 

「そうですね。外見が似ているからといって、同じ存在だとは限りませんし」

 

 美波は素直にうなずいた。

 

「ただ、あの巨人が街を守ってくれたことは確かです。少なくとも、私たちはそう感じました」

 

 その言葉に、シンは一瞬だけ黙り込んだ。

あの日、彼は目の前で危険にさらされていた人々を助けた。

それは、特別なことをしたつもりではなかった。

困っている奴がいたら助ける、悪い奴がいたら、ぶっ飛ばす。

それだけだ。

だが、この世界の人々にとっては、正体も分からない巨人が突然現れ、街を救ったという出来事だった。

自分がいなくなった後も、彼女たちはあの戦いを覚えている。

そして、あの巨人が何者だったのかを考えている。

 

「……ま、そう言ってもらえるなら、悪い気はしねえな」

 

 シンは、なるべく何でもないことのように答えた。

 

「……?」

 

 美波が不思議そうに彼を見る。

 

「いえ。シンさん、なんだか少し嬉しそうだなと思って」

 

「そ、そうか?」

 

「はい」

 

 美波は微笑んだ。

 

「もしかして、シンさんもウルトラマンが好きなんですか?」

 

「……まあ、嫌いじゃあねぇ」

 

 シンは曖昧に答えた。

自分がウルトラマンであるなど、今ここで言えるはずがない。

それでも、この世界でウルトラマンという言葉を聞くと、どうしても考えてしまう。

自分は本当に、誰かの期待に応えられているのだろうか。

これまで守ってきたものは、確かにあった。

だが、守れなかったものだってある。

それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

誰かが助けを求めているのなら、手を伸ばす。

それが、ゼロの信じるやり方だった。

 

「……それより、今回のLIVEの話に戻ろうぜ!」

 

 シンは、わざと明るい声を出した。

 

「せっかくの大きな仕事なんだ。まずは、成功させる方法を考えねえとな!」

 

「はい!」

 

 美波も、気持ちを切り替えるようにうなずいた。

 

「それでは、演出について、もう少し詳しくご説明しますね」

 

 アナスタシアも、資料を覗き込む。

 

「私、星空の下で歌うなら、観客のみんなにも、星を近くに感じてほしいです。遠くにある星だけど……ここにいる私たちと、つながっているような感じに」

 

「つながっている、か……」

 

 シンは、その言葉を繰り返した。

 

「ダー。たとえば、星座の説明をする時に、その星座にまつわる物語を紹介したり……。星を見て、昔の人たちが何を考えたのか、どんな願いを込めたのか。そういうことも、伝えられたらいいなって思います」

 

 アナスタシアの声は穏やかだった。

けれど、星の話になると、その瞳にははっきりとした輝きが宿る。

 

「私は、星を見ていると、知らない世界がたくさんあるって思います。遠い星にも、まだ見たことのない景色があって……そこに誰かがいるかもしれない。そう考えると、少しだけ、寂しくなくなります」

 

 シンは、彼女を見つめた。

 

「……寂しくなくなる?」

 

「はい」

 

 アナスタシアは、少しだけはにかんだ。

 

「夜空を見ると、星はとても遠いです。でも、みんな同じ空を見ています。だから、離れていても、同じものを見ている人がいるかもしれないって思うと……うれしいです」

 

 シンは、すぐには答えなかった。

 

 宇宙の広さを知っている彼にとって、星は遠い場所であると同時に、日常の一部でもあった。

けれど、アナスタシアが話す星空は、少し違って聞こえた。

遠いからこそ、想像できる、知らないからこそ、知りたいと思える。

そして、見えない誰かとつながっていると感じることができる。

それは、宇宙を旅してきたゼロが、普段あまり考えたことのない見方だった。

 

「……なるほどな」

 

 シンは、ゆっくりとうなずいた。

 

「そういう見方もあるんだな」

 

「シンさんは、違うんですか?」

 

「いや。俺は、宇宙が広いからこそ、面白いと思ってたんだ。知らねえ星があって、知らねえ奴らがいて……そいつらが何を考えて、どう暮らしてるのか、知りたいってな」

 

 彼は、窓の外を見た。

 

「でも、お前は、遠くにいる誰かとつながってるって考えるんだな」

 

「……はい。そう思うと、星がもっと好きになります」

 

 アナスタシアは、静かに笑った。

シンは、そんな彼女の表情を見て、ふと気づいた。

自分は宇宙を知っているつもりだった。

星々を巡り、さまざまな文明を見てきた。

だが、宇宙の見方は一つではない。

同じ星空を見ても、何を感じるかは人によって違う。

それを知ることもまた、宇宙を旅する楽しみなのかもしれなかった。

 

「……よし!」

 

 シンは、資料を机の上に置いた。

 

「だったら、今回のLIVEは、そういう気持ちが伝わるステージにしようぜ!」

 

「えっ?」

 

 美波が顔を上げる。

 

「ただ星を映して歌うだけじゃなくて、観客が宇宙を身近に感じられるようにするんだ。アナスタシアが言ってたみたいに、遠くの星と自分たちがつながってるって思えるような……そんなLIVEにできたら、面白いんじゃねえか?」

 

 アナスタシアの瞳が、ぱっと明るくなった。

 

「……ダー! 私、それがいいです!」

 

「私も賛成です!」

 

 美波も、嬉しそうにうなずいた。

 

「星空をただ背景として使うんじゃなくて、観客の皆さんに、星の向こうにある世界を想像してもらうんですね。歌や演出、解説を組み合わせれば、きっと素敵なステージになると思います!」

 

「おう! そうと決まれば、具体的に考えていこうぜ!」

 

 シンは勢いよく立ち上がり、ホワイトボードの前に向かった。

そして、ペンを手に取る。

 

「ええと……まずは、星空の演出と曲の順番。それから、解説を入れるタイミングも考えねえとな。観客が見たいものと、伝えたいことがごちゃごちゃにならないように……」

 

 そこまで言って、彼は手を止めた。

 

「……あれ? これ、どういう順番で決めりゃいいんだ?」

 

 美波とアナスタシアは、顔を見合わせた。

そして、二人そろって小さく笑った。

 

「シンさん。まずは、やりたいことを全部書き出してみませんか?」

 

 美波が提案する。

 

「その後で、できることと、準備が必要なことを分けていけばいいと思います」

 

「なるほどな!」

 

 シンは、再びペンを握った。

 

「よし! じゃあ、まずは思いつく限り書いてみるぜ!」

 

 こうして、三人の打ち合わせは続いていった。

 

 

 ーーーーーーー

 

 

 それから数日。

 

 宇宙科学フェスティバルの準備は、少しずつ進んでいった。

 

 もちろん、すべてが順調だったわけではない。

新型投影システムの映像に合わせて曲のタイミングを調整する必要があり、当初の予定では使うはずだった演出の一部も、機材の都合で変更しなければならなくなった。

プラネタリウム側との連絡も、想像以上に細かい。

星空の映像を切り替えるタイミング。照明を落とす時間。

観客の入退場。音響の確認。

 

 さらに、歌の合間に入れる宇宙科学の解説についても、専門的な内容を分かりやすく伝えるための調整が必要だった。

シンは、そのたびに頭を悩ませた。

 

「……くそっ。こっちを変えると、あっちにも影響が出んのかよ!」

 

「はい。ですが、事前に確認できてよかったと思います」

 

 武内プロデューサーは、いつも通り落ち着いていた。

 

「問題が起きた時に、どう対応するか。それを考えることも、準備の一部です」

 

「……分かってるって」

 

 シンは、少し悔しそうに資料を見直した。

光の国の仕事はパトロールなども勿論あるが基本的に既に起きた問題の対処の方が多い

しかし、今回の仕事は違う。

問題が起きないように、あらかじめ考える。

問題が起きた時に、被害を最小限にする方法を用意しておく。

そのために、何度も確認し、何度も話し合う。

目立つ仕事ではない。

けれど、これがなければ、アイドルたちは安心してステージに立てないのだ。

 

「……よし。ここの変更は、美波とアナスタシアにも共有しねえとな」

 

 シンは立ち上がり、二人がいるレッスン室へ向かった。

 

 ーーーーーーー

 

「――というわけで、星空の投影時間が少し短くなるらしい」

 

 レッスン室の片隅。

 

 シンは、美波とアナスタシアに変更内容を説明していた。

 

「その分、曲の間の移動時間を調整する必要がある。演出の流れも、少し変えた方がいいかもしれねえ」

 

「分かりました。ありがとうございます、シンさん」

 

 美波は資料を確認しながら、うなずいた。

 

「それなら、歌の前に予定していた解説を少し短くして、その分、星空を見てもらう時間を確保するのはどうでしょう?」

 

「いいですね」

 

 アナスタシアも、資料を覗き込む。

 

「星の説明は、全部を話さなくても大丈夫です。大切なことを、少しだけ。あとは、みんなに星を見てもらいたいです」

 

「そうだな。説明を詰め込みすぎても、観客が星空を楽しめなくなっちまう」

 

 シンはうなずいた。

 

「せっかくのプラネタリウムなんだ。見て、感じてもらう時間も大事にしねえとな」

 

 美波は、その言葉に目を輝かせた。

 

「……シンさん、最初に打ち合わせをした時より、ずっと企画のことを理解してくださっていますね」

 

「そ、そうか?」

 

「はい。最初は、星空を映すだけでも十分すごいとおっしゃっていましたけど……今は、観客の皆さんに何を感じてもらいたいのかまで考えてくださっています」

 

「……ま、俺も少しは勉強したからな」

 

 シンは照れくさそうに頭をかいた。

 

「それに、二人が頑張ってるんだ。俺だけ適当なことをしてるわけにはいかねえだろ」

 

 美波は、思わず微笑んだ。

シンの言葉は、飾り気がない。

器用な言い方ではないし、相手を喜ばせようと計算しているわけでもない。

けれど、だからこそ、まっすぐに伝わってくるものがあった。

 

「……ありがとうございます」

 

 美波が言った。

 

「ん? 何がだ?」

 

「私たちのことを、そんなふうに考えてくださって」

 

「……別に、当たり前だろ?」

 

 シンは、きょとんとした。

 

「お前らがステージに立つんだ。だったら、ちゃんと力を出せるようにするのが、俺の仕事だろ」

 

 その言葉に、美波は一瞬、返事を忘れた。

 

 アイドルとして活動していると、誰かに期待されることが多い。

 

 笑顔を届けてほしい。

 

 夢を見せてほしい。

 

 頑張ってほしい。

 

 その期待に応えたいと思うからこそ、美波は努力してきた。

勉強も、レッスンも、仕事の準備も、どれも中途半端にはしたくなかった。

しかし、時には自分が頑張らなければならないという気持ちが強くなりすぎて、周りに頼ることを忘れてしまうこともあった。

 

 今回のLIVEもそうだった。

科学の要素を取り入れた特別なステージ。

プラネタリウムという、普段とは違う会場。

せっかくの機会だからこそ、失敗したくない。

観客に喜んでもらいたい、そう思うあまり、準備の段階から、自分がもっと頑張らなければと考えていた。

けれどシンは、違うことを言った。

自分が頑張るだけではなく、彼女たちが力を出せるようにするのが、自分の仕事なのだと。

 

「……シンさん」

 

「ん?」

 

「私、今回のLIVEを、絶対に成功させたいんです」

 

 美波は、まっすぐに彼を見つめた。

 

「宇宙が好きな人にも、あまり詳しくない人にも、楽しんでもらいたい。星の美しさだけじゃなくて、宇宙の広さや、そこにある可能性も伝えたいんです」

 

「おう」

 

「でも、伝えたいことがたくさんあって……どこまで準備すればいいのか、分からなくなることもありました」

 

 美波は、少しだけ苦笑した。

 

「もっと調べた方がいいんじゃないか、もっと練習した方がいいんじゃないか、そう考えているうちに、何を一番伝えたいのか、見失いそうになることもあって」

 

「……なるほどな」

 

 シンは腕を組んだ。

 

「だったら、一度立ち止まって考えてみりゃいいんじゃねえか?」

 

「えっ?」

 

「お前が一番伝えたいことは何だ?」

 

 美波は、すぐには答えなかった。

シンは急かさず、彼女の返事を待った。

やがて、美波はゆっくりと口を開いた。

 

「……宇宙には、まだ分からないことがたくさんある。だからこそ、知ることは楽しいし、学ぶことで世界が広がっていく。そういうことを、伝えたいです」

 

「だったら、それでいいじゃねえか」

 

 シンは、あっさりと言った。

 

「全部を説明しようとしなくてもいい。お前が一番伝えたいことが、ちゃんと伝わるように考えりゃいいんだ。あとは、必要なところを周りと相談して調整すればいい」

 

「……周りと、相談」

 

「そうだ。お前一人で全部やる必要はねえだろ?」

 

 美波は、はっとしたように目を見開いた。

 

 隣では、アナスタシアが静かにうなずいていた。

 

「美波。私も、一緒に考えます」

 

「アーニャちゃん……」

 

「私も、星のことを、みんなに伝えたいです。でも、一人で全部はできません。だから、美波と一緒に、できることをしたいです」

 

 アナスタシアは、少し言葉を探しながら続けた。

 

「それに、プロデューサーやシンさんもいます。スタッフさんもいます。みんなで考えたら、きっと、もっといいものになります」

 

「……そうですね」

 

 美波は、ゆっくりとうなずいた。

自分が頑張ることと、誰かに頼ることは、反対ではない。

一緒に考えるからこそ、自分一人では思いつかなかった答えにたどり着けることもある。

そう考えると、胸の奥にあった焦りが、少しだけ軽くなった。

 

「ありがとうございます、二人とも」

 

 美波は笑顔になった。

 

「私、もう一度、企画の内容を整理してみます。伝えたいことをはっきりさせて、そのうえで、必要な準備を考えます」

 

「おう! その調子だ!」

 

 シンも、満足そうにうなずいた。

 

「よし、じゃあ次はアナスタシアの番だな!」

 

「……私、ですか?」

 

「ああ。お前は今回、どんなステージにしたいんだ?」

 

 アナスタシアは、少し考え込んだ。

それから、窓の外を見つめた。

 

「……私は」

 

 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 

「みんなに、星を好きになってほしいです」

 

「星を?」

 

「はい。星が好きな人は、たくさんいると思います。でも、宇宙のことをあまり知らない人もいます。難しいと思う人も、いるかもしれません」

 

 アナスタシアは、両手を胸の前で重ねた。

 

「でも、空を見上げて、星がきれいだなって思うだけでも、いいと思います。そこから、もっと知りたいって思うかもしれない。自分の知らない世界があるんだって、感じるかもしれない」

 

「……いいじゃねえか」

 

 シンは笑った。

 

「難しいことを全部覚えなくても、何か一つ、心に残るものがあればいい。そういうことだろ?」

 

「ダー。そうです」

 

 アナスタシアも、嬉しそうにうなずいた。

 

「私は、みんなに星を見てもらいたいです。そして、少しでも、宇宙のことを好きになってくれたら……とても、うれしいです」

 

「なら、その気持ちをステージで伝えようぜ」

 

 シンは、拳を軽く握った。

 

「宇宙ってのは、知れば知るほど面白い。けど、最初の一歩は、何かを好きになることから始まるんだろ?」

 

「……はい!」

 

 アナスタシアの表情が、明るくなった。

 

 彼女たちは、ただ歌を披露するためにステージへ立つわけではない。

自分が好きなものを、誰かに伝えたい、自分が見つけた世界を、誰かにも見てほしい。

その気持ちが、二人を動かしているのだ。

そして、その気持ちを形にするために、自分たちスタッフがいる。

宇宙を守るために戦うのとは違う。

それでも、誰かの大切なものを支えるという意味では、よく似ているのかもしれなかった。

 

「……よし! 俺も、もっと頑張らねえとな!」

 

 シンは、気合を入れるように両手を叩いた。

 

「二人が最高のステージに立てるように、俺もできることをやってやるぜ!」

 

「はい! よろしくお願いします、シンさん!」

 

 美波が笑顔で答える。

 

「私も、よろしくお願いします。シンさん」

 

 アナスタシアも、柔らかく微笑んだ。

 

 

 ーーーーーーー

 

 

 その日の帰り道。

 

 シンは、事務所から少し離れた歩道を、一人で歩いていた。

空はすっかり暗くなり、街の灯りの向こうに、いくつかの星が見え始めている。

 

「……へえ」

 

 シンは足を止め、空を見上げた。

地球の夜空、彼がこれまで訪れた星々と比べれば、見える星の数は決して多くない。

街の明かりが、夜空を少しだけ白くしている。

それでも、星は確かにそこにあった。

 

「……この星空を、か」

 

 シンは、アナスタシアの言葉を思い出した。

遠く離れていても、同じ空を見ている人がいる。

そんなふうに考えたことは、あまりなかった。

手の届かない遠い世界、それでも、いつか知りたいと願う場所。

そして、まだ見ぬ誰かがいるかもしれないと想像する場所。

 

「……宇宙ってのは、やっぱり面白えな」

 

 シンは、小さく笑った。

 

 その時、腕のウルティメイトブレスレットが、かすかに光を反射した。

シンは一瞬だけそれを見下ろしたが、すぐに袖で隠すように腕を下ろした。

この世界では、自分はただの記憶喪失の青年ということになっている。

それでも、二人と話していると、つい本当のことを話したくなってしまう。

 

 宇宙のこと。

 

 星々のこと。

 

 そこに暮らす人々のこと。

 

 自分が見てきた世界のこと。

 

(……ま、今は我慢するしかねえか)

 

 シンは、もう一度空を見上げた。

 

(でもよ。いつか、あいつらにも見せてやりてえな)

 

 地球から見える星空の、その向こう側を。

まだ誰も知らない星々を。自分が出会ってきた、さまざまな命の輝きを。

もちろん、今すぐそんなことができるわけではない。

それでも、この仕事を通して、少しずつ見えてきたものがある。

誰かを支えるということ、誰かの夢を、一緒に形にするということ。

それは、今までの自分があまり意識してこなかった、新しい戦い方なのかもしれない。

 

「……よし!」

 

 シンは、再び歩き出した。

 

「明日も、きっちり仕事をこなしてやるぜ!」

 

 

 

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