義理より深く、鎖より強く   作:なかにし

14 / 14
仕返しの果てに

 中指の家族になってから、しばらく経った頃。

 

 俺は、末兄の前に立っていた。

 

「なあ、末兄」

 

「ん? どうした、妹よ!」

 

「……どうすりゃ、もっと強くなれる?」

 

 末兄は一瞬目を丸くした。

 

 それから、いつものように豪快に笑った。

 

「がはは! 何だ、そんなことか!」

 

「……俺は真面目に聞いてんだよ」

 

「分かってる、分かってる!」

 

 末兄は笑いながら、俺の肩を叩いた。

 

「だったら、家族の仕返しを果たせ!」

 

「……仕返し?」

 

「おう! 家族が受けた借りを返す。それを繰り返していけば、自然と強くなっていく!」

 

 末兄は俺の右腕に刻まれた刺青を指さした。

 

「仕返しを果たし、家族との絆を深めれば、そいつも増えていく。お前の力になるってわけだ!」

 

「……なるほどな」

 

「だが、覚えとけよ」

 

 末兄は、少しだけ声を落とした。

 

「ただ強くなりてえってだけじゃ、いつか限界が来る」

 

「……どういう意味だ?」

 

「何のために強くなるのか。それを忘れるなってことだ!」

 

 そう言って、末兄は再び笑った。

 

「守りてえもんがある奴は、強えぞ!」

 

 守りたいもの。

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭には一人の少年が浮かんだ。

 

 あの路地裏で、傷だらけの俺にパンを分けてくれた馬鹿。

 

 自分が殴られても、俺の居場所を教えなかった馬鹿。

 

 そして。

 

『待ってるから』

 

 ……ああ。

 

 忘れるわけがねえ。

 

「……分かった」

 

「おう! 期待してるぞ、妹よ!」

 

 俺は末兄に背を向けた。

 

 強くなる。

 

 あいつを守れるくらい。

 

 誰にも、あいつを傷つけさせねえくらいに。

 

 ◇

 

 最初に渡された仕返し手帳は、ポケットに収まるほど小さなものだった。

 

 そこには、家族が受けた仕打ちと、返すべき借りが記されていた。

 

 俺はそいつを持ち歩き、仕返しを果たすたびに、その顛末を書き込んでいった。

 

 最初の相手は、弟分から金を奪い、痛めつけた連中だった。

 

「……おい」

 

 薄暗い路地裏。

 

 俺が声をかけると、男たちは面倒くさそうに振り返った。

 

「ああ? 何だ、お前」

 

「うちの弟に、随分と世話になったらしいな」

 

「……は?」

 

 男の一人が俺の腕の刺青に気づいた。

 

 途端に、その顔から血の気が引いていく。

 

「ま、待て……お前、中指の……」

 

「知ってんなら話が早え」

 

 俺は一歩踏み出した。

 

「仕返しに来た」

 

 男が逃げようとした瞬間、俺の蹴りがその脇腹に突き刺さった。

 

「がっ……!」

 

 身体が壁に叩きつけられる。

 

 残った男たちが武器を抜いた。

 

 だが、遅え。

 

 一人の顎を蹴り上げ、もう一人の足を払う。

 

 倒れた男の胸元を踏みつけた。

 

「おい。うちの弟を殴ったとき、何て言った?」

 

「し、知らねえ……!」

 

「思い出せよ」

 

 俺は足に力を込めた。

 

「……家族のことを馬鹿にしたんだろ?」

 

 男が震えながら謝罪を繰り返す。

 

 だが、謝る相手が違う。

 

「謝るなら、うちの弟に謝れ」

 

 その日の仕返しを終え、俺は手帳を開いた。

 

 記された借りの一つに、仕返しを果たした証を残す。

 

 小さな頁が、一つ埋まった。

 

 ◇

 

 それからも、俺は仕返しを続けた。

 

 家族を騙した奴。

 

 家族から金を奪った奴。

 

 家族を傷つけた奴。

 

 中指に対して負った借りは、必ず返してもらう。

 

 相手がどこの誰だろうと関係ねえ。

 

 逃げたところで、借りが消えるわけじゃねえからな。

 

 仕返しを重ねるたびに、俺の身体には新しい刺青が刻まれていった。

 

 右腕から肩へ。

 

 肩から背中へ。

 

 黒い模様は少しずつ広がり、戦うときには紫色の光を帯びるようになった。

 

 力が増していくのが分かった。

 

 以前なら苦戦した相手も、今では容易く倒せる。

 

 だが、それでも足りなかった。

 

 あいつを守るには、まだ足りねえ。

 

 あの日、俺が弱かったせいで、あいつは傷ついた。

 

 俺がもっと強ければ。

 

 あいつが殴られる前に、全部片づけられたはずだった。

 

 ……二度と、あんな思いはさせねえ。

 

 俺はまた手帳を開いた。

 

 次の借りを確かめ、路地裏へ向かった。

 

 ◇

 

 やがて、小さな仕返し手帳の最後の頁が埋まった。

 

 それを認められた俺は、次の地位へ進むことになった。

 

 新しく渡された手帳は、普通のノートほどの大きさだった。

 

「……でかくなったな」

 

 以前のようにポケットへ入れることはできねえ。

 

 だが、それだけ多くの借りを背負う立場になったということだ。

 

 俺はノートを抱え、再び仕返しへ向かった。

 

 地位が上がると、俺を頼ってくる弟妹たちも増えた。

 

「姉貴! 聞いてくださいよ!」

 

「今度は何だ?」

 

「うちの兄弟が、よその連中にやられたんです!」

 

「……そうか」

 

 俺はノートを開いた。

 

「相手は?」

 

 話を聞き、借りを確かめる。

 

 そして、仕返しに向かう。

 

 最初の頃は、何もかも自分で片づけようとしていた。

 

 だが、俺一人で動いていると、別の場所で家族が困っていても手が回らねえ。

 

 それに、弟妹たちだって弱いわけじゃねえ。

 

「……お前ら、この程度なら自分たちでやれるだろ」

 

「えっ、でも姉貴が行った方が……」

 

「俺が全部やってどうすんだよ」

 

 俺は弟分の額を指で弾いた。

 

「仕返しは家族のもんだ。お前らも強くなれ」

 

「……はい!」

 

「ただし、無茶はすんな。危ねえと思ったら呼べ」

 

 弟分たちは勢いよく頷き、走っていった。

 

 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

 

 ……守るってのも、面倒なもんだな。

 

 ただ敵を倒せばいいってわけじゃねえらしい。

 

 末兄が普段、俺たちを見守っている理由も、少しは分かる気がした。

 

 ◇

 

 家族と過ごす時間は、嫌いじゃなかった。

 

 仕事が終われば、みんなで飯を食う。

 

 くだらねえことで笑い合う。

 

 怪我をした弟妹がいれば手当てをするし、誰かが困っていれば手を貸す。

 

 俺が何も持たずにここへ来たとき、受け入れてくれたのはこいつらだった。

 

 その恩は、忘れねえ。

 

 俺を妹と呼んでくれる末兄も。

 

 俺を姉貴と慕ってくれる弟妹たちも。

 

 大切な家族だ。

 

 ……だが。

 

 夜、一人になると。

 

 どうしても、あいつのことを考えてしまう。

 

 今、何をしているんだろう。

 

 ちゃんと飯を食っているだろうか。

 

 また誰かに騙されていないだろうか。

 

 あいつは馬鹿だからな。

 

 困っている奴がいたら、きっと放っておけねえ。

 

 相手が悪人だろうと、簡単に信じちまう。

 

 ……ああ、心配だ。

 

 心配で、仕方がねえ。

 

 もし、また誰かに殴られていたら?

 

 もし、今度は俺の知らねえ場所で傷ついていたら?

 

 もし、俺が迎えに行く前に。

 

 あいつが、いなくなっていたら?

 

「…………っ」

 

 考えただけで、胸の奥が冷たくなった。

 

 嫌だ。

 

 そんなこと、絶対に許さねえ。

 

 あいつを傷つける奴がいるなら、俺が仕返ししてやる。

 

 あいつが騙されるなら、俺がそいつを見つけ出す。

 

 あいつが泣くなら、泣かせた奴に後悔させてやる。

 

 ……だから。

 

 待ってろよ。

 

 俺が、必ず迎えに行く。

 

 ◇

 

 さらに時が流れた。

 

 ノートほどの仕返し手帳も、少しずつ埋まっていった。

 

 その頃には、俺の下で動く弟妹たちも増えていた。

 

 仕返しの相手を調べる奴。

 

 逃げ道を塞ぐ奴。

 

 実際に仕返しを果たす奴。

 

 それぞれに役割を与え、必要なら俺自身も前に出る。

 

 家族を率いることにも、少しずつ慣れてきた。

 

 そして、最後の頁が埋まったとき。

 

 俺は、さらに上の地位へ進むことになった。

 

 末姉。

 

 そう呼ばれるようになった俺へ渡されたのは、辞典ほどの大きさの仕返し手帳だった。

 

「……おいおい」

 

 思わず声が漏れた。

 

「今度は随分とでけえな」

 

 厚みも重さも、これまでのものとは比べものにならねえ。

 

 隣にいた弟分が、苦笑いを浮かべた。

 

「末姉、それ、俺が持ちますよ」

 

「……いいのか?」

 

「もちろんです! 姉貴の手帳を持つなんて、光栄ですから!」

 

「大げさだな、お前」

 

 そう言いながら、俺は手帳を預けた。

 

 弟分は両腕で辞典ほどの手帳を抱え、嬉しそうに笑った。

 

 俺が持つ仕返し手帳は、今も一冊だけだ。

 

 一冊を埋めれば、次の地位へ進む。

 

 そして、その地位に応じた新しい一冊を受け取る。

 

 ただ、それを繰り返してきた。

 

 だが、手帳が大きくなるにつれて、俺が背負う借りも、守る家族も増えていた。

 

 今の俺は、もう一人で仕返しをしているわけじゃねえ。

 

 弟妹たちと共に、家族の義理を果たしている。

 

 ◇

 

「がはははは!」

 

 末兄の笑い声が響いた。

 

「おいおい! 何だ、その馬鹿でけえ手帳は!」

 

「……見りゃ分かるだろ。仕返し手帳だよ」

 

「そりゃ分かるが、随分と立派になったもんだな!」

 

 末兄は弟分が抱えた手帳を眺め、感心したように頷いた。

 

「最初はポケットに入るような手帳だったのによ!」

 

「……よく覚えてんな」

 

「当たり前だろ!」

 

 末兄は俺の頭を大きな手で撫でた。

 

「家族のことだからな!」

 

「……子供扱いすんな」

 

「がはは! 俺からすりゃ、まだまだ可愛い妹だ!」

 

 俺はその手を払いのけようとした。

 

 だが、末兄は構わず笑っている。

 

「それにしても、よくここまで頑張ったな」

 

「…………」

 

「強くなったじゃねえか」

 

 その言葉に、俺は少しだけ目を伏せた。

 

 強くなった。

 

 確かに、昔とは比べものにならねえ。

 

 だが。

 

「……まだだ」

 

「ん?」

 

「まだ、足りねえよ」

 

 末兄は俺を見つめた。

 

 それから、何かを察したように笑った。

 

「……そうか」

 

 それ以上は聞いてこなかった。

 

 俺も、何も言わなかった。

 

 言えるわけがねえ。

 

 俺がここまで強さを求めてきた理由を。

 

 あの少年への想いを。

 

 家族への恩は本物だ。

 

 こいつらを大切に思う気持ちに、嘘はねえ。

 

 だが、俺が本当に家族として隣にいたいのは。

 

 ……あいつなんだ。

 

 いつか、必ず迎えに行く。

 

 そのとき、俺が中指を離れることになるかもしれねえ。

 

 簡単に許されることじゃねえのも、分かってる。

 

 それでも。

 

 あいつを一人にしておくことだけは、できねえ。

 

 俺は、自分の腕に刻まれた刺青へ目を落とした。

 

 家族のために果たしてきた仕返し。

 

 その一つ一つが、俺を強くしてくれた。

 

 この力があれば、今度こそ。

 

 あいつを守れる。

 

 誰にも奪わせねえ。

 

 誰にも傷つけさせねえ。

 

 あいつが誰かを信じて傷つくくらいなら、俺が代わりに疑ってやる。

 

 あいつが誰かに利用されるくらいなら、俺がそいつを遠ざけてやる。

 

 あいつは、あのままでいい。

 

 馬鹿みたいに優しくて。

 

 誰かのために自分を傷つけちまう。

 

 そんなあいつのままで。

 

 ……だから。

 

「……待ってろよ」

 

 誰にも聞こえねえように、俺は呟いた。

 

 あの日、俺に向けられた言葉を思い出す。

 

『待ってるから』

 

 ……ああ。

 

 今度は、俺の番だ。

 

「今度は、俺が迎えに行く」

 

 もう二度と、あいつを一人にはしねえ。

 

「……家族として、守ってやるからな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ここでは都市に転移させられ、目の前に人差し指の子方がいた男について語られる(作者:ケジメされた人差し指)(原作:Limbus Company)

【◯日の18時から11区のグソマルセ通りを南下しろ。歩き続けて18時24分を過ぎた後に二つ目の曲がり角を進み、目の前に現れた人間と交際する事】▼何の前触れもなくProject Moonの世界に転移させられたある男。目の前にいたのは指令を受けた様子の人差し指の代行者、ソラ。最早死は避けられぬか、或いは更に惨たらしい仕打ちか……そう戦慄する男に告げられたのは、指…


総合評価:1796/評価:9.04/連載:12話/更新日時:2026年10月23日(金) 15:45 小説情報

カーネイジ転生、なお、スパイディはペニー・パーカーとする(作者:鴉の子)(原作:スパイダーマン)

クレタス・キャサディに生まれてしまった!!▼カスみたいな生い立ちと終わった家庭環境、終わりだ!悲観した青年は、それでもなんとかグレずに人生を駆け抜け、なんかいい感じに経営してるケバブ屋はSNSでバズって大繁盛。▼平和な人生を歩み始めた男は、しかしてある日、宙から落ちてくるそれに出会う。▼そして、ライバルになるはずのスパイダーマンは女の子だった。▼「なんで?」…


総合評価:11619/評価:8.91/連載:13話/更新日時:2026年10月18日(日) 12:03 小説情報

お金貯まったからホロウレイダー辞めるわ(作者:イグアナ)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

将来悠々自適な生活を送るため、節約生活をしながらホロウレイダーとして活動していたイツキは、ついに貯金が目標額へと到達した。▼「お金貯まったからホロウレイダー引退するわ」▼「えっ」▼ホロウレイダーとしてのアカウントごと削除して、これからは表の人間として生きていくことにしたイツキだったが、軽いアルバイトくらいは続けることにして、ヤヌス区の六分街に店舗を構えるレン…


総合評価:20623/評価:8.82/連載:54話/更新日時:2026年10月31日(土) 09:44 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>