義理より深く、鎖より強く   作:なかにし

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兄貴の眼差し

 

 俺には、たくさんの家族がいる。

 

 血のつながりなんざ関係ねえ。

 

 同じ飯を食って、同じことで笑って、誰かが傷つきゃ一緒になって怒る。

 

 それが俺たち中指の家族ってもんだ。

 

 もちろん、家族が増えりゃ面倒事も増える。

 

 喧嘩する奴もいりゃ、勝手に突っ走る奴もいる。

 

 だが、それでいい。

 

 手のかからねえ弟妹ばかりじゃ、兄貴の出番がなくなっちまうからな!

 

 がはは!

 

 ……もっとも。

 

 あの妹を拾った日は、さすがの俺も驚いたもんだ。

 

 ◇

 

 あの日、俺は路地裏で家族に指示を出していた。

 

 仕返しの相手は、うちの弟を痛めつけた連中だ。

 

「おい! そいつはまだ終わりじゃねえぞ!」

 

「はい、末兄!」

 

「家族に手を出した借りは、きっちり返してもらえ!」

 

 弟妹たちが仕返しを進めるのを、俺は少し離れた場所から見守っていた。

 

 そのときだった。

 

「……おい」

 

 聞き慣れねえ声がした。

 

 振り向くと、そこには一人の小娘が立っていた。

 

 黒い髪に紫色の瞳。

 

 まだ子供だってのに、随分と鋭い目をしてやがる。

 

「……中指ってのは、お前らか?」

 

「そうだが、何だ?」

 

 弟分が答えると、小娘は拳を握りしめた。

 

「俺と戦え」

 

 ……ほう?

 

 俺は思わず目を丸くした。

 

「がはは! 面白え小娘だな!」

 

 だが、弟分たちは笑わなかった。

 

「おい、ガキ。誰に喧嘩売ってんのか分かってんのか?」

 

「分かってるよ」

 

「だったら失せろ。今なら見逃してやる」

 

「……嫌だね」

 

 次の瞬間、小娘が蹴りかかった。

 

 弟分はその蹴りを受け止め、反撃する。

 

 小娘も必死に食らいついていたが、実力の差は明らかだった。

 

 何度も殴られ、地面に叩きつけられる。

 

 それでも立ち上がろうとする。

 

「……まだ、だ」

 

「しつけえガキだな!」

 

 弟分の拳が小娘の腹に突き刺さった。

 

 小娘は地面に崩れ落ちた。

 

 今度こそ、起き上がれそうになかった。

 

「末兄、終わりました」

 

「おう、ご苦労!」

 

 俺がそう答えた瞬間。

 

 何かが、こちらへ飛んできた。

 

 俺は顔を少し傾けた。

 

 鋭い刃が頬の横を通り過ぎ、背後の壁に突き刺さる。

 

 ……ナイフか。

 

「末兄!」

 

「てめえっ!」

 

 弟分たちが一斉に小娘へ詰め寄った。

 

 だが、俺は片手を上げて止めた。

 

「待て待て!」

 

「ですが末兄! こいつ、あんたを!」

 

「分かってる!」

 

 俺は地面に倒れた小娘へ歩み寄った。

 

 身体は傷だらけ。

 

 息も荒い。

 

 それなのに、俺を睨む目だけは死んでいなかった。

 

「……おい、小娘」

 

「……何だよ」

 

「一つ聞かせろ」

 

 俺は壁に突き刺さったナイフを指さした。

 

「何で、お前をぶちのめした奴じゃなく、俺を狙った?」

 

 小娘は血の混じった唾を吐き出した。

 

 それから、口元を歪めた。

 

「……決まってんだろ」

 

「ほう?」

 

「一番強えお前を殺せば……」

 

 小娘は笑った。

 

「こんな雑魚どもより、俺の方が強えって証明できるだろ?」

 

 ……。

 

 ……がはは!

 

「がははははは!」

 

 思わず腹の底から笑っちまった。

 

 こいつは面白え!

 

 身体が動かなくなるまで殴られて、それでも一番強え相手に牙を剥く。

 

 自分を倒した相手を見返すために、その上にいる俺を狙いやがった。

 

 無謀だ。

 

 馬鹿げてる。

 

 だが。

 

 その目と覚悟が、俺は気に入った。

 

「おい、兄弟たち!」

 

「はい!」

 

「こいつを連れて帰るぞ!」

 

「……は?」

 

 弟分たちが揃って間抜けな声を上げた。

 

「末兄! こいつ、あんたを殺そうとしたんですよ!」

 

「がはは! だから面白えんじゃねえか!」

 

「いや、そういう問題じゃ……!」

 

 俺は小娘の前にしゃがみ込んだ。

 

「おい、小娘!」

 

「……何だよ」

 

「お前、強くなりてえんだろ?」

 

 小娘の目が細くなる。

 

「……ああ」

 

「だったら、うちに来い!」

 

「……は?」

 

「俺たちの家族になれ! その根性がありゃ、きっと強くなれるぞ!」

 

 小娘はしばらく黙っていた。

 

 やがて、低い声で尋ねてきた。

 

「……本当に、強くなれるのか?」

 

「おう! ただし、楽な道じゃねえぞ!」

 

「……構わねえ」

 

 その返事に、俺は笑った。

 

 ……いい目だ。

 

 こいつは、きっと強くなる。

 

 ◇

 

 もちろん、気に入ったからといって、すぐに家族にするわけにはいかねえ。

 

 中指の家族になるってのは、軽い話じゃねえからな。

 

 俺は小娘に、家族の意味を教えた。

 

 家族が受けた借りは、必ず返すこと。

 

 家族のために戦い、家族を裏切らねえこと。

 

 そして、家族を裏切った奴がどうなるのか。

 

 その末路も、実際に見せた。

 

 普通なら、少しは怖がるもんだ。

 

 だが、あいつは違った。

 

「……それで?」

 

 小娘は、まるで何でもないことのように言いやがった。

 

「俺が中指に入れば、強くなれるんだろ?」

 

「……おう」

 

「だったら、入ってやるよ」

 

 躊躇いも、迷いもなかった。

 

 ……がはは!

 

 まったく、とんでもねえ妹を拾っちまったもんだ!

 

 ◇

 

 それからのあいつは、凄まじかった。

 

 家族のためなら、どんな仕返しにも向かう。

 

 相手が何人いようが、どれだけ強かろうが、決して退かねえ。

 

 怪我をして帰ってきても、次の日にはまた仕返しの手帳を開いている。

 

 まったく、無茶しやがる。

 

 だが、あいつはただ暴れるだけの小娘じゃなかった。

 

 弟妹たちが傷つけば、本気で怒る。

 

 困っている奴がいれば手を貸す。

 

 仕返しを果たして帰ってきた家族には、ぶっきらぼうながら労いの言葉をかける。

 

 最初は一匹狼みてえだった奴が、いつしか弟妹たちを率いるようになっていた。

 

 ポケットに収まっていた仕返し手帳は、ノートほどの大きさになり。

 

 やがて、辞典ほどの大きさになった。

 

 その一冊を埋めるたびに、あいつは次の地位へ進んでいった。

 

 そして、あっという間に末姉だ。

 

「がはは! 大したもんだな!」

 

 俺が褒めると、あいつは決まって顔をしかめる。

 

「……まだ足りねえよ」

 

 そう言って、また強さを求める。

 

 ……不思議な奴だ。

 

 あいつが家族を大切にしているのは、よく分かる。

 

 そこに嘘はねえ。

 

 だが、あいつが口にする『家族』という言葉には、俺たちのそれとは違う何かがあるような気がした。

 

 俺たちの家族を見ているときとは、違う目。

 

 誰かを思い出したように、ふと遠くを見つめることがある。

 

 ……誰かいるんだろうな。

 

 あいつが、何よりも守りてえと思っている奴が。

 

 だが、それが誰なのかまでは知らねえ。

 

 聞き出すつもりもなかった。

 

 家族だからって、何もかも話さなきゃならねえわけじゃねえからな。

 

 話したくなったときに、話してくれりゃいい。

 

 それまでは、俺が見守ってやるだけだ。

 

 ……それが兄貴ってもんだろ?

 

 ◇

 

「おい、妹! 座れ!」

 

「……何だよ」

 

「怪我してんだろ! 手当てするぞ!」

 

 俺は持ち歩いている救急道具を取り出した。

 

 妹は露骨に顔をしかめる。

 

「この程度、放っときゃ治る」

 

「馬鹿言え! 傷が悪くなったらどうすんだ!」

 

「……あんた、いちいち大げさなんだよ」

 

「がはは! 家族のことだからな!」

 

 俺は妹の腕を取り、傷口を確かめた。

 

 新しい刺青の周りに、いくつか切り傷がある。

 

「……随分と無茶したな」

 

「仕返しは果たした」

 

「それは偉え!」

 

 俺は包帯を巻きながら笑った。

 

「だが、次はもう少し上手くやれ!」

 

「……分かってるよ」

 

 妹は不満そうにそっぽを向いた。

 

 そんな顔を見ていると、つい笑っちまう。

 

 最初は誰にも懐かなかった小娘が、今じゃ弟妹たちに慕われている。

 

 家族のために怒り、家族のために戦う。

 

 立派になったもんだ。

 

「なあ、末兄」

 

 手当てが終わりかけた頃、妹が口を開いた。

 

「何だ?」

 

「……何であんたは、あんまり前に出ねえんだ?」

 

「ん?」

 

「家族が傷つくの、嫌なんだろ?」

 

「おう! 当たり前だ!」

 

「だったら、何で自分で仕返ししねえんだよ」

 

 妹は真剣な目で俺を見た。

 

「……あんたが出れば、もっと簡単に終わるだろ」

 

 俺は包帯を結び終え、救急道具をしまった。

 

「がはは! そりゃあ、そうかもしれねえな!」

 

「……だったら」

 

「だがよ。それじゃ、お前らが強くなれねえだろ?」

 

 妹が眉をひそめる。

 

「……どういうことだ?」

 

「俺が全部片づけちまったら、お前らはいつまで経っても俺に頼りっぱなしだ」

 

「…………」

 

「仕返しってのは、家族の借りを返すことだ。俺一人の仕事じゃねえ」

 

 俺は妹の頭に手を置いた。

 

「お前ら自身が強くなって、自分の家族を守れるようにならなきゃならねえ」

 

「……でも、怪我するだろ」

 

「するな!」

 

「……即答かよ」

 

「がはは! そりゃあ戦ってりゃ怪我の一つや二つするだろ!」

 

 俺は笑った。

 

 だが、妹は納得していない様子だった。

 

「……家族が死ぬかもしれねえんだぞ」

 

 その言葉に、俺は少しだけ口を閉じた。

 

 ……ああ。

 

 そうだな。

 

 その通りだ。

 

 俺は首元に手を伸ばした。

 

 そこには、二本の継ぎ接ぎの鎖が下がっている。

 

 一本は古く、傷だらけだった。

 

 もう一本は、それよりも新しい。

 

 俺は古い方の鎖を指でなぞった。

 

「……妹よ」

 

「何だ?」

 

「俺だって、お前らが死ぬのは嫌だ」

 

「…………」

 

「できることなら、誰一人失いたくねえ」

 

 俺は鎖から手を離した。

 

「だがな」

 

 妹の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「俺がいつまでも、お前らの前に立っていられるとは限らねえからな」

 

「…………」

 

「だから、お前らには強くなってもらわなきゃ困るんだ」

 

 俺はいつものように笑った。

 

「俺がいなくても、家族を守れるくらいにな!」

 

「……縁起でもねえこと言うなよ」

 

「がはは! 悪い悪い!」

 

 妹は呆れたようにため息をついた。

 

 だが、少しだけ考え込んでいるようにも見えた。

 

 ◇

 

 その日の夜。

 

 俺は家族を連れて、飯を食いに出かけた。

 

 弟妹たちが騒ぎ、笑い、皿を奪い合っている。

 

「おい! 俺の肉取ったの誰だ!」

 

「早い者勝ちだろ!」

 

「末兄! こいつが!」

 

「がははは! 喧嘩すんな! 足りねえなら追加で頼め!」

 

 店の中に、家族の笑い声が響く。

 

 妹も、弟分に何か言われて笑っていた。

 

 あの路地裏で、傷だらけになりながら俺を睨んでいた小娘が。

 

 今じゃ、こんな顔をするようになった。

 

 ……いいもんだな。

 

 俺は首元の鎖に触れた。

 

 古い鎖と、新しい鎖。

 

 二本が小さな音を立てる。

 

 俺はそれを握りしめ、目の前の家族を見渡した。

 

 こいつらが笑っている。

 

 それだけで、十分だ。

 

 ……ああ。

 

 兄貴。

 

 俺は今も、あんたの教えを守ってるぜ。

 

 まだまだ、あんたみてえにはなれねえけどよ。

 

 それでも。

 

 こいつらにとって、頼れる兄貴でありてえんだ。

 

「末兄! 何ぼーっとしてるんですか!」

 

「おう! 悪い悪い!」

 

 俺は顔を上げた。

 

「よし! 今日は俺のおごりだ! 好きなだけ食え!」

 

「「「おおおおっ!」」」

 

 がははは!

 

 まったく。

 

 家族ってのは、最高だな。

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