試験を終えてから、しばらくの時間が経った。
俺は他の受験者たちと一緒に、合格発表が行われる広間で待っていた。
周囲では、受験者同士が試験の感想を話し合っている。
「実技、どうだった?」
「全然駄目だった。相手が強すぎるんだよ」
「筆記はそこそこできたんだけどな……」
そんな会話が聞こえてくるたびに、俺も先ほどの模擬戦を思い出してしまう。
七級フィクサーの剣。
何度も攻撃を受け流し、最後には一瞬だけ腕を封じることができた。
けれど、結局は地面に倒されて終わった。
……大丈夫だろうか。
筆記試験には手応えがあった。
実技だって、今の自分にできることは全部やったつもりだ。
それでも、不安は消えなかった。
「受験者の皆さん、お待たせしました」
広間の前方に、試験を監督していた職員が現れた。
ざわついていた会場が静まり返る。
「これより、フィクサー資格試験の合格者を発表します。合格者の受験番号を掲示しますので、各自確認してください」
職員が壁の掲示板に一枚の紙を貼り出した。
その瞬間、受験者たちが一斉に動き出す。
俺も人の流れに続き、掲示板の前へ向かった。
「……えっと」
受験票を取り出す。
そこに書かれた番号を確認してから、掲示された合格者一覧に目を走らせた。
一つ目。
違う。
二つ目。
これも違う。
少しずつ、胸の鼓動が速くなる。
……ないのか?
そう思いかけたときだった。
「あっ……」
見つけた。
何度も見返した受験番号。
それと同じ数字が、確かに掲示されていた。
「……あった」
もう一度、受験票を見る。
そして、掲示板を見る。
間違いない。
「……合格、した?」
口に出してみても、まだ実感が湧かなかった。
けれど、何度確認しても番号はそこにある。
「……やった」
小さく呟く。
それから、ようやく笑みがこぼれた。
「やった……!」
思わず拳を握りしめる。
周りには、喜んでいる人もいれば、肩を落としている人もいた。
その中で、俺はしばらく掲示板から目を離せなかった。
数年前。
あいつと別れたあの日、俺は強くなろうと決めた。
もう、俺のせいで心配をかけないように。
いつか再会したとき、安心してもらえるように。
そのために、所長のもとで何度も訓練を重ねた。
勉強もした。
失敗して、叱られて、それでも続けてきた。
そして今日。
ようやく、その努力が一つの形になった。
……あいつ。
俺、フィクサーになれたよ。
心の中で、そう報告した。
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合格者への説明が終わり、俺は新しく交付されたフィクサーの証明書を大切に鞄へしまった。
正式な等級は九級。
まだ一番下の等級だ。
それでも、俺にとっては大きな一歩だった。
帰りのバスに揺られながら、窓の外を眺める。
行きと同じ道のはずなのに、どこか景色が違って見えた。
……所長、何て言うかな。
驚くだろうか。
それとも、いつも通り「当然だろう」とでも言うんだろうか。
そんなことを考えているうちに、見慣れた停留所へ到着した。
バスを降り、アイビー事務所へ向かう。
何年も歩き慣れた道。
けれど、今日は足取りが少し軽かった。
事務所の前に立つ。
古びた看板。
見慣れた扉。
初めてここを訪れた日のことを、ふと思い出した。
あのときの俺は、何も持っていなかった。
強くなる方法も、フィクサーになるための知識も。
ただ、もう一度あいつに会いたいという気持ちだけで、この扉を叩いた。
……懐かしいな。
俺は小さく笑って、扉を開けた。
「ただいま戻りました!」
「……おかえり」
所長はいつもの椅子に座り、書類に目を通していた。
机の上には、飲みかけの酒と、見慣れた硬貨が置かれている。
「試験はどうだった?」
所長は書類から目を離さずに尋ねた。
「所長!」
「……何だい?」
「合格しました!」
所長の手が止まった。
ゆっくりと顔を上げる。
「……ほう」
俺は鞄から証明書を取り出した。
「九級フィクサーです!」
所長は証明書を受け取り、しばらく眺めていた。
「……そうか」
それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
「まあ、君なら受かると思っていたよ」
「……え?」
意外な言葉に、思わず聞き返した。
所長は机の引き出しから鍵を取り出すと、部屋の隅に置かれた細長い箱を指さした。
「そいつを開けてごらん」
「これですか?」
「ああ。君への合格祝いだよ」
「……合格祝い?」
俺が驚いていると、所長はいつもの調子で言った。
「君が合格する方に賭けて、先に注文しておいたんだ。無駄にならなくてよかったよ」
箱を開けると、中には二本のトンファーが収められていた。
「……すごい」
黒を基調とした金属製のトンファー。
今まで使っていたものよりも丁寧に作られていて、握りの部分は俺の手に合わせた形になっていた。
一本を持ち上げてみる。
重さはある。
けれど、不思議と手に馴染んだ。
「君の戦い方に合わせて作らせた特注品だよ。今までのものより丈夫で、取り回しもいいはずさ」
「これ……俺のために?」
「他に誰が使うんだい?」
所長は呆れたように肩をすくめた。
俺はもう一度、トンファーに目を落とした。
そこで、柄の根元に小さな刻印があることに気づいた。
蔦の葉が絡み合ったような模様。
「……あれ? これって」
「アイビー事務所の紋章だよ」
「事務所の……」
「そうさ」
所長は椅子の背もたれに体を預けた。
「君も今日から、正式なフィクサーだ。それに、これからはアイビー事務所の一員として働いてもらうんだからね」
そう言って、少しだけ笑う。
「うちの看板を背負うんだ。みっともない装備じゃ困るだろう?」
「……所長」
「勘違いしないでおくれよ。これは仕事への投資さ。君にはこれから、しっかり稼いでもらわないといけないからね」
いつも通り、お金の話をする所長。
でも、その言葉が照れ隠しのようにも聞こえた。
俺は二本のトンファーを握りしめた。
数年前、初めてこの事務所を訪れたとき。
俺は何も持っていなかった。
そんな俺を、所長はここに置いてくれた。
仕事を教えてくれた。
戦い方も、生き残る方法も。
そして今、俺のために武器まで用意してくれている。
「……ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
「大切に使います!」
「大切にするのはいいけど、壊れるのを怖がって使わないなんてことはやめておくれよ」
「はい!」
「それと、無茶して壊したら修理代は給料から引くからね」
「ええっ!?」
「当然だろう。特注品なんだから」
所長はそう言って、くすりと笑った。
俺もつられて笑う。
そして、トンファーに刻まれた蔦の紋章を指でなぞった。
アイビー事務所。
これからは俺も、この名前を背負って戦うんだ。
「……頑張ります、所長」
「ああ」
所長は机の上の硬貨を手に取った。
「期待しているよ。九級フィクサー君」