私の親友が百合ハーレムを作ってるわけないじゃん! 作:木下てれん
「ふぁ…………ねむ……」
王塚さんと一緒にゲームをしたあの日から、二日後の日曜日のこと。私は欠伸を公に晒しながら外を歩いていた。
隠すこともない、明らかな睡眠不足。原因は明白だった。
それはもちろん、王塚さんにとことん付き合ってしまったこと。
金曜日の時点でそもそも夜遅くまで教えていたのに、まさか次の日の夜中にも習いに来るとは思っていなかった。私は言ったよ? 正気ですか?って。そしたらこう返って来たの、私は王塚真唯だよって。いや納得しないよ?全然しない。それが罷り通ることって普通は稀有なんだよね。王塚さんは知らないかもしれないけど!
まぁしかし、知っての通り私の立場で断れるはずもなく……結局また深夜までゲームしてこの通りだよ。なんなら今日も来ようとしてたみたいだからね!? 予定があったから断れたけどさぁ!
数十分程度歩いたくらいで、最寄りの駅が視界に入る。今日の予定というのは、ここから四駅離れたところにあるクイーンドーナツというお店に向かうことだった。
数日前に面接を受け、無事採用。そして今日は初めてのバイトの日。そんな大事な時に寝不足が祟っているのは少々不安だが、まぁ大層なことはやらないだろう。それに態々知り合いに会わないよう遠いところに応募したんだ、変な事故も起きるはずがない。
さぁ〜て! 初バイト楽しみだなぁ!
私は鼻歌混じりに、少し小走りで改札を通った。
◇
「で、どうして貴方がここにいるの?」
「いや……その……本当にたまたまで……知らなくって……」
「そう、それでどうして貴方がここにいるの?」
「今返答しましたよね!? 琴さん!!!」
どうして私は毎度こういう目に遭わなければならないのだろうか。クイーンドーナツに着いてから店長さんに案内された従業員専用ルームに入ってみれば、そこに居たのはクインテットの一人である琴紗月さん。
この巻き込まれ方は流石に理不尽だと思うんです、私。部屋に入った瞬間、とてつもないくらい睨まれて本当に怖かった。あわや泣くところだった。
「はぁ……こうなってしまったものは仕方がないわね……呉々も方々に言いふらしたりはしないように。特に甘織たちには……ね?」
「は、はい!勿論でございます!私もバレたくはないですし!」
その一文字に凄まじい圧力を感じ、たじろいでしまう。
ひぃ! 視線がずっと私を射抜いてくる!
私が鬱ハムスターのように頭を抱えながらブルブル震えていると
「……はぁ、そんなに怯えなくてもいいわよ。少しキツく言い過ぎたわ、ごめんなさい」
そんな私を見かねて?なのか、琴さんが申し訳なさそうに言葉をかけてきた。もしかして、普段冷たそうに見えるだけで意外と優しいのかな……?
「考えてみればクラスも別だし、貴方が特別仲良いのも甘織くらいでしょう?」
「そ、そうですね。特別仲良いのは……れなくらいで……」
ここ数日の、王塚さんとの記憶が蘇る。
仲良くなれた自信はあるが、特別という程ではないだろう。それにまだ家で遊んだだけで、学校でどう接してきてくれるかはまだ分からないし、嘘はついていないはずだ。
「そう、ならまだいいわ。それになんとなく……」
琴さんは改めて私をじっと見つめながら『いえ、なんでもないわ』と言葉を濁した。なんだろう……まさか、知らぬ間にまた粗相を!?
そんなことを考え、また見透かされたように溜息をつかれたその時のことだった。私たちが知り合いということに目をつけた店長さんが『二人って知り合いだったの? じゃあ紗月ちゃんがこの子に仕事教えてあげてくれない?』と声をかけてきたのだ。
その……確かに知り合いではあるんですが……どちらかといえば関わり難いというか……巻き込まれたくないというか……!
私は恐る恐る琴さんの方を見やった。もしかしたら断ってくれるかもしれないという、淡い希望を持ちながら。
「大丈夫ですよ、分かりました」
まぁ、そんなことあるはずもないんだけどね!分かってたよ!くそぉ!
琴さんはお手本の様な笑顔で店長さんの頼みを受け持った。そりゃあ、琴さんからしたら断わる理由ないもんねぇ……。
「……はぁ、どうしてこうなるのかしら」
「うっ……ごめんなさい……」
店長さんがお店に戻ってすぐのこと、琴さんから即刻不満が漏れだしていた。すいません……心山零に悪気は無いんです……。
「別に、貴方のことを責めてるわけじゃないわ。まだここに来て一ヶ月なのにどうして新人の育成なんか……」
「えっ!? まだ一ヶ月なんですか?」
「そんな驚くことでもないでしょ、まだ15歳なんだから」
えっあっ、そっか。そういえば同い歳か……。
なんでだろ、琴さんが大人びすぎていてなんとなく歳上に見ていた。違う世界の人間というか、みんなと一定の距離感を保っている感じが特にそれを感じちゃって。
「それで貴方、名前は?」
「へ?」
急に名前を聞かれ、きょとんとする。
もしかして私今、距離詰められてる!?琴さんから!?
「何をそんなに呆けてるの? 貴方に仕事を教えないといけないんだから、名前くらい知らないと不便だわ」
「あっ、そうですよね。気にしないでください」
……普通に考えたらそりゃそうだった。琴さんの前だと変に緊張しちゃって、なんだか全然上手く会話が出来ない。この調子でやってけるのだろうか……私……。
「えっと、心山零っていいます。もしかしたら、れなから聞いたことあるかもしれませんけど……」
そんなわけないだろうなと思いながらも、一応口にする。
「……零?」
すると、私の名前を聞いた途端何故か怪訝そうな顔をする琴さん。な、なんか噂でもされてるのだろうか。目立った行動をした記憶はないのだけれども……。
「貴方、もしかして最近真唯に何かされたりした?」
「はい!?な、なんでですか!?」
不意に予想外の所を突かれ、酷く動揺してしまう。
な、なんでバレてるの!? いややましいことしてた訳じゃないんだけども!? 王塚さんが喋った……?態々琴さんに……?い、いや、流石にそれは考えられないんだけど……ほ、ほんとになんでぇ!?
わけの分からない指摘に混乱して、上手く言葉が紡げず立ち止まっていると、琴さんが心配そうに声をかけてきた。
「その感じ、図星みたいね……。最近、真唯が心山零と関わりを持ちたいとかいって、色んな人から話を聞きにいくのを見てたのよ。というか私にも聞いてきたわ」
「そ、そうだったんですか!? だから私の家の場所知ってたのかな……」
「……家? 貴方家にまで押しかけられたの?」
しまった!!!口が滑った!!!
その言葉を聞いた途端、琴さんの表情が普段よりさらに険しくなった。
「あいつ……本当に王塚真唯ね……。大丈夫だった?何か変なものを売りつけられたりとかされてない?」
「どういう印象なんですか!? 普通に遊んだだけですよ!普通に!」
「そう? それだけの為に態々家にまでは行かないと思うのだけど……まぁいいわ」
琴さんは、王塚さんとどういう関係なんだろう……昔馴染みだったりするのかな? なんとなく今の会話からそう感じた。
というか、それよりも……
「もしかして、心配してくれてるんですか?」
琴さんが私にそうしてくれたのが、なにより意外だった。れなと話す過程でたまに教室の外から見かけたりはあったけど、なんとなく冷たい人だなって思っていたから。それがほぼ初対面なんかの私に対してだったら、特にそう感じてしまう。
「まぁ、あれが何かやらかした時は一応止めてあげたいから」
少し目を逸らしながら、そう言葉を吐く琴さん。
ふふっ、となんだか少し笑ってしまう。やっぱり、話してみないと分からないことはあるものだ。直接的ではないけれど、やっぱり気にかけてくれるってのがよく伝わってくる。そして、琴さんがとっても友達想いなのも。
でも、私が思ったまんまの言葉を伝えても、琴さんはきっと素直に受け取ってはくれないだろうし、好感度を上げたいってわけでもないから。
「琴さん、ありがとうございます。お互い苦労しますね」
感謝の気持ちだけを言葉にすることにした。別に、無理して仲良くなろうってわけじゃないのだ。ただバイト先で出会った同級生と、他愛のない雑談をしているだけ。恋愛だの親愛だの、そういうのって聞いてるうちにやっぱり面倒臭いなーって感じることはあるから。琴さんに対しては、こういう距離感が一番なのかなって。まぁ勝手な想像だけどね!
そんな私の発言に琴さんは少し目を丸くしながら、言葉を零していた。
「やっぱり、なんとなく似てる気がするのよね……」
「似てるって、何処がですか?」
口に出したつもりがなかったのか、琴さんは少し戸惑うような素振りを見せたあとに、一度咳払いを挟んでからまた口を開いた。
「……そうね、我儘な友人に苦労をかけられているところ……とかかしら」
「うっ……言い得て妙かも……」
私はピンク髪の十五歳児のことを思い出した。最近のあいつに関しては、苦労をかけられてるなんてものじゃないレベルだが。まぁそれでも、私はれなのことが大切だし、結局面倒見ちゃうんだけどね。いつまでこれなんだろうか……私は……。
「ねぇ、零」
琴さんはそんな私を見つめては、少し笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「ど、どうしました?」
「もし話すなら敬語かタメ口、どっちが楽?」
「どういう意図ですか!?」
こ、怖い!急に笑ってきたのも含めてすっごく怖い!
「いいから答えなさい」
「あっはい。どちらかといえばタメ口の方が楽ではあります」
シンプルな圧に負けて、何も考えずに思ったことを口にしてしまった。コミニュケーション、ミスってないよな!?
「そう、ならこれからはタメ口でいいわ」
「……はい?」
何故か琴さんからタメ口の許可を頂いて困惑する。ど、どうしていきなり喋り方の指摘を……???それにタメ口って、琴さんはそういう話し方してくるやつに対して『頭が高いわよ、この凡夫が』って拳を繰り出すタイプじゃないの!?
「喧嘩なら買うわよ」
「心読むのやめてくれませんか!?」
やっぱりこの人、察しが良すぎないだろうか。だからといって、どうして急に気に入られたか理由は分からないけれど……。
「別に特異な理由はないわ。ただ私が貴方に興味が湧いて関わりたくなっただけだから」
ナチュラルに心情から会話してきて恐怖を感じる。
「そ、そうなんですか……?」
「そうよ、だからいい加減肩の力抜きなさい。ずっとそれは疲れるでしょ」
……この人の前で隠し事は出来ない気がする。気がするけど、それでも琴さんにならいいかって、そう思えちゃう魅力がある。
いつか、私が琴さんと本音で語り合うなんてことが来ちゃったりもするのだろうか。話して数分でこんな想像をするなんてあまりにも馬鹿らしいけど。
ただ、なんとなく琴さんも似たような気持ちを抱えてる気がして。
「ありがと、琴さん。これからよろしくね!」
私はとびきりの笑顔で、改めて声をかけた。
「ええ、よろしく」
それに応えるかのように琴さんも、私に笑いかけてくれたのだった。
「それじゃ、仕事に向かいましょうか」
「ぁ……そ、そうだね!向かおっか!」
「……忘れてたの?」
すいません!!!一つのことしか考えられなくってぇ!!!