ドラゴンクエストそして伝説へはじまりの物語   作:北内清

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連載小説
1〜17話まで
ドラクエの世界観を崩さないように書いておりますが



ドラゴンクエストそして伝説へ始まりの物語

 

一、 秘宝の島と、王の防壁

世界の果て、荒波に囲まれた絶海の孤島にアリアハンはあった。

 

この島には、大陸の国々が喉から手が出るほど欲しがる秘宝がある。この土壌と気候でしか育たない特産品――「黒胡椒」だ。

ひとたび海を渡れば黄金の山に匹敵する富を生むそのスパイスは、アリアハンの命綱であると同時に、世界中の強欲な商売人や海賊たちの目をくらませる毒薬でもあった。

 

かつて、この島には大陸のロマリアへと通じる「旅の扉」と呼ばれる魔導通路が存在していたという。だが、後を絶たない黒胡椒の密売と、外敵の侵略から国を守るため、先先代のアリアハン王は時の魔導士に命じ、その通路を固く封印した――という伝説が古老たちの間でまことしやかに語り継がれている。

 

それ故に、現在のこの国には絶対の鉄則があった。

「この島で、船を造ることは一切の禁忌とする」

 

漁のための小舟を除き、大陸間を往来する大型船の建造は厳罰をもって禁じられている。

「我が国が外の世界へ船を出せば、黒胡椒を狙う欲深き者どもを引き寄せ、いつかこの平和な島と民が血の海に沈むことになろう」

それが王の掲げる信念であり、アリアハンが頑なに守り続けてきた教えだった。島民たちが外界と繋がり、身を守るための唯一の命綱は、今や月に一度、王国の厳重な管理下のもとで港へやってくる「一隻の貿易船」だけであった。

 

外の世界がどう変わろうとも、この厳重な防壁さえあればアリアハンは安泰である――誰もがそう信じて疑わなかった。

あの知らせが届くまでは。

 

二、 届いた闇と、王の決意

世界を揺るがす大地震が起きたのは、いつの頃だったか。

だが、その大地鳴りは、やがて訪れる破滅の序章に過ぎなかった。

 

アリアハンの遥か遠く、険しきネクロゴンドの大地にて、世界を引き裂くような巨大な亀裂が走り、魔界へ通じる大穴が口を開けた。そこから湧き出したのは、命あるすべてを滅ぼさんとする魔王バラモス率いる軍勢。

黒き翼と牙を持つ魔物たちは、瞬く間に諸国の城を落とし、世界の空を灰色の絶望へと変えていった。外の世界から届く断末魔の知らせは、アリアハンの高すぎる防壁をも越え、人々の胸を凍りつかせた。

 

王城の謁見の間。

重厚な扉が閉ざされた静寂の中、アリアハン王は届いたばかりの書状を固く握りしめ、玉座から降りて目の前に立つ一人の男を見据えていた。

 

「オルデガ……世界が、どうなっているか知っているな」

 

王の声には、迷いではなく、重い覚悟の色が宿っていた。

アリアハンの英雄――オルデガ。海賊の襲撃から国を救い、この島の平穏をその双肩で支えてきた無二の戦士。王とオルデガの間には、主従という枠を超えた、血よりも濃い信頼があった。

 

「ネクロゴンドの大穴から湧いた魔王の軍勢が、今や世界を次々と飲み込んでおる。このまま放置すれば、外の世界はすべて闇に沈み……やがては、孤立したこのアリアハンとて滅びる運命だ」

 

王は歩み寄り、オルデガの屈強な肩を力強く叩いた。

 

オルデガは静かに笑い、背負った無骨な剣の柄に手をかけた。その眼差しを見ただけで、王には言葉の続きがすべて分かった。

 

「ふっ……言うなよ、王様。俺がこれからどこに行こうとしているのかは、お見通しだろ」

 

「ああ、分かっているさ」

王はフッと大きく息を吐き出すと、まっすぐに前を向き、力強く言い放った。

 

「我が国を救えるのはお前しかおらん。どうせ止めたところで、お前が聞かぬこともな……! 行ってこい、オルデガ!」

 

王のその言葉に、謁見の間に控えていた側近や兵士たちも深く頭を垂れた。

 

「アリアハンの戦士よ。我が国の誇りと祈りを背負い、世界を闇から解き放て! 必ず、生きて帰ってこい。それが、我が王命だ!」

 

こうして、王の熱い信頼と確固たる決意により、英雄オルデガは月に一度の貿易船の甲板に立ち、未曾有の戦いへと旅立ったのだった。

 

三、 帰らぬ船

オルデガが旅立ってから、幾度もの季節が巡った。

アリアハンには相変わらず穏やかな時間が流れていた。畑には黒胡椒の青々とした葉が揺れ、人々は月に一度の貿易船の到来を心待ちにし、オルデガの妻・イルは庭先で少しずつ大きくなる息子・アルタの手を引いて、夫の帰りを待ちわびていた。

 

世界は魔王の闇に包まれているという。それでも、あのオルデガだ。いつか必ず、あの豪快な笑い声とともにこの港へ帰ってくる――誰もがそう信じて疑わなかった。

 

だが、ある月のこと。

定刻通りに港へ静かに着岸した貿易船の甲板から降りてきた船員たちの足取りは重く、誰一人として顔を上げようとはしなかった。

 

もたらされたのは、あまりにも重い現実だった。

 

――ネクロゴンドの深部。魔王バラモスとの激闘の果てに、オルデガは帰らぬ人となったと。

 

王城の間は、深い絶望の沈黙に包まれた。自らの手で送り出した親友の死を受け入れきれず、王は玉座の前で膝をつき、ただ歯を食いしばって男泣きに泣いた。

 

最強の盾を失い、アリアハンは大きな喪失感のなかに放り出された。

 

その夜――。

静まり返った王城の奥の間で、王はオルデガの妻・イルをひそかに呼び寄せていた。

飾り気のない部屋の片隅で、王は深く、地の底まで届くような謝罪の意を込めて頭を垂れた。自分が世界へ送り出さなければ、オルデガは死なずに済んだかもしれないという自責の念が、その巨体を押し潰していた。

 

「すまなかった、イル……。私の我が儘が、彼を奪った」

 

王の震える声に、イルは静かに首を横に振った。その瞳に涙はなく、ただ夫譲りの強い光が宿っていた。顔を上げた王は、イルにまっすぐな問いを投げかけた。

 

「……アルタが16になるまでの間、尋ねておきたい。あの少年を、オルデガの血を断ち切って普通の農夫としてアリアハンの民のなかに生きさせたいか。それとも――」

 

言葉を詰まらせる王に、イルは静かな、しかし凍りつくほどに揺るぎない声で遮った。

 

「王様。私がどんなに母親として守りたいと願っても……あの人の血を引くアルタは、きっとこの混沌の世に一矢報いる道を選ぶでしょう」

 

イルの言葉に、王は息を呑んだ。

 

「あの子は、いつか父の背中を追いかける。たとえそれが、どれほど険しく命を削る茨の道だとしても……私は母親として、あの子の翼をもぎ取るような真似はしません」

 

我が子の運命を静かに見定める、母の切なくも恐ろしいまでの強さ。

王はしばらく言葉を失ったのち、ゆっくりと顔を上げ、そして深い覚悟を込めてうなずいた。

 

「……分かった。ならば、国を挙げてあの少年の背中を支えよう。オルデガの遺志を継ぐ者として、真の強さを身につけさせる」

 

王のその決意とともに、アリアハンは新たな運命の歯車へと動き出した。

オルデガの残した小さな命は、絶望の泥の中から、ひっそりと、しかし確かな足取りで未来の戦いへと歩み出していた。

 

第2話:町外れの森と、小さなメラ

一、 英雄の妻と、武器屋の片隅

アリアハンの王都は、いまなお英雄オルデガの不在の重みと、世界に忍び寄る不穏な影に包まれていた。

国民たちは、亡きオルデガの妻であるイルと、その忘れ形見であるアルタを「王国の宝」として守ろうとした。しかし、当の母であるイルは、そうした周囲の気遣いには一切流されなかった。

 

「お城にこもって特別扱いされたところで、何が変わるわけでもありませんからね」

 

夫が遺した誇りにすがるのではなく、イルは自らの足で立ち、人々のために生きる道を選んだ。彼女は元々持っていた優れた治癒の魔法を使い、毎日朝から晩まで教会の治療院で懸命に働いていたのである。

「勇者の奥方様が、庶民と同じように働くなんて……」と街の人々はハラハラしたが、イルの曲がったことが大嫌いな気質と、困っている人を決して見捨てない生き方は、誰にも止めることができなかった。

 

そのため、日中、母親の治療院についていけない5歳のアルタは、王都の一角にある武器屋「ポポス堂」の店先に預けられるのが日課になっていた。

 

「おっ、アルタ、来たか」

店主のポポスが、ぶっきらぼうだが温かい笑みを浮かべて迎える。

そして、その足元からひょっこり顔を出すのが、ポポスの息子・デネルだった。

 

デネルはアルタより3つ年上の8歳。小柄ながらもすばしっこく、木刀を振り回すのが大好きな腕白坊主だ。

デネルが生まれたときの名付け親は、あの英雄オルデガだった。そのため、デネルにとってアルタは、弟分であると同時に、自分がしっかり守ってやらなければならない特別な存在だった。

 

「おいアルタ、今日も俺の特製木刀のすべり止めを手伝えよ!」

「うん! お兄ちゃん!」

 

ふたりは毎日、武器屋の片隅で剣の真似事をしたり、あちこちを駆け回ったりして、本当の兄弟のように仲良く過ごしていたのだった。

 

二、 森への足音と、揺るがぬ母の言葉

だが、平穏な日々にふとしたきっかけで幼い足が踏み出すのは、いつの世も決まり切ったことだった。

 

その日は、ポポスの妻――デネルの母親がひどい風邪で床に伏せっている日だった。店は客の対応でてんてこ舞いになり、ポポスがひっきりなしに訪れる冒険者たちの相手をしている最中のこと。

デネルは店番の合間に、奥の部屋から聞こえてくる母親の苦しげな咳払いを聞きながら、トボトボと床に座り込んでいた。

 

「……はぁ。母ちゃん、すごく苦しそうだな……。森に生えている薬草があればすぐに良くなるのになぁ……」

 

一人でうなだれるデネルの横に、ちょこんと歩み寄ったのは5歳のアルタだった。

アルタはきょとんとした大きな目をパチクリさせ、デネルの顔をのぞき込むと、まっすぐな声で言った。

 

「にいちゃん! 森に行こうよ!」

「アルタ……?」

「おばさん助けてあげようよ!」

 

アルタの無邪気な笑顔に背中を押され、デネルの胸のなかに熱いものがこみ上げる。

こうしてふたりは、こっそりと店の裏口から抜け出して町外れの森へと足を踏み入れてしまったのである。

 

その頃、王都では大騒動が起きていた。

「大変だ! オルデガ様の御子息が、武器屋から姿を消したぞ!」

「なんだって!? 一体どこへ行ったんだ!」

 

城の衛兵まで巻き込んで、王都中がパニックに陥る中、真っ青になったポポスと妻が、教会の治療院へと血相を変えて駆け込んできた。

 

「イル様! す、すみません! 私たちの目が届かぬうちに、デネルとアルタが連れ立って町の外へ……!」

ふたりは床に額をこすりつけんばかりに謝罪した。

 

しかし、治療院の傍らで、イルは微動だにせず、真っ直ぐにふたりを見据えた。

その瞳には一切の焦りも恐怖もなかった。

 

イルは静かに首を横に振ると、王の使いや衛兵たちをも見据えて、堂々と告げた。

 

「頭を上げてください。あの子たちは無事です」

 

その声には一切の迷いがなかった。

「あの子たちは、あの方が見守っています。――オルデガ様が、ついていますから」

 

夫の魂がこの世界に生き続け、自分たちを護り導いているという確信。その母の強さと気高い言葉に、その場の全員が息を呑み、不思議とざわめきが鎮まっていくのだった。

 

三、 森の奥の脅威と、溢れ出た炎

ところ変わって、町外れの深い森。

木漏れ日が差し込む小道で、デネルとアルタは目的の薬草を懸命に摘んでいた。

 

だが、その背後に、不気味な気配が忍び寄っていた。

グニャリと歪む、青黒い粘液の塊。それは、本来この世界に存在するはずのないものだった。はるか遠く、ネクロゴンドの大穴が開いたことで世界にあふれ出した、人間を害するために這い出してきた悍ましい魔物――スライムである。

 

「デネル、危ないっ!」

 

アルタが叫ぶより早かった。

不気味な水音がした瞬間、頭上からドロリとした青い影が飛びかかり、デネルの顔面をすっぽりと覆い隠した。

 

「んぐっ……!? なんだこれ、息が、息ができないっ……!」

「お兄ちゃん!!」

 

デネルが地面にもがき苦しむ。スライムの強力な粘膜が気管を塞ぎ、命の息吹を容赦なく奪っていく。

どうしよう、お兄ちゃんが殺される――!

恐怖に呑まれかけたその瞬間、アルタの中で、父親譲りの血が猛烈に沸騰した。

 

この人を、絶対に奪わせない。

 

ぐっと握りしめたアルタの小さな拳から、内なる衝動に従うようにして熱い塊が込み上げ、次の瞬間、凄まじい熱量が手のひらから爆発的に放たれた。

 

轟音とともに奔った鮮烈な紅蓮の炎は、その魔物を直撃し、一瞬にして跡形もなく焼き尽くした。

 

「はぁっ、はぁっ……! い、息が……!」

地面に倒れ込み、デネルは必死に空気を肺に吸い込む。その傍らで、アルタは自分の小さな手から立ち上る煙を、訳が分からないといった様子もなく、ただじっと見つめていた。

 

四、 怒鳴り声と、旅の魔法使い

「おい、今の魔力の爆発はなんだ!?」

「あっちだ! 森のほうから聞こえたぞ!」

 

少し遅れて、捜索に出ていた衛兵たちや村の大人たちが木々を掻き分けて駆けつけてきた。

 

消滅した魔物の痕跡と、煤まみれになって震えているデネル、そして佇むアルタを発見した大人たちは、開いた口が塞がらなかった。

 

「デネル! アルタ! お前たち、なんて危険な真似を……!」

ポポスは安堵のあまり涙を浮かべながらも、強く叱責を飛ばした。

 

森での騒動から戻り、夜が更けた武器屋の片隅。

こっぴどく絞られたデネルとアルタが静かにうなだれているところへ、心配して駆けつけていたイルが静かに入ってきた。

 

「ごめん、とうちゃん! アルタが助けてくれたんだ」

デネルがポポスの後ろで肩を縮こまらせながら、必死にそうかばった。

 

しかし、イルの表情は厳しかった。彼女はアルタの前にまっすぐ歩み寄ると、その小さな肩をしっかりと掴み、静かに、だが凍てつくような強い声で叱り飛ばした。

 

「アルタ、あなたが理性を失えば、デネルも一緒に焼け死んでいたかもしれないのですよ」

 

アルタはぐっと唇を噛み締め、俯いた。

イルはわが子の頬にそっと触れながら、どこか哀しげに、そして恐れるように続けた。

 

「あんな恐ろしい呪文は、心の奥底に封じなければなりません。……あなたは、勇者の子なのですよ」

 

亡き夫が背負った過酷な運命の重みを誰よりも知っているからこそ、我が子が同じ修羅の道を歩むことを恐れる母親の切実な声だった。

 

その時、静まり返った店内に、乾いた足音が響いた。

 

「これこれ、ご婦人。そう怯えるもんじゃない」

 

振り返ると、そこに立っていたのは、すり切れたローブをまとった50代ほどの旅の魔法使いだった。彼の名はシガテラ。

シガテラはふっと不敵な笑みを浮かべ、アルタを見据えてこう言ったのだ。

 

「この子の魔法の才……。今はまだ自分の力を制御できぬが、鍛錬次第では世界を救う大いなる力となるだろう」

 

ただ者ではない空気を纏った男の言葉に、店内の空気がピリッと張り詰めたのだった。

第3話:師シガテラと、交錯する剣と呪文

一、 砂漠の片足と、果たすべき恩義

「起きろ、小僧ども!」

 

武器屋の天井を突き破るような老人の野太い声で、朝の静けさは木端微塵に砕け散った。

それから――アルタとデネルの、地獄のような、しかし光り輝くような日々が始まった。

 

遡ること、あの夜。

アルタの暴走を案じ、「恐ろしい呪文は封じなければ」と拒絶する母イルの前に、シガテラは杖を突きながら割って入った。

 

「これこれ、ご婦人。そう怯えるもんじゃない」

 

シガテラは深く帽子を脱ぎ、敬意を込めた真摯な目をイルに向けた。

「……わしは昔、ほんのいっときだが、旅の途中でオルデガ様にお供したことがある。あの圧倒的な背中を追いかけ、最後まで命を預けるつもりでいたんじゃよ」

 

遠い日の記憶を噛み締めるように、シガテラは自身の不自由な右足をぽんと叩いた。

「だが、イシスの砂漠で『地獄のハサミ』の群れに襲われ、ワシは片足を失った。足手まといになったワシを、オルデガ様はアッサラームの宿に預け、そのまま旅立たれた。……あの人は、旅の途中でもいつも息子の話をしておったよ。『アルタは今頃どうしているだろうな』『あいつの顔を早く見にてえなぁ』ってな」

 

シガテラは杖を握る手にぐっと力を込め、イルの前に深く頭を垂れた。

「オルデガ様がワシを置いていったのは、命を救うためだった。今度は、ワシがそのご恩に報いる番じゃ。イル殿、この子が『誰かを守りたい』と願ったからこそ、あの呪文の力が目を覚ましたのじゃ。暴走せぬよう、正しく導く術をワシに学ばせてくれまいか。オルデガ様へのせめてもの報いじゃ……!」

 

母の強さと、夫の遺した絆の深さを知るイルは、しばらく静かにアルタを見つめた後、ゆっくりと頷いた。

こうして、老練な元・冒険者シガテラによる、ふたりの少年の育成が始まったのである。

 

二、 剣と呪文の交錯(8年間の軌跡)

シガテラの修行は容赦がなかった。

まだ薄暗い早朝の水汲みに始まり、険しい裏山への駆け足、滝に打たれての精神統一。そして、日が暮れるまで続く過酷な剣の鍛錬。

 

だが、ふたりの才能の開花は、まったく対照的だった。

 

剣を振るえば、ポポスの血を引くデネルの才能は爆発的に伸びていった。重い鉄の剣を風切る音は大人顔負けで、どんな型でも一瞬で自分のものにしてしまう。しかし、デネルが教えられた攻撃魔法の呪文を唱えても、ただパチパチと火花が散るだけで、相手を焼き尽くすような炎は微塵も出なかった。

 

逆に、剣の素振りではいつまでも木刀をポキポキと折り、フォームもおぼつかないアルタだったが、呪文の理論を教えられた瞬間、あの夜の赤い炎を思い起こさせる底知れぬ才能を見せつけた。シガテラが教えた攻撃呪文を、わずか数日で自分なりに応用し、的を正確に焼き焦がしてみせるのだ。

 

「お前たち! 剣と術は表裏一体! どちらか片方しか使えぬようでは、いつか必ず大切なものを守り切れなくなるぞい!」

 

シガテラの怒声が山に響く。

ふたりは互いに無いものを羨み、そして歯噛みした。

 

ある日の剣の修行中、激しく打ち合う最中に思わぬアクシデントが起きた。デネルが振るった木刀が大きく軌道を逸れ、誤ってアルタの額を激しく直撃してしまったのだ。

 

「――っ!」

 

鈍い音とともに、アルタがその場にバタリと倒れ込み、額から真っ赤な血が流れ出した。

 

「アルタ……っ!?」

 

顔面を真っ青にしたデネルは、慌てて木刀を放り出し、崩れ落ちるようにアルタの傍らに膝をついた。

意識を失い、ぐったりとしている弟。流れ出る血を見て、デネルの胸に激しい恐怖と後悔が渦巻く。

 

「ごめん、アルタ! しっかりしろ! 死ぬなよ、アルタ……っ!」

 

震える両手をアルタの額の傷口に強く押し当て、デネルは無我夢中で叫んだ。

――神様! アルタの血を止めて、傷をふさいでくれ……! 頼む、あいつを助けてくれ……!!

 

頭をぐしゃぐしゃにかきむしるように祈ったその瞬間、デネルの脳裏に、どこからか鮮烈な言霊が響いた。

 

――『ホイミ』。

 

頭に浮かんだその名を、デネルは迷わず叫んだ。

「ホイミッ!!」

 

次の瞬間、デネルの掌から柔らかな聖なる光が溢れ出し、アルタの額を包み込んだ。

嘘のようにみるみる血が引き、開いていた傷口がピタリと塞がっていく。

 

「うぅ……ん……?」

 

数秒後、アルタがうっすらと目を開け、ゆっくりと身を起こした。

 

「ごめんな! アルタ! 大丈夫か!?」

「うーん……? なんか、頭がぶつかったような……でも、痛くないよ」

 

キョトンとするアルタを見て、デネルはその場にへたり込みながら、大粒の涙を流して弟を強く抱きしめた。

「よかった……本当によかった……!」

「うん! にいちゃん、ありがとう」

 

ふたりが安堵に包まれている様子を、少し離れた木陰から、シガテラが片目を細めながらじっと見つめていた。

 

「ほうほう……。あやつ、いつの間に癒やしの呪文を会得したんじゃ」

 

老魔道士は口元に不敵な、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべて満足そうに腕を組んだのだった。

 

それから、ふたりは互いの足りない部分を補い合うように、死に物狂いで泥にまみれた。

アルタは呪文の合間に必死で剣の構えを学び、デネルはアルタに教わりながらも、自分の内側で目覚めた治癒の力を磨き上げていった。

 

月日は流れ、アルタは13歳に、デネルは16歳になっていた。

少年から青年の顔つきへと変わったふたりの拳は硬く、その背中は、いつの間にか誰もが振り返るほど頼もしく成長していたのだ。

 

三、 成人の儀と、それぞれの道

デネルが王国で成人を迎える日。

アリアハンの王城の大広間には、厳かな空気が満ちていた。

 

「にいちゃん、おめでとう!」

城の門の前で、アルタは満面の笑みでデネルの背中を叩いた。デネルは少し照れくさそうに頭を掻き、引き締まった表情で玉座の間へと歩みを進める。

 

王は、ひげを撫でながら、堂々たる体躯に成長したデネルを見据えた。

「デネルよ。お前は本日より成人となり、国家に仕える職業を与える。……望みはあるか?」

 

アリアハンにおいて、王宮に仕えることは一族最大の誉れであった。誰もが「武術師範への道に違いありません」とざわめく中、デネルはまっすぐに前を見据え、はっきりと告げた。

 

「王様、私は神に仕え、治癒の力を使い、最前線で戦える僧侶を目指したいと思います」

 

広間がどよめいた。

「ほう……その若さで僧侶を。城に仕えておれば、ポポスの店も安泰だろうにのう」

王はしばらくデネルの目をじっと見据えた後、ふっと満足そうに髭を揺らして頷いた。

「いいだろう。その気概、惜しい男ではあるが、神殿への道を許可する」

 

四、 夕日の別れ

数日後。

デネルは、僧侶としてさらに高みを目指すため、シガテラと共に世界の中枢にある『ダーマの神殿』へ向かう旅に出ることを決めた。

アリアハンの港。

出発の朝、月に一度の貿易船が静かに着岸する中、国中の人々がふたりの見送りに集まっていた。

 

「にいちゃん、本当に行っちゃうのかよ」

アルタは、デネルの荷物持ちのローブをぎゅっと握りしめたまま、なかなか顔を上げられなかった。

 

デネルは笑って、アルタの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

「泣くなよアルタ。お前はこれからもっと強くなるんだろ? 攻撃の呪文だけじゃなく、もっとすげえ魔法使いになってみせろよ。……すぐに戻ってくるさ、約束する」

 

シガテラは杖を突きながら、ふっと目を細めて遠くの水平線を見た。

「行くぞい、デネル。そろそろ出航の時間じゃ」

 

「はい、師匠!」

 

ふたりはタラップを登り、貿易船の甲板へと歩み出す。

アリアハンの青い海を背にして、外の世界へと漕ぎ出すその後姿は、かつてこの島を旅立った伝説の英雄オルデガの背中に、どこか重なって見えた。

 

汽笛が鳴り響き、船がゆっくりと港を離れていく。

遠ざかる甲板の背中を見送りながら、アルタはもう我慢できなかった。

夕日に赤く染まった頬を、とめどなく溢れる涙が伝い落ちる。

 

「にいちゃん……っ!」

 

声にならない叫びを飲み込みながら、アルタはしっかりと拳を握りしめた。

別れの寂しさと、胸の奥で燃え盛る熱い決意を抱きしめながら、少年の瞳は、まだ見ぬ広い世界へとまっすぐ向けられていたのだった。

 

第4話:裏通りの蹴りと、兄弟子の帰還

一、 貿易船と、異国の男

デネルがアリアハンを旅立たせてから、一年が過ぎていた。

師匠であるシガテラも、兄貴分であるデネルもいない武器屋「ポポス堂」の店先は、どこか広すぎるように感じられた。13歳になったアルタは、相変わらず店の手伝いをしながらも、どこか退屈を持て余していた。

 

そんなある日のこと。

アリアハン唯一の外部とのパイプラインである、「月に一度の貿易船」が港に姿を現した。

 

島国であるこの国にとって、船を造ることは禁忌であり、外との往来はこの貿易船でしかありえない。その貴重な船から、ひょっこりと降りてきた男がいた。

ガタイが良く、顔の半分を奇妙な覆面や布で隠した、いかにも怪しい異国の男だ。

 

ただ者ではない雰囲気をプンプンと漂わせたその男は、波止場からまっすぐに王都の酒場へと足を向け、やがて『ルイーダの酒場』の木の扉を押し開けていた。

 

二、 ルイーダの酒場と、早とちりの騒動

「ルイーダさん。ポポスさんに頼まれてお酒を買いに来たよ。いつものコーン酒、お願いね!」

 

いつものように元気よく酒場に入ってきたアルタに、カウンターの奥でグラスを拭いていたルイーダは、ピクリと眉をひそめて小声で囁いた。

 

「アルタ、気をつけな。……あそこの席で飲んでいる、あの貿易船から降りてきた見慣れない男。入ってきたときからずっと目を光らせてやがるんだ。ここでお前に何かあったら、お城の連中に首を刎ねられちまうよ。お前、あのオルデガ様の息子なんだからな」

 

その会話を聞き逃さなかった。

カウンターの隅で黒い酒をあおっていたその男は、突然ガチャンとジョッキを乱暴に置き、椅子から立ち上がった。

 

「今……『勇者の子』と言ったか?」

「ひっ……!」

「その小僧が、あのオルデガの倅(せがれ)か!? ……おい、お前、アルタって名前か?」

 

男がギラついた目を向けてずんずんと歩み寄ってくる。ルイーダは青ざめて叫んだ。

 

「あらやだ、やっちまったよ! マーヤ! お城に連絡して、勇者の子がさらわれるよ!」

「うるさい女だ。小僧、男同士の話だ。おとなしくついてこい!」

「ルイーダさん、大丈夫。行ってくるよ」

 

アルタは全く怯えることなく、むしろ好奇心を隠せない様子でその男の後をついて、酒場の裏通りへと歩み出た。

 

三、 裏通りの拳と、明かされた名乗り

酒場の裏の、人気のない石畳の小道。

振り返った男の纏う異様なプレッシャーに、アルタは思わず身構え、重心を落とした。

 

その瞬間――。

男は無言のまま体をひねり、目にも留まらぬ鋭い連続蹴りを繰り出した。

 

「っ……!」

 

風を切り裂く重い蹴撃。だが、シガテラのもとで鍛え抜かれたアルタの体は反射的に反応していた。サッと身をかわし、踏み込んだ勢いのまま、男のガラ空きの顔面に鋭い裏拳を叩き込む。

 

「ふっ……!」

鈍い衝撃音が裏通りに響いた。

 

しかし、一撃をもらった男は痛がるどころか、むしろ嬉しそうにニヤリと口角を吊り上げて笑った。

 

「……その身のこなし、素早い反撃。さすがはシガテラの弟子だ。見事なもんだぜ」

「え……? 先生の名前を知ってるの?」

「へっ、驚いたか。俺の名はカンダタ。お前から見りゃ、俺は兄弟子ってわけだな。アッサラームでデネルからお前の噂はみっちり聞いてたからよ、酒場で名前を聞いたときすぐにピンと来たぜ」

 

カンダタは鼻を擦りながら、アルタを値踏みするようにじっと見つめた。

「身のこなしは思った通りだが……パンチが軽いな。そんなヒョロヒョロの腕じゃ、いざってときに重い剣は振れねえぞ、小僧」

 

「なんだと……!」

 

と言い返そうとしたその時、通りの曲がり角から「そこまでだ不審者め!」「アルタ様から離れろ!」と、アリアハンの衛兵たちの怒声が響き渡った。

あっという間に、十人ほどの兵士たちが槍を構えてカンダタを取り囲む。

「ちょ、ちょっと待って兵隊さん! この人、怪しいけど僕の知り合いなんだってば!」

アルタが慌てて手を振って止めようとするが、衛兵たちの顔色が変わるわけがない。

「なにを言うかアルタ様! 詳しい事情は、今すぐお城に行って王様に聞かせてもらおう!」

 

こうしてカンダタは、月に一度の貿易船に乗ってやってきた手前、逃げる間もなく衛兵たちにガッチリと取り押さえられ、そのまま王城へと連行されることになったのだった。

 

四、 王城の間と、遠き日の縁

王城の謁見の間。

高い玉座から見下ろす王の太い笑い声が、天井に反響していた。

 

「ガッハッハ! なんと、マダムルイーダの早とちりだったのか!」

王はあご髭をさすりながら、縄こそ解かれたものの腕を組んで立っているカンダタに目を向けた。

「して、カンダタよ。お前は月に一度の貿易船に乗ってわざわざ我が国へ来たが……一体、どこから来たのだ?」

 

カンダタはふっと鼻で笑い、かつての記憶をたぐるように遠くを見据えた。

 

「俺の生まれは、テドンという小さな街でした……。だが、ネクロゴンドに大穴が空いたあの夜、魔物の群勢に飲み込まれ、村は一晩で焼き尽くされた。俺はまだ、10歳だった」

 

謁見の間が、わずかに静まり返る。

 

「そこに現れたのが、シガテラ。……俺の師匠です。俺は師にさまざまな武術を教わりながら旅を続けていた。そして、俺たちがノアニールの街に着いたとき、あの人に出会ったんだ」

 

カンダタの口から漏れた名に、王がハッと息を呑んだ。

「もしや……」

「ああ、オルデガさんだ。この混沌とした世の中を変えるため、師匠はオルデガさんについて行くことに決めた。……だが、16歳になった俺を、師匠はイシスの王宮に預けて旅立った。当時は悔しかったぜ。俺だってもっと一緒に戦いたかったからな」

 

カンダタは自分の大きな手を眺めながら続けた。

「それから年月が経ち、俺はイシスの近衛兵になっていた。そしてつい先日、アッサラームの警護にあたっている最中に、デネルと一緒にいる師匠に偶然出会ったんだ。そこで、アリアハンにいるお前の話を聞いたのさ」

 

カンダタはガシッと自分の胸を叩き、まっすぐにアルタを見据えた。

「旅の途中で耳にした話じゃ、魔王の軍勢は日に日に強くなっている。奴らは、どこかにいるはずの『オルデガの子』を探し回っているってな。……だから師匠は、俺を護衛としてここに寄こしたのさ。もちろん、大陸からアリアハンへ渡るには、あの月に一度の貿易船を使うしかなかったがな」

 

王は深くうなずき、満足そうに髭を撫でた。

「なるほど……シガテラの弟子であり、オルデガの遺志を継ぐ者か。ルイーダの勘違いとは言え、お前が貿易船に乗って我が国に来てくれたのは天の配剤だな!」

 

カンダタは不敵な笑みを浮かべ、アルタの肩にずっしりと重い手を置いた。

 

「そういうことだ、小僧。これからは、このカンダタ様がみっちりお前に稽古をつけてやる。覚悟しておけよ!」

五、 新たな名、そして護衛者カムイ

王はしばらく口元を真剣な線に結び、腕を組んでカンダタを見据えていた。

やがて、重みのある低い声で王は言った。

 

「カンダタよ。……シガテラの弟子である以上、お前のこれまでの噂や名前は、世界の悪党ども、そして魔物の耳にも少なからず届いておるはずだ」

 

謁見の間に、ピリッとした緊張感が走る。

 

「だが、お前が我が国へ来てくれたのは事実。魔物の群れがオルデガの子を狙っているというのなら、なおのことお前の素性がそのままでは都合が悪い」

王は玉座から一歩身を乗り出し、カンダタをまっすぐに見据えた。

 

「アリアハンの戦士として、お前に新しい名を与える。今日からお前は『カムイ』と名乗るがいい」

 

カンダタは、ふっと驚いたような顔をした後、自分の胸に手を当てて静かに目を伏せた。そして、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべ、片膝をついて深く頭を下げた。

 

「……カムイ、か。悪くねえ名前だ。アリアハンの戦士として、この命に代えてもその役目を果たそう」

 

王は満足そうに深くうなずいた。

 

「うむ。アリアハンの戦士カムイよ、頼んだぞ。我が国が誇る勇者の子を守り抜け!」

 

こうして、かつてカンダタと呼ばれていた男は、新たな名と使命を背負い、アルタの傍らに立つことになった。

 

アルタはその様子を少し見上げた後、キリッとした表情で真っ直ぐに男を見据えた。

「よろしくお願いします、カムイさん」

 

「……おう。しっかり俺についてきな、坊主」

カムイは不器用な笑みを浮かべながらも、その大きな手でアルタの肩を軽く叩いたのだった。

 

世界に忍び寄る魔王の魔手が、いよいよアリアハンへと近づきつつある中、若き勇者の子は、新たな守護者とともに次のステージへと歩み出そうとしていた。

 

一、 訓練場の亀裂と、王の裁定

アリアハンの戦士「カムイ」として迎えられた男は、その日から王国の訓練場に自由に出入りし、兵士たちに混じって汗を流すようになった。

だが、その存在を面白く思わない者もいた。近衛隊長の男だ。

 

彼は眉間に深いシワを寄せ、謁見の間に立つ王へ不満をぶつけていた。

 

「王様。いくらカムイが、あのシガテラという魔法使いの弟子であるとはいえ、素性のしれぬ元ごろつき崩れのような男を、あのような戦士として取り立てるのはいかがなものかと存じます」

 

玉座に座る王は、面白そうに片方の眉を上げた。

「ほう。近衛隊長ともあろう者が、そこまで器の小さい男だったとはな。何が不満だというのだね」

 

その時、ちょうど訓練を終えたカムイが、汗を拭いながら謁見の間へと通りかかった。その足音に気づき、王は声をかける。

「おっ、ちょうどいい。カムイ、お前は我が国の兵たちを見てどう思うかね?」

 

カムイはチラリと睨みつけてくる近衛隊長を一瞥し、不敵に鼻を鳴らす。

「……はっ。あえて申し上げるなら、王様。この国の兵たちは皆、オルデガ様の強さに甘え、己が腕を磨くことをすっかり忘れておる。このような腰抜けどもばかりでは、いざ魔物の軍勢がこの島に押し寄せたとき、一たまりもございますまい」

 

「なっ……!」

近衛隊長の背後で、若い衛兵たちが怒りに満ちた拳をグッと握りしめた。

 

王は面白そうにひげを撫で、わざとらしく近衛隊長に声をかける。

「聞いたか、隊長。我が軍が弱いと申しておるぞ。なにぶん隊長は、アリアハン一の槍の使い手だ。そのお前を『弱い』と言われて……隊長、どう思うかね?」

 

近衛隊長は顔を真っ赤に怒らせ、カムイを鋭く睨みつけながら吐き捨てた。

「……ふん。確かに、シガテラという男はかつて勇者オルデガ様と共に旅をしたかもしれん。だが、途中で恐怖に負けて旅を棄権し、命からがら逃げ帰ってきた臆病者だと聞く! そのような卑怯者の弟子に、我が軍を侮辱される言われはない!」

 

「きさま……!」

カムイの顔から笑みが消え、殺気立った目で近衛兵たちをねめつけた。

 

「師を愚弄するか、この野郎……!」

「静まりなさい!」

 

王の野太い声が、謁見の間に響き渡った。王はフッと小さく笑うと、ふたりを真っ直ぐに見据えた。

「はっはっは、若い者たちは血気盛んでよろしい。……だが、そのようにお互いの足を引っ張り合い、いがみ合っているようでは、魔物に攻められるまでもなくこの国は内側から滅亡するだろう」

 

王は立ち上がり、厳かに言い放った。

「お互いの力を認め合うために、武術大会を開く! 遺恨があるなら、闘技場の上でとことんやり合うがいい!」

 

こうして、国中を巻き込む武術大会の開催が決定し、緊迫した空気がアリアハンを包み込むことになったのだった。

 

二、 荒荒しい特訓と、小さな呪文

武術大会が刻一刻と迫る中、王宮の裏庭では、カムイによるアルタへの過酷な特訓が続いていた。

 

「どりゃああっ!」

「っ……! 重いっ!」

 

カムイが振り下ろした木刀を受け止めた瞬間、アルタはその衝撃にしびれを感じ、思わず後ろへよろめいた。

「カムイさん、ちょっと力入り過ぎですよ! 木刀が折れそうだし、手が痺れて感覚がないよ! いったいどうしたんですか、さっきから険しい顔して!」

 

息を切らせるアルタに、カムイは舌打ちをひとつする。

「甘えるな、アルタ! お前はこのままだと、あの城にいるひよっこ兵どもと同じ『腰抜け』になるぞ。いつまでもオルデガ様の強さに頼り、自分の力だと勘違いするような愚か者にだけはなるな!」

 

「わかったよ、わかったよカムイさん! そんなに怒鳴らないでよ!」

アルタは額の汗を拭いながら、ふとニヤリと笑った。

「……って、ちょっと休憩しようよ。ねっ?」

 

「ふざけ――」

言いかけたカムイの視界が、突然どす黒い闇と眩い砂埃に包まれた。

 

「くらえ、マヌーサ!」

 

アルタが咄嗟に放った幻惑の呪文が、カムイの目の前で弾けたのだ。

「くっ……! アルタ! 幻術を使いやがったな!」

カムイが視界を戻そうと顔をしかめている隙に、アルタはくるりと背中を向け、茂みの奥へ走り去りながら叫んだ。

 

「夕食の支度をするね! カムイさんもウチに食べにきてよ! 母さんの手料理食べて、少し頭を冷やしてさ!」

 

「おい、待て小僧……っ!」

カムイは苦笑いを浮かべながら、自分の手のひらを軽く握りしめた。

「……ふっ、全く。いつの間にあんな厄介な呪文を覚えたんだか」

 

三、 母のシチューと、地下室の扉

その日の夕方。

王都にあるオルデガの自宅では、温かいスープの香りが食卓を満たしていた。

 

席には、母・イルと、アルタ、そして遠慮がちにスプーンを持つカムイの姿があった。

 

「カムイさん、どうぞ遠慮なさらず召し上がってください。明日はいよいよ大会を控えているのでしょう?」

イルが穏やかな笑みを向けると、カムイは少し居心地悪そうに頭を下げた。

「ありがとうございます。では、いただきます」

 

カムイはスプーンでスープをすくい、口に運んだ。次の瞬間、彼の目が驚きに見開かれた。

 

「……っ! なんだこれは……」

「どう? 母さんのシチュー、すごく癒やされるでしょう? なんか、食べた瞬間に力が湧いてくるような……そうか、母さんの料理って、魔法がかけられてるんだよ!」

 

アルタがはしゃぎながら言うと、イルはフッと優しく微笑んで息子の頭を軽く叩いた。

「アルタ、余計なことを言わないの。それにね、料理は魔法なんかじゃありません。……祈り、というか、こころよ」

イルはシチューの入った鍋を愛おしそうに見つめた。

「美味しく食べてらいたい、元気になってほしいっていう、作る人の気持ちが味になるのよ」

 

「……祈りと、こころ、か」

カムイはスプーンを置くと言い知れぬ表情を浮かべ、静かに呟いた。荒んだ人生を歩んできた彼にとって、その温もりは胸の奥をチクリと突くものがあった。

「イル様、感謝いたします。……ふっ、本当にうまい。これほど美味いシチューを食ったのは、生まれて初めてであります」

 

カムイがスプーンを置いたのを見届けると、ふと彼は周囲を見回して言った。

「それはそうと……イル様。差し支えなければ、オルデガ様の部屋を見せてはいただけませぬか」

 

イルの手が、わずかに止まった。

彼女は静かに目を伏せ、そしてゆっくりとうなずいた。

「……ええ。主人の部屋は、あの日からあの時のまま、何も触れておりません。きっと、何もないとは思いますが……」

 

「母さん、僕も見てみたい!」

アルタが立ち上がり、カムイもそれに続く。

 

食事を終えた3人は、家の一番奥、普段は固く閉ざされている重い扉を開け――かつて英雄オルデガが使っていたという、薄暗い地下室へと足を踏み入れていったのだった。

 

 

一、 闘技場の開会と、静寂の男

ファンファーレが高らかに鳴り響き、アリアハン挙げての大武術大会の幕が切って落とされた。

満員の観客が見守る中、東西の門が重々しい音を立てて開く。そこから現れたのは、愛用の槍を握りしめた興奮気味の近衛隊長と、一本の木刀を腰に据えたカムイだった。

 

闘技場の熱気とは裏腹に、カムイの表情は驚くほどに静かだった。

彼の脳裏にあったのは、昨夜オルデガの部屋で見た光景だ。

 

それは、武術の指南書でも優れた武器でもない。

そこに散らかった絵具に囲まれて大きく描かれていたのは、愛する家族の肖像画だった。

 

荒々しい魔王と戦う英雄の姿などそこにはなく、妻と我が子を慈しむ一人の男の温かな横顔。

カムイは悟ったのだった。オルデガの強さは、優れた技や力によるものではない。彼を突き動かしていたのは、その「守るべきものへの深い愛」なのだと。

 

(あの人が命を懸けて守りたかったものを、今度は俺が守り抜く。それだけでいい)

 

無駄な気負いが一切削ぎ落とされたその心は、鏡のように澄み切っていた。

 

やがてカムイがゆっくりと目を開くと、そこには血気盛んな近衛隊長が、始まりの合図をいまかいまかと待ち望んでいた――。

 

「はじめ!」

 

銅鑼の音が乾いた響きを立てて空気を震わせた瞬間、近衛隊長の怒声とともに凄まじい突撃が始まった。

 

二、 真の強さの証明

「うおおおっ!」

 

怒涛の如き槍の連撃。アリアハン一と謳われる素早い槍の切先が、カムイの頬をかすめ、殺気を含んだ風が肌を切り裂く。

だが、カムイの足元は微動だにしなかった。その目は血走る隊長ではなく、木槍の軌跡を静かに、ただ冷徹に見据えていた。

 

(俺は、アルタを守るためにこの島に来た。あの親子の日常を守り、アルタを真の勇者に導く――それだけが、俺の戦う理由だ)

 

今の名誉でも、昨日の侮辱への怒りでもない。ただ「守るべきもの」を思い描いた瞬間、カムイの全身の底から、底知れぬ温かな力が湧き上がってきた。

 

ヒュッ、とカンダタ時代から培った鋭い感覚が研ぎ澄まされる。

迫り来る木槍の切先を、カムイは最小限の動きで、軽く、正確にパシリと叩き落とした。

 

「なにっ……!?」

 

重心を崩した隊長が大きくバランスを崩したとき、すでにカムイの姿はその懐に入り込んでいた。

 

「勝負あり!」

 

審判の叫びが響き渡るより早く、カムイの木刀は、冷たい殺気を一切纏わないまま、近衛隊長の喉元にピタリと寸止めで突きつけられていた。

 

三、 新たな指南役と、割れる軍勢

歓声が地響きのように闘技場を包み込む中、王が満足げな笑みを浮かべて姿を現した。

 

「見事な太刀捌き! さらに、これほどの窮地にあっても感情に呑まれないその強い心こそ、アリアハンの戦士にふさわしい!」

 

王の力強い声が観客席に響き渡る。

「これよりカムイを闘技場の指南役とし、我が軍の武術指導者とする!」

 

その瞬間、観客席から一人の少年が飛び出してきた。アルタである。彼は我慢できずに闘技場のフェンスをよじ登り、そのままカムイにしがみついた。

 

「すごいよ、カムイさんっ! 木刀が一歩も動かなかったよ! これからもご指導お願いします、指南役!」

「おい、こら、アルタ……離れろ、人が見てるだろ……!」

 

いつもは威張っているカムイが、照れくさそうに顔を真っ赤にしてモソモソと身悶えする。その微笑ましい光景に、観客たちは温かい笑いと拍手を送った。

 

しかし、その歓声の輪から離れた場所で、近衛隊長は唇を噛み締め、悔しさに震えていた。

「くそっ……私の面目が、丸潰れだ……!」

 

プライドを傷つけられた隊長の周りには、わずか数人の頑固な側近だけが残されていた。それ以外の若い兵士たちは皆、カムイの圧倒的な強さと器の大きさに惹かれ、自然とカムイの方へと歩み寄っていたのである。

 

「これにて武術大会を閉じる! 皆の者、ご苦労であった!」

 

王の満足げな宣言とともに、アリアハンを揺るがした大会は幕を閉じた。

その後、王はカムイの功績を称え、アリアハンの誇り高き紋章が刻まれた頑丈な「兜」「鎧」「盾」の武具一式を褒美として授けたのだった。

 

 

7話 闇討ち

昼間の戦いが嘘のようにアリアハンの城下町は静まり返っている。

皆早々に店を閉め新しい指南役のカムイの激励会をルイーダの酒場でおこなっている。

 

「カムイさんお疲れ様!あんなにきれいな太刀筋初めて見たよ。」

 

城の兵士たちはカムイを囲み大盛り上がりである。

そこには自分の兄弟子を誇りに思うアルタの姿があった。

しかしそこには近衛隊長の姿はなかった。

 

酒場の窓から漏れる賑やかな笑い声やジョッキのぶつかる音とは裏腹に、そこから一歩離れた城下町の薄暗い路地裏は、鉛のように重い静寂に包まれていた。

怪しい影が冷たい月明かりに照らし出されている。

 

「ダンナ!こんなにいいんですかい?酔っ払いを仕留めるだけですぜ?」

 

麻袋に入ったゴールドを盗賊に差し出すマントの男の姿がある。覆面をしていて顔はわからないがどうやら体格はすごいようだ。

 

「バコタよ。それは半分だ。カムイの暗殺が成功したらもう半分を手渡そう。奴は今ルイーダの酒場で飲んだくれている。仕事もスムーズに進むだろう」

 

薄暗い路地裏へ、マントの男は音もなく消えていった。

「こんな楽な仕事で金はたんまり。りゃあ、ただ者じゃねぇな」

盗賊が不敵に笑う。

 

さらに夜も更けて皆が陽気に酔いつぶれて各々の家に帰った後のこと。

カムイも千鳥足になりながら城に戻る。

 

「カムイさんちゃんと歩いてくださいよ」

 

アルタがカムイを支え何とか歩いている。

「アルタ……、俺がお前を守ってやるからなぁ……」

 

まどろみの中カムイの声を聴いたアルタは、やれやれと思いつつもとてもうれしかった。

その時、暗がりから冷気を帯びた声が響いた。

 

「まちな!そのデカ物を置いてさっさとうちに帰ぇりな」

気づけば、数名の男たちに囲まれていた。

 

「カムイさん。起きて!怪しい男たちに囲まれた!」

 

しかしカムイは眠っている。

じりじりと詰め寄る盗賊たちにアルタは落ちていたヒノキの棒を構えた。

 

「小癪なガキめ。俺が盗賊バコタと知って構えるのかね?」

――盗賊バコタとは、「小さな子どもが言うこと聞かないと連れ去られるよ」と大人たちが子どもに言い聞かせる、子どもにとって怖い存在の総称だった。

「バコタ?そんなの絵本に出てくる盗賊だろ?怖くなんかないぞ」

 

「ガキのくせに生意気な!かかれ、二人まとめてやっちまえ!」

 

盗賊がいっせいに襲いかかってきたところ、アルタは静かに詠唱を始める。

大地に宿る精霊よ、その霧により我を守り給え――。

「マヌーサ」

あたりから霧が立ち込めて、盗賊たちは幻影の霧に包まれる。

 

「なんだこりゃ!前がみえねぇ」

 

右往左往するバコタの子分を後ろから、ボカリボカリとアルタのヒノキの棒がうなりをあげる。

「どうだ!まいったか!」

 

「このガキめ!ゆるさねぇぞ!」

バコタはナイフから長い銅の剣に持ち替えた。

(あっちは剣。こっちは棒。防いだとしてもきっと折れて致命傷だ。どうしよう……)

 

「アルタ!そいつをよこせ!」

目を覚ましたカムイが、アルタからヒノキの棒を受け取り、バコタめがけて投げつけた。ヒノキの棒は垂直に伸びていき、恐ろしいうねりを伴ってバコタの喉元に直撃した。

「ぐっ……!」

気絶するバコタ。すると見回りの兵士たちが騒ぎを聞きつけた。

「これはこれは指南役!ご無事でしたか!……って、お前はバコタ!?こんなただのコソ泥が人を襲うなんてどういうことだ……?おい、しょっ引いて詳しく話を聞かせてもらおうではないか!」

静かになったアリアハンの夜道を月明かりが照らし、虫の声に混ざりカムイのいびきが響いていた。

 

 

第8話 バコタの投獄

 

王宮の取調室では、昨晩捕らえられたバコタの尋問が行われていた。

 

「――して、バコタよ。なぜそのようなことをやった。小心者のお前ができることと言ったら、小銭を盗むのがせいぜいのはずだ」

 

「いや、顔はよく見えなかったんですがね。なんでも大金をくれるっつーんでさ。酒に酔った男を殺すぐらい、俺にだってできっかなぁと思ってよ」

 

「お前が襲ったのは、この城の指南役カムイ殿と、オルデガ様のご子息アルタ様だぞ!

これは重罪だ。たかがコソ泥が考え付くことではない。国家を揺るがす大惨事ぞ!」

 

「ま、待ってくれ! そんな大物だとは知らなかったんだ。俺は、覆面の男に頼まれて……」

 

「泣き言を言うな! それが人を襲った罪だ。たとえ指南役様やご子息様じゃなくても、重罪に問われるのだぞ!

今回は未遂に終わったので、しばらくの間は投獄ののち、罪は必ず償ってもらう。ところで、その男の背丈はどのようなものであった?」

 

近衛兵たちに囲まれた尋問室を見渡すバコタだったが、ふと視線を止めた。

屈強な肉体に鋭い眼光――昨夜の男と、背丈も容姿もそれに酷似した男が、近衛兵の中に混ざっていた。

 

「あ……」

 

バコタは答えようとしたが、その男の殺気立った眼差しに恐れおののき、ぐっと下をうつむいた。

 

「では、覚えがないということだな。思い出すまで牢屋に入っていれ!」

 

尋問官はそう吐き捨てると、席を立った。

 

近衛兵がバコタを連れて牢に向かう途中、近衛隊長とすれ違った。

「隊長! ご苦労様です!」

敬礼する兵の背後に、バコタは身を隠すように縮こまる。

 

「この者がバコタか……。少し話をしたい。私が牢まで連れて行こう」

 

牢とは別の方向へ、バコタを連れて歩き出す近衛隊長。人目につかない一角で、隊長は冷徹に言い放った。

 

「しくじったな……。この落とし前、どうつけるつもりだ。私がここでお前を斬ったら、私に疑いがかかってしまうからな。しかし、お前がいついつその軽い口をしゃべるのかもわからぬ。いっそのこと、ここでその舌を抜いてやろうか……」

 

迫りくる殺気に、バコタはおびえて地に足を震わせた。

「旦那、つぎは必ず仕留めます! だから俺を投獄してくだせぇ。そして、俺は脱獄して奴の息の根をとめてきます。そうすれば旦那は疑われないし、俺もしゃべらない。どうか、命だけはお助けを……!」

 

「ふん。ネズミ風情が私に指示をするとはな。だが、いいだろう。脱獄に必要なものがあったら、お前の食事に混ぜて送り届けてやろう。とりあえず、お前は牢屋に入っていろ」

 

隊長はバコタを暗い牢に押し込み、看守へと低く言い残した。

「――あやつの食事の時間は、私自らが運ぶ。時間が来たら必ず私に知らせるように」

 

一方その頃、アリアハンの訓練場では――。

 

「カムイさん! 昨日は大変だったんですよ! 僕のマヌーサがなければ、カムイさん死んじゃってますからね!」

 

二日酔いの頭を押さえながら、カムイは重い木刀をしっかりと握り直した。

 

「これだけお前に剣術を授けているというのに、なぜ呪文に頼るのだ……。まだまだ鍛錬が足りん証拠だな」

「えーっ!」

「……ところで、アルタ。そろそろお前にも、本物の剣の使い方を教えねばな」

 

ふと手を止めて、カムイは真剣な眼差しでアルタを見た。

 

「訓練が終わったらポポスの店に行こう。多少だが給金が出たのだ。お前に、ちゃんとした剣を買ってやろう」

 

「ほんと!? ありがとう、カムイさん!」

 

アルタの顔にパァッと満面の笑みが広がった。

第9話

夜の襲撃事件からはや3ヶ月が経とうとしていた。

季節は寒さが厳しくなる頃。アルタとカムイの周りには、雪が積もらないくらいの熱気が満ちていた。

 

「真剣は気を緩めたら大怪我するぞ! アルタ、集中力を切らすなよ!」

 

剣のぶつかる音が町中に響く。

その音はいつしか日課となり、街の人はその響きで時刻を感じるようになっていた。

 

そんなある日、貿易船より多くの木材や腕利きの職人たちが集まってきた。

どうやら、アリアハンの泉にある孤島に塔を建てたいという老人がいるらしい。

その老人が王に謁見をするという事で、アリアハンにはさらに活気が増していた。

 

「カムイさん、なんだろう。塔を建てるって……」

「変わった老人もいるものだ……。おいアルタ、これだけ人が集まるなら城や町全体の警戒も怠れん。俺も一度、城の様子を見てくるとしよう」

 

アルタを置いて、カムイは城へと向かった。

 

* * *

 

「――カムイ指南役が入られます。一同、敬礼!」

 

謁見の間には、異国の老人の姿と、そこに積まれたさまざまな金銀財宝があった。

 

「私の名前はエンダルフ。世界を旅する変わり者の老人じゃ。……その昔、とある御仁に命を救われての。それが、このアリアハンの英雄オルデガ様じゃった。彼のおかげで今のワシがある」

 

老人は深く息をつき、痛切な面持ちで語り続けた。

 

「……ワシの息子ガルシアは、孫娘オリビアの恋人エリックを快く思わず、海賊を雇って彼を暗殺しようとした。それを偶然通りかかったオルデガ様が、身を挺して庇ってくださったのじゃ。

だが、その戦いでオルデガ様は深手を負ってしまわれた……。噂では、のちにネクロゴンドの火口へと落ちて還らぬ人となったと聞く。あのとき我が息子のせいで負わされた傷が、彼の運命を狂わせてしまったのではないかと、ワシは今も自責の念に駆られているのじゃ……」

 

「なんと……」

 

謁見の間が静まり返る中、老人は悲しげに首を振った。

 

「我が愚息のせいでエリックを狙われ、それを庇ったオルデガ様まで傷ついた。それを知った孫娘のオリビアも、絶望のあまり岬から身を投げ……。後を追おうとしたエリックの魂も、今や幽霊船に拾われて海をさまよっているという。

 

すべてはワシの血族が招いた悲劇じゃ。オルデガ様が命を懸けて救ってくださった命の繋がり、そして彼へのせめてもの報いとして、この故郷であるアリアハンに、彼の名を刻む慰霊塔を建てたいのじゃ。

金はいくらでも出す。どうか王よ、孤島に塔を建てさせてほしい」

 

唐突な老人の告白とあまりの悲劇に、王はしばらく言葉を失ったが、やがて深く頷いた。

 

「そなたの胸のうち、しかと受け止めた。……我が国の英雄オルデガの名を汚さぬよう、また亡くなられた二人の魂を鎮めるためにも、その慰霊塔の建設を許可しよう」

 

「かたじけない……!」

 

老人は深く頭を下げ、アリアハンでの壮大な計画が動き出すのだった。

 

第10話

 

塔の建設が着々と進められている頃、王宮の地下牢でもまた、大きな「工事」が行われていた。

 

深夜になると、バコタは牢獄の石畳を剥がし、持ち込んだ熊手でコツコツと土を掻き出し、穴を掘り進める。そして昼間は何食わぬ顔で牢に戻るという日々を繰り返していた。

――そうして何日か掘り進めていくと、ふと手応えが変わり、広い空間へと突き抜けた。

 

薄暗い通路をゆっくりと光の方へ進んでいくと、なんとそこは、いま正に建設中の「塔」へと入るために掘られていた工事用の抜け穴だったのだ。

 

「おい! お前! 何をサボっている!」

作業中の棟梁に大声で叱責されるバコタ。どうやら作業員の一人と勘違いされたらしく、どさくさに紛れて、その日は何食わぬ顔で労働に加わることになった。

 

そこで隙を見ては、針金や頑丈な鉄の棒、麻の紐などを懐に隠し、バコタは夜の帳に紛れて牢へと戻っていった。

 

しばらくすると、近衛兵隊長が冷ややかな食事を持って独房に現れた。

「……服が汚れておるな。脱獄の準備はそろそろか? カムイを片付けるまで、俺はお前を見張っているぞ」

冷ややかな空気だけを残し、兵隊長は去っていった。

 

一方でバコタは、久しぶりの労働による思わぬ疲労と、どこか奇妙な充実感を覚えていたのだった。

 

翌日も、その翌日も、彼は作業員に混ざって塔の建設に携わり、そこで集めた素材を巧みに加工して――ついに一つの「鍵」を作り上げたのだった。

 

だが、そんなある日。

建設中の塔の進み具合を見に来ていたエンダルフ老人の前に、あろうことか抜け穴からひょっこり顔を出したバコタが遭遇してしまう。

 

「お、おい……! お前は囚人か!?」

警戒した老人は、懐のナイフを握りしめる。

「しっ、静かにしてくれ爺さん! 殺さないでくれ、俺が牢屋を開けて出ようとした、この鍵! なくした鍵や開かない扉も、ある程度のものであれば簡単に開けることができる。いわば盗賊の鍵だ。これやるから見逃してくれよ!」

慌てたバコタは、懐から取り出したその「鍵」を老人に手渡した。

 

「あいにく、ワシに泥棒の趣味はない。こんなものもらっても……。まぁよい。お前さん、この鍵でまた盗みを働くのかね? お前さんからの被害が減るのであれば、それも善良な行為か。わしが預かっておこう。で、なぜここにおるのだ?」

 

老人は鍵を受け取ると懐にしまい、バコタに尋ねた。

「穴を掘って逃げようとしたんだが、現場の親方につかまってな。いざ仕事をしてみると、やりがいっつーかなんというか……。塔の完成を、俺も楽しみにしてるんだ」

 

老人は、けなげな囚人の言葉を胸に受け止め、ふっと心をほころばせた。

「まぁ、兵に見つかったら大事じゃ。気を付けなされよ」

 

一旦その場を後にし、塔を見上げる老人の胸には、複雑な感情が渦巻いていた。

 

自分の犯してきた深い罪の意識を償うために、この塔を建てているはずの自分。その一方で、罪人であるはずの男が、この過酷な労働に泥まみれになりながら身を投じ、結果として塔の完成を支えている。

 

(わしの拭えない罪の意識……。きっとこの男も、後悔の念にかられておるのであろうな……なぜか、それが重なって見える……)

 

獄中の囚人でありながら、図らずも塔作りに関わり汗を流すバコタの姿に、老人は自分自身の内面を見るような奇妙なシンパシーを覚えたのだった。

 

やがて二人は言葉を交わすようになり、打ち解けていくうちに、バコタの口から衝撃の事実が語られる。

オルデガの息子(アルタ)とカムイ指南役を襲うよう自分に命じたのは、ほかならぬあの「近衛兵隊長」であるということを――。

 

自身の罪の意識と向き合う老人は、その話を聞くやいなや、この巨悪の企みを直接アリアハン王に告発することを決意するのだった。

 

第11話

季節が変わり、孤島に慰霊塔が完成した頃――。

塔の最上階の部屋では、オリビア、エリック、そしてオルデガの魂を鎮めるための神事が行われていた。

 

参列しているのはアリアハン王をはじめ、エンダルフ老人、ポポス、カムイ、アルタ、イル、そして数名の護衛の兵士たちだった。

 

「エンダルフ老人、アリアハンの地にこうして勇者オルデガの慰霊碑を建てていただき、心より感謝いたします。これで工事は終わりではありますが、ぜひともアリアハンの街に残っていただきたく思う」

 

王は静かにエンダルフ老人に葡萄酒を差し出した。

 

「王様、大変ありがたきお言葉……。しかし、ワシは孫娘に対してまだ許されておりませぬ。この慰霊塔の中で、ワシは生涯を終えようと思っておりますじゃ」

 

老人は穏やかに首を振る。

 

「この神事が終わり次第、抜け穴の洞窟を閉ざし、ワシを一人にしてくだされ。命尽きるまで、ワシはこの塔と共に過ごしますじゃ」

 

「なんと、エンダルフ殿……ここで余生を過ごされると……」

 

王が息を呑む中、老人はふと視線を上げ、ピシリと空気を変えた。

 

「この塔を作ったところで、自分の犯した罪からは逃れられませぬ。ましてや、犯した過ちを隠し通せるほど、できた人間ではありますまい……。のぉ、近衛兵隊長」

 

エンダルフ老人の鋭い目が、一人の男を射抜いた。

 

「一度汚れた物は、どんなに償いを尽くしても拭えぬものじゃ。そなたにも、心当たりがあるのではないのかね?」

 

すかさず、王が重々しい声で引き継いだ。

 

「そうだ。お主がバコタを使い、アルタとカムイを死に至らしめようとしたこと。いつまでも隠し通せると思っていたのか? ……バコタが持っていた金貨の麻袋、あれは城の給金を受け取った者しか手に入らぬ特製の麻袋じゃ。お主の犯した悪事は、とうに調べがついている」

 

「王様! 私には身に覚えのない……何を根拠にそのような……!」

 

焦りを隠せない隊長に、王は冷ややかな目を向けた。

 

「このエンダルフ老人の懺悔の塔が出来上がるまでに、己の過ちを悔い改め、自首してくることを密かに祈っておったのだがな……」

 

「くっ……!」

 

追い詰められた隊長は顔を歪め、ついに声を荒げた。

 

「王様! 私は決して王国を脅かすような真似をしたわけではない! 私はただ、このどこの馬の骨とも知れぬカムイから国を守ろうとしたまでだ! たまたまアルタ殿がカムイと一緒に居合わせてしまっただけで……って、はっ……!」

 

(しまった……!)というように、隊長は自分の口を両手で塞いだ。

しかし、時すでに遅しであった。

 

「それでは、罪を自ら認めるというのだな。これよりお前を近衛兵隊長の任を解き、国家反逆の罪により死罪を命ずる!」

 

「なっ……! なんと厳しいお裁き……! ええい、王まですっかり腐り果てたか! 私は無実だ!」

 

狂乱した近衛兵隊長は、そのまま塔の窓枠を乗り越え、荒波に向かって身を投げ出した。

 

――ざばーんっ!

 

アリアハンの泉に、大きな水飛沫が容赦なく巻き上がった。

 

「王様! 城に戻りましょう! 私たちが隊長の行方を追います!」

 

カムイや兵士たちがすぐに下へ駆け降り、周辺を必死に捜索したが、隊長が再び水面に浮いてくることは二度となかった。

 

「また一つの命が、こうして失われてしまった……」

 

エンダルフ老人は悲しげに呟くと、自らの手で重い最上階の扉を静かに閉ざしたのだった。

 

第12話 束の間の平穏

 

黒胡椒の収穫の時期になると、街の者は皆ソワソワし始める。

なんたって年に一度の収穫祭に、通常一隻しか来ない貿易船が二隻もやってきて、さまざまな異国の品々や異人たちが収穫祭を楽しみに訪れるのだ。

 

特にこの時期は胡椒が大量に採れるため、道具屋でも比較的安価で販売が行われる。それゆえに、街には自然と人が集まってくるのだった。

 

異人の侵入に備え、城の兵たちもいつにも増して厳重な警備に当たる。

それ故に、指南役であるカムイもこの1週間だけは隣村のレーベまで出向という形になっていた。

 

「アルタ! 俺のいない間、修行を怠るなよ!」

「チェ、いいなぁカムイさん。僕も連れてってくれよ」

「俺は遊びに行くわけじゃないんだ。ポポスさんだって観光客相手に手が足りなくて困っているだろう。武器屋でも胡椒を売るんだからな」

「たまには俺だってもっと外に出かけたいよ」

 

そこに、仕込みの手を止めたポポスがやってきた。

「アルタ。収穫祭のアリアハンは人でごった返す。もしお前に何かあったら、オルデガ様に合わせる顔がない。カムイ殿と一緒に連れていってもらいなさい」

「えっ、本当かい!?」

 

アルタは目を輝かせると急いで家に戻り、旅の支度を整えて、腰にカムイから買ってもらった剣を据えた。

「カムイさん! 俺も連れていってくれよ! ポポスのおじさんが、一緒にいろって!」

 

「なっ……! 途中で魔物も出るかもしれんぞ。最近はアリアハン大陸でもちょくちょく魔物の目撃があるからな……。まぁいい、これも武者修行の一環だ!」

 

レーベへの道のりは、徒歩で2日かかる。

途中、1回野宿をする必要があった。

 

カムイとアルタは、数名の近衛兵と共にアリアハンを発った。

 

「カムイさん! 俺、この橋から向こう岸へ行くの初めてだよ!」

「アルタ、はしゃいでるのも今のうちだ。疲れて泣き言を言うんじゃないぞ」

 

原野を越えて森を抜け、遠くに街あかりが小さく見えはじめたが、レーベへの道のりはまだ遠かった。

 

「はぁ……もう歩けない……。休みなしだもの」

「だから言っただろう。しょうがない、今日はここで野宿とする。みんな、準備してくれ」

 

ある者は火を焚き、ある者は食事の支度をする。

 

「比較的安全だと言われているアリアハンだが、夜にはどんな魔物が出るかわからん。警戒を怠るなよ。交代で見張りをつける。食事を取れる者は先に取っておくがいい」

 

ぱちぱちと爆ぜる炎を見つめながら、アルタはポツリとつぶやいた。

 

「父さんもこうやって野宿したり、歩き疲れたり、焚き火を見て癒やされたりしたのかな……」

 

カムイは、毎日厳しく修行をつけている相手が、まだ14歳の子供であることを改めて感じ取っていた。

 

「あぁ……。オルデガ様はいつも、こうして一人で焚き火を眺めていらしたのだろう。そして、まだ腹の中にいたお前のことを想っていたに違いない。……世界を守りたいと国を出たが、実際はイル様とお前を守りたかったのさ」

 

焚き火の温もりに包まれながらアルタがウトウトとしはじめたその時、茂みの奥から、食事の匂いを嗅ぎつけた不穏な気配が忍び寄ってきた。

 

――これって、昔の森に入った時に感じた恐怖……。

薬草を採りに出かけたあの日に味わった、あの冷たい恐怖だ。

 

「アルタ、気をつけろ! 何匹いるかわからん、剣を構えろ!」

 

暗闇のなかに、赤く光る無数の目が浮かび上がる。

ゴクリと、アルタは息を呑んだ。

 

「カムイ様! 一角うさぎの群れが10時の方向から来ます!」

「来やがったか!」

 

カムイが鋭く剣を抜き放つ。

「アルタ! これは訓練じゃないぞ、やられる前に叩き切れ!」

 

震える手を押さえながら、アルタは必死に剣を構えた。

 

「見張りの男が襲われたぞ!」

誰かの叫び声を合図に、戦闘が始まった。

イノシシほどの巨体を持つ一角うさぎが、額の鋭い角を剥き出しにして、兵士の盾を凹ませるほどの勢いで突進してくる。

 

「バラモスの眷属か……! 気をつけろ!」

 

カムイが次々とウさぎを叩き切り、兵士たちも必死に応戦するが、アルタはあまりの光景に恐怖で足をすくわれ、動けずにいた。

――これが魔物。これが本当の戦い……!

バコタや修行で剣を交えてはいたが、人間同士の争いとは比べ物にならないほどの殺気と恐怖だった。

 

その時、一頭の一角うさぎがカムイの隙を縫って、アルタをめがけて一直線に突進してきた。

「くっ……来るなっ!」

 

慌てて剣を振るうが、ぶ厚い毛皮に覆われたモンスターの皮膚に、未熟な剣は弾かれて届かない。

「アルタ! 基本を忘れたか! 腰を据えて、身体全体で剣を振れ!」

 

「ううぁぁーーっ!」

 

必死の叫びと共に振り抜いたアルタの一撃が、一角うさぎの首を跳ね飛ばした。

初めての戦い。初めて命を奪う感覚……。自分は少しは強くなっていると思い込んでいたアルタは、魔物と戦うことの過酷さと、その底知れぬ恐怖を思い知らされるのだった。

 

「アルタ、大丈夫か! 顔が真っ青だぞ、手の力を抜け!」

「だ……だめだ、カムイさん……剣が……離れない……」

 

腰を抜かしたアルタは、そのままガクリと糸が切れたように気を失ってしまった。

 

第13話 レーベの村

アルタが目を覚ますと、すっかり朝になっていた。あの後、自分がどうやって眠りについたのか、アルタは知る由もなかった。

 

「カムイさん……ごめん、僕……」

 

目を覚ますなり、昨夜の恐怖と情けなさが蘇り、アルタは震える声でうなだれた。

 

しかし、カムイは優しく笑うと、ポンと少年の頭に手を置いた。

「起きたか、アルタ! 初めての実戦にしては上出来じゃないか。一角うさぎの首をきれいに跳ね飛ばしたんだぞ。……やっぱり、教えてる先生がいいからか?」

 

それは、自分に自信をなくしていたアルタへの、何よりも温かい希望の言葉だった。

 

「カムイさん……僕、もっと強くなるよ。あのおぞましい怪物たちが、武器も持たない人々を襲うことを考えたら……僕は、もっと強くならなきゃいけないんだ」

「そうか……。それを聞いて安心したよ。昨夜の様子じゃ、もう二度と剣を握りたくなくなるんじゃないかと心配していたからな」

 

「さぁ、出発するぞ! みんな、準備をしてくれ!」

 

兵士たちが手際よく荷物をまとめ、出発の支度を整える。

もう半日も歩けば、目的地であるレーベに着くだろう。村に入れば魔物も襲ってこない。今夜はそこでゆっくり休むことができる。

 

その足取りには、昨夜までのはしゃぎっぷりはもう消えており、アルタの顔つきは確かな「一人の戦士」へと変わっていた。

 

* * *

 

「さぁ、着いたぞ!」

 

一行がレーベの村にたどり着いたのは、太陽が真上に昇る頃だった。

いつもは静かなレーベの村も、収穫祭の時期になると様変わりする。一般家庭も宿屋に早変わりし、武器屋や道具屋だけでなく、あちこちに黒胡椒の特設のぼりが立つ。

『WELCOME』と書かれた看板や、モンスターやスライムを模した縁日のお菓子など、明日の祭りに向けて村中がせかせかと活気づいていた。

 

「カムイさん! 村中がすごい賑わいだね! ちょっとだけ周りを見てきてもいいかな?」

「おいおい、アルタ。俺たちは遊びに来たんじゃない、護衛の任務で来ているんだぞ。羽目を外すなよ」

「へへ、わかってるよ!」

 

許可をもらった途端、アルタの顔はいつもの年相応の少年の笑顔に戻り、少しだけ周囲の様子に目を輝かせた。

 

レーベの村には、古い言い伝えがある。

昔、アリアハンに属する偉大な大魔法使いがこの地に住んでいたという。かつて諸国との外交のために使われていた魔導通路を開発し、その泉に飛び込めば世界各地へ一瞬で飛べるとされる――通称「旅の扉」を作ったとされる伝説の人物だ。

 

先々代のアリアハン王の命により封印されたその旅の扉は、今や遠い神話のようなおとぎ話になっていたが、レーベにはその魔法使いが住んでいたとされる旧跡が、今も固く閉ざされた遺跡として残されていた。

 

(へぇ……ここが、伝説の魔法使い様のお屋敷だったのか……)

 

アルタは人混みを抜けながら、憧れの眼差しで固く閉ざされた遺跡のほうを遠くに見やった。

 

「アルタ! ここにいたのか。ほぉ。ここが魔導士マーレイの屋敷跡か。」

振り返ると、いつの間にかカムイが立っていた。

「この遺跡の奥には、すべてを打ち砕く『魔法の玉』が眠っていると、王宮の書物で読んだことがある。まぁ、あくまで昔の言い伝えだがな」

 

「さぁ、宿に戻って食事を取ろう。明日は観光客で溢れかえるぞ!」

カムイに呼ばれ、アルタは慌てて引き返した。

 

* * *

 

宿屋に腰を落ち着けて夕食をとっていると

「坊やも護衛の手伝いかい? まだ幼いのにえらいねぇ。たんとお食べ」

と、宿屋のおかみが温かい笑顔で山盛りの料理を差し出してくれた。

 

「ありがとうございます!」

 

美味しい食事にほっと一息ついていると、そこに宿の主人に案内され、村長が静かに挨拶へとやってきた。

 

「おお、アリアハンの騎士殿。遠路はるばるご苦労様です。いよいよ明日は収穫祭ですな……。村人たちも心から楽しめる一日にしたいものですが、例年どうもきな臭い連中が紛れ込みましてね。祭りに紛れてモンスターの卵を野に放ったり、怪しげな武器の密売を行ったりしていると聞きます。

昨年の祭りのあとも、今は閉ざされているここより東の森を抜けた「いざないの洞窟遺跡」付近で、アリアハンにはいないはずのカエルの化け物や殺人蜂などが目撃されましてな。きっと貿易品の荷物に紛れて卵が持ち込まれてしまったんじゃろう……。

幸いまだ村が直接襲われたことはありませんが、酔っ払いや子供たちが祭りの高揚感に浮かかれて危険な場所へ近づくかもしれない。くれぐれも、遺跡の方へは誰も近づかせないよう厳重な警備をよろしくおねがいしますぞ」

 

村長のその落ち着いた、しかし重みのある言葉を聞き、アルタは食事の手を止め、はしゃいでいた気分をぐっと引き締めた。

 

村長の頼みに、カムイも重々しく頷く。

すっかり引き締まった面持ちで、アルタは明日の任務に向け、静かに床につくのだった。

 

第14話さぁ、お祭りだ!

水平線から陽が昇ると、波を割るように2隻の貿易船の影が迫ってくる。

祭りで浮かれるアリアハン大陸に、今年も収穫祭の朝が訪れたのだ。

 

大道芸人や商人たちが船から次々と降り立ち、波止場は一気に活気づく。孤島であるアリアハンにとって、異国の布や食材、そして技術はどれも大変貴重なものだった。

 

「さぁ、まだら蜘蛛の糸だよ!」

「こっちはルビーの指輪だよ!」

「銅製品しかないアリアハンにうってつけだ、鋼の剣だよ!」

「こっちはダーマの泉で汲んできた、ルビス様の加護を纏った聖水だよ!」

 

ポポスも珍しい武器や品を仕入れるため、仕入れた黒胡椒を売っては買い、売っては買いと大忙しだ。アリアハン中が大賑わいを見せる中、一方その頃、レーベの村でもバニーガールやピエロによる大道芸、ベリーダンスの踊り子たちによる華やかな催しが開かれていた。

 

「アルタ、気を抜くなよ! 収穫祭に乗じて、どんな輩が紛れ込んでいるかわからんからな」

 

自分より少し小さな子供たちがはしゃいでいるのを見ると、アルタも遊びたい衝動にかられるが、ここはぐっと我慢する。

すると、異国の旅の家族から「宿に案内してほしい」と声をかけられ、アルタはカムイの許可を経て、その家族を宿へと案内してあげた。

 

「へぇ、おにいちゃん、僕と背丈そんなに変わらないのに兵隊さんごっこなの?」

 

と茶々を入れる少年にも、目もくれず任務に戻る。

(年は近くても、僕は昨日怪物を倒したんだ。もう子供じゃない……)

そう自分に言い聞かせて、きりっとした趣きで任務に戻るアルタだった。

 

その家族はエジンベアから来た貴族の家系だそうで、どうも高飛車なところが鼻につく。

「ちぇ、貧乏人は子供まで働かなきゃいけないのかよ……」

「こらこら、兵隊さんをいじめるんじゃないの」

母親らしき人が子供をあやしながら、不満げにつぶやいた。

「でも、何もないところだね。何か楽しいことはないのかな?」

「ここへは黒胡椒の買い付けに来たのよ。貴族の間では高級品なのよ。そんなことでもない限り、こんな貧しい村に遊びに来るものですか」

 

どんないわれようをされても、レーベの人たちは顔色を一つ変えずに笑顔で応対するのだった。毎年のことなのだから。

 

「僕、遊びに行ってくるね!」

 

子供は、人ごみの中に消えていったのだった。

 

やがてアルタが護衛に戻ると、カムイにふと愚痴をこぼす。

「どうした、アルタ。不機嫌そうな顔をして」

アルタは頬をふくらませて口を開いた。

「カムイさん、外国の人ってあんなに嫌味なのかい? 僕、腹が立っちゃったよ」

 

めずらしく感情をあらわにするアルタに、カムイは腹の底から笑った。

「はっはっは。きっとエジンベアの人だろう。お国柄がああだからしょうがない。エジンベアの王様もそんなお方らしいぞ。気にするな。我々には誇り高き黒胡椒と、オルデガ様がいるのだからな」

 

祭りの賑わいは日の入りまで続き、広場では大きな木枠が組み立てられて、その炎を囲む収穫を祝うダンスパーティーが行われる。

そのころには、酒に酔いつぶれる若者、木陰に潜むカップル、女の子を口説く若者やら、皆が羽目を外し始める時間である。

 

「みんな笑顔で楽しそう。もう何も起きないよね……」

 

そうつぶやくアルタを、カムイは鋭く叱責した。

「アルタ! ここからが護衛の仕事の始まりだぞ」

 

日がどっぷりと落ちるころ、やぐらに火が放たれて、周りを民衆たちが囲む。軽快な音楽やアリアハンに伝わる伝統舞踊などが披露され、みなやいのやいのと喝采していた。

 

そんな中、民衆の人ごみをかき分けて、エジンベアの奥方が血相を変えてやってきた。

 

「あの子が! あの子がどこにもいないの!」

 

第15話 祭りの陰で

一方そのころ、アリアハンでは様々な貿易品の出店や群衆の中に、黒いフードを被った屈強な男が路地裏に入っていく姿があった。

国に入れてはいけないような危ない代物や違法な薬物は、検問所で没収されるのがアリアハンのおきてである。そして、その没収された品々を貿易船で送り返すまでの一時保管場所が、この路地裏の奥にあることをその男は知っていた。

中には、兵士に賄賂を渡し、違法な品を裏で販売させる手引きをしている者がいることも――。

 

「おい! これは般若の面! 呪われた遺物をアリアハンに持ち込むとは、去れ小悪党め」

「いやぁ兵隊さん、これ、少しばかりですが取っておいてくださいよ。この般若の面は諸外国では骨董品としてすごく価値のあるものなんでさぁ。アリアハン王国にも是非置いていただけたら……かぶらなけりゃいいんです。飾っておくだけで魔除けにもなりますし」

 

兵士は商人から金貨を受け取ると、ニヤッと笑った。

「ほほう、魔除けのう。それならばしかたない。骨董屋にでも売りつけてくるのだな。さぁ、いけ!」

兵士は金貨を懐にしまうと、何食わぬ顔で任務に戻ろうとする。

 

「相変わらず、密輸の手引きか?」

 

兵士はびくっと肩を震わせ、振り返りもせずに「ご苦労様です!」と敬礼のポーズをとった。

「私が密輸を知らぬとでも思っていたか? 今まで目を瞑っていたのだ……ちと聞いてもらいたいことがあるのだが」

 

兵士はゆっくりと振り返る。しかし、聞き覚えのある声とは裏腹に、頭巾を深々とかぶり、開いた穴から覗く鋭い眼光でにらみつけられた。

 

「ひっ……! 隊長……生きておられたのですか……!」

「その名で呼ぶな。今はサルバと呼べ」

「は、はい……! サルバ様……!」

 

背筋の凍るような殺気に、兵士は恐怖でその場に固まった。

 

「ところで、違法武器の倉庫のカギを渡してもらいたい。さもなければ、先ほどの取引を明るみにしてもよいのだぞ」

「……ひぃ……わかりました。こちらでございます……」

「素直ではないか。……だが、私が生きていることを誰かに告げてみろ。命はないと思え」

 

そう言うと、サルバと名乗る男は冷たく言い放ち、倉庫へと消えていった。

 

* * *

 

その頃、レーベの村では――。

群衆の雑踏をかき分け、数名の兵士を残し、アルタとカムイは子供の捜索へと向かっていた。

 

「人さらいにでもあったのか? もしや村の外に出たのでは……? 夜になると魔物が現れるぞ」

 

西の入り口を守っていた兵士は、子供が出ていくところは見ていないという。

では、東の入り口か? しかし、東側は魔物の侵入を防ぐために厳重な柵が張られており、簡単に出られないはずだ。だが、子供の小さな体なら――。

 

いやな予感がアルタの頭をよぎる。

「とりあえず、東の入り口を見てみよう!」

 

東の門にたどり着くと、案の定、頑丈な柵が張り巡らされていた。ここを乗り越えるのは大人の苦労がいるはずだが……この隙間なら、子供ならすんなり入れてしまうかもしれない。

 

「カムイさん、僕、行ってみるよ!」

アルタはカムイの制止を振り切り、柵の隙間から外へと飛び出した。

「アルタ、待て! 俺たちはこの柵を乗り越えてから行く! あまり遠くへ離れるなよ!」

 

必死の思いで柵を抜けると、いつもの平原よりも空気が重く、ひどく不気味だった。

あんな子供が、こんなところに本当にいるのだろうか?

 

足早に進むと、やがて大きなカエルの怪物(フロッガー)の群れに囲まれた一本の木が目に入った。その木の上にしがみつき、恐怖で泣き叫んでいる少年の姿があった。

 

「昨日はウサギで、今日はカエルか……! その子から離れろ!」

 

炎の精霊よ、火球となりて焼き尽くせ――!

「メラ!」

 

アルタの手から放たれた熱い火球が、カエルの皮膚を焼き焦がす。

アルタに気づいたカエルたちは一斉に標的を変え、不気味な鳴き声を上げながらゆっくりと詰め寄ってきた。

アルタは震える手で剣を抜き、身構える。だが、数が多すぎる。一匹ずつ倒していたら、こちらが持たない。

 

どうすればいい……!

 

「精霊神ルビス様、勇者オルデガの息子、アルタの名のもとに……不浄なる魔物を消し去りたまえ!」

「ニフラム――!」

 

瞬間、アルタの額からまばゆいばかりの聖なる光線が放たれ、あたり一面を昼のように照らし出した。

カエルたちはたまらずおぞましい叫び声を上げ、その光の中に次々と消えていった。

 

柵を越えて慌てて駆け寄るカムイに、アルタはガシッとしがみついた。

「怖かった……カムイさん……。あの子は、あの木の上だよ……」

 

荒い息を整えながら、アルタは少年を木から下ろすのを手伝った。

 

「よくやった,アルタ。やっぱりお前は、オルデガ様の息子なのだな……。先ほどの魔法は、精霊神ルビス様の加護がなければ使えぬ『ニフラム』だ。シガテラですら使えなかった呪文だよ。いやはや、俺は呪文はからっきしダメだがな」

 

* * *

 

広場のやぐらの炎は次第に小さくなり、最高潮だった祭りも静かに終わりを迎えようとしていた。

人々が祭りの余韻を楽しみつつ散っていく中、息子の帰りを今か今かと待ちわびて心配していた親御さんのもとに、少年を無事に送り届けた。

 

「かあさん……怖かったよぉ。こんな田舎、もうこりごりだ……!」

息子の姿を見るなり、紳士風の父親が安堵の表情を浮かべ、しかしどこか不機嫌そうに金貨を差し出した。

「うちの息子が迷惑をかけたね。少ないが、取っておいてくれたまえ」

 

だが、アルタはそれをピシャリと受け取らなかった。

「この子のせいで、祭りが台無しになるところでした。村のみんなは今日のために準備をして……何事もなく、楽しい時間がいつまでも続くようにと願っていたんです」

 

パチパチと火の粉が舞い散るやぐらの炎に照らされたアルタの顔立ちは、驚くほど勇ましく、若き日のオルデガの姿を彷彿とさせた。

その凛とした背中に、ある者は歓声を上げ、ある者は拍手を送り、アルタへの賞賛の思いを爆発させた。

 

居心地の悪そうに顔を赤らめた家族は、そそくさと逃げるように宿の部屋へと戻っていった。

部屋に入る間際、振り返りざまにこちらへあかんべーをする子供に対し、アルタは鼻でふんと笑って見せるのだった。

アリアハンでは危険とされ販売ができないキメラの翼を天になげ素早くレーベに向かう黒い影が月の光を遮った。

第16話 疑念の村

一夜明けると、昨日のお祭り騒ぎが嘘のように、人々が静かに仕事にいそしむ姿が見られる。

しかし、そんな朝の静寂を打ち砕くように、村の村長が青い顔をして宿に押し掛けてきた。

「大変だ! 騎士様! 昨日の黒胡椒の売上金がすべて消えちまった! そして、こんなものが……!」

村長が震える手で差し出した紙きれには、こう書かれていた。

『この町の売上金はこの大盗賊カンダタ様がもらい受ける! 返してほしくば「いざないの洞窟の遺跡」まで来い。』

「なにっ……! カンダタだって……? え、カムイさん……。これは……」

そこに、ちょうど寝ずの番で村の外の警備にあたっていたカムイが、交代で宿へと戻ってきた。

「どうしたんだ? お前たち、そんな青い顔をして……」

アルタは震える声で、その脅迫状を突き出した。

「カムイさん……これ、どういうこと……?」

その場に凍りつくカムイの表情を見て、同行していた一人の兵士がハッと息を呑んだ。

「……カンダタだって? それ、指南役の昔の名前じゃないか……!」

その言葉が落ちた瞬間、村長の顔が恐怖と絶望にこわばった。

「悪いようにはせん……。頼むから、村の売上を返しておくれ……!」

その叫びを聞きつけ、外から村の人々がざわめきながら集まってくる。

「アリアハンの兵隊が、大盗賊カンダタだっていうのかよ……!」

「怖いワ……! やっぱり兵士なんて、自分の利益しか考えていない薄汚い連中なんじゃないの……?」

不穏な空気が渦巻く中、昨晩アルタが助けたはずのエジンベアの貴族一家も姿を現した。生意気盛りの少年が、面白半分に指をさして叫ぶ。

「そうだ! 僕、あの兄ちゃんにいじめられたんだ! 森で魔物に襲われている僕に向かって、あいつ、容赦なく火を投げつけたんだよ!」

庇ってやったはずの子供の嘘の証言に、周囲の目がさらに冷たく、鋭く変わっていく。

いわれのない疑いや事実無根の悪意が、尾ひれをつけてみるみる大きく膨れ上がっていく――。

「頼む、このとおりじゃ……! あの売上金がなければ、この村は潰れてしまう……! 金を返してくだされ……!」

村人たちの悲痛な叫びと、疑いの満ちた視線が、ポツンと取り残されたカムイとアルタに突き刺さるのだった。

「無実だ。俺は昨晩、村の警備にあたっていた。村を出入りする者は一人もいなかった……! なぜだ、どうやって……」

カムイは青ざめながらも懸命に否定するが、一度火のついた疑念の炎は、そう簡単に消えるものではなかった。

村人たちの冷ややかな視線とヒソヒソ声が、まるで針のように突き刺さる。

「村長! 俺が身の潔白を証明します。必ずや金品を取り戻し、『カンダタ』を名乗る男を捉えてみせます……! どうか、一時の猶予を!」

そう言い放つと、カムイはこれ以上の弁明が無意味であると悟り、村を飛び出すようにして「いざないの洞窟の遺跡」へと走り出した。

「カムイさん……!」

アルタは周囲の冷たい視線と、去っていくカムイの背中を見比べ、わずかに迷った後――一瞬のためらいも捨てて、その背中を追いかけて走り出した。

「アルタ殿、お待ちください!」

近衛兵が必死に引き止めるも、アルタの足は止まらなかった。

――まさか、兄弟子であるカムイさんがそんなことを? ましてや、もう捨てたはずの昔の名前を、すぐに出して悪事を働くなんてあり得るだろうか。

走る足をピタッと止め、アルタは脳裏で懸命に思考を巡らせた。

「カムイさんの昔の名前を知っている男……そして、カムイさんのことを徹底的に恨んでいる男……まさか……あのとき、死んだはずの……!」

最悪の可能性に思い至ったアルタは、急いで村へとって返すと、残っていた近衛兵たちに鋭く指示を飛ばし、一名をすぐにアリアハン王城への早馬として走らせたのだった。

* * *

その頃――「いざないの洞窟の遺跡」。

「意外と早かったじゃないか。ここは昼間でも薄暗い……まるで、誰かが地獄へいざなっているような雰囲気だよな。カムイ、いや……『カンダタ』よ」

崩れかけた大きな石の上にあぐらをかき、黒い頭巾を深々と被った男が、息を切らせて駆け寄ってきたカムイに冷たく言い放った。

カムイは荒い息を整え、怒りに満ちた目でその男を睨みつけた。

「俺の名前を使ってこんな悪行を働くとは、どういうことだ……! 一体、俺に何の恨みがあるというのだ!」

石の上から、鋭い眼光が射抜くように浴びせられる。

次の瞬間、覆面の男は燃えるような殺気を纏って跳躍し、カムイの目の前に音もなく降り立った。

「お前がどこからかふらっと現れ、王をたぶらかして私から地位まで奪い去るとは……さすがは大盗賊カンダタ様だ。おかげで私はすべてを失い、顔を隠してコソコソと生きるお尋ね者落ちだ……!」

フードの奥から覗く狂気に満ちた目に、カムイはハッと息を呑んだ。

「まさか……近衛兵隊長サルバか!? あの塔の窓から飛び降りて、生きていたのか……!」

「だまれ! 私はここでお前を殺し、再び『カンダタ』として世間にその悪名を轟かせてやるのだ……! ハハッ、シガテラが聞いたらどう思うかのぉ? 自分が育てた弟子が、最後は大悪党として名を残すなんてな。親不孝者の鏡だとは思わんか!」

「言わせておけば……サルバ! 貴様、許さないっ!」

怒りに我を忘れたカムイはついに剣を抜き放ち、唸りを上げてサルバめがけて切りかかった――!

激しい金属のぶつかる音が火花を散らし、戦いの火ぶたが切って落とされた。

風を切りうなるカムイの剣に、サルバは素早く反応する。

何度も交わる切っ先は擦れ合い、ついにサルバの剣はカムイの一撃により粉砕されたのだった。

両者は息を切らし、一時の静寂の中で見つめあった。どちらかが動けばどちらかの命を奪う――そんな極限の緊張感の中、動いたのはサルバだった。

サルバは折れた剣の柄をカムイめがけて投げつけ、ひるんだカムイの足を軽くナイフで突いた。

「ぐっ……!」

一瞬声を出したカムイだったが、それはほんのかすり傷程度の痛みだった。数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼にとって、その程度の傷が響くことはないはずだった。

しかしその刹那、カムイの足がピタリと動かなくなっていた。

「まさか……そのナイフは……!」

バク転をして後ろへ下がったサルバは、薄っすらと笑いながら冷たく光るナイフを見せつけた。

「それは……アリアハンには入れることができない禁忌の武器、『毒蛾のナイフ』! 貴様、かつての立場を利用してこんな禁断兵器に手をつけるとは……! まさか、昨日の侵入も……!」

「そうさ、キメラの翼だよ。音もなく素早く行動ができるんでね。酒におぼれた馬鹿どもから金品を奪うにはもってこいさ。ま、私に金は必要ないがね。そこにある金品の山にお前の亡骸を添えて――

『金に目がくらんでごめんなさい。命を持って償いますと、大盗賊カンダタはここに眠る』

と遺書を付けて村に返すつもりだがな」

「さぁ、命乞いをするか? 私の味わった苦痛を地獄まで、死んでまで恨まれるがよいわ!」

冷徹に振り上げられたナイフの前に、毒に侵されたカムイは身動きが取れない。

炎の精霊よ、火球となりて悪を焼き払え――!

「メラ!」

鋭く放たれた一筋の紅蓮の火の玉が、サルバの右手に直撃した。

「ぐっ……!」

サルバが痛みに顔を歪めて振り返ると、そこにはアルタを含むアリアハンの兵士たちが弓を構えて駆けつけていた。

「元近衛兵隊長サルバ! アリアハン王の命により、お前を処刑いたす!」

「ちくしょう……覚えていろ、カムイ! 俺はお前の大切な名前を地に貶めてやる! 次に会うときはお前を必ず倒すからな!」

捨て台詞を吐き捨てると、サルバは懐からキメラの翼を取り出し、空へと投げた。

一瞬の閃光とともに空へ飛び上がり、サルバの姿は霧のように消え去った。

「カムイさん! 大丈夫!?」

アルタが駆け寄ると、カムイは毒蛾の毒に侵され、青ざめた顔で荒い息を吐いていた。

「アリアハンで母さんの治療を受ければ、きっと治るはずだ……! それまで頑張って、カムイさん!」

兵士たちは盗まれた金品を慌てて荷車に積み込み、毒に倒れたカムイを乗せて、重苦しい空気の中レーベの村へと引き返していくのだった。

 

 

第17話 満月草をもとめて

「本当にすまなかった。わしらが守ってくれた兵隊さんを疑ったばっかりに……」

エジンベアの夫婦も現れて謝罪する。

「うちの息子が大変ご迷惑をおかけしました。命を助けていただいた恩人に砂をかけるような真似をして……」

「兄ちゃん、ごめんよ。僕と同じくらいの年の子が立派に働いているのを見て、うらやましくて、ちょっとからかってやりたかったんだ」

「何もできないが、せめて治療代くらいは受け取っておくれ。毒蛾のナイフの毒を消せるのは『満月草』だろう。きっと今回の貿易でアリアハンには届いているはずだ。この金で買うといい」

「さあ、エジンベア行きの船が出港するぞ。アリアハンの港に行かなくては……。世話になったね」

エジンベアの家族は兵に護衛され、港に向かった。

「アルタ様……。カムイ殿は今歩けません。アリアハンに向かうには、いったん野宿しなくてはなりませんが……。もしものとき、カムイ殿が動けない場合、我々の身も危ういことになります」

「そうだよね。わかった。僕が満月草を買いにアリアハンまで戻るよ」

「なんと! そんな危険な真似、王に知れたら――」

「もう危険はたくさん冒してきたよ。そして僕はオルデガの子だ。何かあったらルビス様も助けてくれる。明日の朝には戻れるようにするよ。カムイさん、もう少し我慢しててね」

アルタがレーベを出発したのは、太陽がまさに真上に昇る昼下がりだった。

いまから徒歩で往復しても4日かかる道のりを、まだ14歳のアルタはどうやって戻ってくるのか。

レーベを出てわずか一時間。息が切れる。水……。その日はとても暑く、恵みの太陽も今日は焼き付く光の矢に感じる。

「あら! そこの少年。そんなところで何やってるのよ」

馬に乗った女性に声をかけられる。

「私、アッサラームからきた踊り子、みんなは私を遊び人というわ。バハラタ行きの船に乗りたいんだけど港はどっちかしら?」

「えっ、お姉さん! 船もう一刻前に出航しちゃったよ。僕、明日までにアリアハンからレーベに戻らないといけないんだ。力になれなくてごめんよ!」

異国の女性に声をかけられたアルタはたじろんだが、カムイの体が心配なので先を急ぐ。

「あ、少年ちょっと! え、船いっちゃったの?! どうしよう、国に帰れないわ……。まぁいいわ、少年! この島国で一番大きな町はどこ? 案内しなさいよ!」

(変な女性にからまれてしまった……)と思い焦るアルタ。

「ここからまっすぐ行くとアリアハンの城下町だよ。僕にかまわないでくれよ!」

アルタは駆け足でアリアハンに向かう。

「ちょっと待ってよ! 君もアリアハンに行くんでしょ? 乗りなさいよ!」

と強引に馬に乗せられる。

「このまま南にすすんでいいのね! ちゃんとつかまってなさいよ、ハイド!」

馬は急スピードで駆け出した。

あっという間にアリアハンの城下町が見えてきた。

 * * *

「かぁさん! 今戻ったよ。

カムイさんが……。カムイさんが……っ」

「ここが君のお家ってわけねぇ。

どうも、はじめまして。アッサラームで踊り子をしてました、ミーニャと言います。みんな遊び人って言うけど、結構真面目なんですよ」

「はぁ……アルタ、この方は?」

「僕、ほんのさっきレーベの村を出たんだ。歩いてここまで来ようとしたんだけど、このお姉さんが馬に乗せてくれて……」

母親のイルはびっくりした顔をして目を丸くしたが、「息子がお世話になりました」と頭を下げる。

せめてものお礼を……と言いかけた途端にミーニャが遮った。

「お母さん、お礼なんていりませんよ。私もアリアハンに来たかったですから」

「かぁさん、この人バハラタ行きの船に乗り遅れたんだって。船は1ヶ月もこないし……」

「この人なんてやめてよ……名前なんだっけ?」

「アルタ……」

「あーそうだ! アルタ! 私はミーニャ。改めてよろしくね」

「かぁさん! 僕、こんなことしてる場合じゃないんだ。満月草を探しに行かないと。

ミーニャさん、かぁさん、ごめん、僕行くよ!」

アルタはアリアハンの街中へ満月草を探しに家を飛び出した。

「ポポスのおじさん! 満月草ある?」

「おぉ、アルタ! 戻ったのかい? 満月草……聞いたことない草だな。教会の神父様ならわかるかもしれないよ! ちょっ……アルタ!」

アルタは急いで教会に向かった。

「神父様、満月草はどこにありますか?」

「おぉ、アルタ! 今お帰りかね。レーベの護衛はどうだったね?」

「神父様、急いでいるんです! 満月草は?」

「確かアッサラームから来た商人が売っておったような気がするが……アリアハンでは別の呼び名なのかもしれんなぁ。アッサラームの人でもおれば見分けがつくんじゃが。薬草屋に行けばいろんな薬草があるぞい」

「ありがとう!」

(アッサラームの人なんてもう帰っちゃったのに……どうしよう、カムイさん……)

「アルタ? どうしたのよ、そんな険しい顔して」

「薬草がわからないんだ。満月草と外国で呼ばれている薬草は、アリアハンではなんて言うのか……アッサラームの人でもいてくれたら……」

「何言ってるのよ……目の前にいるじゃない」

「え? どこに?」

「アルタ! 人の話聞かないタイプね! その薬草屋さんに連れて行きなさい!」

アルタとミーニャは薬草屋に行った。

「おじさん! アッサラームから仕入れた満月草はどれ?」

「満月草? 聞いたことないけど、アッサラームから届いた薬草はこの5種類。ケツメイシ、シオン、ゲッケイジュ、ヨモギ、ドクダミだ。満月草なんてないぞ」

ミーニャが割って入る。

「待って! そのシオンの葉っぱ、効能は?」

「あぁ、これかい? 身体の強張りをほぐし、血の巡りをよくする薬草だが……」

「アルタ! 間違いない! これが満月草よ!」

「おじさん、これいくら?」

「あぁ……これは意外と高かったんだ。金貨5枚は欲しいなぁ」

「わかった! 預かってきたお金じゃ銀貨100枚足りなかったらまた払いにくるよ! これ全部とっておいて!」

「じゃあね!」

アルタはありったけの満月草を袋に入れて店を出た。

「ミーニャさん、ありがとう。これでカムイさんもよくなるよ。さて、かぁさんに挨拶して僕はレーベに向かうよ」

「アルタ! あなた今からレーベに向かう気? もう暗くなってきたじゃない!」

「行かなきゃいけないんだ」

アルタは母への挨拶をするため一旦家に戻った。

「かぁさん! 満月草手に入ったよ! これで僕はレーベに向かう」

「コラ、アルタ、落ち着きなさい。父・オルデガはいかなる時も冷静に、今見えているもの全てを救わんとする人です。レディーが行くあてもなく困っているのがわかりませんか?」

母・イルはアルタの周りが見えていない行動を叱責した。

「馬に乗せてもらい、薬草も見極めてもらった女性が家に帰れなくて困っているのですよ。あなたはそれをほったらかして自分の目的を全うするのですか?」

「ミーニャさん……ごめん。僕、周りが見えてなかった……。本当ならまだアリアハンにも着いていなかったかもしれないのに……」

「いいのよアルタ、お母さんもそんなに怒らないで……私はどうにでもなるし……」

「ダメだよミーニャさん! かぁさん、彼女を泊めてあげてください。僕の恩人なんです。彼女はミーニャさん。頼れる旅の踊り子さんです。よろしくお願いします」

「やっとちゃんと紹介してくれたわね。もちろん息子の恩人だもの、ゆっくりしていってくださいね。

――アルタ、いい? 今あなたはカムイさんのことしか目に入っていなかったのよ。あなたは勇者オルデガの息子です。常に周りで困っている人に目を向けるのです」

「えっ、オルデガ様!? 子供の頃アッサラームからサマンオサに売り飛ばされそうになった私を助けてくれた……あのオルデガ様のご子息と奥方様なんですかっ!」

「アルタ、母はあなたの事情もよくわかっています。ミーニャさんを部屋まで案内して、戻ってきなさい」

「はい! ミーニャさん、僕の部屋を自由に使って!」

「あぁ……ありがとうございます。ありがとう、アルタ!」

「こちらこそ! ミーニャ!」

アルタはミーニャを部屋まで案内すると、母の元へ戻ってきた。

「アルタ! 旅の支度はできてるの?」

「うん!」

「では、外に出なさい」

「えっ?」

母・イルはアルタを外に連れ出した。

「何があっても目を開けてはいけませんよ。心が乱れるとどこに行くかわかりません。ただカムイさんのことを願い、レーベの事を心に念じなさい」

「この呪文は危険とされていて息子には使いたくないのだけど……」

母は深く息を吸い込むと、静かに詠唱を始めた。

――時空の使者よ。今この空間を切り開き、この者の肉体と魂を彼の地へ誘いたまえ。

イルが詠唱を唱えると、アルタの足元が神々しく輝き始めた。

「バシルーラッ!」

うぁぁーっ!

アルタの身体は光の粒となり、イルの前からかき消していった!

 

 

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