アルタが目を覚ますと、すっかり朝になっていた。あの後、自分がどうやって眠りについたのか、アルタは知る由もなかった。
「カムイさん……ごめん、僕……」
目を覚ますなり、昨夜の恐怖と情けなさが蘇り、アルタは震える声でうなだれた。
しかし、カムイは優しく笑うと、ポンと少年の頭に手を置いた。
「起きたか、アルタ! 初めての実戦にしては上出来じゃないか。一角うさぎの首をきれいに跳ね飛ばしたんだぞ。……やっぱり、教えてる先生がいいからか?」
それは、自分に自信をなくしていたアルタへの、何よりも温かい希望の言葉だった。
「カムイさん……僕、もっと強くなるよ。あのおぞましい怪物たちが、武器も持たない人々を襲うことを考えたら……僕は、もっと強くならなきゃいけないんだ」
「そうか……。それを聞いて安心したよ。昨夜の様子じゃ、もう二度と剣を握りたくなくなるんじゃないかと心配していたからな」
「さぁ、出発するぞ! みんな、準備をしてくれ!」
兵士たちが手際よく荷物をまとめ、出発の支度を整える。
もう半日も歩けば、目的地であるレーベに着くだろう。村に入れば魔物も襲ってこない。今夜はそこでゆっくり休むことができる。
その足取りには、昨夜までのはしゃぎっぷりはもう消えており、アルタの顔つきは確かな「一人の戦士」へと変わっていた。
* * *
「さぁ、着いたぞ!」
一行がレーベの村にたどり着いたのは、太陽が真上に昇る頃だった。
いつもは静かなレーベの村も、収穫祭の時期になると様変わりする。一般家庭も宿屋に早変わりし、武器屋や道具屋だけでなく、あちこちに黒胡椒の特設のぼりが立つ。
『WELCOME』と書かれた看板や、モンスターやスライムを模した縁日のお菓子など、明日の祭りに向けて村中がせかせかと活気づいていた。
「カムイさん! 村中がすごい賑わいだね! ちょっとだけ周りを見てきてもいいかな?」
「おいおい、アルタ。俺たちは遊びに来たんじゃない、護衛の任務で来ているんだぞ。羽目を外すなよ」
「へへ、わかってるよ!」
許可をもらった途端、アルタの顔はいつもの年相応の少年の笑顔に戻り、少しだけ周囲の様子に目を輝かせた。
レーベの村には、古い言い伝えがある。
昔、アリアハンに属する偉大な大魔法使いがこの地に住んでいたという。かつて諸国との外交のために使われていた魔導通路を開発し、その泉に飛び込めば世界各地へ一瞬で飛べるとされる――通称「旅の扉」を作ったとされる伝説の人物だ。
先々代のアリアハン王の命により封印されたその旅の扉は、今や遠い神話のようなおとぎ話になっていたが、レーベにはその魔法使いが住んでいたとされる旧跡が、今も固く閉ざされた遺跡として残されていた。
(へぇ……ここが、伝説の魔法使い様のお屋敷だったのか……)
アルタは人混みを抜けながら、憧れの眼差しで固く閉ざされた遺跡のほうを遠くに見やった。
「アルタ! ここにいたのか。ほぉ。ここが魔導士マーレイの屋敷跡か。」
振り返ると、いつの間にかカムイが立っていた。
「この遺跡の奥には、すべてを打ち砕く『魔法の玉』が眠っていると、王宮の書物で読んだことがある。まぁ、あくまで昔の言い伝えだがな」
「さぁ、宿に戻って食事を取ろう。明日は観光客で溢れかえるぞ!」
カムイに呼ばれ、アルタは慌てて引き返した。
* * *
宿屋に腰を落ち着けて夕食をとっていると
「坊やも護衛の手伝いかい? まだ幼いのにえらいねぇ。たんとお食べ」
と、宿屋のおかみが温かい笑顔で山盛りの料理を差し出してくれた。
「ありがとうございます!」
美味しい食事にほっと一息ついていると、そこに宿の主人に案内され、村長が静かに挨拶へとやってきた。
「おお、アリアハンの騎士殿。遠路はるばるご苦労様です。いよいよ明日は収穫祭ですな……。村人たちも心から楽しめる一日にしたいものですが、例年どうもきな臭い連中が紛れ込みましてね。祭りに紛れてモンスターの卵を野に放ったり、怪しげな武器の密売を行ったりしていると聞きます。
昨年の祭りのあとも、今は閉ざされているここより東の森を抜けた「いざないの洞窟遺跡」付近で、アリアハンにはいないはずのカエルの化け物や殺人蜂などが目撃されましてな。きっと貿易品の荷物に紛れて卵が持ち込まれてしまったんじゃろう……。
幸いまだ村が直接襲われたことはありませんが、酔っ払いや子供たちが祭りの高揚感に浮かかれて危険な場所へ近づくかもしれない。くれぐれも、遺跡の方へは誰も近づかせないよう厳重な警備をよろしくおねがいしますぞ」
村長のその落ち着いた、しかし重みのある言葉を聞き、アルタは食事の手を止め、はしゃいでいた気分をぐっと引き締めた。
村長の頼みに、カムイも重々しく頷く。
すっかり引き締まった面持ちで、アルタは明日の任務に向け、静かに床につくのだった。