一方そのころ、アリアハンでは様々な貿易品の出店や群衆の中に、黒いフードを被った屈強な男が路地裏に入っていく姿があった。
国に入れてはいけないような危ない代物や違法な薬物は、検問所で没収されるのがアリアハンのおきてである。そして、その没収された品々を貿易船で送り返すまでの一時保管場所が、この路地裏の奥にあることをその男は知っていた。
中には、兵士に賄賂を渡し、違法な品を裏で販売させる手引きをしている者がいることも――。
「おい! これは般若の面! 呪われた遺物をアリアハンに持ち込むとは、去れ小悪党め」
「いやぁ兵隊さん、これ、少しばかりですが取っておいてくださいよ。この般若の面は諸外国では骨董品としてすごく価値のあるものなんでさぁ。アリアハン王国にも是非置いていただけたら……かぶらなけりゃいいんです。飾っておくだけで魔除けにもなりますし」
兵士は商人から金貨を受け取ると、ニヤッと笑った。
「ほほう、魔除けのう。それならばしかたない。骨董屋にでも売りつけてくるのだな。さぁ、いけ!」
兵士は金貨を懐にしまうと、何食わぬ顔で任務に戻ろうとする。
「相変わらず、密輸の手引きか?」
兵士はびくっと肩を震わせ、振り返りもせずに「ご苦労様です!」と敬礼のポーズをとった。
「私が密輸を知らぬとでも思っていたか? 今まで目を瞑っていたのだ……ちと聞いてもらいたいことがあるのだが」
兵士はゆっくりと振り返る。しかし、聞き覚えのある声とは裏腹に、頭巾を深々とかぶり、開いた穴から覗く鋭い眼光でにらみつけられた。
「ひっ……! 隊長……生きておられたのですか……!」
「その名で呼ぶな。今はサルバと呼べ」
「は、はい……! サルバ様……!」
背筋の凍るような殺気に、兵士は恐怖でその場に固まった。
「ところで、違法武器の倉庫のカギを渡してもらいたい。さもなければ、先ほどの取引を明るみにしてもよいのだぞ」
「……ひぃ……わかりました。こちらでございます……」
「素直ではないか。……だが、私が生きていることを誰かに告げてみろ。命はないと思え」
そう言うと、サルバと名乗る男は冷たく言い放ち、倉庫へと消えていった。
* * *
その頃、レーベの村では――。
群衆の雑踏をかき分け、数名の兵士を残し、アルタとカムイは子供の捜索へと向かっていた。
「人さらいにでもあったのか? もしや村の外に出たのでは……? 夜になると魔物が現れるぞ」
西の入り口を守っていた兵士は、子供が出ていくところは見ていないという。
では、東の入り口か? しかし、東側は魔物の侵入を防ぐために厳重な柵が張られており、簡単に出られないはずだ。だが、子供の小さな体なら――。
いやな予感がアルタの頭をよぎる。
「とりあえず、東の入り口を見てみよう!」
東の門にたどり着くと、案の定、頑丈な柵が張り巡らされていた。ここを乗り越えるのは大人の苦労がいるはずだが……この隙間なら、子供ならすんなり入れてしまうかもしれない。
「カムイさん、僕、行ってみるよ!」
アルタはカムイの制止を振り切り、柵の隙間から外へと飛び出した。
「アルタ、待て! 俺たちはこの柵を乗り越えてから行く! あまり遠くへ離れるなよ!」
必死の思いで柵を抜けると、いつもの平原よりも空気が重く、ひどく不気味だった。
あんな子供が、こんなところに本当にいるのだろうか?
足早に進むと、やがて大きなカエルの怪物(フロッガー)の群れに囲まれた一本の木が目に入った。その木の上にしがみつき、恐怖で泣き叫んでいる少年の姿があった。
「昨日はウサギで、今日はカエルか……! その子から離れろ!」
炎の精霊よ、火球となりて焼き尽くせ――!
「メラ!」
アルタの手から放たれた熱い火球が、カエルの皮膚を焼き焦がす。
アルタに気づいたカエルたちは一斉に標的を変え、不気味な鳴き声を上げながらゆっくりと詰め寄ってきた。
アルタは震える手で剣を抜き、身構える。だが、数が多すぎる。一匹ずつ倒していたら、こちらが持たない。
どうすればいい……!
「精霊神ルビス様、勇者オルデガの息子、アルタの名のもとに……不浄なる魔物を消し去りたまえ!」
「ニフラム――!」
瞬間、アルタの額からまばゆいばかりの聖なる光線が放たれ、あたり一面を昼のように照らし出した。
カエルたちはたまらずおぞましい叫び声を上げ、その光の中に次々と消えていった。
柵を越えて慌てて駆け寄るカムイに、アルタはガシッとしがみついた。
「怖かった……カムイさん……。あの子は、あの木の上だよ……」
荒い息を整えながら、アルタは少年を木から下ろすのを手伝った。
「よくやった,アルタ。やっぱりお前は、オルデガ様の息子なのだな……。先ほどの魔法は、精霊神ルビス様の加護がなければ使えぬ『ニフラム』だ。シガテラですら使えなかった呪文だよ。いやはや、俺は呪文はからっきしダメだがな」
* * *
広場のやぐらの炎は次第に小さくなり、最高潮だった祭りも静かに終わりを迎えようとしていた。
人々が祭りの余韻を楽しみつつ散っていく中、息子の帰りを今か今かと待ちわびて心配していた親御さんのもとに、少年を無事に送り届けた。
「かあさん……怖かったよぉ。こんな田舎、もうこりごりだ……!」
息子の姿を見るなり、紳士風の父親が安堵の表情を浮かべ、しかしどこか不機嫌そうに金貨を差し出した。
「うちの息子が迷惑をかけたね。少ないが、取っておいてくれたまえ」
だが、アルタはそれをピシャリと受け取らなかった。
「この子のせいで、祭りが台無しになるところでした。村のみんなは今日のために準備をして……何事もなく、楽しい時間がいつまでも続くようにと願っていたんです」
パチパチと火の粉が舞い散るやぐらの炎に照らされたアルタの顔立ちは、驚くほど勇ましく、若き日のオルデガの姿を彷彿とさせた。
その凛とした背中に、ある者は歓声を上げ、ある者は拍手を送り、アルタへの賞賛の思いを爆発させた。
居心地の悪そうに顔を赤らめた家族は、そそくさと逃げるように宿の部屋へと戻っていった。
部屋に入る間際、振り返りざまにこちらへあかんべーをする子供に対し、アルタは鼻でふんと笑って見せるのだった。
アリアハンではその能力はあまりにも危険とされ販売ができない「キメラの翼」を天に投げ、素早くレーベに向かう黒い影が、月の光を遮った。