一夜明けると、昨日のお祭り騒ぎが嘘のように、人々が静かに仕事にいそしむ姿が見られる。
しかし、そんな朝の静寂を打ち砕くように、村の村長が青い顔をして宿に押し掛けてきた。
「大変だ! 騎士様! 昨日の黒胡椒の売上金がすべて消えちまった! そして、こんなものが……!」
村長が震える手で差し出した紙きれには、こう書かれていた。
『この町の売上金はこの大盗賊カンダタ様がもらい受ける! 返してほしくば「いざないの洞窟の遺跡」まで来い。』
「なにっ……! カンダタだって……? え、カムイさん……。これは……」
そこに、ちょうど寝ずの番で村の外の警備にあたっていたカムイが、交代で宿へと戻ってきた。
「どうしたんだ? お前たち、そんな青い顔をして……」
アルタは震える声で、その脅迫状を突き出した。
「カムイさん……これ、どういうこと……?」
その場に凍りつくカムイの表情を見て、同行していた一人の兵士がハッと息を呑んだ。
「……カンダタだって? それ、指南役の昔の名前じゃないか……!」
その言葉が落ちた瞬間、村長の顔が恐怖と絶望にこわばった。
「悪いようにはせん……。頼むから、村の売上を返しておくれ……!」
その叫びを聞きつけ、外から村の人々がざわめきながら集まってくる。
「アリアハンの兵隊が、大盗賊カンダタだっていうのかよ……!」
「怖いワ……! やっぱり兵士なんて、自分の利益しか考えていない薄汚い連中なんじゃないの……?」
不穏な空気が渦巻く中、昨晩アルタが助けたはずのエジンベアの貴族一家も姿を現した。生意気盛りの少年が、面白半分に指をさして叫ぶ。
「そうだ! 僕、あの兄ちゃんにいじめられたんだ! 森で魔物に襲われている僕に向かって、あいつ、容赦なく火を投げつけてきたんだよ!」
庇ってやったはずの子供の嘘の証言に、周囲の目がさらに冷たく、鋭く変わっていく。
いわれのない疑いや事実無根の悪意が、尾ひれをつけてみるみる大きく膨れ上がっていく――。
「頼む、このとおりじゃ……! あの売上金がなければ、この村は潰れてしまう……! 金を返してくだされ……!」
村人たちの悲痛な叫びと、疑いの満ちた視線が、ポツンと取り残されたカムイとアルタに突き刺さるのだった。
「無実だ。俺は昨晩、村の警備にあたっていた。村を出入りする者は一人もいなかった……! なぜだ、どうやって……」
カムイは青ざめながらも懸命に否定するが、一度火のついた疑念の炎は、そう簡単に消えるものではなかった。
村人たちの冷ややかな視線とヒソヒソ声が、まるで針のように突き刺さる。
「村長! 俺が身の潔白を証明します。必ずや金品を取り戻し、『カンダタ』を名乗る男を捉えてみせます……! どうか、一時の猶予を!」
そう言い放つと、カムイはこれ以上の弁明が無意味であると悟り、村を飛び出すようにして「いざないの洞窟の遺跡」へと走り出した。
「カムイさん……!」
アルタは周囲の冷たい視線と、去っていくカムイの背中を見比べ、わずかに迷った後――一瞬のためらいも捨てて、その背中を追いかけて走り出した。
「アルタ殿、お待ちください!」
近衛兵が必死に引き止めるも、アルタの足は止まらなかった。
――まさか、兄弟子であるカムイさんがそんなことを? ましてや、もう捨てたはずの昔の名前を、すぐに出して悪事を働くなんてあり得るだろうか。
走る足をピタッと止め、アルタは脳裏で懸命に思考を巡らせた。
「カムイさんの昔の名前を知っている男……そして、カムイさんのことを徹底的に恨んでいる男……まさか……あのとき、死んだはずの……!」
最悪の可能性に思い至ったアルタは、踵を返して急いで村へとって返した。そして、残っていた近衛兵たちに鋭く指示を飛ばし、一名をすぐにアリアハン王城への早馬として走らせたのだった。
* * *
その頃――「いざないの洞窟の遺跡」。
「意外と早かったじゃないか。ここは昼間でも薄暗い……まるで、誰かが地獄へいざなっているような雰囲気だよな。カムイ、いや……『ごろつきのカンダタ』よ」
崩れかけた大きな石の上にあぐらをかき、黒い頭巾を深々と被った男が、息を切らせて駆け寄ってきたカムイに冷たく言い放った。
カムイは荒い息を整え、怒りに満ちた目でその男を睨みつけた。
「俺の名前を使ってこんな悪行を働くとは、どういうことだ……! 一体、俺に何の恨みがあるというのだ!」
石の上から、鋭い眼光が射抜くように浴びせられる。
次の瞬間、覆面の男は燃えるような殺気を纏って跳躍し、カムイの目の前に音もなく降り立った。
「お前がどこからかふらっと現れ、王をたぶらかして私から地位まで奪い去るとは……さすがは大盗賊カンダタ様だ。おかげで私はすべてを失い、顔を隠してコソコソと生きるお尋ね者落ちだ……!」
フードの奥から覗く狂気に満ちた目に、カムイはハッと息を呑んだ。
「まさか……近衛兵隊長サルバか!? あの塔の窓から飛び降りて、生きていたのか……!」
「だまれ! 私はここでお前を殺し、再び『カンダタ』として世間にその悪名を轟かせてやるのだ……! ハハッ、シガテラが聞いたらどう思うかのぉ? 自分が育てた弟子が、最後は大悪党として名を残すなんてな。親不孝者の鏡だとは思わんか!」
「言わせておけば……サルバ! 貴様、許さないっ!」
怒りに我を忘れたカムイはついに剣を抜き放ち、唸りを上げてサルバめがけて切りかかった――!
激しい金属のぶつかる音が火花を散らし、戦いの火ぶたが切って落とされた。
風を切りうなるカムイの剣に、サルバは素早く反応する。
何度も交わる切っ先は擦れ合い、ついにサルバの剣はカムイの一撃により粉砕されたのだった。
両者は息を切らし、一時の静寂の中で見つめあった。どちらかが動けばどちらかの命を奪う――そんな極限の緊張感の中、動いたのはサルバだった。
サルバは折れた剣の柄をカムイめがけて投げつけ、ひるんだカムイの足を軽くナイフで突いた。
「ぐっ……!」
一瞬声を出したカムイだったが、それはほんのかすり傷程度の痛みだった。数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼にとって、その程度の傷が響くことはないはずだった。
しかしその刹那、カムイの足がピタリと動かなくなっていた。
「まさか……そのナイフは……!」
バク転をして後ろへ下がったサルバは、薄っすらと笑いながら冷たく光るナイフを見せつけた。
「それは……アリアハンには入れることができない禁忌の武器、『毒蛾のナイフ』! 貴様、かつての立場を利用してこんな禁断兵器に手をつけるとは……! まさか、昨日の侵入も……!」
「そうさ、キメラの翼だよ。音もなく素早く行動ができるんでね。酒におぼれた馬鹿どもから金品を奪うにはもってこいさ。ま、私に金は必要ないがね。そこにある金品の山にお前の亡骸を添えて――
『金に目がくらんでごめんなさい。命を持って償いますと、大盗賊カンダタはここに眠る』
と遺書を付けて村に返すつもりだがな」
「さぁ、命乞いをするか? 私の味わった苦痛を地獄まで、死んでまで恨まれるがよいわ!」
冷徹に振り上げられたナイフの前に、毒に侵されたカムイは身動きが取れない。
炎の精霊よ、火球となりて悪を焼き払え――!
「メラ!」
鋭く放たれた一筋の紅蓮の火の玉が、サルバの右手に直撃した。
「ぐっ……!」
サルバが痛みに顔を歪めて振り返ると、そこにはアルタを含むアリアハンの兵士たちが弓を構えて駆けつけていていた。
「元近衛兵隊長サルバ! アリアハン王の命により、お前を処刑いたす!」
「ちくしょう……覚えていろ、カムイ! 俺はお前の大切な名前を地に貶めてやる! 次に会うときはお前を必ず倒すからな!」
捨て台詞を吐き捨てると、サルバは懐からキメラの翼を取り出し、空へと投げた。
一瞬の閃光とともに空へ飛び上がり、サルバの姿は霧のように消え去った。
「カムイさん! 大丈夫!?」
アルタが駆け寄ると、カムイは毒蛾の毒に侵され、青ざめた顔で荒い息を吐いていた。
「アリアハンで母さんの治療を受ければ、きっと治るはずだ……! それまで頑張って、カムイさん!」
兵士たちは盗まれた金品を慌てて荷車に積み込み、毒に倒れたカムイを乗せて、重苦しい空気の中レーベの村へと引き返していくのだった。