「本当にすまなかった……! わしらが、命を懸けて守ってくれた兵隊さんを疑ってかかるなど……!」
村の長老や住民たちが頭を深々と下げる。その傍らでは、昨晩まで高飛車だったエジンベアの紳士が、一歩前に出て重い袋をそっと差し出した。
「うちの息子が、本当に大変なご迷惑をおかけしました。命を助けたいただいた恩人に、砂をかけるような真似をしてしまって……。これは、せめてもの詫びだ。受け取ってほしい」
紳士が差し出した麻袋の中には、ずっしりと重い金貨が詰まっていた。
さらに、エジンベアの妻も申し訳なさそうに頭を下げ、その知識を静かに語り出す。
「お怪我をされた方は、アリアハンの『毒蛾のナイフ』の毒に侵されているのでしょう? あの武器は我が国をはじめ他国では珍しくありませんが、その毒を消すには『満月草』という秘薬が不可欠です。アリアハンへの道中にある交易都市や市場なら、今回の貿易船が運んできたものが手に入るはずですから、その金で早急に買い求めてください」
その時、港の方から慌ただしい汽笛の音が響き渡った。
「さぁ、エジンベア行きの船と、バハラタ行きの船が出港するぞ! 見送りも急ぎなさい!」
エジンベアの家族は、護衛の兵士たちに連れられ、申し訳なさそうな視線を残しながら、それぞれの国へと向かう貿易船へと乗り込んでいった。
港の喧騒が遠ざかり、取り残された宿の一室。
付き添いの近衛兵が、深刻な面持ちでアルタに告げた。
「アルタ様……カムイ殿は毒に侵され、いまや自力で歩くこともできません。ここからアリアハンまでは本来なら徒歩で二日かかる道のり……。もしもの時、カムイ殿が動けないまま野宿を挟めば、我々の護衛だけでは到底、群がる魔物からお二人を守りきれませぬ」
その言葉に、アルタはぐっと唇を噛み締めた。
(このままじゃ、カムイさんの体に毒が回ってしまう……!)
「そうだよね。……わかった。僕がひとりでアリアハンまで戻って、満月草を買ってくるよ」
「な、なんと……! そんな危険な真似、いくらアルタ様とはいえ、万が一のことが王様に知れたら我々の首が飛びます!」
兵士たちの必死の制止を、アルタは真っ直ぐな瞳で遮った。
「もう危険はたくさん冒してきたよ。……それに、僕はオルデガの子だ」
幼い頃の面影は消え、そこには確かな決意を宿した若き戦士の顔があった。
「なにかあったって、ルビス様が……父さんが、きっと僕たちを助けてくれる。――必ずすぐに戻るよ。カムイさん、もう少しだけ我慢しててね」
カムイの額に冷たいタオルを当てると、アルタは振り返りもせず、アリアハンへと続く険しい陸路へと走り出すのだった。
アルタがレーベを出発したのは、太陽がまさに真上に昇る昼下がりだった。
いまから徒歩で往復すれば4日もかかる道のりを、まだ14歳の少年であるアルタが、どうやって明日までに往復して戻ってくるというのか――。
レーベを出てわずか一時間。早くもアルタの息が切れ始める。
(水……っ、喉が焼けるように熱い……)
その日はとりわけ容赦なく暑く、普段なら恵みであるはずの太陽の光が、いまは体に突き刺さる容赦ない光の矢のように感じられた。
「あら! そこの少年。こんなところで何やってるのよ」
不意に声をかけられ、アルタが顔を上げると、一頭の馬にまたがった異国の女性が立っていた。きらびやかな衣装を身に纏い、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせている。
「私、アッサラームから来た踊り子よ。みんなは私のことを『遊び人』なんて呼ぶけれど……ねぇ、バハラタ行きの船に乗りたいんだけど、港はどっちかしら?」
「え……! お姉さん、船ならもう一刻前に出向しちゃったよ! 僕、明日までにアリアハンまで行ってレーベに戻らないといけないんだ。力になれなくてごめんよ!」
見知らぬ異国の女性に声をかけられ、アルタはたじろぎながらも、カムイの体を案じて再び駆け出そうとした。
「えっ……! 船、いっちゃったの!? うそ、どうしよう、これじゃ国に帰れないわ……っ。ま、いっか! ねぇ少年、このあたりで一番大きな町はどこ? 私を案内しなさいよ!」
(変な人にからまれている暇なんてないのに……!)
焦りを募らせるアルタは、冷や汗を拭いながら早足で答えを返す。
「ここからまっすぐ陸路を行けば、アリアハンの城下町だよ! 僕にかまわないでくれ、急いでるんだ!」
アルタは背を向け、アリアハンへ向けて再び走り出した。しかし――。
「ちょっと待ってよ! 君もアリアハンに行くんでしょ? ほら、乗りなさいよ!」
有無を言わせぬ勢いで、遊び人の女性にぐっと腕を引かれ、アルタは無理やり馬の上へと引き上げられた。
「きゃっ、重いわね!……って、このまま南へまっすぐ進んでいいのね! 落ちないようにしっかりつかまってなさいよ! 行くわよ、ハイド!」
女性が手綱を強く引くと、馬は凄まじい地響きを上げて一気に駆け出した。
ゴォォォッと耳を通り過ぎる風の音。自分の足で歩いていたのが嘘のように、景色が飛ぶようなスピードで後ろへ流れていく。
――これなら……! 徒歩なら二日かかる道のりを、馬の足なら驚異的なスピードで短縮できる!
風を切り裂く馬上の人となったアルタの視界の先に、あっという間にアリアハンの城下町の城壁が見えてくるのだった。