「アルタ様、無事でおられるだろうか……。そろそろ森を抜けた頃か? いや、もしも未だに森を抜けられず、魔物の餌食になっていたら……」
「くそっ、私もお供するべきだったんだ……!」
松明を片手に、レーベの村の入り口を右往左往しながら落ち着かない様子で歩き回る護衛の兵士たち。その一人が、不意に何かの気配を感じ取り、ぴたりと足を止めて腰の剣に手をかけた。
じっと暗闇に目を凝らす――。
空間が激しく揺らぎ、魔導移動特有の強い残香が鼻腔をくすぐる。そこにフラフラと、まるで足取りのおぼつかない一人の少年の姿が浮かび上がってきた。
「アルタ様っ……!? やはり、お一人では無理でしたか……って、戻ってこられたのですか!?」
「あぁ……かぁさん、いきなりびっくりしたよ……。でも、おかげで……レーベに、着い……た……」
糸が切れたように、アルタはその場にがくりと倒れ込んでしまった。
「アルタ殿っ! おい、しっかりしてくれ!」
兵士の声を聞きつけて、村の大人たちが次々と駆けつけてくる。
「なんだ、帰ってきたのか……」
「だが、あの様子じゃ薬は……やっぱり、まだ14歳の子供じゃ無理だったか……」
皆が絶望の色を浮かべ、肩を落としたその時――パサリ、と眠り込んでいるアルタの懐から、大量の薬草が地面へとこぼれ落ちた。
「これは……!」
兵士の一人がそれに飛びつき、鼻を近づけて目を見開いた。
「まさしく、満月草だ……!」
護衛として同行していた兵士の中には、武力だけでなく、薬学や地理、歴史にまで通じた者たちがいた。その一人である老練な兵士が、手にした草を厳かに掲げる。
「満月草といえば……アリアハンでいう『シオン』のことだったのか。だが、ただのシオンでは意味がない。過酷な山岳地帯の険しい斜面で、夜の月の光をたっぷりと浴びたものでなければ、毒蛾のナイフの毒を消す効力を持たぬはず……!」
兵士の目が驚愕に見開かれる。
「アリアハン大陸の平地では決して手に入らない、幻の特効薬だ……! いったいどうやってこれを……? いや、詮無いことか! よし、早速解毒剤を作るぞ! 湯を沸かせっ!」
緊迫した空気が、一気に希望の色へと変わる。
倒れているアルタの寝顔を見下ろしながら、先ほどまで不安に駆られていた兵士は、ふっと穏やかな笑みを浮かべてその頭にそっと手を置いた。
「見張り兵よ、アルタ様をすぐに宿のベッドへ運んで休ませてあげるんだ。こうして見れば、まだあどけない子供じゃないか……。こんな少年が、わずか一日のうちにアリアハンからこのレーベまで往復してのけるなんて……」
兵士は夜空に浮かぶ月を見上げ、深く息をついた。
「――天は、貴殿の味方だったようだな、アルタ殿」
――夜が明け、穏やかな陽光がレーベの村を包み込む。
「さぁ、城へ帰ろう。レーベの村長、世話になった。アリアハンから褒美を贈らせる。この村の人々の優しさを絶やさぬよう、これからも村の繁栄をよろしく頼むぞ」
宿の前に立ったアルタは、集まった村人たちや長老に向かって、りりしくも温かい声でそう告げた。村長をはじめとする住民たちは、深々と頭を下げ、かつての誤解を謝罪するとともに、小さな英雄の旅立ちを心からの拍手で見送る。
その中心で、カムイはすっきりと晴れやかな顔をして立っていた。
満月草の解毒剤を処方されたカムイは、丸二日眠り続けたのちにようやく意識を取り戻した。そこからの回復は周囲が驚くほどにすさまじく、ぐんぐんと生気を取り戻し、迎えた三日目の今日にはもう自分の足でしっかりと立てるまでに回復していたのだ。
毒の苦しみなど嘘だったかのように、カムイは深く息を吸い込み、アルタの肩に軽く手を置いた。
「アルタ……本当に、命を救ってもらったな。お前がいなければ、今頃俺はどうなっていたことか……」
「よかったよ、カムイさん! 本当によかった……!」
アルタの顔に浮かんだ心からの安堵の笑みに、カムイも優しい笑みを返す。
「さて……無実の罪も晴れたことだし、いつまでもここに長居するわけにはいかないな。――よし、それではアリアハンに帰ろうか!」
アルタ、そしてカムイ――二人の絆をより一層強く結んだレーベの旅を終え、いよいよ彼らは故郷アリアハンへの凱旋路へと足を踏み出すのだった。