デネルがアリアハンを旅立たせてから、一年が過ぎていた。
師匠であるシガテラも、兄貴分であるデネルもいない武器屋「ポポス堂」の店先は、どこか広すぎるように感じられた。13歳になったアルタは、相変わらず店の手伝いをしながらも、どこか退屈を持て余していた。
そんなある日のこと。
アリアハン唯一の外部とのパイプラインである、「月に一度の貿易船」が港に姿を現した。
島国であるこの国にとって、船を造ることは禁忌であり、外との往来はこの貿易船でしかありえない。その貴重な船から、ひょっこりと降りてきた男がいた。
ガタイが良く、顔の半分を奇妙な覆面や布で隠した、いかにも怪しい異国の男だ。
ただ者ではない雰囲気をプンプンと漂わせたその男は、波止場からまっすぐに王都の酒場へと足を向け、やがて『ルイーダの酒場』の木の扉を押し開けていた。
「ルイーダさん。ポポスさんに頼まれてお酒を買いに来たよ。いつものコーン酒、お願いね!」
いつものように元気よく酒場に入ってきたアルタに、カウンターの奥でグラスを拭いていたルイーダは、ピクリと眉をひそめて小声で囁いた。
「アルタ、気をつけな。……あそこの席で飲んでいる、あの貿易船から降りてきた見慣れない男。入ってきたときからずっと目を光らせてやがるんだ。ここでお前に何かあったら、お城の連中に首を刎ねられちまうよ。お前、あのオルデガ様の息子なんだからな」
その会話を聞き逃さなかった。
カウンターの隅で黒い酒をあおっていたその男は、突然ガチャンとジョッキを乱暴に置き、椅子から立ち上がった。
「今……『勇者の子』と言ったか?」
「ひっ……!」
「その小僧が、あのオルデガの倅(せがれ)か!? ……おい、お前、アルタって名前か?」
男がギラついた目を向けてずんずんと歩み寄ってくる。ルイーダは青ざめて叫んだ。
「あらやだ、やっちまったよ! マーヤ! お城に連絡して、勇者の子がさらわれるよ!」
「うるさい女だ。小僧、男同士の話だ。おとなしくついてこい!」
「ルイーダさん、大丈夫。行ってくるよ」
アルタは全く怯えることなく、むしろ好奇心を隠せない様子でその男の後をついて、酒場の裏通りへと歩み出た。
酒場の裏の、人気のない石畳の小道。
振り返った男の纏う異様なプレッシャーに、アルタは思わず身構え、重心を落とした。
その瞬間――。
男は無言のまま体をひねり、目にも留まらぬ鋭い連続蹴りを繰り出した。
「っ……!」
風を切り裂く重い蹴撃。だが、シガテラのもとで鍛え抜かれたアルタの体は反射的に反応していた。サッと身をかわし、踏み込んだ勢いのまま、男のガラ空きの顔面に鋭い裏拳を叩き込む。
「ふっ……!」
鈍い衝撃音が裏通りに響いた。
しかし、一撃をもらった男は痛がるどころか、むしろ嬉しそうにニヤリと口角を吊り上げて笑った。
「……その身のこなし、素早い反撃。さすがはシガテラの弟子だ。見事なもんだぜ」
「え……? 先生の名前を知ってるの?」
「へっ、驚いたか。俺の名はカンダタ。お前から見りゃ、俺は兄弟子ってわけだな。アッサラームでデネルからお前の噂はみっちり聞いてたからよ、酒場で名前を聞いたときすぐにピンと来たぜ」
カンダタは鼻を擦りながら、アルタを値踏みするようにじっと見つめた。
「身のこなしは思った通りだが……パンチが軽いな。そんなヒョロヒョロの腕じゃ、いざってときに重い剣は振れねえぞ、小僧」
「なんだと……!」
と言い返そうとしたその時、通りの曲がり角から「そこまでだ不審者め!」「アルタ様から離れろ!」と、アリアハンの衛兵たちの怒声が響き渡った。
あっという間に、十人ほどの兵士たちが槍を構えてカンダタを取り囲む。
「ちょ、ちょっと待って兵隊さん! この人、怪しいけど僕の知り合いなんだってば!」
アルタが慌てて手を振って止めようとするが、衛兵たちの顔色が変わるわけがない。
「なにを言うかアルタ様! 詳しい事情は、今すぐお城に行って王様に聞かせてもらおう!」
こうしてカンダタは、月に一度の貿易船に乗ってやってきた手前、逃げる間もなく衛兵たちにガッチリと取り押さえられ、そのまま王城へと連行されることになったのだった。