王城の謁見の間。
高い玉座から見下ろす王の太い笑い声が、天井に反響していた。
「ガッハッハ! なんと、マダムルイーダの早とちりだったのか!」
王はあご髭をさすりながら、縄こそ解かれたものの腕を組んで立っているカンダタに目を向けた。
「して、カンダタよ。お前は月に一度の貿易船に乗ってわざわざ我が国へ来たが……一体、どこから来たのだ?」
カンダタはふっと鼻で笑い、かつての記憶をたぐるように遠くを見据えた。
「俺の生まれは、テドンという小さな街でした……。だが、ネクロゴンドに大穴が空いたあの夜、魔物の群勢に飲み込まれ、村は一晩で焼き尽くされた。俺はまだ、10歳だった」
謁見の間が、わずかに静まり返る。
「そこに現れたのが、シガテラ。……俺の師匠です。俺は師にさまざまな武術を教わりながら旅を続けていた。そして、俺たちがノアニールの街に着いたとき、あの人に出会ったんだ」
カンダタの口から漏れた名に、王がハッと息を呑んだ。
「もしや……」
「ああ、オルデガさんだ。この混沌とした世の中を変えるため、師匠はオルデガさんについて行くことに決めた。……だが、16歳になった俺を、師匠はイシスの王宮に預けて旅立った。当時は悔しかったぜ。俺だってもっと一緒に戦いたかったからな」
カンダタは自分の大きな手を眺めながら続けた。
「それから年月が経ち、俺はイシスの近衛兵になっていた。そしてつい先日、アッサラームの警護にあたっている最中に、デネルと一緒にいる師匠に偶然出会ったんだ。そこで、アリアハンにいるお前の話を聞いたのさ」
カンダタはガシッと自分の胸を叩き、まっすぐにアルタを見据えた。
「旅の途中で耳にした話じゃ、魔王の軍勢は日に日に強くなっている。奴らは、どこかにいるはずの『オルデガの子』を探し回っているってな。……だから師匠は、俺を護衛としてここに寄こしたのさ。もちろん、大陸からアリアハンへ渡るには、あの月に一度の貿易船を使うしかなかったがな」
王は深くうなずき、満足そうに髭を撫でた。
「なるほど……シガテラの弟子であり、オルデガの遺志を継ぐ者か。ルイーダの勘違いとは言え、お前が貿易船に乗って我が国に来てくれたのは天の配剤だな!」
カンダタは不敵な笑みを浮かべ、アルタの肩にずっしりと重い手を置いた。
「そういうことだ、小僧。これからは、このカンダタ様がみっちりお前に稽古をつけてやる。覚悟しておけよ!」
王はしばらく口元を真剣な線に結び、腕を組んでカンダタを見据えていた。
やがて、重みのある低い声で王は言った。
「カンダタよ。……シガテラの弟子である以上、お前のこれまでの噂や名前は、世界の悪党ども、そして魔物の耳にも少なからず届いておるはずだ」
謁見の間に、ピリッとした緊張感が走る。
「だが、お前が我が国へ来てくれたのは事実。魔物の群れがオルデガの子を狙っているというのなら、なおのことお前の素性がそのままでは都合が悪い」
王は玉座から一歩身を乗り出し、カンダタをまっすぐに見据えた。
「アリアハンの戦士として、お前に新しい名を与える。今日からお前は『カムイ』と名乗るがいい」
カンダタは、ふっと驚いたような顔をした後、自分の胸に手を当てて静かに目を伏せた。そして、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべ、片膝をついて深く頭を下げた。
「……カムイ、か。悪くねえ名前だ。アリアハンの戦士として、この命に代えてもその役目を果たそう」
王は満足そうに深くうなずいた。
「うむ。アリアハンの戦士カムイよ、頼んだぞ。我が国が誇る勇者の子を守り抜け!」
こうして、かつてカンダタと呼ばれていた男は、新たな名と使命を背負い、アルタの傍らに立つことになった。
アルタはその様子を少し見上げた後、キリッとした表情で真っ直ぐに男を見据えた。
「よろしくお願いします、カムイさん」
「……おう。しっかり俺についてきな、坊主」
カムイは不器用な笑みを浮かべながらも、その大きな手でアルタの肩を軽く叩いたのだった。
世界に忍び寄る魔王の魔手が、いよいよアリアハンへと近づきつつある中、若き勇者の子は、新たな守護者とともに次のステージへと歩み出そうとしていた。
アリアハンの戦士「カムイ」として迎えられた男は、その日から王国の訓練場に自由に出入りし、兵士たちに混じって汗を流すようになった。
だが、その存在を面白く思わない者もいた。近衛隊長の男だ。
彼は眉間に深いシワを寄せ、謁見の間に立つ王へ不満をぶつけていた。
「王様。いくらカムイが、あのシガテラという魔法使いの弟子であるとはいえ、素性のしれぬ元ごろつき崩れのような男を、あのような戦士として取り立てるのはいかがなものかと存じます」
玉座に座る王は、面白そうに片方の眉を上げた。
「ほう。近衛隊長ともあろう者が、そこまで器の小さい男だったとはな。何が不満だというのだね」
その時、ちょうど訓練を終えたカムイが、汗を拭いながら謁見の間へと通りかかった。その足音に気づき、王は声をかける。
「おっ、ちょうどいい。カムイ、お前は我が国の兵たちを見てどう思うかね?」
カムイはチラリと睨みつけてくる近衛隊長を一瞥し、不敵に鼻を鳴らす。
「……はっ。あえて申し上げるなら、王様。この国の兵たちは皆、オルデガ様の強さに甘え、己が腕を磨くことをすっかり忘れておる。このような腰抜けどもばかりでは、いざ魔物の軍勢がこの島に押し寄せたとき、一たまりもございますまい」
「なっ……!」
近衛隊長の背後で、若い衛兵たちが怒りに満ちた拳をグッと握りしめた。
王は面白そうにひげを撫で、わざとらしく近衛隊長に声をかける。
「聞いたか、隊長。我が軍が弱いと申しておるぞ。なにぶん隊長は、アリアハン一の槍の使い手だ。そのお前を『弱い』と言われて……隊長、どう思うかね?」
近衛隊長は顔を真っ赤に怒らせ、カムイを鋭く睨みつけながら吐き捨てた。
「……ふん。確かに、シガテラという男はかつて勇者オルデガ様と共に旅をしたかもしれん。だが、途中で恐怖に負けて旅を棄権し、命からがら逃げ帰ってきた臆病者だと聞く! そのような卑怯者の弟子に、我が軍を侮辱される言われはない!」
「きさま……!」
カムイの顔から笑みが消え、殺気立った目で近衛兵たちをねめつけた。
「師を愚弄するか、この野郎……!」
「静まりなさい!」
王の野太い声が、謁見の間に響き渡った。王はフッと小さく笑うと、ふたりを真っ直ぐに見据えた。
「はっはっは、若い者たちは血気盛んでよろしい。……だが、そのようにお互いの足を引っ張り合い、いがみ合っているようでは、魔物に攻められるまでもなくこの国は内側から滅亡するだろう」
王は立ち上がり、厳かに言い放った。
「お互いの力を認め合うために、武術大会を開く! 遺恨があるなら、闘技場の上でとことんやり合うがいい!」
こうして、国中を巻き込む武術大会の開催が決定し、緊迫した空気がアリアハンを包み込むことになったのだった。
武術大会が刻一刻と迫る中、王宮の裏庭では、カムイによるアルタへの過酷な特訓が続いていた。
「どりゃああっ!」
「っ……! 重いっ!」
カムイが振り下ろした木刀を受け止めた瞬間、アルタはその衝撃にしびれを感じ、思わず後ろへよろめいた。
「カムイさん、ちょっと力入り過ぎですよ! 木刀が折れそうだし、手が痺れて感覚がないよ! いったいどうしたんですか、さっきから険しい顔して!」
息を切らせるアルタに、カムイは舌打ちをひとつする。
「甘えるな、アルタ! お前はこのままだと、あの城にいるひよっこ兵どもと同じ『腰抜け』になるぞ。いつまでもオルデガ様の強さに頼り、自分の力だと勘違いするような愚か者にだけはなるな!」
「わかったよ、わかったよカムイさん! そんなに怒鳴らないでよ!」
アルタは額の汗を拭いながら、ふとニヤリと笑った。
「……って、ちょっと休憩しようよ。ねっ?」
「ふざけ――」
言いかけたカムイの視界が、突然どす黒い闇と眩い砂埃に包まれた。
「くらえ、マヌーサ!」
アルタが咄嗟に放った幻惑の呪文が、カムイの目の前で弾けたのだ。
「くっ……! アルタ! 幻術を使いやがったな!」
カムイが視界を戻そうと顔をしかめている隙に、アルタはくるりと背中を向け、茂みの奥へ走り去りながら叫んだ。
「夕食の支度をするね! カムイさんもウチに食べにきてよ! 母さんの手料理食べて、少し頭を冷やしてさ!」
「おい、待て小僧……っ!」
カムイは苦笑いを浮かべながら、自分の手のひらを軽く握りしめた。
「……ふっ、全く。いつの間にあんな厄介な呪文を覚えたんだか」
その日の夕方。
王都にあるオルデガの自宅では、温かいスープの香りが食卓を満たしていた。
席には、母・イルと、アルタ、そして遠慮がちにスプーンを持つカムイの姿があった。
「カムイさん、どうぞ遠慮なさらず召し上がってください。明日はいよいよ大会を控えているのでしょう?」
イルが穏やかな笑みを向けると、カムイは少し居心地悪そうに頭を下げた。
「ありがとうございます。では、いただきます」
カムイはスプーンでスープをすくい、口に運んだ。次の瞬間、彼の目が驚きに見開かれた。
「……っ! なんだこれは……」
「どう? 母さんのシチュー、すごく癒やされるでしょう? なんか、食べた瞬間に力が湧いてくるような……そうか、母さんの料理って、魔法がかけられてるんだよ!」
アルタがはしゃぎながら言うと、イルはフッと優しく微笑んで息子の頭を軽く叩いた。
「アルタ、余計なことを言わないの。それにね、料理は魔法なんかじゃありません。……祈り、というか、こころよ」
イルはシチューの入った鍋を愛おしそうに見つめた。
「美味しく食べてらいたい、元気になってほしいっていう、作る人の気持ちが味になるのよ」
「……祈りと、こころ、か」
カムイはスプーンを置くと言い知れぬ表情を浮かべ、静かに呟いた。荒んだ人生を歩んできた彼にとって、その温もりは胸の奥をチクリと突くものがあった。
「イル様、感謝いたします。……ふっ、本当にうまい。これほど美味いシチューを食ったのは、生まれて初めてであります」
カムイがスプーンを置いたのを見届けると、ふと彼は周囲を見回して言った。
「それはそうと……イル様。差し支えなければ、オルデガ様の部屋を見せてはいただけませぬか」
イルの手が、わずかに止まった。
彼女は静かに目を伏せ、そしてゆっくりとうなずいた。
「……ええ。主人の部屋は、あの日からあの時のまま、何も触れておりません。きっと、何もないとは思いますが……」
「母さん、僕も見てみたい!」
アルタが立ち上がり、カムイもそれに続く。
食事を終えた3人は、家の一番奥、普段は固く閉ざされている重い扉を開け――かつて英雄オルデガが使っていたという、薄暗い地下室へと足を踏み入れていったのだった。