ファンファーレが高らかに鳴り響き、アリアハン挙げての大武術大会の幕が切って落とされた。
満員の観客が見守る中、東西の門が重々しい音を立てて開く。そこから現れたのは、愛用の槍を握りしめた興奮気味の近衛隊長と、一本の木刀を腰に据えたカムイだった。
闘技場の熱気とは裏腹に、カムイの表情は驚くほどに静かだった。
彼の脳裏にあったのは、昨夜オルデガの部屋で見た光景だ。
それは、武術の指南書でも優れた武器でもない。
そこに散らかった絵具に囲まれて大きく描かれていたのは、愛する家族の肖像画だった。
荒々しい魔王と戦う英雄の姿などそこにはなく、妻と我が子を慈しむ一人の男の温かな横顔。
カムイは悟ったのだった。オルデガの強さは、優れた技や力によるものではない。彼を突き動かしていたのは、その「守るべきものへの深い愛」なのだと。
(あの人が命を懸けて守りたかったものを、今度は俺が守り抜く。それだけでいい)
無駄な気負いが一切削ぎ落とされたその心は、鏡のように澄み切っていた。
やがてカムイがゆっくりと目を開くと、そこには血気盛んな近衛隊長が、始まりの合図をいまかいまかと待ち望んでいた――。
「はじめ!」
銅鑼の音が乾いた響きを立てて空気を震わせた瞬間、近衛隊長の怒声とともに凄まじい突撃が始まった。
「うおおおっ!」
怒涛の如き槍の連撃。アリアハン一と謳われる素早い槍の切先が、カムイの頬をかすめ、殺気を含んだ風が肌を切り裂く。
だが、カムイの足元は微動だにしなかった。その目は血走る隊長ではなく、木槍の軌跡を静かに、ただ冷徹に見据えていた。
(俺は、アルタを守るためこの島に来た。あの親子の日常を守り、アルタを真の勇者に導く――それだけが、俺の戦う理由だ)
今の名誉でも、昨日の侮辱への怒りでもない。ただ「守るべきもの」を思い描いた瞬間、カムイの全身の底から、底知れぬ温かな力が湧き上がってきた。
ヒュッ、とカンダタ時代から培った鋭い感覚が研ぎ澄まされる。
迫り来る木槍の切先を、カムイは最小限の動きで、軽く、正確にパシリと叩き落とした。
「なにっ……!?」
重心を崩した隊長が大きくバランスを崩したとき、すでにカムイの姿はその懐に入り込んでいた。
「勝負あり!」
審判の叫びが響き渡るより早く、カムイの木刀は、冷たい殺気を一切纏わないまま、近衛隊長の喉元にピタリと寸止めで突きつけられていた。
歓声が地響きのように闘技場を包み込む中、王が満足げな笑みを浮かべて姿を現した。
「見事な太刀捌き! さらに、これほどの窮地にあっても感情に呑まれないその強い心こそ、アリアハンの戦士にふさわしい!」
王の力強い声が観客席に響き渡る。
「これよりカムイを闘技場の指南役とし、我が軍の武術指導者とする!」
アルタは我慢できずに闘技場のフェンスをよじ登り、そのままカムイにしがみついた。
「すごいよ、カムイさんっ! 木刀が一歩も動かなかったよ! これからもご指導お願いします、指南役!」
「おい、こら、アルタ……離れろ、人が見てるだろ……!」
いつもは威張っているカムイが、照れくさそうに顔を真っ赤にしてモソモソと身悶えする。その微笑ましい光景に、観客たちは温かい笑いと拍手を送った。
しかし、その歓声の輪から離れた場所で、近衛隊長は唇を噛み締め、悔しさに震えていた。
「くそっ……私の面目が、丸潰れだ……!」
プライドを傷つけられた隊長の周りには、わずか数人の頑固な側近だけが残されていた。それ以外の若い兵士たちは皆、カムイの圧倒的な強さと器の大きさに惹かれ、自然とカムイの方へと歩み寄っていたのである。
「これにて武術大会を閉じる! 皆の者、ご苦労であった!」
王の満足げな宣言とともに、アリアハンを揺るがした大会は幕を閉じた。
その後、王はカムイの功績を称え、アリアハンの誇り高き紋章が刻まれた頑丈な「兜」「鎧」「盾」の武具一式を褒美として授けたのだった。