――父から『お小遣い禁止令』が出たのは前日のことだった。
父曰く『私が子供だった頃は貧乏でね、金をむやみに使わない――』
と、いち時間に及ぶ説教の末、わたくしは、前述したとおりの結果になった。
――金が無い。
いやマジで金が無い。
今まで湯水のごとく湧いてきたせいで、節約の方法が分からない。父的には、それも教育のつもりなのだろうが。
まあ、耐えられるわけもなく、
わたくしは父に「何かお手伝いをさせてほしい」と告げた。が、返ってきた言葉は「バイトをしろ」という身も蓋もないもの。
自慢ではないが、行動力だけはある。
その日のうちにワタクシはバイトを探した。
できるだけ高給で、できるだけクリエイティブで、できるだけ休みが多い。若者特有の、堕落と怠惰を極めた欲望で探しに探し――
――で、結果。
「見つけましたわ~」
案外、手早く発見できた。
仕事内容は舞台会場の清掃、および舞台の整理。日給はなんと十万円。その日限りの単発ワークだった。
◆
面接とやらを受けることになった。
俗世では、バイトの一番の壁はここなのだとか。友人のKちゃんからそう聞いた。
面接で注意することは特に二つ。
いかに元気よく挨拶をするか。
そして、そのバイト先がヤバくないか確認することだ。
Kちゃんから聞いた話だが、たまに「激ヤバのバ先」があるらしい。
店長のノリがきつかったり、同僚が変な人間だったり、店長の冗談が面白くなかったり、仕事がきつすぎたり、店長がだるかったり。
店長とは、そういった生物らしい。
ちなみに、指定された面接場所はアクションターミナルの地下。
なんと女子トイレの個室から入るらしい。
三号室に入り、指示通りに小洗浄ボタンを三回、続けて大を二回。
――ガシャコン、と重厚な作動音が響き、まるで秘密基地のようにトイレ全体がゆっくりと下降し始めた。
なにか防犯の類なのだろうか?
正直な話、素晴らしい、と感動してしまった。
ここまでの機密性は、ワタクシの実家にも十分並ぶレベルだ。
暗い空間が広がっていた。
バチ――と照明が起動する。
視線の奥には、ワタクシ以外の数人の応募者と思われる人々。
――そして、黒いスーツを着た女性。そのスーツの所々が赤く濡れていた。
ざわっと異質な空気が広がるのを感じた。視線の先にいた女性の顔が、みるみる蒼白になっていく。
「はーい、面接を開始しまーす。集団面接となるので、皆さんその席に座ってくださーい」
「なっ!?」
ワタクシは思わず声を漏らした。
――血濡れスーツが発した『集団面接』という言葉に、反応してしまったのだ。
集団面接とは、Kちゃん曰く「ろくでもないバイト先」の可能性が高いらしい。就職でもないのにバイトで集団面接を強行する店長は、ヤバい確率が高いのだとか!
「マジィですわ」
「いや、マジでマジィよ?」
ワタクシが呟いた直後、隣から震えた声がした。
視線を向ける――そこには、制服を着て――頭部にブラウン管を装着した男いた。おそらく、ハイベレル社のJY_71号だろう。
彼は液晶をピカピカと照らしながら……。
「どうする? 逃げる?」
……ですが、ワタクシには。
「逃げる……わけにはいきません。ワタクシには、やるべきことがあるので」
「嬢ちゃんもそっち系か? ……いや、ワリィ、無粋だったな。そりゃこんなところに来る奴なんて、な……」
ああ、このブラウン管さんもワタクシと同類なのだ。
どこも親というものは容赦がない。「働かざる者食うべからず」と子どもを追い詰めるのだ。
ワタクシは溢れる涙をぬぐい、熱い友情を込めて親指を突き立てた。
ブラウン管さんも呼応するようにサムズアップ。
そのノスタルジックな液晶に、ドット絵の顔文字が――^^bと浮かび上がった。
◆
集団面接は無事に終了した。
Kちゃんの話では、集団面接に加えて、おかしな質問が飛んで来たら、その面接からはすぐ逃げろとの事。
例えば「好きなフルーツ」だとか。
例えば「好きな色」だとか。
例えば「今後の夢や未来の話」だとか。
そういった質問で探ってきた場合、ろくでもないバ先らしい。
なんとも、Kちゃんは頼りになる存在だ。
「おかしなバイト先ではなさそうでよかったですわ」
「マジで? 嬢ちゃん凄いな? 俺三回逃げようとしたよ? 特に腐敗臭に慣れてますか、って聞かれた時とか」
「それぐらいは……耐えなくてはいけない仕事の範疇ですわ」
このような弱音、
Kちゃんのようなバイト戦士に聞かれたら殴られてしまう。
「嬢ちゃん、すげぇな」
◆
――ゴッシュゴッシュ。
――ゴッシュゴッシュ。
その日のうちに作業が始まった。
仕事の内容は舞台の清掃。たったそれだけだ。
この遊園地のような空間の清掃を数時間以内に完遂しなくてはいけないが、まあ何とかなるだろう。
所々にカートゥン調のピンクの熊が描かれた箱だったり、先っちょが尖っている物が落ちているが……まあ大丈夫だ。
ブラウン管さんとワタクシ以外にも、何人か作業員がいるわけだし。
――視界の先にある、赤く染まった机。
それを何度もモップで擦り清掃する。
赤くこびりついたそれは、配られた特殊液体を使用してもなかなか落ちない。
隣にいるブラウン管さんは、器用にゴッシュゴッシュとモップを操り、固形化した『赤』を拭き取っていく。
おそらくあれはプロの動き。ブラウン管さんは歴戦の猛者なのだろう。
こちらの視線に気がついたブラウン管さんが、首を傾げながら声をかけてきた。
「やっぱり落ちない?」
「えぇ……何度もやっていますが落ちませんわ。己の未熟さが恥ずかしいですわ……」
「まあ、俺は特殊義体使ってるし、女の子じゃしゃあない気はするけどね」
なるほど、特殊義体を使用していたのか。
それならば、ワタクシとブラウン管さんに作業スピードの差があるのも当然だ。
それでも、努力は続ける。
ブラウン管さんの半分ほどの速度でも、サボりは許されない。
サボる時は、いかに上手くサボるかが重要(Kちゃん談)ワタクシのような未熟者が半端にサボれば、かえって墓穴を掘る可能性がある。
◆
かくして、数時間が経過した。
窓の無い空間のため、陽光は確認できないが、おそらく日は傾いているだろう。
掃除は、完璧と言えるレベルで終了していた。
今は余った数十分で雑談タイムに興じている。わたくしとブラウン管さん、推定女子大生、おじさん、その他もろもろだ。
「やっぱり、トランプを使ってのゲームだったのかな?」
と、ブラウン管さん。
それに呼応するように、他の方々も口を開く。
「うーん、清掃歴1年の俺が考えると――大体それであたりだろうな」
「あ、やっぱり?」と、女子大生が。
おじさんは、自ら清掃した拳銃をカチャカチャといじりながら口を開いた。
「トランプを使って……負けたら拳銃で撃ち殺される、とか……」
「ひっでぇ……悪趣味すぎる」
「叩いてかぶってジャンケンみたいな感じかな?」
各々が好き勝手に雑談に興じる。
ですが、わたくしはそれに割り込むように――
「――違うと思いますわ」
ブラウン管さんが不思議そうに首を傾げた。
全員の視線が一気に集まる。……少し緊張する。
「えっとですね。撃ち殺される――というよりは、自分自身を撃たされた……みたいな形だと思いますわ」
「へ?」
「清掃中に思ったのですけれど……あまりに出血が多いように感じて。おそらく、自分自身で銃を撃ち、出血に耐えつつ――」
と、その瞬間だった。
――ガチャ、と背後の扉が開いた。
全員の視線が一気にわたくしの背後へと注がれる。
遅れて振り返ると、そこには背広を着こなした男が立っていた。
「お疲れ様です。報酬はこちらの封筒に」
どうやら、今日の仕事は無事に幕を閉じたらしい。
初めてのバイトだったが、攻略完了と言って差し支えないだろう。
各々が安堵のため息を吐きながら立ち上がる。
ワタクシもそれに倣おうとした――その時、おじさんが首を傾げた。
「なあ、掃除用具ってどうすりゃいいの?」
「ええ、用具入れがあるので……」
ふーん、と鼻を鳴らし、おじさんは用具入れを探し始めた。
他の面々がお給料の封筒に夢中になる中――
おじさんがある箱を見つめていた。
それは、どう見ても――わたくしが制止の声をかけようと立ち上がった、その瞬間。
――身体に激痛が走った。
四肢をもれなく激痛が突き抜け、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
「ぷぎゃあ!!」
潰された蛙のような声が口から漏れた。
「えぇ!? 大丈夫!?」
ブラウン管さんと女子大生さんが慌てて寄ってくる。
どうやら、久方ぶりに筋肉を酷使したせいで、筋肉痛に襲われたらしい。
「だ、大丈夫ですわ~」
わたくしが立ち上がろうともがいた、その時――
――プギャ。
二度、潰された蛙のような音が響いた。
――が、今回に限ってはワタクシの声ではない。
音のした方に視線を向けると――カートゥン調の熊がデカデカと描かれた箱が、鮮血で赤く染まっていた。
その傍らには、首から上が消失したおじさん。
力なくポタリと倒れ伏している。
皆が唖然とする中、わたくしは耐えきれなくなり――
「清掃歴一年のおじ様ーーっ!? カートゥン調の箱なんてどこからどう見ても罠ですわーーっ!?」
◆
かくして、仕事は終了した。
封筒の中には、しっかり約束された金額が入っていた。
外は既に日が傾いていた。これは父から一叱りくるかもしれない。が、バイトだと言えば喜ぶだろう。
早く父の喜ぶ姿が見たいものだ。
ふふん、と満足そうに微笑むワタクシ。
隣にいたブラウン管さんが、
「まあ、十万もあれば少しは働かなくて済むかな……」
「ええ、そうですわね(※後日、娯楽に全て溶けた)」
「……おっさんは災難だったなぁ」
「ええ……」
ブラウン管さんは、分かれ道を曲がりました。そして、手をワタクシに振りながら。
「一緒にレストランでもどう――って言いたいけど、こんなことがあったあとじゃ、何も腹に入らないよな」
「え、そうですか?」
「…………まあいいや。とりあえずこれでお別れだ。こんな物騒な裏社会とは一刻も早く縁を切りたいからね」
せっかくの作業仲間なのだから連絡先くらい交換しても良かったのだが、本人がそう望むなら引き留める理由もない。
「また縁があったらな、お嬢ちゃん。じゃあね」
「ええ、お達者で」
こうして、ワタクシの初バイト攻略は大成功に終わった。
手に入れた大金、十万円。
これさえあれば当分の間、怠惰で優雅な生活を満喫できる。
万が一尽きたとしても、またこうしてバイトをすればいいのだ。
ワタクシは少しだけ、労働の達成感というものを理解した気がした。
……ふふ、次のバイトでは、もっと話の合うお友達ができるかもしれない。まあ、当分先だろうが。
そんな輝かしい未来に思いを馳せていた――はずなのだが。
「やっべぇ、全部すりましたわっ!!!」