「なぁ治、北さん、あの先輩のことめっちゃ見てへん?」
「見すぎやな。北さんも普通の男子高校生やったんやな」
その時だった。パシャ、とシャッター音が響く。
見ると角名がスマホを構え、走り去る彼女の後ろ姿と、それを見送る北の横顔を撮っていた。
「角名…」
低い声に、全員がそちらを見る。
「その写真、送ってくれ」「了解っす」角名はあっさり頷いた。
「……は?待て待て待て」「今なんて?」侑と治が同時に固まる。
「北さん、今『写真送れ』言いました!?」「女子の写真欲しいって言いましたよね!?」
侑が食いつくと、銀島や大耳たちもざわめき始めた。
「マジか」「北が?」「めっちゃレアやん」
当の北は騒ぐ部員たちを一瞥する。「同じクラスやからな」それだけ言ってスマホを見る。画面に映っていたのは、チア服姿でポンポンを振りながら走っていく彼女の後ろ姿だった。北はほんの少しだけ目を細める。
「ああ、そういうことか」アランが納得したように頷いた。
「なんやアランくん、心当たりあるん?」侑が聞く。
「前に北がな。何回か『字の綺麗な女子がおる』って言うとったんや」
「は?」「は!?」双子の声が揃う。
アランは北を見ながら続けた。
「あれ、高梨さんのことやったんか?」
一瞬だけ北の視線がアランへ向く。
「……他におらんやろ」
あまりにもあっさり認めたものだから、その場の全員が固まった。
「認めたぁぁぁ!?」「北さん自白しましたやん!!」
---ああ、ほんまにうるさい。
一年の時、高梨さんと同じクラスやった。
先生に当てられて黒板に書く字が、誰よりも綺麗やった。
提出物もノートも丁寧で、普通に授業中ペンを持つ姿まで妙に様になっていたのを覚えている。
公式戦で授業を休んだ時に、ノートも借りた。見やすくまとめられた文字に感心して、返す前に何度もページをめくった。別に深い意味はない。ただ、毎日きちんと積み重ねたものが、そのまま字に表れている気がした。
二年ではクラスが離れた。アランと同じクラスだった。
せやけど三年でまた同じクラスになった。
春先、また公式戦で休んだ時にノートを借りた。相変わらず綺麗やった。丁寧で、見やすくて、無駄がない。
ああ、変わってへんな。そう思った。またあの字が見れるな。その時は、それくらいにしか考えてへんかった。
そして今回。
本来ならあいつは書道部や。
人手が足りんいうことで、インターハイ期間だけチアに駆り出されたらしい。
慣れんことをしているのは一目で分かった。侑のサーブの時に一人だけガサガサ音を立てたり、振り付けが少しずれたり。応援席の中でやたら目立っとった。
試合中はボールしか見てへんつもりやったのに、不思議と何度も視界に入ってきた。
声を枯らしながら、必死に周りについていこうとして、それでも懸命に応援していた。
そんな姿が妙にあいつらしかった。
スマホの画面に映る後ろ姿を見る。
今日のことを思い出しているうちに、いつの間にか口元が少し緩んで呟いた。
「ほんま、よう応援してくれたな」