文化祭当日、学校内は賑やかな熱気に包まれていた。そんな中、実行委員の北くんは朝から分刻みのスケジュールで大忙しだった。
「北くん、体育館の照明の件なんやけど……」
「北先輩! 写真、一緒に撮ってもらえませんか!?」
次から次へと舞い込む予定の確認やトラブル対応。さらには、時折ファンと思われる他クラスの女子たちに囲まれている姿も見かけた。
そのたびに胸がチクリとしたけれど、今の私にはそれを見ている余裕はなかった。私は書道部の部室へ向かい、最後の最後まで入念なリハーサルを繰り返していた。
お揃いの紺色の袴に身を包み、袖に襷をかける。ハチマキをした後、髪をきゅっと結び直す。鏡に映る自分に気合いを入れ、私たちは大歓声が響く特設ステージへと向かった。
「よし……行こう!」
そして、いよいよ本番。
体育館の照明が落ち、スピーカーから激しくも美しい太鼓の音色と共に和ロックの重低音が鳴り響く。
ステージの中央に準備された大きな白紙。
その前に、自分と同じくらいの大きさの筆を抱えた私が立つ。
――見ててね!北くん
音楽のテンポが上がった瞬間、私の身体は自然と動いていた。全身を使って、大筆をしなやかに滑らせる。時折飛び散る黒い墨汁。袴の袖をなびかせながら、一画一画にこれまでの三年間の想いを全てぶつけていく。
筆を止めて動きをそろえたり、決めポーズをしたり。トランス状態のような熱気の中、音楽はいよいよクライマックスへ。
息が上がる。だけど、視線は手元を離さない。
「――はぁっ!!」
最後の一画。力強く筆を払い、全ての文字を書き上げた。
その瞬間、音楽の最後の残響と共に、部員たちの手によって巨大な作品が垂直に掲げられる。真っ白な紙に躍動する、力強い墨の文字。
一瞬の静寂の後、体育館が揺れるほどの地鳴りのような拍手と、大きな声援が私たちを包み込んだ。
私がマイクを受け取り、書いた文字の説明と三年間の思いを口にする。
声が震え、息を切らして感情が高ぶっていた。
「すごーーいっ!!」「書道部、めちゃくちゃカッコええ!!」
眩しいスポットライトの中で、息を切らしながら観客席を見渡す。
やりきった。最高の、最後の舞台が終わったんだ――。
沸き立つ歓声の中で、私は無意識にある姿を探していた。
実行委員の仕事で忙しいはずの、彼を。
――いた。観客席の最前列。約束通り、一番よく見える場所に。北くんはそこにいた。
見ててくれていた。
周りでは生徒たちが飛び跳ねながら歓声を上げている。けれど北くんだけは騒がず、真っ直ぐに私を見上げていた。その瞳には、書き上げた作品も、歓声に沸く観客も映っていない。
まるで私だけを見ているみたいで。胸がぎゅっと締め付けられる。
やがて彼はゆっくりと拍手を送ってくれた。誰よりも静かで、誰よりも力強い拍手だった。
目が合う。その瞬間。北くんの口元がふっと緩んだ。
『かっこ良かった』
声は聞こえない。それでも確かにそう言ったのだと分かった。
体育館を揺らす歓声も。鳴り止まない拍手も。全部遠くへ消えていく。
私の視界には、ただ、特等席で微笑む北くんだけが映っていた。