追放された聞き間違い冒険者、勇者パーティに勧誘される。 作:永佑
「何で僕が追い出されないといけないんだ! 僕、何も悪い事してないのに!!」
王国随一の繁栄を誇る都市、王都ブレイアス。冒険者たちが誰よりも多く行き交うその平民街の一角で、僕は人目もはばからず声を張り上げていた。道行く人々が何事かと振り返っていくが、今の僕にはそれを気にする余裕さえない。
無理もない。叫びたくもなる理由が、僕にはちゃんとあるのだ。
故郷で最強と謳われたギルド《百鬼夜行》——そこを、僕は追放された。もう一か月も前の話になる。きっかけは、たった一度の“聞き間違い”だった。
あの日、敵が迫る野営地でマスターは「今すぐここに結界を張れ!」と叫んだ。ところが僕の耳に届いたのは「今すぐここで決壊を起こせ!」という声で、命令に忠実な僕は、すぐ裏手にあった貯水湖の堤へ最大火力の魔法を叩き込んだ。……結果は言うまでもない。野営地は濁流に呑まれ、仲間は全員ずぶ濡れになり、マスター秘蔵の酒樽は下流のどこかへ消えていった。
命令どおりに動いたつもりの僕にしてみれば理不尽な話だが、ずぶ濡れで仁王立ちしていたマスターの形相は、思い出すだけで今も背筋が凍る。翌朝には追放を言い渡され、僕は怖くなって、逃げるようにこの国までやって来たのだった。
「全くもって許せない! あれだけ貢献したというのに!!」
《百鬼夜行》のメンバーの中ではマスターに次ぐキルスコアを叩き出していたし、ギルド三人目となる魔王討伐だって、この手で成し遂げている。
自分で言うのもなんだが、僕は結構強い。魔法も剣術もそれなりに極めたつもりだし、実力と打たれ強さだけで言えば「俺の次に強い」とマスター本人に言わしめたほどだ。次期マスターの候補を挙げるときには、いつも副マスターと並んで僕の名が囁かれていた。
なのに——たった一つの厄介な欠点のせいで、僕はギルドを追われる羽目になった。
僕の耳は、呪われているのだ。
三人目の魔王を討ち果たしたあの日、死に際の魔王が放った呪詛をまともに浴びてしまった。それ以来、僕の耳は聞こえた言葉を時折おかしな形に歪めて届けてくるようになったのである。
叫び終えるころには、胸にたまっていたものがだいぶ抜けていた。冷静さを取り戻した僕は、深々とため息をつく。
「………これからはもっと自由に生きるか」
それなりに稼いできたし、もう一生働かなくてもいいくらいの蓄えはある。冒険者稼業なんて地獄みたいなものだし、かといって他の仕事につけるほど器用でもなければ、頭が回るわけでもない。戦うことしか知らない僕には、そもそも選べる道が少ないのだ。
「この街って、キャバクラとかあるのかな」
マスターは、そういう場所に僕を行かせてくれなかった。ギルド実質No.3という立場もあって多少の贔屓はされていたと思うが、遊びに関してだけは「常に鍛錬を怠るな」の一点張りで、やけに厳しかった。
今思えば、あれは指導というより過保護だった。夜は決まった時刻に宿へ戻るよう言い渡され、酒場に立ち寄れば「明日に響くぞ」と首根っこを掴まれ、街へ出るたびに「どこへ行く」と行き先まで尋ねられる。僕はもう子供ではないのだ。
「あんたは僕のオカンか」
誰にともなくそうこぼしながら、僕はうつむき加減に歩き続けていた。やがてふと顔を上げると、どの国でも見かける剣と盾の看板を掲げたギルドの建物が、目の前にそびえていた。
「今更冒険者とかないわー」
口ではそう言いながらも、僕の足は自然と扉のほうへ向かっていた。この一か月、いろんな国を渡り歩いてはギルドに加入し、魔物を倒す。ただそれだけを繰り返してきたのだ。身体に染みついた習慣というのは恐ろしいもので、考えるより先に手が扉に伸びていた。心のどこかで、魔物を屠って憂さを晴らしたいと思っていたのかもしれない。
押し開けた扉の向こうは、酒と鉄と汗の匂いが混じり合った喧騒に満ちていた。あちこちの卓で交わされる話し声は、いつものように少しだけ輪郭を崩して耳に届くが、もう慣れたものだ。僕はそれを聞き流し、まっすぐ依頼掲示板の前へ向かうと、依頼書の束に目を通しながらどれを受けるか思案する。
「……Sランク…….Sランクは….っと」
ない。え、ここ王都だよね?
これほど栄えた都会で、これほど低ランクの依頼ばかりが並んでいるというのは、なかなか珍しい。とはいえ、低ランクの魔物を狩ったところで憂さ晴らしにはならないし、手持ちの資金は十分すぎるほどあるから、金を稼ぐ意味もない。
「……..帰ろ」
ため息交じりに肩を落とす。時間の無駄だった。これなら、キャバクラを探して街をぶらついていたほうがまだマシだ。
「今からキャバクラ探しでもすればいいか」
少しでもこの鬱屈した気持ちが晴れるなら、それでいい。僕は踵を返そうとした。
◇ ◇ ◇
「ねぇねぇエレナ、これとかどう?」
セレナは掲示板から依頼書を一枚引き抜き、隣に立つ相棒のエレナへ差し出した。エレナは受け取った紙面にさっと目を走らせ、わずかに眉をひそめる。
「……オークロードの群れ討伐?」
「うん」
「先週も似たようなのを受けただろ」
「そうなんだよねぇ」
セレナは不満そうに頬を膨らませた。先週の討伐は、思い返してみてもこれといった印象が残っていない。剣を振れば魔物は倒れ、魔法を放てば群れは散り、気づけば依頼は終わっている。その繰り返しだ。
「ここ最近、手応えのある依頼が全然なくてつまらなくない?」
「私たちに合わせた依頼が、そう簡単にあるわけないだろ」
「分かってるけどさぁ……」
エレナの言うことはもっともで、反論の余地もない。それでも納得しきれず、セレナは依頼書をひらひらと振りながら、ギルド内をぐるりと見回した。
王都ブレイアス。国内でもっとも多くの冒険者が集まるこの街のギルドは、昼間だというのに人でごった返している。掲示板の前では新米らしい冒険者たちが真剣な顔で依頼書を吟味し、奥の卓では酒を片手に仲間と笑い合う者たちが、その日の武勇伝で盛り上がっていた。活気があって、賑やかで、どこを見ても人ばかり。それなのに、その中にセレナの求める姿はなかなか見つからない。
「……うーん」
「何を探してるんだ?」
「人」
「人?」
「うん。強い人」
セレナは視線をギルド内に泳がせたまま、あっさりと答えた。
今のパーティに不満があるわけではない。むしろ逆だ。エレナをはじめ、メンバーは全員がSランク。勇者パーティとして魔王討伐を目標に掲げる以上、戦力としては申し分ないと言っていい。それでも、セレナの胸の奥には、どうしても拭えない「足りない」という感覚が居座っていた。
自分たちがまだ知らない強者。自分たちの常識では測れないような冒険者。そんな人間が、この広い王都のどこかにいるのではないか。そう思うたびに、セレナはギルドへ足を運んでは、こうして人ごみを見渡してしまうのだ。
「……いないなぁ」
「そう簡単に見つかるわけないだろ」
「だよねぇ」
小さく肩を落とし、セレナが半ば諦めかけた、そのときだった。
「……ん?」
ふと、視線が止まった。
掲示板の前。他の冒険者たちから少し離れた場所に、ひとりの青年が立っている。
まず目に入ったのは、白い髪だった。次いで、周りの冒険者たちより頭ひとつ抜けた長身。服の上からでもはっきりと分かる、鍛え抜かれた身体つき。けれど何より目を引いたのは、そうした特徴ではなく、彼の立ち姿そのものだった。
力を誇示するように胸を張っているわけでも、周囲を威圧するように睨みを利かせているわけでもない。ただ静かに、依頼書を眺めているだけだ。それなのに、なぜか目が離せない。喧騒に満ちたギルドの中で、彼の周囲だけが、まるで時間の流れ方が違っているかのようだった。
「……エレナ」
「なんだ」
「あの人」
セレナは小さく指を差した。
「強くない?」
エレナも、その指の先へ視線を向ける。しばらく青年を観察していた彼女は、やがて短く答えた。
「……確かに」
たった一言。けれど、セレナにはそれで十分だった。エレナが他人の実力を認めることは、そう多くない。その彼女が、迷いなく頷いたのだ。
「でしょ?」
セレナの口元が、自然と緩んだ。久しぶりに見つけた。自分たちの目に留まるほどの冒険者を、ようやく。
「ねぇ、ちょっと声かけてくるね」
「待て。いきなり行くな」
「大丈夫大丈夫」
「お前はそう言って毎回——」
エレナの言葉を最後まで聞くことなく、セレナは人ごみをかき分けて青年のもとへ歩き出していた。
近づくにつれ、最初の印象はいよいよ確信に変わっていく。無駄のない重心の置き方、どこにも隙がない立ち方。やっぱり間違いない。この人、相当強い。それに——
「……なんか、放っておけない感じもする」
青年は、ひとりで依頼書を眺めながら、どこか退屈そうにしていた。まるで探しているものが見つからなくて、途方に暮れているみたいに。その横顔を見ていると、強者を前にしたときの緊張とは別の、不思議な感情が胸に生まれる。
けれど、そこで足が止まった。どう声をかけよう。いきなり「パーティーに入らない?」では、さすがに警戒されるかもしれない。少しくらい愛想よくしたほうがいいだろうか。
そんなことを考えているうちに、青年が小さくため息をつき、依頼書から目を離して踵を返そうとした。
——待って。このまま行かせたら、次はいつ会えるか分からない。
迷っている暇はなかった。セレナは彼の前に回り込むと、考えた末に、ほんの少しだけ上目遣いを作ってみせた。
「あ! ねぇ君」
青年が足を止め、振り返る。
「見た感じ、只者じゃないよね!」
まずは軽く褒める。反応は悪くない。なら、ここから本題だ。
「よかったら、うちのパーティーに入らない?」
少しだけ間を置いて、
「……だめ、かな?」
我ながら、少しあざとかったかもしれない。でも、これくらいは許してほしい。せっかく見つけた逸材なのだから。
セレナは、青年の返事を待った。
そして——
「え!! 今、「私のア○ルに入らない?」って言いました!?」
ギルド内の空気が、一瞬にして凍りついた。周囲の冒険者たちがぎょっとして振り返り、受付嬢が手にしていた書類を取り落とす。カウンター近くで酒を飲んでいた強面のおっさんは、口に含んでいたエールを盛大に噴き出した。
次もこんな感じですね。