追放された聞き間違い冒険者、勇者パーティに勧誘される。 作:永佑
(急に何!? ここギルドの中だぞ!! 可愛い顔して、とんでもないことを言うなこの人!!)
さっきまで沈みきっていた気分が、一瞬で吹き飛んだ。実を言うと、僕はそれなりに下ネタが好きなのである。嫌われるから普段は口にしないようにしているが、相手のほうから振ってくるなら喜んで乗っかる。それが僕という男だ。
しかし、こんな可愛い子がなぁ。いや、それでも冒険者だな。纏っているオーラや佇まいを見れば分かる。僕と同い年くらいだろうに、ここまで鍛え上げているのは素直にすごい。
……また自慢になってしまったか。
(さあ、いつでもいいよ?)
ところが、予想に反して、目の前の女性の顔がみるみる赤く染まっていくのに気づいた。
「はぁぁぁ!? ち、違うし!! パーティーに「入らない?」って聞いただけなんだけど!? なんでそうなるの!?」
あー、そうなんだ。まあ、そうだよね。またやってしまった。これで何度目になるのか、もう数える気にもならない。
僕の耳は、魔王の呪いにかかっている。聞こえた言葉が、耳の中でおかしな形に歪んでしまうのだ。実力を買われてパーティに加入させてもらえても、聞き間違いをやらかしては追い出される。《百鬼夜行》を追われたのだって、結局は同じ理由だった。そんなことを繰り返した結果、今の僕はソロで活動している。
奥のほうで、この女性の仲間らしき冒険者が、無表情のまま、こめかみにうっすらと青筋を浮かべて呟いた。
「……こいつ、頭おかしいだろ」
いやー、そう聞こえたんだから仕方ないじゃないか。そんな顔で見ないでほしい。
ギルド内のざわめきが、みるみる大きくなっていく。
「おい、あのSランク勇者セレナに向かって、今なんつった?」
「ア○ル? ア○ルって言ったぞ、今」
「死にてぇのかあいつ」
そんなひそひそ声が、あちこちから飛び交った。
当のセレナは聖剣の柄に手をかけ、笑顔を貼り付けたまま、目だけが少しも笑っていない。
「ねぇ君……もう一回言ってみて? 今なんて言ったか、私の耳が悪かったかもしれないから……ね?」
落ち着け、と僕は自分に言い聞かせた。大丈夫だ、今度こそちゃんと聞こえた。えっと、確か……そうだ。
「あ、あー! 「パーティに入らない?」って聞いたんでしたね、ごめんなさい」
セレナは聖剣の柄からようやく手を離し、深いため息を吐いた。
「……もう、心臓止まるかと思ったんだけど。君さ、初対面の相手にとんでもない聞き間違いしないでくれる?」
本当にすみません。聞き間違いとはいえ、今のは間違いなく僕が悪い。呪いのせいだと言い訳したところで、周りから見れば失礼なことを口走った男でしかないのだ。呪いを受けてからというもの、人の話をまともに聞き取ることが、僕にとっては一大事業になってしまった。それについては僕自身もずっと頭を悩ませている。全くもってとんだ阿呆である。
ギルド内のざわめきは、一向に収まる気配がない。
「いやでも、あの聞き間違いはねぇだろ」
「耳ついてんのか」
「Sランク勇者にア○ルって……命知らずにも程がある」
冒険者たちは、楽しそうにニヤニヤと笑っている。その隣で、例の仲間らしき女性は腕を組んだまま、冷たい目で僕を見下ろし、セレナに向かって言った。
「……で、セレナ。こいつ本当にスカウトする気? 頭の中身が空っぽにしか見えないんだけど」
セレナは咳払いをひとつして気を取り直すと、明るい調子で話しだした。
「と、とにかく! 私は勇者序列1位のセレナ! こっちの無愛想なのがエレナ。それで君、見た感じ相当強いでしょ? その鍛え方……ただ者じゃないのは分かるんだよね」
セレナの目は笑っていたが、その奥には、こちらを品定めするような鋭い光が宿っていた。
勇者序列というのは聞いたことがないが、その序列一位を名乗る彼女の直感は、僕をただの変な奴として片付けることを許さないらしい。
ふーん、なかなか目は利くようだ。見た目だけで僕の実力を見抜ける人は少ない。なにせ、顔つきだけ見ればどう見たって雑魚っぽいのだから。この人もなかなかやるようだが、僕よりは弱い、かな? ランクはSランクといったところか。
「ねぇ、名前教えてくれない?」
ん? 今なんて言った? 「ち○こって言ってくれない?」って言った!? 言ったよね!?
「ちんk…….」
(いや、待て! 早まるな、僕!!)
落ち着け、落ち着いて考えれば分かるはずだ。そう自分に言い聞かせて必死に頭を回してみたが、出てきた答えは一つだった。
……わからん!
ギルド内が、再び静まり返った。受付嬢が真顔で隣の同僚に「出禁リストに追加しますか?」と耳打ちしている。
「……おい。今こいつ「ち○こ」って言いかけたよな? 聞き間違いじゃないよな?」
エレナが大剣の柄を握りしめ、セレナに問いかけた。その目に、殺意が宿り始めている。セレナのほうは、まだどうにか耐えているようだった。
(あぶねー。やっぱり違ったか。)
僕は今までの経験を振り返り、初対面でよく聞かれる質問のトップ3を思い浮かべてみる。
『ねぇ、あなたも冒険者?』
『あなたの名前教えて!』
『ウチのパーティ入らない?』
こんなところだろうか。パーティにはもう誘われたし、冒険者なのも見れば分かる。となると——、
「レオって言います!」
自己紹介が遅れたが、僕の名前は“レオ”だ。格好いい名前に反して、こんな奴に育ってしまった。
そんなことはどうでもいい。問題は、質問に対する答えが合っているかどうかだ。さあ、どうだ!!
セレナが、引きつった笑顔で口を開く。
「レ、レオね……うん、レオ……いい名前だね……あはは……」
彼女の頬が、ぴくぴくと痙攣している。勇者序列1位の忍耐力が、今まさに試されていた。周囲の冒険者たちはというと、もはや酒のつまみに最高の展開だとばかりに、テーブルに肘をついて見物モードに入っている。
(見世物じゃないんだけどな。)
セレナは深呼吸をひとつすると、プロの笑顔を貼り付け直して続けた。
「あのねレオ、私たち真剣にパーティー勧誘してるの。私、エレナ、あと二人メンバーがいてね、全員Sランク。魔王討伐に向けて最強のパーティーを組みたいわけ」
ふーん、魔王ね。僕はまだ一体しか倒していないな。セレナさんのパーティは何体目なんだろうか。魔王を討伐した冒険者は勇者を名乗ることができるから、この人も少なくとも一体は倒していることになる。僕はそんな柄じゃないから名乗らないけど。
魔王といえば、この世界の事情は少しややこしい。
この世界には、元々120体の魔王が存在していた。120という数字は、この世界にある国の数と同じ。つまり、各国に必ず一体は魔王がいるということだ。どの魔王も人外の域に達した化け物ではあるが、僕クラスの冒険者ともなれば、相性次第でタイマンでも勝てないことはない。
それなら、もうとっくに魔王なんて滅んでいてもおかしくないのでは? と、当時の僕は思っていた。ところが、魔王は時間が経つと、また新しく生まれてくるのだ。
実際、三年前まで残りの魔王は12体だったのに、現在は51体にまで増えている。少なくとも僕は、もうやってられない。魔王は自分の領土から一歩も出ることはないから、放っておいても大丈夫なのだが、自分の住んでいる国に魔王が出現した場合だけは倒すべきだろう。魔王をのさばらせると、たちまち魔族の数が増えて、国を完全に支配されてしまうからだ。
もっとも、かつてこの国に存在した魔王は、もう何十年も復活していない。大丈夫でしょ。ちなみに、僕の生まれ育った故郷——バスディアでは、魔王を倒してもたった一年で次の魔王が誕生する。そのぶん、バスディアを拠点とする冒険者の強さは、この国の冒険者とは比べものにならない。
そんなことを考えていると、エレナが僕を指差して、セレナに言った。
「セレナ、こいつはやめとけ。強いのは認めるが、社会性が終わってる」
聞き間違いが多いのは、そんなに問題なのだろうか。人間誰だって、聞き間違いの一つや二つはあるものだ。いいじゃないか。許してやってよ。
そこで、僕はちゃんと事情を話すことにした。
「エレナさん、違うんです! 僕、魔王の呪いを受けていて、聞いた言葉が変な形に歪んで聞こえちゃうんです! だから、こうやってよく聞き間違いをしちゃうんです!」
エレナは、完全に冷え切った目で僕を見た。
「……呪い? 勧誘したらア○ルって聞き間違える、名前を聞いたらち○こって聞き間違える、じゃあ何だったらまともに聞こえるんだよ!?」
(本当にすみません。)
ギルドの片隅から、ツッコミが飛び交った。
「あいつ、呪いのせいにして誤魔化そうとしてんぞ」
「それ呪いじゃなくて、性癖に全振りしてるだけだろ」
その一方で、セレナは腕を組み、じっと僕の目を覗き込んでいた。
「ふーん……呪いねぇ。じゃあさレオ、ちょっとテストしていい?」
セレナが僕の耳元に顔を寄せる。周囲の冒険者たちが、ごくりと唾を飲んだ。勇者序列1位が、いったい何を企んでいるのか。
彼女は囁くように、けれどはっきりとした声で言った。
「レオ、パーティーに入って。……聞こえた?」
セレナの吐息が、僕の耳にかかる距離。甘い香りがふわりと漂い、周囲の男性冒険者たちが嫉妬で歯ぎしりをする。エレナは一歩引いた場所で腕を組んだまま、冷めた目でこの茶番を眺めていた。
僕が悪いし、馬鹿にしているわけじゃないのは承知しているが、流石にこれくらいは聞こえる。僕は自信たっぷりに答えた。
「はい! 聞こえましたよ! ちゃんと「ア○ル射○今すぐやめて」って聞こえました! それくらい分かりますよ! セレナさん!!」
これで少しは僕のことを分かってくれただろう。うん、よきかなよきかな。
だが、そうはならなかった。
ギルド全体が、三秒間の沈黙に包まれる。そして、爆発するような笑い声と悲鳴が同時に湧き上がった。テーブルに突っ伏して腹を抱える冒険者、椅子から転げ落ちる者、エールを鼻から噴き出す者。まさにカオスだった。
セレナの顔は、真っ赤を通り越して真っ白になっている。
「………………は?」
エレナが、大剣を抜きかけていた。目が完全に据わっている。
「セレナ。こいつ殺していい? 今すぐこの場で殺していい?」
聖剣が青く光り始めた。セレナは笑顔のままだったが、その全身から立ち上るオーラは、明らかに尋常ではない。
「ねぇレオ……私、なんて言ったか覚えてる? パ・ー・ティー・に・入・っ・て。って言ったよね? 言葉分かる?」
受付嬢が「あの、他のお客様のご迷惑に……」と言いかけたが、セレナの殺気を察して、即座に口を閉ざした。賢明な判断である。
セレナはにっこりと笑って、聖剣の切っ先を僕の喉元に突きつけた。
「もう一回チャンスあげる。私、なんて言った? 正直に答えて? 嘘ついたら……分かるよね?」
嘘なんてついてないよ、ついたことないよ。
「セ、セレナさん。あ、あの……嘘って言うのは……」
僕が首を傾げた瞬間、聖剣の切っ先がチリンと僕の喉仏に触れた。ひやりとした金属の感触。あと数ミリ押し込まれれば、皮膚が切れてしまう距離だ。
セレナは笑顔のまま、声だけを低くした。
「そう、嘘。嘘ついたらどうなるか聞きたい?」
エレナが大剣を完全に抜き放ち、肩に担ぐ。
「聞きたくなくても教えてやれよ、セレナ」
ギルド内の温度が、急激に下がった。さっきまでゲラゲラと笑っていた冒険者たちも、セレナとエレナの本気の気配を察して、壁際へと退避し始める。受付嬢は震える手で「せ、聖剣抜剣による器物損壊は弁償です……」と、消え入りそうな声で呟いていた。
セレナが聖剣をさらに近づけ、囁くように言う。
「レオ、私の質問は簡単。さっき私が耳元で囁いた言葉、本当はなんて聞こえたか。正直に。ね?」
その背後では、エレナが大剣の素振りを始めていた。風圧だけで、掲示板に貼られた依頼書がバサバサと落ちていく。
本当にそう聞こえたのだが、もうそんなことを言っている場合ではない。初めて見たときは、強そうだけど僕よりは下だと舐めていたが、この人が今までで一番怖いかもしれない。
「はい、分かりました」
僕は観念して、肩の力を抜いた。ギルド内の全員が息を呑む。勇者序列1位の逆鱗に触れた男が、はたして正しい答えを出せるのか。
セレナは聖剣を突きつけたまま、にっこりと微笑んだ。
「うん、素直でよろしい。じゃあどうぞ?」
エレナは大剣の素振りを止め、冷めた目で僕を見つめて、低く言い放った。
「次ふざけたら、首ごと飛ばす」
ギルド内が、水を打ったように静まり返る。その静寂の中、壁際に張り付いた冒険者たちがひそひそと囁き合っていた。
「おい、あいつ絶対またやるぞ」
「賭ける? 俺は"ア○ル"に銀貨五枚」
「いや俺は"ケツマ○コ"に金貨一枚」
賭けが成立している時点で、このギルドの品性は終わっている。
セレナの眉が、ぴくりと動いた。彼女は冒険者たちのほうを振り返り、低い声で告げる。
「……今賭けてた奴ら全員、あとで覚えてなさい」
冒険者たちは、一斉に口をつぐんだ。そして、再び僕に視線が集まる。聖剣の切っ先が、喉元で小さく揺れていた。
「さ、レオ。なんて聞こえた?」
「……」
(何て言ったんでしょう?)
ここも、さっき名前を聞かれたときみたいに、落ち着いて考えれば分かるはずだ。えっと、確か——、
「股間戦士ムズーン…? マ○汁ブシャー…? すみません、もう一度言ってもらえますか?」
「「………」」
空気が死んだ。完全な、絶対的な沈黙だった。受付嬢が白目を剥いて気絶する。壁際の冒険者たちは、賭けの結果を待つまでもなく、全員が「こいつ死んだな」と悟った顔をしていた。
聖剣を持つセレナの手が、ぶるぶると震え始める。笑顔は完全に崩壊していた。
「……ねぇエレナ」
もはや無表情すら維持できていない。こめかみの血管が、今にも破裂しそうだ。
「……なに」
「私さ、勇者序列1位じゃん? 魔王討伐の使命背負ってるじゃん? そんな私がさ、精一杯優しく勧誘してたじゃん?」
(だから勇者序列って何? この国で流行ってんの? 僕の国にはSSSランクの人もいたよ?)
「してたな」
聖剣が、眩いほどの青い光を放ち始める。
「なのにこいつ……股間戦士……マ○汁……」
セレナの足元から魔力の波動が広がり、ギルドの床板がミシミシと軋んだ。テーブルの脚が折れ、壁に掛かっていた額縁が次々と落下する。SSSランクの冒険者にも匹敵しそうな、本気の怒りだった。
エレナが大剣を構え、完全に臨戦態勢に入る。
「セレナ、もう勧誘とかいいだろ。こいつ埋めるぞ」
セレナは満面の笑みを浮かべたまま、僕に向き直った。
「レオ、遺言ある?」
「…………じゃ、じゃあ」
僕は自分の死を悟り、最後にどうしても叶えたかった願望を、数回深呼吸してから口にした。
「そうですね……なら、最後に「ち○こぶち込んでください」って言いながら、マ○コを広げてください!!」
あー言えた!
「それが叶えば本望です!!!」
窓ガラスが、一斉に振動した。セレナの魔力が臨界点を突破した証拠である。天井の照明が明滅し、カウンターに並んでいた酒瓶が共振で割れ始めた。
もはや笑顔すらない。そこにあるのは、般若の形相だった。
「……エレナ」
「おう」
セレナが聖剣を、エレナが大剣を振りかぶる。
「こいつ埋めるじゃ足りない」
「だな」
……どうしてこうなったんでしょう?
メインで書いてるやつも止まってるので、投稿頻度は遅いと思います。