追放された聞き間違い冒険者、勇者パーティに勧誘される。   作:永佑

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第2話 ギルドでのお話②

 

(急に何!? ここギルドの中だぞ!! 可愛い顔して、とんでもないことを言うなこの人!!)

 

 さっきまで沈みきっていた気分が、一瞬で吹き飛んだ。実を言うと、僕はそれなりに下ネタが好きなのである。嫌われるから普段は口にしないようにしているが、相手のほうから振ってくるなら喜んで乗っかる。それが僕という男だ。

 

 しかし、こんな可愛い子がなぁ。いや、それでも冒険者だな。纏っているオーラや佇まいを見れば分かる。僕と同い年くらいだろうに、ここまで鍛え上げているのは素直にすごい。

 

 ……また自慢になってしまったか。

 

(さあ、いつでもいいよ?)

 

 ところが、予想に反して、目の前の女性の顔がみるみる赤く染まっていくのに気づいた。

 

「はぁぁぁ!? ち、違うし!! パーティーに「入らない?」って聞いただけなんだけど!? なんでそうなるの!?」

 

 あー、そうなんだ。まあ、そうだよね。またやってしまった。これで何度目になるのか、もう数える気にもならない。

 

 僕の耳は、魔王の呪いにかかっている。聞こえた言葉が、耳の中でおかしな形に歪んでしまうのだ。実力を買われてパーティに加入させてもらえても、聞き間違いをやらかしては追い出される。《百鬼夜行》を追われたのだって、結局は同じ理由だった。そんなことを繰り返した結果、今の僕はソロで活動している。

 

 奥のほうで、この女性の仲間らしき冒険者が、無表情のまま、こめかみにうっすらと青筋を浮かべて呟いた。

 

「……こいつ、頭おかしいだろ」

 

 いやー、そう聞こえたんだから仕方ないじゃないか。そんな顔で見ないでほしい。

 

 ギルド内のざわめきが、みるみる大きくなっていく。

 

「おい、あのSランク勇者セレナに向かって、今なんつった?」

「ア○ル? ア○ルって言ったぞ、今」

「死にてぇのかあいつ」

 

 そんなひそひそ声が、あちこちから飛び交った。

 

 当のセレナは聖剣の柄に手をかけ、笑顔を貼り付けたまま、目だけが少しも笑っていない。

 

「ねぇ君……もう一回言ってみて? 今なんて言ったか、私の耳が悪かったかもしれないから……ね?」

 

 落ち着け、と僕は自分に言い聞かせた。大丈夫だ、今度こそちゃんと聞こえた。えっと、確か……そうだ。

 

「あ、あー! 「パーティに入らない?」って聞いたんでしたね、ごめんなさい」

 

 セレナは聖剣の柄からようやく手を離し、深いため息を吐いた。

 

「……もう、心臓止まるかと思ったんだけど。君さ、初対面の相手にとんでもない聞き間違いしないでくれる?」

 

 本当にすみません。聞き間違いとはいえ、今のは間違いなく僕が悪い。呪いのせいだと言い訳したところで、周りから見れば失礼なことを口走った男でしかないのだ。呪いを受けてからというもの、人の話をまともに聞き取ることが、僕にとっては一大事業になってしまった。それについては僕自身もずっと頭を悩ませている。全くもってとんだ阿呆である。

 

 ギルド内のざわめきは、一向に収まる気配がない。

 

「いやでも、あの聞き間違いはねぇだろ」

「耳ついてんのか」

「Sランク勇者にア○ルって……命知らずにも程がある」

 

 冒険者たちは、楽しそうにニヤニヤと笑っている。その隣で、例の仲間らしき女性は腕を組んだまま、冷たい目で僕を見下ろし、セレナに向かって言った。

 

「……で、セレナ。こいつ本当にスカウトする気? 頭の中身が空っぽにしか見えないんだけど」

 

 セレナは咳払いをひとつして気を取り直すと、明るい調子で話しだした。

 

「と、とにかく! 私は勇者序列1位のセレナ! こっちの無愛想なのがエレナ。それで君、見た感じ相当強いでしょ? その鍛え方……ただ者じゃないのは分かるんだよね」

 

 セレナの目は笑っていたが、その奥には、こちらを品定めするような鋭い光が宿っていた。

 

 勇者序列というのは聞いたことがないが、その序列一位を名乗る彼女の直感は、僕をただの変な奴として片付けることを許さないらしい。

 

 ふーん、なかなか目は利くようだ。見た目だけで僕の実力を見抜ける人は少ない。なにせ、顔つきだけ見ればどう見たって雑魚っぽいのだから。この人もなかなかやるようだが、僕よりは弱い、かな? ランクはSランクといったところか。

 

「ねぇ、名前教えてくれない?」

 

 ん? 今なんて言った? 「ち○こって言ってくれない?」って言った!? 言ったよね!?

 

「ちんk…….」

 

(いや、待て! 早まるな、僕!!)

 

 落ち着け、落ち着いて考えれば分かるはずだ。そう自分に言い聞かせて必死に頭を回してみたが、出てきた答えは一つだった。

 

 ……わからん!

 

 ギルド内が、再び静まり返った。受付嬢が真顔で隣の同僚に「出禁リストに追加しますか?」と耳打ちしている。

 

「……おい。今こいつ「ち○こ」って言いかけたよな? 聞き間違いじゃないよな?」

 

 エレナが大剣の柄を握りしめ、セレナに問いかけた。その目に、殺意が宿り始めている。セレナのほうは、まだどうにか耐えているようだった。

 

(あぶねー。やっぱり違ったか。)

 

 僕は今までの経験を振り返り、初対面でよく聞かれる質問のトップ3を思い浮かべてみる。

 

『ねぇ、あなたも冒険者?』

『あなたの名前教えて!』

『ウチのパーティ入らない?』

 

 こんなところだろうか。パーティにはもう誘われたし、冒険者なのも見れば分かる。となると——、

 

「レオって言います!」

 

 自己紹介が遅れたが、僕の名前は“レオ”だ。格好いい名前に反して、こんな奴に育ってしまった。

 

 そんなことはどうでもいい。問題は、質問に対する答えが合っているかどうかだ。さあ、どうだ!!

 

 セレナが、引きつった笑顔で口を開く。

 

「レ、レオね……うん、レオ……いい名前だね……あはは……」

 

 彼女の頬が、ぴくぴくと痙攣している。勇者序列1位の忍耐力が、今まさに試されていた。周囲の冒険者たちはというと、もはや酒のつまみに最高の展開だとばかりに、テーブルに肘をついて見物モードに入っている。

 

(見世物じゃないんだけどな。)

 

 セレナは深呼吸をひとつすると、プロの笑顔を貼り付け直して続けた。

 

「あのねレオ、私たち真剣にパーティー勧誘してるの。私、エレナ、あと二人メンバーがいてね、全員Sランク。魔王討伐に向けて最強のパーティーを組みたいわけ」

 

 ふーん、魔王ね。僕はまだ一体しか倒していないな。セレナさんのパーティは何体目なんだろうか。魔王を討伐した冒険者は勇者を名乗ることができるから、この人も少なくとも一体は倒していることになる。僕はそんな柄じゃないから名乗らないけど。

 

 魔王といえば、この世界の事情は少しややこしい。

 

 この世界には、元々120体の魔王が存在していた。120という数字は、この世界にある国の数と同じ。つまり、各国に必ず一体は魔王がいるということだ。どの魔王も人外の域に達した化け物ではあるが、僕クラスの冒険者ともなれば、相性次第でタイマンでも勝てないことはない。

 

 それなら、もうとっくに魔王なんて滅んでいてもおかしくないのでは? と、当時の僕は思っていた。ところが、魔王は時間が経つと、また新しく生まれてくるのだ。

 

 実際、三年前まで残りの魔王は12体だったのに、現在は51体にまで増えている。少なくとも僕は、もうやってられない。魔王は自分の領土から一歩も出ることはないから、放っておいても大丈夫なのだが、自分の住んでいる国に魔王が出現した場合だけは倒すべきだろう。魔王をのさばらせると、たちまち魔族の数が増えて、国を完全に支配されてしまうからだ。

 

 もっとも、かつてこの国に存在した魔王は、もう何十年も復活していない。大丈夫でしょ。ちなみに、僕の生まれ育った故郷——バスディアでは、魔王を倒してもたった一年で次の魔王が誕生する。そのぶん、バスディアを拠点とする冒険者の強さは、この国の冒険者とは比べものにならない。

 

 そんなことを考えていると、エレナが僕を指差して、セレナに言った。

 

「セレナ、こいつはやめとけ。強いのは認めるが、社会性が終わってる」

 

 聞き間違いが多いのは、そんなに問題なのだろうか。人間誰だって、聞き間違いの一つや二つはあるものだ。いいじゃないか。許してやってよ。

 

 そこで、僕はちゃんと事情を話すことにした。

 

「エレナさん、違うんです! 僕、魔王の呪いを受けていて、聞いた言葉が変な形に歪んで聞こえちゃうんです! だから、こうやってよく聞き間違いをしちゃうんです!」

 

 エレナは、完全に冷え切った目で僕を見た。

 

「……呪い? 勧誘したらア○ルって聞き間違える、名前を聞いたらち○こって聞き間違える、じゃあ何だったらまともに聞こえるんだよ!?」

 

(本当にすみません。)

 

 ギルドの片隅から、ツッコミが飛び交った。

 

「あいつ、呪いのせいにして誤魔化そうとしてんぞ」

「それ呪いじゃなくて、性癖に全振りしてるだけだろ」

 

 その一方で、セレナは腕を組み、じっと僕の目を覗き込んでいた。

 

「ふーん……呪いねぇ。じゃあさレオ、ちょっとテストしていい?」

 

 セレナが僕の耳元に顔を寄せる。周囲の冒険者たちが、ごくりと唾を飲んだ。勇者序列1位が、いったい何を企んでいるのか。

 

 彼女は囁くように、けれどはっきりとした声で言った。

 

「レオ、パーティーに入って。……聞こえた?」

 

 セレナの吐息が、僕の耳にかかる距離。甘い香りがふわりと漂い、周囲の男性冒険者たちが嫉妬で歯ぎしりをする。エレナは一歩引いた場所で腕を組んだまま、冷めた目でこの茶番を眺めていた。

 

 僕が悪いし、馬鹿にしているわけじゃないのは承知しているが、流石にこれくらいは聞こえる。僕は自信たっぷりに答えた。

 

「はい! 聞こえましたよ! ちゃんと「ア○ル射○今すぐやめて」って聞こえました! それくらい分かりますよ! セレナさん!!」

 

 これで少しは僕のことを分かってくれただろう。うん、よきかなよきかな。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 ギルド全体が、三秒間の沈黙に包まれる。そして、爆発するような笑い声と悲鳴が同時に湧き上がった。テーブルに突っ伏して腹を抱える冒険者、椅子から転げ落ちる者、エールを鼻から噴き出す者。まさにカオスだった。

 

 セレナの顔は、真っ赤を通り越して真っ白になっている。

 

「………………は?」

 

 エレナが、大剣を抜きかけていた。目が完全に据わっている。

 

「セレナ。こいつ殺していい? 今すぐこの場で殺していい?」

 

 聖剣が青く光り始めた。セレナは笑顔のままだったが、その全身から立ち上るオーラは、明らかに尋常ではない。

 

「ねぇレオ……私、なんて言ったか覚えてる? パ・ー・ティー・に・入・っ・て。って言ったよね? 言葉分かる?」

 

 受付嬢が「あの、他のお客様のご迷惑に……」と言いかけたが、セレナの殺気を察して、即座に口を閉ざした。賢明な判断である。

 

 セレナはにっこりと笑って、聖剣の切っ先を僕の喉元に突きつけた。

 

「もう一回チャンスあげる。私、なんて言った? 正直に答えて? 嘘ついたら……分かるよね?」

 

 嘘なんてついてないよ、ついたことないよ。

 

「セ、セレナさん。あ、あの……嘘って言うのは……」

 

 僕が首を傾げた瞬間、聖剣の切っ先がチリンと僕の喉仏に触れた。ひやりとした金属の感触。あと数ミリ押し込まれれば、皮膚が切れてしまう距離だ。

 

 セレナは笑顔のまま、声だけを低くした。

 

「そう、嘘。嘘ついたらどうなるか聞きたい?」

 

 エレナが大剣を完全に抜き放ち、肩に担ぐ。

 

「聞きたくなくても教えてやれよ、セレナ」

 

 ギルド内の温度が、急激に下がった。さっきまでゲラゲラと笑っていた冒険者たちも、セレナとエレナの本気の気配を察して、壁際へと退避し始める。受付嬢は震える手で「せ、聖剣抜剣による器物損壊は弁償です……」と、消え入りそうな声で呟いていた。

 

 セレナが聖剣をさらに近づけ、囁くように言う。

 

「レオ、私の質問は簡単。さっき私が耳元で囁いた言葉、本当はなんて聞こえたか。正直に。ね?」

 

 その背後では、エレナが大剣の素振りを始めていた。風圧だけで、掲示板に貼られた依頼書がバサバサと落ちていく。

 

 本当にそう聞こえたのだが、もうそんなことを言っている場合ではない。初めて見たときは、強そうだけど僕よりは下だと舐めていたが、この人が今までで一番怖いかもしれない。

 

「はい、分かりました」

 

 僕は観念して、肩の力を抜いた。ギルド内の全員が息を呑む。勇者序列1位の逆鱗に触れた男が、はたして正しい答えを出せるのか。

 

 セレナは聖剣を突きつけたまま、にっこりと微笑んだ。

 

「うん、素直でよろしい。じゃあどうぞ?」

 

 エレナは大剣の素振りを止め、冷めた目で僕を見つめて、低く言い放った。

 

「次ふざけたら、首ごと飛ばす」

 

 ギルド内が、水を打ったように静まり返る。その静寂の中、壁際に張り付いた冒険者たちがひそひそと囁き合っていた。

 

「おい、あいつ絶対またやるぞ」

「賭ける? 俺は"ア○ル"に銀貨五枚」

「いや俺は"ケツマ○コ"に金貨一枚」

 

 賭けが成立している時点で、このギルドの品性は終わっている。

 

 セレナの眉が、ぴくりと動いた。彼女は冒険者たちのほうを振り返り、低い声で告げる。

 

「……今賭けてた奴ら全員、あとで覚えてなさい」

 

 冒険者たちは、一斉に口をつぐんだ。そして、再び僕に視線が集まる。聖剣の切っ先が、喉元で小さく揺れていた。

 

「さ、レオ。なんて聞こえた?」

 

「……」

 

(何て言ったんでしょう?)

 

 ここも、さっき名前を聞かれたときみたいに、落ち着いて考えれば分かるはずだ。えっと、確か——、

 

「股間戦士ムズーン…? マ○汁ブシャー…? すみません、もう一度言ってもらえますか?」

 

「「………」」

 

 空気が死んだ。完全な、絶対的な沈黙だった。受付嬢が白目を剥いて気絶する。壁際の冒険者たちは、賭けの結果を待つまでもなく、全員が「こいつ死んだな」と悟った顔をしていた。

 

 聖剣を持つセレナの手が、ぶるぶると震え始める。笑顔は完全に崩壊していた。

 

「……ねぇエレナ」

 

 もはや無表情すら維持できていない。こめかみの血管が、今にも破裂しそうだ。

 

「……なに」

 

「私さ、勇者序列1位じゃん? 魔王討伐の使命背負ってるじゃん? そんな私がさ、精一杯優しく勧誘してたじゃん?」

 

(だから勇者序列って何? この国で流行ってんの? 僕の国にはSSSランクの人もいたよ?)

 

「してたな」

 

 聖剣が、眩いほどの青い光を放ち始める。

 

「なのにこいつ……股間戦士……マ○汁……」

 

 セレナの足元から魔力の波動が広がり、ギルドの床板がミシミシと軋んだ。テーブルの脚が折れ、壁に掛かっていた額縁が次々と落下する。SSSランクの冒険者にも匹敵しそうな、本気の怒りだった。

 

 エレナが大剣を構え、完全に臨戦態勢に入る。

 

「セレナ、もう勧誘とかいいだろ。こいつ埋めるぞ」

 

 セレナは満面の笑みを浮かべたまま、僕に向き直った。

 

「レオ、遺言ある?」

 

「…………じゃ、じゃあ」

 

 僕は自分の死を悟り、最後にどうしても叶えたかった願望を、数回深呼吸してから口にした。

 

「そうですね……なら、最後に「ち○こぶち込んでください」って言いながら、マ○コを広げてください!!」

 

 あー言えた!

 

「それが叶えば本望です!!!」

 

 窓ガラスが、一斉に振動した。セレナの魔力が臨界点を突破した証拠である。天井の照明が明滅し、カウンターに並んでいた酒瓶が共振で割れ始めた。

 

 もはや笑顔すらない。そこにあるのは、般若の形相だった。

 

「……エレナ」

 

「おう」

 

 セレナが聖剣を、エレナが大剣を振りかぶる。

 

「こいつ埋めるじゃ足りない」

 

「だな」

 

 ……どうしてこうなったんでしょう?




メインで書いてるやつも止まってるので、投稿頻度は遅いと思います。
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