マジカル★エクスプローラー ちょいゲス風味 作:名無しのエロゲユーザー
小さい頃はゲームばかりしている子どもだった。
父は事故で亡く、母はいつの間にかいなくなっていた。
顔なんて全く覚えていないが、ドぎつい香水の匂いだけははっきりと覚えている。
いなくはなったものの、去り際に父の少なくない遺産に手を付けなかったのは、育児放棄という罪を犯した女の最後の良心だったのかもしれない。
そういう事情で俺は父方の祖父母に預けられたのだが、あまり歓迎されてはいなかった。なぜなら父の兄家族が既に実家に住んでいたからだ。「『腫物を見る』とはこのことか」と俺は伯母となる女性の目を見て他人事のように思った記憶がある。
小学校は普通に通えたが、家庭はそのような状況だったので、習い事もさせられず、俺は家に帰ると自室に引きこもり、おそらく父の遺産から買い与えられたゲーム機で時間を潰すことが多かった。色々とやったが、当時流行っていたRPGが一番多かったと思う。
転機は小学6年生の時だ。俺は周囲から俺を見る視線の質が変わったことに気づいた。
周囲、特に女性からの視線だ。
最初はよくわからなかった。だが今にして思えば、幼年から少年に変わる頃にありがちな精悍さと、おそらく母から受け継いだであろう妖艶さが表に顔を出してきたのだ。
母譲りの美しい黒髪と白磁のような肌、ともすれば女の子にさえ見える中性的な顔立ち。俺は目立ちたくない気持ちとは裏腹に目立たざるを得なくなってしまった。
この時期の子どもといえば女子の方がマセている。危機感の小さい俺は格好の獲物に見えたのだろう。後年、俺の知らないところで俺の取り合いがあったと当時の同級生から聞いた。
ところで、伯父夫婦には娘が一人いた。従姉である彼女は俺の2歳年上で、市内の中学校に通っていた。
どちらかといえば美人の類だったが、幸か不幸か食事の時間さえ彼ら家族とは共にさせられなかったので、話すのは月に数えるほどしかない状態だった。
そんな彼女が、深夜、寝入った俺の部屋に侵入してきたのだ。
俺はパジャマとパンツを一緒に降ろされる感覚で目を開け、「あ」と声を出したが、彼女に口をふさがれ、後は為すすべ無く俺は
何度か行われた夜の逢瀬――俺からすると作業――は、伯父夫婦の突撃によって已む無く中止されることになった。
両頬が腫れあがるほど伯母に平手打ちされた従姉は「合意だった」「法律上結婚できる」などと
そういった騒動があったので、慰謝料及び口止め料、そして手切れ金代わりのマンションと、ちょっとした現金をあてがわれ、俺は小学校を卒業すると同時に市外の中学校に押し込まれた。
父の実家が比較的裕福な家でなければ俺は詰んでいたかもしれない。
中学生で一人暮らしだなんてと思うかもしれないが、週に1度は伯父母が手配したハウスキーパー(後のセフレ)が食材を買ってきたり冷凍の作り置きをしに来てくれたりしたので、時間が出来た俺は部活に入ることが出来るようになった。その代わり、ゲームからは遠ざかっていった。
部活は剣道部にした。初心者ばかりで入りやすかったのもあるが、従姉の例もあり護身術を磨く必要があったからだ。慣れるまでは大変だったが剣道は自分に合っていたらしく、中学2年の半ばには市の大会を突破して県大会に出られる程度には実力が伸びた。
そしてこの頃から俺は女遊びを覚えていった。来るもの拒まず、去る者追わず。文字通り、遊ぶための女であり、女で遊ぶのだ。俺は奪われた側から奪う側の人間になりたかったのかもしれない。
本気になるなんてまっぴらだ。女なんて一皮剝けばあんなののようになるに違いない。
部活の先輩、クラスの同級生、ハウスキーパー、他校の女子など、俺が声をかけたのもいるが、かけられた方が圧倒的に多い。スカトロ以外はだいたい試してみた。
「女を落とす」というのはRPGと同じだ。弱い敵を倒しながら自分のレベルを上げて、装備品を豪華にし、様々なスキルを体得していく。俺はゲーム感覚でそれを楽しんでいた。
真面目に見える委員長も、ギャルな年上JKも、彼氏のいる女教師も、単身赴任中の夫を持つ人妻も、服を剥けば一緒である。
気を付けたのは去り際だ。口説いている最中から最後まで「好きだ」「付き合おう」等とは絶対に言ってはならない。こちらがあちらを束縛しようとするとき、あちらだってこちらを束縛しようとするのだ。
そして結局あの醜い女のようになるのだ。
だが、そういうことを繰り返していると、女だけでなく男にも目を付けられる。
それはそうだろう。
猿に近しい思春期の男どもからしてみれば、限られたパイを独り占めまたは食い荒らす不届き者だ。
ありとあらゆる手段で嫌がらせをしようとしてきたが、さほど俺に影響を与えるほどではなかった。
中学を卒業するころには経験人数は二ケタ台の半ばに達していただろう。そして高校に入学してからもそのペースは変わらなかった。
高校になって変わったことは、
父の遺産はまだ余裕があるが、生活費や
そんなことを考えてのことだった。
一方剣道の方であるが、中学レベルの実力は、高校に入ってからは通用しないと感じていた。
先輩や剣道経験者の顧問からの指導だけでほぼ我流であるからさもありなん。
道場に通うことでちゃんとした指導とレベルの高い競争相手――そして時折行われる路上での実践――に恵まれ、高校1年の終わりには県大会入賞、2年次では決勝進出、その年の終わりには県大会で優勝し、全国大会に出場するレベルにまでなった。
残念ながら全国大会で上位とまではならなかったが、中学から始めて
3年春の大会を最後に俺は剣道を卒業することにしたが、辞めた後も受験勉強や女との逢瀬の間に道場で剣を振らせてもらうことはあった。
実のところ、護身用としての腕前だけであれば中学校卒業時点で十分だった。
それでもここまで続けることにしたのは、女と同様に剣道でさえゲーム感覚で楽しんでいたからかもしれない。
俺は比較的恵まれた“目”を持っているようで、後はそれに体が追い付くかどうかという問題である。
俺は同世代の男に比べて華奢だった。自分の考えた通りに竹刀を振り回すだけの筋力は備わっていたが、
一般的に「容姿が秀でている」というのは有利な面が多い。学校で友達を作るにも、就職するにも、顔が良ければ多少人格に欠点があっても許されることが多い。
だが剣道ではそうはいかない。
逆にそんなところが俺にとって良かったのだろう。
高校に入っても女関係は相変わらず特定の相手を作らずいたが、高校の終わり頃になると、ある程度固定されたメンバーのローテーションになっていた。
剣道を辞めると同時に本格的に受験勉強も始めたので、アルバイトやそちらに割く時間が惜しくなったのだ。
大学は無事にマンションから通える都内の大学に受かった。アルバイトで稼いだ金は入学金や諸々の生活費に消えた。父の実家からの支援もほとんど受け取っておらず、没交渉に近い状態となっていた。遠くに聞こえる話としてあの女のことも耳に入ってきたが、高校を中退してからはあの家でニートになっているようだ。
ざまあみろ。
そして大学に入って間もなく、俺は倒れた。
女に抱えられながら夜間診療のある病院へ行ったところ、あれよあれよという間に検査からの即入院となった。
強い倦怠感や嘔吐、発熱に襲われ、治療方法はおとなしくすることのみ。白血病だとか膠原病だとか性病だとか色々と調べられたが、結局、最期までちゃんとした病名がつけられない病だった。
アルバイトの時だってアルコールの一滴も飲んでいない。
きっと俺の死後は隅々まで解剖されて後の研究に役立っていることだろう。
というか役立っていて欲しい。
死体の引き取り手などいなかっただろうから、せめて。
入院期間が長くなるにつれ、艶やかだった髪はくすみ、目の下は窪み、頬はこけ、肌はかさつき、最初は見舞だ何だと煩かった女どもは1人また1人と俺の下から去っていった。
彼女らは美と快楽をもたらすことの出来ない雄に見切りをつけるのもまた早かった。恨むことは無い。そんなものだろう。俺だってそうする。
だが一人、奇特な女だけが最期まで残った。俺を病院に抱えていった女だ。
「今日はまた、何その荷物」
「○○君が暇かなと思って、これ」
彼女は手に持った紙袋から黒いゲーム機を取り出した。世界的にヒットした家庭用ゲーム機の最新版だ。
「高かったんじゃないの、それ」
「○○君に貢ぐこともなくなったからね」
答えになっているような、なっていないようなことを言うこの女は高校時代からのレギュラーメンバーだ。
出会ったきっかけは―――そう、保健室に代わるヤリ部屋が欲しくて探していたら、パソコン部とかいうこの女だけが居座る部屋があったのがきっかけだ。
こいつをコマして部屋を確保できたのはでかかったな。おかげで高校時代のQOLが爆上がりした。
こいつは少々―――いや、かなりオタク気質があるだけで、顔もスタイルも悪くなかったから美味しく頂いた。
狙ったのかどうか知らないが同じ大学に進学してきたので、もう4年近くの付き合いになる。
今いる―――
「当てつけっぽく聞こえるのは……許しておいてあげるよ。実際、やることなくて」
「それがね、聞いてよ。『マジエク』が家庭用ゲーム機に移植されたの。信じられなくない? 元はエロゲーだよ? 私もやってみたけどPC版と比べても遜色ないレベルだし! むしろ全年齢版になったせいかストーリーもサクサク進むし、かといってエチ絵は多少修正されてもヒロインたちの魅力を損なうことなく―――」
「わかった、わかったから。病院だからもう少し声を小さく」
彼女の言う「マジエク」とは「マジカル★エクスプローラー」という、アホみたいな名前をしながらエロゲーとしては大ヒットしたゲームのことだ。
去年だか一昨年だか、この女がハマりにハマっていたことを思い出す。
一応男性向けのゲームのはずだが、俺の部屋に来てまでやっていた。「まぁ、オタク女というものはこういうものなのだろう」と俺は自分を無理やり納得させることにした記憶がある。
「あ、ごめん。でも『マジエク』はR18展開もさることながらストーリー性とゲーム性もそれ以上に評価された作品だから、そっち方面が強化されたとなればゲーマーでもない○○君にはちょうどいいかもと思って」
「まぁ、RPGは子どものころにちょっとやってたし、嫌いじゃないよ。調子のいいときに触ってみる。ありがとう」
「―――ハッ!? ○○君が素直に……!」
「俺はいつだって素直だったよ」
自分の欲望にはね。
▼
「ねぇ、もう2週もクリアしたんだから他のゲームも持ってきてくれない?」
「えっ……まだ2週なの……? 3カ月もあったのに……?」
「いや、そこは『2週“も”』でしょ。病人に無理言わないでよ」
「えー? じゃあ桜さんのトゥルーエンドはやった? 男の子縛りは?」
「え、そんなルートあるの? 男縛り? 無理じゃない? っつーか絶対楽しくないだろそれ。男のスケスケ水着とか誰が楽しむんだよ」
彼女は俺の反論に「かーっ……」と、ため息のような何かを深くついた。
ムカつくなこいつ。
「『○○君、まだまだだね』」
「何それ。また何かのセリフ?」
「テニプリ。知らない?」
「知るわけないだろ」
「そりゃそっか。昔から剣と女にしか興味無さそうだったし」
「……ふう。全くお前ときたら―――」
俺は少しばかり眩暈を覚え、体を横たえようとした。
彼女はそれを察知してか、俺の身体を支え、布団をかけ直してくれる。
「助かる。……お前は、俺を恨んでいないのか」
「私が? どうして?」
「そりゃあ、お前の青春を少なからず汚した自覚はあるからな。やってないプレイなんて無いんじゃないか」
「別に、私は楽しかったけどね。自分自身も。
「楽しかった……?」
「最初はびっくりしたもん。こんな綺麗な男の子が現実に居るんだ!って。まぁ、中身は割とクズだったけどね」
彼女は半笑いでぽりぽりと後頭部を右手で掻いた。
「……わたし、そろそろお見合いして結婚しなきゃいけないんだ。まぁ、20歳になったらお見合いすることは最初から決まっていたし、政略結婚かもしれないけど、大学は行かせてくれたし、それはそれとして納得してるから」
「束の間の自由……ということか?」
「自由と言うかどうかはわからないけど、少なくともあなたじゃなかったら経験できないことを私は経験した。他の女の子が経験していないことを。痛いことも少なかったしね」
「……けれど付き合うことは無かったし、お前ひとりを選ぶことは無かった。外でデートだってほとんどしたことない」
「その代わり、今は私だけでしょ?」
「それでいいのか?」
「いいよ。だって、あなたの時間は、今は私のものだから。それってあなたの“特別”ってことでしょ?」
そう言って彼女は俺の額にキスを落とし、帰る支度を始めた。
恋人面の上手い奴だ。
入院してからこっち、ずっと彼女にペースを握られっぱなしだ。
だけど、悪くない。
「じゃ、また来るから。ちゃんとそれまでに『マジエク』、隅から隅までクリアしとくんだぞ~?」
「努力するよ」
彼女は俺の返事を満足げに聞くと、病室のドアを開け去っていった。
▼
月日が経つにつれ、体調は悪化の一途をたどった。ゲーム機を持つことが出来なくなり、食べるのも経口摂取が難しくなったことから、入院して半年も経つ頃には常に点滴が腕に刺さった状態であった。
熱と倦怠感で起きている間も横になっていることが増え、ゲーム機やスマートフォンを持つどころか、呼吸さえ億劫になった。意識を失う時間も長くなった。もうすぐ、かもしれない。
ある日、ふと目を覚ますとあいつがベッドの脇に座って本を読んでいた。
「来て……いたのか……」
「昨日も来てたけどね」
棒切れのようになった腕を何とか動かそうとするが、腕も手も口も持ち主の意に反して動いてくれない。かすれた自分の声がやけに頭の中に響いた。
「動かないで。大丈夫だから」
彼女は慣れた手つきで脱脂綿を冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターで湿らし、そっと俺の唇に押し当てた。
わずかに滲み出た水をゆっくりと口に含み、唇と口の中を湿らせていく。もう、喉も上手く動かない。
「大丈夫? 苦しくない?」
「何とか……」
彼女は「良かった」と言って微笑むと、俺のみすぼらしい右手を暖かな両手で包み込んだ。
「お見合いは……終わったのか……」
「最初のセリフがそれぇ? ……うん、すごく良い人だったよ」
「そうか……」
そう返答する彼女の顔には、俺への当てつけや見栄なんてものは無い。どうやら本当に良い人と出会えたようだ。
俺が言うのもアレだが、こんな男などすぐに忘れて、幸せになって欲しいと思う。
俺には家族と呼べるものが無かった。自分が幸せだと感じたことも無かった。何も残せない人生だった。
悔しくはあるが、仕方ない。
「そういえば、マジエク終わった?」
「99%は。ラストの手前で……」
「ネタバレしてあげよっか?」
「いい……」
にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女に、俺は精一杯の強がりを言った。
「自分で……見るから……」
良いゲームだった。人生最後のゲームがエロゲーというのは傍から見てどうかと思うが、まさか俺がこの女に看取られて、あんなゲームのことを思いながら逝くだなんて神様だって想像できないだろう。
主人公が羨ましい。俺は俺の人生の主人公になれなかった。
ヒロインの量では俺が勝った……いや、誰も残らなかったから、俺の負けか。
誰もではなかったか。奇特な女が一人いた。
「あり……がとう……」
思わず言葉が口から出た。
「またね」
薄れゆく意識の中、彼女はそう言った気がする。
それが、俺の記憶の最後である。