『ありふれた職業で世界最強 ―空間を越える黄金の精神―』 作:武藤 桜
ブルックスの町
ライセン峡谷へ戻る前に、ハジメたちは物資の補給を兼ねてブルックスの町を訪れていた。
食料、旅道具、武器の整備用品。これから大迷宮に挑むことを考えれば、準備は念入りにしておく必要がある。
しかし、町に入って早々、ハジメたちはこの世界に根深く残る問題を目の当たりにすることになった。
「おい、そこの兎人。人間様の町をうろつくんじゃねえ!」
「亜人なんぞに売る物はないぞ!」
シアやユエに向けられる露骨な侮蔑。店に入ろうとしても追い払われ、道を歩けば嫌味を言われる。
シアは耳を伏せ、ユエも不快そうに眉を寄せた。
「……本当に、嫌な町」
「気にするな、ユエ。こういう連中はどこにでもいる」
ハジメは慣れた様子で言った。
「ハジメは平気なの?」
「平気ってわけじゃねえが、慣れてるんだよ。スタンド使いってだけで化け物扱いされたこともあるしな。こっちの事情も聞かずに決めつける連中なんて、珍しくもねえ」
「でも……」
シアが申し訳なさそうにハジメを見る。
「シア。お前が悪いわけじゃねえ。堂々としてろ」
ハジメはシアの頭に軽く手を置いた。
「それに、こういう連中にいちいち腹を立ててたら、旅なんて続けられねえぞ」
「……はい!」
結局、ハジメは必要な物資を手際よく買い揃えた。理不尽な嫌がらせを受けても、必要以上に騒ぎ立てることはしない。相手にする価値があるかどうかを判断し、必要ならば毅然と対応する。
その姿勢は、杜王町やイタリアで数々のスタンド使いと渡り合ってきた経験から身についたものだった。
こうして一行は補給を終え、ライセン峡谷へ戻ることになった。
シアの成長
ライセン峡谷へ戻ったハジメたちは、いよいよ大迷宮の探索を始めた。
その道中、シアの成長は目覚ましいものだった。
兎人族特有の身体能力に加え、シアには天性の身体強化魔法の才能があった。そこへユエから教わったスタンドの制御技術、さらにハジメが与えたアーティファクトの戦槌が加わったことで、その戦闘能力は飛躍的に向上していた。
「そこですっ!」
シアが地面を蹴る。
身体強化魔法によって加速した身体が、一瞬で魔物との距離を詰めた。
彼女のスタンドが戦槌を振り抜く動作を補助し、強烈な一撃が魔物を吹き飛ばす。
「やあああっ!」
別の魔物が背後から襲いかかる。
しかし、シアは兎耳で敵の接近を察知し、身体を捻って回避。返す戦槌で相手を地面に叩きつけた。
「すごいな、シア」
ハジメが感心したように声を掛ける。
「えへへ! ハジメさんとユエさんに教わったおかげです!」
「今の動きは悪くない。だが、攻撃した後の隙が少し大きい。そこを狙われるぞ」
「はい! 気をつけます!」
シアは元気よく返事をした。
そんな調子で魔物を倒しながら峡谷を進んでいくと、ついに大迷宮の入り口を発見した。
巨大な岩壁に設けられた、古代の建造物を思わせる入り口。
「ここがライセン大迷宮か」
「ようやく見つけた」
ユエが入り口を見上げる。
ハジメは手記を確認し、装備を整えた。
「よし。入るぞ」
三人は警戒を怠らず、迷宮の内部へ足を踏み入れた。
迷惑極まりない大迷宮
「…………」
「…………」
「…………」
迷宮に入ってから、しばらく。
ハジメたちは無言だった。
理由は単純である。
「……何だ、これ」
目の前に現れた壁には、魔法で作られた文字が浮かんでいた。
『残念! そっちはハズレだよ! もう一度やり直してね!』
ハジメは額を押さえた。
「……ふざけてんのか?」
「ハジメ、落ち着いて」
「落ち着けるか。何だこの悪趣味な迷宮は」
迷宮内部は魔法を阻害する仕掛けが随所に施されていた。さらに、通路には物理的なトラップが大量に仕掛けられている。
床が突然抜ける。壁から槍が飛び出す。天井が落ちてくる。進んだ先がいつの間にか行き止まりになっている。
しかも、トラップに引っ掛かるたびに、いちいち嫌味な文章が表示されるのだ。
『おっと! 引っ掛かっちゃった? 注意力が足りないんじゃないかな?』
「……ぶっ壊していいか?」
ハジメの声が低くなる。
「駄目」
ユエが即答した。
「まだ迷宮の仕掛けが分からない。壊すと余計に面倒になるかもしれない」
「分かってる。分かってるけどよ……」
ハジメは深く息を吐いた。
スタンド能力による空間交換や瞬間移動を駆使しても、迷宮の構造そのものが少しずつ変化するため、簡単には進めない。
しかも、魔法の阻害によってユエの魔法も本来の力を発揮できなかった。
「魔法が使いにくい。ここでは私の得意分野が封じられている」
「無理に使うな。魔法が駄目なら、別の手段を考えるだけだ」
ハジメは壁の仕掛けを調べ、床の構造を確認する。
杜王町でもイタリアでも、能力が通用しない相手や予想外の状況には何度も遭遇してきた。だからこそ、ハジメは能力だけに頼らない。
しかし、この迷宮は別の意味で厄介だった。
「……またかよ!」
足元の床が突然傾き、三人が滑り落ちる。
ハジメは咄嗟にユエとシアを抱え、瞬間移動で足場へ戻った。
直後、落下した先から巨大な鉄球が転がってくる。
「おいおいおい! どこまで嫌がらせすりゃ気が済むんだ!」
「ハジメ、前!」
「分かってる!」
ハジメは空間を交換し、鉄球の進路を逸らした。
壁に激突した鉄球が止まる。
すると、その壁に文字が浮かんだ。
『惜しい! でも、まだまだ先は長いよ!』
「……あのゴーレム、絶対にぶん殴る」
ハジメは心の底からそう誓った。
それからも一行は迷宮の仕掛けに苦しめられた。
ユエの魔法は阻害され、シアも身体能力だけでは対応しきれない罠に何度も遭遇する。ハジメですら、瞬間移動のタイミングを誤れば危険な目に遭うほどだった。
それでも三人は諦めなかった。
一つずつ罠を突破し、迷宮の構造を読み解き、時には失敗しながらも前へ進む。
そうして一週間。
ようやく、最深部へと辿り着いた。
解放者ミレディ・ライセン
最深部の広間は、これまでの通路とは比べものにならないほど広かった。
中央には巨大なゴーレムが立っている。
その姿は人型だが、全身が頑丈な鎧のような装甲に覆われていた。
「……ようやく来たね!」
突然、ゴーレムから声が響いた。
「私はミレディ・ライセン! この迷宮を作った解放者の一人にして、神に抗う者!」
ハジメは眉をひそめた。
「ミレディ・ライセン……。オスカーの仲間か」
「そう! そして、君たちがここまで来られるかどうか、ずーっと楽しみにしていたんだよ!」
ゴーレムは大げさに両腕を広げる。
「さあ、最後の試練だ! 私を倒してみせ――」
「長かったな」
ハジメがぼそりと呟いた。
「え?」
「いや、こっちの話だ」
ユエが一歩前へ出る。
「ハジメ、気をつけて。あのゴーレム、ただの魔物じゃない」
「ああ。魂を移しているってわけか」
ミレディのゴーレムが構えた。
その瞬間、周囲の岩や瓦礫が浮かび上がった。
「私のスタンド能力、ゼロ・グラビティ!」
広間のあちこちから無機物が浮遊し始める。
「この能力は、無機物に引力と斥力を付与して自由自在に操ることができる! さあ、耐えられるかな?」
次の瞬間、四方八方から岩や瓦礫が飛来した。
「来るぞ!」
ハジメはユエとシアの肩を掴み、瞬間移動する。
直後、三人がいた場所に大量の瓦礫が殺到した。
「うわっ!」
シアが声を上げる。
「落ち着け! 攻撃の軌道を見ろ!」
ハジメは瞬間移動を繰り返し、二人を連れて攻撃を避ける。
しかし、ミレディの攻撃は止まらない。
前方から岩が飛び、背後から鉄片が迫り、頭上から巨大な岩塊が落下してくる。
「逃がさないよ!」
「ちっ……!」
ハジメは空間交換で飛来する瓦礫を逸らしながら、ミレディの能力を観察した。
無機物に引力と斥力を与える。
つまり、物体そのものを自由に操っているわけではない。
「……なるほどな」
ハジメは口元を歪めた。
「能力の性質上、付与した力をすぐに解除できないってわけか」
「何か分かったの?」
ユエが尋ねる。
「ああ。あの能力には制限がある」
ハジメは腰の装備から、奈落で製作した特製パイルバンカーを取り出した。
「試してみるか」
パイルバンカーの杭を装填し、ミレディへ向ける。
「食らえ!」
発射された杭は凄まじい速度で飛んでいく。
しかし、ミレディは手をかざした。
「甘い!」
杭はゴーレムの目前で動きを変え、あっさりと弾き飛ばされた。
さらに、杭は無重力状態になったかのように宙へ漂い始める。
「ふふん! そんな攻撃が私に通じると思った?」
「……そうかよ」
ハジメは悔しがる様子もなく、次の行動へ移った。
「ユエ、頼む!」
「分かった」
ユエは魔力を集中させる。
魔法の阻害があるため、普段のような大規模魔法は使えない。それでも彼女は諦めず、残された魔力を制御して氷を生み出した。
「凍れ!」
氷がミレディの足元から広がり、ゴーレムの動きを拘束する。
「なっ!? 魔法が使えないはずじゃ……!」
「完全に封じられているわけじゃない」
ユエは冷静に答えた。
「制限があるなら、その中で使えばいい」
ハジメはその隙を逃さなかった。
「シア、行くぞ!」
「はい!」
ハジメとシアはゴーレムへ接近する。
狙いは、ゴーレムの鎧に覆われたコア部分。
しかし、ミレディはすぐに拘束を破ろうとした。
「そう簡単にはいかないよ!」
ゴーレムの頭上にあった巨大な岩が動き出す。
ハジメたちの真上へ向けて、岩が落下してきた。
「ハジメさん!」
シアが叫ぶ。
だが、ハジメは避けようとしなかった。
「――かかったな」
逆転のパイルバンカー
実は、ハジメが最初に撃ち込んだパイルバンカーの杭には、極細の特殊な紐が取り付けられていた。
その紐は周囲の瓦礫に引っ掛けられ、杭と岩塊を結ぶように張られていたのだ。
ハジメは最初の攻撃が弾かれることを予想していた。
ゼロ・グラビティによって杭に斥力が付与され、宙に浮かされることも。
そして、ミレディがその杭をどう扱うかも。
「ミレディ! お前の能力は、一度付与した引力や斥力をすぐには解除できない!」
「なっ!?」
「だから、こいつもまだお前の能力の影響下にある!」
ミレディが落とした岩塊は、ハジメの狙い通り、紐を介して杭を引き寄せる形になっていた。
岩塊が落下する。
それに引かれるように、宙に浮いていた杭が急加速した。
「シア!」
「はいっ!」
シアは身体強化魔法を全開にする。
さらにスタンドを発現させ、その拳に力を集中させた。
飛来する杭へ向かって、シアは戦槌ではなく自らの拳を構える。
「これで――!」
スタンドの拳と身体強化魔法によって増幅された怪力が、杭を叩いた。
ドゴォッ!!
杭はさらに加速し、ミレディのゴーレムへ向かって一直線に突き進む。
「しまっ――!」
装甲を貫通。
杭はゴーレムの内部へと突き刺さり、その中心にあるコアを完全に破壊した。
ゴーレムの身体が大きく揺れる。
「う、嘘……」
ミレディの声が響く。
そして、巨大な身体は崩れ落ちた。
広間に静寂が訪れる。
ハジメは息を吐き、シアとユエを振り返った。
「……よくやったな」
ユエは当然といった顔で頷く。
「当然」
一方のシアは、自分がやり遂げたことをまだ信じられない様子だった。
「わ、私……役に立てたんですか?」
「当たり前だろ。最後の一撃を決めたのはお前だ」
「本当に……?」
「本当だ」
シアの目から涙が溢れた。
「よかったぁ……! あたし、ちゃんと役に立てたんですね……!」
ハジメとユエは顔を見合わせた。
そして、二人でシアの頭を撫でた。
「よく頑張ったな」
「えらい」
「えへへ……!」
シアは涙を拭いながら、嬉しそうに耳を揺らした。
解放者の住処
その後、三人は転移魔法によって別の空間へと移動させられた。
そこには、古代の技術で作られた施設が広がっていた。
「ここが、解放者の住処か」
ハジメが周囲を見回す。
すると、目の前に別のゴーレムが現れた。
「やあ! よく来たね!」
聞き覚えのある声。
「……お前」
「いやあ、さっきの戦いは見事だったよ! まさかあんな方法で私のゴーレムを倒すなんて――」
ミレディの声が楽しげに響く。
だが、ハジメたちの表情は冷めていた。
一週間にわたる迷宮の嫌がらせ。
魔法を阻害する仕掛け。
何度も繰り返された罠と、いちいち表示される煽り文句。
そして、最後の試練でのしつこい攻撃。
「……なあ、ユエ」
「何?」
「こいつ、殴っていいか?」
「私もそうしたい」
「シアは?」
「えっ? ええと……あたしも、ちょっとだけなら」
「ちょっとだけでいいのか?」
「い、いえ! 思いっきりで!」
「よし」
ミレディが何かを察したように後ずさる。
「え? ちょっと待って? 何でそんなに怖い顔をしてるの?」
ハジメのスタンドが拳を構えた。
「お前なぁ……!」
「ひっ!?」
ドゴォッ!!
「ぎゃあああっ!」
ハジメの拳がゴーレムに炸裂する。
続けてユエも魔力を込めた一撃を放ち、シアもスタンドの拳で追撃した。
「一週間も嫌がらせしやがって!」
「罠の数が多すぎ!」
「もう少し優しくしてくださいよぉ!」
「ええええっ!? ちょっと! 私、解放者なんだけど!?」
「知るか!」
三人の怒りの鉄拳が、ミレディのゴーレムに次々と叩き込まれた。
やがて、ゴーレムはボロボロになって床に転がった。
「……ひどい。あまりにもひどい」
ミレディが弱々しく呟く。
「誰のせいだと思ってんだ」
ハジメは腕を組んだ。
「まったく。試練を乗り越えた者に力を授けるっていうから来たのに、あんな嫌がらせばかりしやがって」
「そ、それも試練の一環で……!」
「黙れ」
ハジメの一言でミレディは口を閉じた。
重力魔法と慰謝料
その後、ミレディはようやく本来の目的を果たすことにした。
「……分かった。君たちに神代魔法を授けるよ」
「最初からそうしろ」
「ひどいなあ……」
ミレディが魔法陣を起動する。
ハジメたちの頭の中へ、新たな知識が流れ込んだ。
それは、神代魔法の一つ――重力魔法。
重力を自在に操り、対象へ負荷を与えたり、浮遊させたり、引き寄せたりすることができる強力な魔法だった。
「これが重力魔法か」
ハジメは新たに得た知識を確認する。
ユエも興味深そうに魔法の構造を理解していた。
「応用範囲が広い。攻撃にも防御にも使える」
「すごい魔法ですね!」
シアも目を輝かせる。
一方、ハジメはふと思い出したようにミレディへ視線を向けた。
「ところで、ミレディ」
「な、何かな?」
「これまでの迷宮の嫌がらせに対する慰謝料をもらっていく」
「……はい?」
ハジメは施設内に保管されていた鉱石やアーティファクトを見つけると、次々と回収し始めた。
「ちょ、ちょっと待って! それは私が集めた大切な資材なんだけど!?」
「一週間分の精神的苦痛と、罠による危険の対価だ」
「そんな請求の仕方ある!?」
「ある。今決めた」
ユエも当然のように手伝い、シアも遠慮がちに素材を運び始めた。
「えっと……これも持っていっていいんですか?」
「いいぞ」
「やった!」
「やったじゃないよ!」
ミレディの悲鳴が施設内に響いた。
ハジメは必要な素材を確保すると、満足げに頷いた。
「よし。これだけあれば、次の迷宮に向けた準備もできるな」
「……君たち、もう帰ってくれないかな」
ミレディは疲れ切った声で呟いた。
「そうだな。俺もお前とこれ以上関わりたくない」
「それはこっちの台詞だよ!」
強制退場
ミレディは、これ以上ハジメたちに施設内を荒らされるわけにはいかないと判断した。
「……仕方ない。こうなったら、強制的に退場してもらおう」
「何か言ったか?」
「いや、何でもないよ!」
ミレディが魔法陣を起動する。
次の瞬間、施設全体が揺れた。
「……ん?」
ハジメが足元を見る。
遠くから、轟音が聞こえてきた。
「まさか……」
ユエが嫌な予感を覚えた。
そして、施設の奥から巨大な水流が押し寄せてきた。
「うおおおおおおっ!?」
「ハジメ!」
「ちょっと待て! これは聞いてねえぞ!」
「ごめんね! もう帰って!」
「ふざけんなぁぁぁっ!」
水流は三人をまとめて飲み込み、施設内を猛烈な勢いで流れていく。
まるで巨大なトイレに流されているような有様だった。
「きゃああああっ!」
シアの悲鳴が響く。
ユエはハジメの腕を掴み、ハジメは必死に二人を抱え込む。
「ミレディ! 覚えてろよぉぉぉっ!」
「また来てねー!」
「二度と来るかぁぁぁっ!」
そして、三人は水流に押し流され、迷宮の外へと強制的に排出された。
ライセン峡谷の外。
水浸しになったハジメたちは、地面に転がっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてハジメがゆっくりと立ち上がり、濡れた髪をかき上げる。
「……あのゴーレム、次に会ったらもう一発殴る」
ユエが頷く。
「同意」
シアも涙目で頷いた。
「もう、あの迷宮には入りたくないです……」
ハジメは回収した鉱石やアーティファクトを確認する。
「まあ、重力魔法も手に入ったし、素材も大量に確保できた。成果はあったな」
「でも、最後は流された」
「……それは忘れろ」
ユエの指摘に、ハジメは少しだけ顔をしかめた。
こうしてハジメたちは、ライセン大迷宮を攻略し、解放者ミレディ・ライセンから神代魔法の一つである重力魔法を授かった。
ただし、その攻略の最後に得たものは、神代魔法だけではない。
ミレディという、何とも扱いに困る解放者との因縁もまた、彼らの旅に加わったのだった。