『ありふれた職業で世界最強 ―空間を越える黄金の精神―』 作:武藤 桜
白い光が消えたとき、南雲ハジメの目に飛び込んできたのは、見慣れた教室の天井ではなかった。
そこにあったのは、見上げるほど高い石造りの天井。壁面には精緻な装飾が施され、巨大な柱が等間隔に並んでいる。窓から差し込む光が、床に敷かれた赤い絨毯を照らしていた。
「……どこだ、ここ」
思わず漏れた声に、周囲からも困惑の声が上がる。
「えっ、何……?」
「学校は!?」
「ドッキリとかじゃないよな!?」
クラスメイトたちは一様に混乱していた。
ハジメはまず、自分の身体に異常がないかを確かめた。手足は動く。意識もはっきりしている。スタンドも――呼び出せる。
背後に、銀と黒を基調とした人型の影が現れた。
空間を切り取り、別の空間と入れ替える力を持つ、ハジメのスタンド。
その姿を確認してから、彼は周囲を見回した。
仗助たちと過ごした杜王町の日々。ジョルノたちと駆け抜けたイタリアでの死闘。
あれだけの経験をしてきたのだ。突然見知らぬ場所に放り出された程度で、取り乱している場合ではない。
もっとも、内心では十分に困惑していたが。
やがて、広間の奥にある扉が開いた。
入ってきたのは、豪奢な衣装をまとった老人と、数人の騎士。そして、神官らしき人物たちだった。
「勇者様方! ようこそ、トータス王国へ!」
老人が両手を広げ、朗々とした声で告げた。
その説明によれば、ここは自分たちの世界とは異なる異世界。魔物の脅威にさらされた人類を救うため、彼らは勇者として召喚されたのだという。
さらに、彼らにはこの世界で生きるための力が与えられているらしい。
魔法。そして、職業に応じた能力。
ハジメは腕を組んだ。
「異世界召喚ねぇ……。杜王町での事件も大概だったが、今度は世界そのものが違うってか」
口に出してみると、あまりにも現実離れした話だった。
しかし、周囲の人間の反応を見る限り、これは冗談ではないらしい。
説明が一通り終わると、王国側はクラスメイトたちにステータスを確認するよう促した。
彼らが告げられた言葉に従うと、目の前に半透明の画面が浮かび上がる。
「うわっ、何だこれ!?」
「ステータスって、ゲームみたい……!」
ハジメも同じように意識を集中させた。
すると、視界の中に文字が浮かび上がった。
そこには、この世界での職業や能力値が表示されている。
そして、その中に見覚えのない項目があった。
――スタンド能力。
「……は?」
ハジメは目を細めた。
表示された項目を見つめる。
確かに書いてある。
スタンド能力。
杜王町で弓と矢に射抜かれてから、ずっと自分と共にあった力。それが、異世界のシステムにまで認識されている。
「どういう理屈だよ、これ……」
思わず頭を抱えそうになった。
異世界に来たこと自体も十分に理解不能だが、自分のスタンドまでステータスとして表示されるとは思わなかった。
いや、待て。
ハジメは、ふと考える。
そもそもスタンドとは、この世界の魔法や職業とは異なる力のはずだ。
それがステータスに組み込まれているということは、この世界の仕組みがスタンドを何らかの形で認識しているのかもしれない。
だが、その理由を考えたところで答えは出なかった。
「……まあ、あとで調べるか」
今は情報が足りない。
分からないことを無理に断定するより、まずはこの世界の事情を把握することが先決だった。
こうして、ハジメたちの異世界での生活が始まった。
*
翌日から、クラスメイトたちの訓練が始まった。
魔法の基礎、武器の扱い、身体能力の強化。そして、ステータスに表示された能力を実際に使うための実習。
異世界の戦い方を学ぶことは、ハジメにとっても興味深いものだった。
スタンド能力とは異なる仕組みでありながら、精神力や身体能力が戦闘に大きく影響する点には共通するものがある。
そんな訓練の合間、ハジメは一人の騎士と話す機会を得た。
メルド・ロギンス。
王都の騎士団を率いる団長であり、勇者たちの訓練を担当する人物だ。
「南雲。お前のステータスに、少し気になる項目があった」
「スタンド能力、ですか?」
「ああ。お前が使っている、あの人型の力のことだろう?」
メルドは、ハジメの背後に現れたスタンドを見ていた。
一般人には見えないはずの存在。
だが、メルドはそれを認識しているようだった。
ハジメの目が、わずかに見開かれる。
「……団長、もしかして」
「俺にもあるんだよ。同じような力がな」
そう言って、メルドは軽く拳を握った。
彼の背後に、筋骨隆々とした人型のスタンドが姿を現す。鎧のような装甲をまとったそのスタンドは、力強い立ち姿でメルドの背後に控えていた。
「おお……!」
ハジメは思わず声を上げた。
まさか、この世界にもスタンド使いがいるとは。
しかも、それが訓練を担当する騎士団長だというのだから驚きだ。
「団長もスタンド使いだったんですね」
「スタンド使い、か。お前の世界ではそう呼ぶのか?」
「ええ。自分の精神が形になったような存在です。普通の人間には見えないし、触れられないことが多い。ただし、スタンド同士なら干渉できる」
「なるほど……。俺も長年この力を使ってきたが、詳しい仕組みを説明できるわけではない。お前の話は参考になる」
メルドは興味深そうにうなずいた。
この世界にもスタンド使いがいる。
その事実は、ハジメにとって大きな意味を持っていた。
異世界で、自分だけが理解できる力を持っているわけではない。
少なくとも、メルドとはスタンドについて話ができる。
それだけでも、心強かった。
「それで、南雲。お前のスタンドはどんな能力なんだ?」
「空間の入れ替えです。最大で一メートル四方の空間を切り取って、別の場所の空間と交換する。射程は目で確認できる範囲内。近距離での戦闘には強いですけど、広範囲を攻撃する相手は苦手ですね」
「空間を入れ替える……か。厄介な能力だな」
「使い方次第ですけどね。射程の外から攻撃されれば、どうにもならないこともあります」
「自分の弱点を把握しているのはいいことだ。強さに溺れる者は、自分の限界を見誤る」
メルドの言葉に、ハジメは小さく笑った。
杜王町でも、イタリアでも、能力の相性を見誤った者は命を落としてきた。
どんなに強力な能力であっても、万能ではない。
それを身をもって知っているからこそ、ハジメは自分のスタンドを過信していなかった。
*
訓練が終わったあと、ハジメはクラスメイトたちにスタンドについて説明することになった。
きっかけは、ステータスに表示された項目を見たクラスメイトの一人が、ハジメに質問したことだった。
「なあ南雲。そのスタンド能力って、結局何なんだ?」
その質問を皮切りに、周囲のクラスメイトたちも興味を示し始めた。
「魔法とは違うのか?」
「誰でも使えるの?」
「ステータスに表示されてるなら、俺たちにもあるんじゃないか?」
ハジメは少し考えてから、順番に説明することにした。
「まず、スタンドは誰でも持っている力じゃない。基本的には、スタンドを発現させる素質が必要になる」
ハジメは、自分の経験を思い返した。
「俺の場合は、杜王町で起きた事件がきっかけだった。弓と矢によって能力を発現させられたんだ」
「弓と矢?」
「ああ。特殊な力を持った矢で、刺された人間がスタンド使いになることがある。ただし、誰でも生き残れるわけじゃない。素質がなければ命を落とす危険もある」
クラスメイトたちの表情が引き締まった。
「もちろん、それだけがスタンドの発現方法ってわけじゃない。生まれつき能力を持っている奴もいるし、別のきっかけで目覚める場合もある。重要なのは、スタンドを扱うには、それに見合う精神的な素質が必要だってことだ」
ハジメは一度言葉を切った。
「それと、スタンドは基本的に、使い手の精神と結びついている。だから能力の種類も、姿も、得意分野も人によって違う」
「じゃあ、南雲のスタンドみたいに空間を操る奴もいれば、別の能力を持つ奴もいるってことか?」
「そういうことだ」
ハジメはうなずいた。
「そして、ここからが大事なんだが……スタンドの強さは、単純な腕力だけじゃ決まらない」
彼は地面に落ちていた小石を拾い上げた。
「例えば、ものすごいパワーを持つスタンドがいたとする。殴り合いなら圧倒的に強いかもしれない。でも、相手が遠くから攻撃してきたり、特殊な能力で動きを封じたりしてきたら?」
「……パワーがあっても勝てるとは限らない?」
「その通り」
ハジメは小石を指先で弾いた。
「スタンドの能力には、パワー、スピード、射程距離、持続力、精密動作性、成長性みたいな評価項目がある。これは能力の特徴を把握するための目安だ」
彼は指を一本ずつ立てて説明した。
「パワーは、どれだけ強い力を発揮できるか。スピードは、動作や攻撃の速さ。射程距離は、スタンドや能力がどこまで届くか。持続力は、能力を維持できる時間や活動できる度合い。精密動作性は、細かい動きをどれだけ正確にできるか。成長性は、今後どれくらい伸びる可能性があるか、という指標だ」
「それって、どこまで細かく分かるんだ?」
「評価の仕方によるな。一般的には、AからEまでの段階や、測定不能を示す『?』で表すことがある。ただし、それで勝敗が決まるわけじゃない。評価が低くても、能力の使い方次第では強敵を倒せる」
ハジメは自分のスタンドを呼び出した。
銀と黒の装甲をまとった人型が、彼の背後に音もなく立つ。
「俺のスタンドは、近距離でのパワーとスピードに優れている。だが、射程は短い。目で確認できる範囲内の空間しか操作できないから、遠くから広範囲を攻撃してくる相手は苦手だ」
「でも、空間を入れ替えるんだろ? それって、相手の攻撃を全部避けられるんじゃないのか?」
「そう簡単にはいかない」
ハジメは即座に否定した。
「交換できるのは最大一メートル四方の空間だ。広範囲をまとめて吹き飛ばす攻撃を受けたら、交換した先まで巻き込まれる可能性がある。目に見える範囲が射程だから、視界を塞がれれば能力を使いにくくなる。相手の能力を知らないまま戦うのも危険だ」
ハジメの脳裏に、これまで戦ってきた敵の姿が浮かぶ。
スタンド戦では、能力を知らないこと自体が致命的な弱点になる。
「だから、スタンド使い同士の戦いでは、能力の強さだけじゃなく、相手の能力を見極めることが重要になる。自分の能力をどう使うか。相手の能力にどんな弱点があるか。それを考えながら戦うんだ」
クラスメイトたちは真剣な表情で話を聞いていた。
彼らにとって、スタンドは未知の力だ。
しかし、この異世界で生きていく以上、未知の力を知ろうとすることは無駄ではない。
「最後に、スタンドにはそれぞれ固有の特殊能力がある。俺のスタンドなら空間交換。団長のスタンドにも、団長自身の能力がある。単純なパワー型もいれば、遠距離操作型、自動追跡型、特殊能力に特化したタイプもいる」
「自動追跡?」
「使い手が細かく命令しなくても、特定の条件に従って動くタイプだ。遠くの敵を追い続けたり、何かの条件を満たした相手に攻撃したりする。そういう能力は、正面から殴り合うだけでは対処できないこともある」
ハジメは一人ひとりの顔を見回した。
「覚えておいてほしいのは、スタンドに万能な能力はないってことだ。どんな能力にも、使い方と弱点がある。自分の力を理解して、相手の力を見極める。それが生き残るために必要になる」
その言葉には、実際に命懸けの戦いを経験してきた者の重みがあった。
クラスメイトたちは、すぐには何も言わなかった。
やがて、一人が口を開いた。
「……南雲って、なんか妙に詳しいよな。まるで、本当にそういう戦いを経験してきたみたいだ」
ハジメは一瞬だけ言葉に詰まった。
杜王町での日々。
イタリアでの戦い。
仲間たちと過ごした時間。
そのすべてを、この場で説明するつもりはなかった。
「……まあ、色々あったんだよ」
そう言って、彼は苦笑した。
それ以上、深く尋ねる者はいなかった。
*
その日の夕方。
訓練を終えたハジメは、メルドと並んで城の訓練場を歩いていた。
「南雲。お前の話を聞いて、改めて思ったことがある」
「何です?」
「力を持つ者ほど、その力に振り回されないことが大切だということだ」
メルドは遠くに見える訓練中の騎士たちを眺めた。
「この世界にも、強力な魔法やスキルを持つ者はいる。しかし、力を持つだけでは人は守れない。使い方を誤れば、仲間を危険にさらすこともある」
「……そうですね」
ハジメはうなずいた。
その言葉は、彼がこれまでの冒険で何度も学んできたことだった。
「団長。俺も、この世界のことはまだ何も分かっていません。スタンドがステータスに表示される理由も、俺には説明できない」
「それは俺も同じだ。だからこそ、これから一緒に調べていけばいい」
メルドは笑った。
「お前の知識が、いつかこの世界の誰かを救うことになるかもしれない」
「……そうなるといいですね」
ハジメもまた、わずかに笑みを浮かべた。
異世界に来てから、まだ日が浅い。
分からないことばかりで、先の見通しも立たない。
それでも、少なくとも今は、自分の知識を共有できる相手がいる。
そして、かつての仲間たちから学んだことは、この世界でも役立つかもしれない。
そう考えながら、ハジメは夕暮れの空を見上げた。
このときの彼は、まだ知らなかった。
やがて訪れるオルクス大迷宮での悲劇が、自分の人生を再び大きく変えることを。
そして、空間を操るスタンドだけでは決して乗り越えられない絶望が、すぐそこまで迫っていることを。
――だが、それでも。
南雲ハジメは、まだ前を向いていた。