『ありふれた職業で世界最強 ―空間を越える黄金の精神―』 作:武藤 桜
訓練を終えた夕方。
城の中庭では、訓練を終えたクラスメイトたちが思い思いに休憩を取っていた。
その一角で、南雲ハジメはベンチに腰掛け、広瀬康一や東方仗助たちと過ごした日々を思い返していた。
この世界に召喚されてから、まだそれほど時間は経っていない。
しかし、ステータスに表示されたスタンド能力の項目や、同じ力を持つメルドとの出会いは、彼に故郷での出来事を思い出させていた。
「ねえ、南雲くん」
声をかけてきたのは、白崎香織だった。
「さっきから気になってたんだけど……南雲くんって、どうしてそんなにスタンドについて詳しいの?」
「……ああ」
「スタンドの種類とか、能力の特徴とか、実際に戦ったことがある人みたいに話してたよね。それに、メルド団長も同じ力を持っていたけど、南雲くんはあの力について、前から知っていたみたいだったし」
香織の言葉に、周囲にいたクラスメイトたちも興味を示した。
「確かに、俺も気になってたんだよな」
天之河光輝が腕を組みながら言った。
「南雲って、召喚される前からああいう力を使えたのか?」
「まあな」
「じゃあ、どうやって手に入れたんだ?」
ハジメはしばらく黙っていた。
話すべきかどうか、少し迷ったのだ。
杜王町での出来事は、決して他人に簡単に話せるような内容ではない。命を懸けた戦いもあったし、今でも思い出すと複雑な気持ちになる事件もある。
それでも、この世界でスタンドという力を持っている以上、いずれ説明する必要があるだろう。
「……俺が中学二年生だった頃の話だ」
ハジメは、ゆっくりと口を開いた。
「俺の故郷は杜王町っていう、日本の地方都市だった。海が近くて、商店街があって、どこにでもあるような普通の町だ」
「普通の町?」
雫が小首を傾げた。
「そう。表向きはな」
ハジメは苦笑した。
「でも、実際は普通じゃなかった。人間には見えないはずの怪物みたいなものが町を歩いていたり、普通じゃ説明できない事件が起きたり……俺が中学二年生になった頃には、そういう異常な出来事に巻き込まれることになったんだ」
彼は、当時の記憶をたどった。
*
杜王町で暮らしていた頃、ハジメは自分が特別な人間だなどとは思っていなかった。
勉強も運動も、特別に秀でているわけではない。
ただ、平穏に暮らしていたいと思っていた、ごく普通の中学生だった。
そんな日常が変わったのは、町で奇妙な事件が相次ぐようになった頃だった。
ある日、ハジメは自分の目では説明できない現象を目撃した。
誰もいないはずの場所で、何かが動いている。
人間の姿をした何かが、誰にも気づかれないまま物を動かしている。
最初は見間違いだと思った。
しかし、そうではなかった。
やがてハジメは、東方仗助や広瀬康一たちと知り合い、杜王町の裏側に潜む奇妙な世界について知ることになる。
彼らが使っていたのが、スタンドだった。
人間の精神エネルギーが形となって現れる、特殊能力を持った存在。
普通の人間には見えないことが多く、スタンド使い同士でなければ干渉できない場合もある。
そして、スタンドには使い手ごとに異なる能力が備わっている。
ハジメがその仕組みを知ったのは、事件に巻き込まれてからだった。
「俺がスタンド使いになった直接の原因は、音石明って男だ」
ハジメは説明を続けた。
「そいつは、虹村形兆が持っていた弓と矢を奪った。矢には、人間の中に眠っているスタンドの素質を目覚めさせる力があったんだ」
「矢で刺されると、能力が目覚めるの?」
香織が尋ねた。
「そういうことだ。ただし、誰でも無事にスタンド使いになれるわけじゃない。素質がなければ、命を落とす危険もある」
クラスメイトたちの表情が強張った。
「俺も、その矢によってスタンド能力を発現させられた。自分の意思で選んだわけじゃない。気がついたら、自分の背後に奇妙な人型が立っていたんだ」
ハジメは自分の手を見つめた。
初めてスタンドを目にしたときの衝撃は、今でも覚えている。
自分の動きに呼応するように動く、もう一人の自分。
自分の意思が形になったような存在。
それまで当たり前だと思っていた世界が、根底から覆された瞬間だった。
「最初は怖かったよ。自分の身体に何が起きたのかも分からなかったし、どうやって使えばいいのかも分からなかった」
「……南雲くんでも、怖かったんだね」
香織がつぶやいた。
「当たり前だろ。いきなり訳の分からない力を手に入れたんだぞ。しかも、それが原因で命懸けの事件に巻き込まれるんだからな」
ハジメは肩をすくめた。
「でも、仗助たちと出会ったことで、少しずつ使い方を覚えていった。あいつらはスタンド使いとしても、俺よりずっと経験があったからな」
東方仗助。
広瀬康一。
虹村億泰。
そして、彼らを取り巻く人々。
杜王町で出会った仲間たちの顔が、ハジメの脳裏をよぎる。
「仗助は、困っている人間を放っておけない奴だった。億泰は単純だけど、仲間を大切にする。康一は一見すると普通の高校生みたいなのに、いざというときには驚くほど勇敢になる」
「なんだか、いい友達だったんだね」
香織が微笑んだ。
「ああ。……本当に、いい奴らだったよ」
ハジメも、懐かしそうに笑った。
*
「それで、杜王町では何があったんだ?」
光輝が尋ねた。
「スタンド使いが何人もいたんだろ? そいつらと戦ったのか?」
「まあな。ただし、全員が敵だったわけじゃない」
ハジメは、そこを強調した。
「スタンドを持っていても、普通に生活している人間だっている。能力を悪用する奴もいれば、その力で誰かを助けようとする奴もいる。大切なのは、スタンドを持っているかどうかじゃない。そいつが何を考えて、どう使うかだ」
メルドが静かにうなずいた。
「確かに、その考え方はこの世界の魔法にも通じるものがあるな」
「そういうことです」
ハジメは続けた。
「杜王町では、スタンド能力を使った事件が何度も起きた。中には、普通の人間が巻き込まれた事件もあったし、俺たちの知り合いが危険な目に遭ったこともあった」
彼は、ふと表情を曇らせた。
その中でも、特に忘れられない事件がある。
人々の平穏な日常の中に潜んでいた、異常な殺意。
何の変哲もない町で暮らしながら、普通の人間の顔をして日常に紛れ込んでいた殺人鬼。
その事件は、ハジメに一つのことを教えた。
恐ろしいのは、必ずしも見た目から分かる怪物だけではない。
誰もが普通だと思っている日常の中にも、目を背けたくなるような悪意が潜んでいる。
だからこそ、ハジメは相手の能力だけでなく、その行動や考え方を注意深く見るようになった。
「……まあ、詳しい事件の話は長くなるから省くけどな」
ハジメは、話をいったん区切った。
「一つだけ言えるのは、あの町での経験がなかったら、俺は今ほどスタンドを使いこなせていなかったと思う」
「それだけ大変だったってことか」
光輝が言った。
「大変だったよ。何度も死にかけたしな」
「死にかけたって……」
香織が心配そうな顔をする。
「でも、生きてるだろ?」
ハジメは軽く笑った。
「生きて帰れた。それで十分だ」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
ハジメにとっては、過去の出来事を振り返っただけのつもりだった。
しかし、クラスメイトたちは初めて知ったのだ。
普段は目立たず、どこか達観したような態度を取る南雲ハジメが、かつて自分たちの想像もつかないような経験をしてきたことを。
*
「……でも、杜王町の事件が終わって、それで全部終わりってわけじゃなかったんだ」
ハジメは、再び口を開いた。
「その二年後、俺は康一と一緒にイタリアへ行った。そこで、ジョルノ・ジョバァーナっていう少年と出会ったんだ」
「イタリア?」
雫が驚いたように聞き返す。
「そう。そこでまた、ギャング組織の抗争に巻き込まれた」
「ちょっと待て。中学のときに事件に巻き込まれて、その二年後には海外でギャングと戦ったってことか?」
光輝が呆れた声を出した。
「……改めて言われると、俺も随分と妙な人生を送ってるな」
ハジメは苦笑した。
「康一は調査が終わったあと日本に帰ったけど、俺はイタリアに残った。ジョルノたちと一緒に戦うことを選んだんだ」
ブチャラティたちとの出会い。
仲間を守るための決断。
そして、ボスとの決戦。
ハジメはその一つひとつを思い返しながら、言葉を選んだ。
「……あそこで出会った奴らも、みんな自分の信念を持っていた。自分の夢のために進む奴もいれば、仲間のために命を懸ける奴もいた。俺は、そういう奴らと一緒に戦ってきた」
「南雲くんは……その人たちのこと、今でも大切に思ってるんだね」
香織の問いかけに、ハジメは少しだけ目を細めた。
「ああ。離れていても、あいつらは俺の仲間だよ」
迷いのない答えだった。
*
しばらく、静かな時間が流れた。
やがて、メルドが口を開いた。
「南雲。お前がその力をどこで手に入れ、どんな経験をしてきたのか、よく分かった」
彼は真剣な表情でハジメを見つめた。
「お前がスタンドについて詳しい理由もな。そして、その力を過信していない理由も」
「……別に、大したことじゃありませんよ」
「いや、大したことだ。力を持つことと、力を正しく扱えることは違う。お前はそれを実際の経験から学んできたのだろう」
ハジメは答えず、静かにうなずいた。
杜王町で学んだこと。
イタリアで学んだこと。
それらは、異世界に来たからといって消えるわけではない。
むしろ、これから先の戦いでこそ、その経験が問われるのかもしれなかった。
「……まあ、俺もまだまだですよ」
ハジメは立ち上がり、軽く伸びをした。
「この世界のことは何も分かってないし、魔法もまだ使いこなせない。スタンドがステータスに表示された理由だって不明だ。これから覚えることは山ほどあります」
「その意気だ、南雲」
メルドが笑った。
ハジメも、わずかに笑みを返した。
だが、その胸の奥には、わずかな不安も残っていた。
杜王町にも、イタリアにも、彼を支えてくれる仲間がいた。
しかし、この世界にはまだ、そうした仲間はいない。
仗助も、康一も、ジョルノも、ここにはいない。
それでも。
彼らと共に過ごした日々が、自分を支えてくれるはずだ。
そう信じながら、ハジメは夕暮れの空を見上げた。
異世界での生活は、まだ始まったばかりだった。
そして、彼の知らないところで、運命は少しずつ動き始めていた。
――やがて訪れる奈落への転落。
――そこで出会う、吸血鬼の少女。
――そして、スタンド使いとしての経験さえも通用しない、異世界の過酷な現実。
南雲ハジメの新たな冒険は、まだ序章に過ぎなかった。