『ありふれた職業で世界最強 ―空間を越える黄金の精神―』 作:武藤 桜
奈落の底へ落ちてから、どれほどの時間が経過したのか。
南雲ハジメには、もう正確には分からなくなっていた。
太陽の光は届かず、昼と夜の区別もない。あるのは、迷宮の壁に反射する魔物の鳴き声と、時折聞こえてくる地鳴りのような足音だけだった。
そんな環境の中、ハジメはひたすら下層を目指して進んでいた。
「……また魔物かよ。休ませる気もねえな」
眼前に現れた魔物を見据え、ハジメは右手の大型リボルバーを構えた。
銃声が響く。
魔物が怯んだ隙に、ハジメはスタンドを繰り出した。空間を入れ替えて敵の攻撃を逸らし、体勢が崩れたところに拳を叩き込む。
数秒後、魔物は地面に沈んだ。
「よし……」
ハジメは周囲を確認してから、魔物の素材を回収した。
奈落での生活は、狩りと錬成の繰り返しだった。
魔物を倒し、その肉を食べ、毒に侵された身体を神水で維持する。手に入れた素材から武器や道具を作り、より強い魔物に備える。
常人ならば、とっくに精神が壊れていてもおかしくない生活だ。
しかし、ハジメは進み続けた。
杜王町で、イタリアで、そしてこの異世界で。
何度も死線をくぐり抜けてきた経験が、彼を支えていた。
「……待ってろよ、みんな」
ハジメは誰にともなく呟き、再び歩き出した。
地上へ戻る。
仲間たちのもとへ帰る。
それだけは、何があっても諦めるつもりはなかった。
*
やがて、ハジメは五十階層へとたどり着いた。
そこは、これまで通過してきた階層とは明らかに様子が違っていた。
広大な空間の中央に、巨大な石造りの構造物がそびえ立っている。周囲の壁には古代文字のような模様が刻まれ、床には複雑な魔法陣が描かれていた。
「……何だ、こりゃ」
ハジメは足を止めた。
魔物の巣にしては不自然だ。
誰かが意図的に作り上げた施設。しかも、かなり古い。
ハジメは警戒しながら、石造りの構造物へ近づいた。
そして、その中央にあるものを見つけた瞬間、思わず目を見開いた。
「……人間?」
そこには、ひとりの少女が封印されていた。
金色の髪。
幼い少女のように見える小柄な身体。
そして、長い年月を経てもなお、その美しさを損なっていない顔立ち。
少女は透明な結晶のような封印の中に閉じ込められ、目を閉じたまま静かに眠っていた。
いや、眠っているのではない。
ハジメが近づくと、少女の瞼がゆっくりと開いた。
黄金色の瞳が、まっすぐにハジメを見つめる。
「……人?」
か細い声だった。
長い間、誰とも話していなかったのだろう。声にはかすかな掠れが混じっている。
少女はハジメを見つめたまま、必死に口を動かした。
「お願い……助けて」
「……ここに閉じ込められてるのか?」
少女は小さく頷いた。
「お願い。ここから出して……」
ハジメは封印の周囲を調べた。
頑丈な結晶体。表面には複雑な魔法陣が刻まれており、外側から無理に破壊すれば、内部の人間まで巻き込む可能性がある。
しかも、封印そのものに相当な魔力が込められている。
「……面倒な仕掛けだな」
ハジメは少女へ視線を戻した。
「一つ聞かせてくれ。あんたは、どうしてこんなところに閉じ込められてる?」
少女は一瞬、視線を伏せた。
それから、絞り出すように答えた。
「……私は、裏切られただけ」
「裏切られた?」
「信じていた人たちに……裏切られたの」
その言葉には、深い悲しみが滲んでいた。
「私は、何も悪いことなんてしていない。それなのに……」
少女の声が震える。
「だから、お願い……助けて。ここから出して……」
ハジメは黙って少女を見つめた。
その姿に、自分の境遇を重ねたわけではない。
彼女が語った事情のすべてを理解したわけでもない。
ただ、ひとつだけ分かったことがあった。
彼女はここから出たいと願っている。
そして、自分は彼女を助けられる位置にいる。
「……分かった」
ハジメは右手を封印に触れさせた。
「出してやるよ」
「……本当?」
「ああ。ただし、何が起きても俺の指示には従ってくれ。ここは迷宮の中だ。封印が解けた途端、何が飛び出してくるか分からねえ」
少女は驚いたように目を見開き、それから何度も頷いた。
「ありがとう……!」
「礼は、無事に出られてからにしな」
ハジメは封印の構造を観察した。
魔法陣の配置。結晶の強度。魔力の流れ。
正面から破壊するのは危険だ。ならば、内部の魔力の流れを変え、封印そのものを崩す。
ハジメは右手に魔力を集中させた。
「錬成……!」
石造りの台座が唸りを上げる。
刻まれた魔法陣の一部が変形し、結晶を支えていた構造が少しずつ崩れていった。
しかし、封印は簡単には壊れなかった。
「……っ、しぶといな!」
ハジメはさらに魔力を流し込む。
結晶の表面に亀裂が走った。
一本、二本、三本。
そして――。
パキンッ!
甲高い音とともに、封印が砕け散った。
少女の身体が前方へ傾く。
「おっと!」
ハジメは右腕で少女を受け止めた。
驚くほど軽い。
長い間、封印の中にいたためだろうか。少女の身体には、ほとんど力が入っていなかった。
「大丈夫か?」
「……うん」
少女はハジメの腕の中で、ゆっくりと顔を上げた。
黄金色の瞳から、涙が一筋こぼれる。
「……外に、出られた」
震える声だった。
「やっと……外に……」
少女は周囲を見渡した。
暗い迷宮。
冷たい石床。
それでも、彼女にとっては、長い年月を経てようやく手に入れた自由だった。
ハジメは彼女を支えながら、静かに言った。
「……よかったな」
少女は彼を見つめた。
「あなたが……助けてくれたのね」
「まあな」
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
少女は何度も礼を口にした。
ハジメは少し困ったように頭を掻く。
「だから、礼は後でいいって。まずは身体の調子を確認しろ。立てるか?」
「……少し、力が入らないけど……大丈夫」
少女は自分の足で立とうとした。
しかし、膝が震え、身体がぐらつく。
「おいおい、無理すんな」
ハジメは彼女を再び支えた。
「しばらく休んだ方がいい。……それで、あんたの名前は?」
少女は、ぴたりと動きを止めた。
先ほどまで安堵していた表情が、わずかに曇る。
「……名前」
「ああ」
「……昔の名前なら、あるわ」
少女は自分の胸元を握り締めた。
「でも、もう……その名前では生きたくない」
ハジメは黙って続きを待った。
「私は、信じていた人たちに裏切られた。大切なものを奪われて、こんな場所に閉じ込められて……」
黄金色の瞳が揺れる。
「昔の私のままじゃ、きっと、何も変えられない。だから……」
少女は顔を上げた。
「新しい名前が欲しいの。過去を捨てて、新しい人生を始めるための名前が」
ハジメは少し考え込んだ。
名前を変えたところで、過去が消えるわけではない。
傷ついた記憶も、裏切られた痛みも、簡単にはなくならないだろう。
それでも。
自分で新しい一歩を踏み出したいというのなら、その願いを否定する理由はなかった。
「……そうだな」
ハジメは少女の顔を見た。
黄金色の瞳。
長い年月を閉じ込められていたにもかかわらず、消えていない意志の光。
その姿を見て、ふと頭に浮かんだ名前があった。
「ユエ、ってのはどうだ?」
「……ユエ?」
「ああ。短くて呼びやすいだろ」
ハジメは少しだけ口元を緩めた。
「過去を捨てるって言っても、無理に全部忘れる必要はねえと思う。だけど、これからどう生きるかは、自分で決められる。新しい名前は、そのための区切りにすればいい」
少女は、与えられた名前を口の中で繰り返した。
「……ユエ」
そして、そっと微笑んだ。
「……うん。いい名前」
「そうか。なら、これからはユエだ」
「ありがとう、ハジメ」
「……俺の名前、まだ教えてねえぞ?」
ハジメが目を丸くすると、ユエは小さく笑った。
「さっき、自分で言っていたわ」
「……ああ、そうだったか」
ハジメは苦笑した。
久しぶりに、誰かと普通の会話をした気がした。
奈落に落ちてから、ずっと一人だった。
魔物を倒し、肉を喰らい、錬成を繰り返す日々。
そこには、会話も、笑い声もなかった。
だが今、目の前にはひとりの少女がいる。
自分が助けた少女が。
そのことに、ハジメはほんの少しだけ救われた気がした。
「……よろしくな、ユエ」
「ええ。よろしく、ハジメ」
ふたりは、互いに頷き合った。
――その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「……っ!?」
地面が大きく揺れた。
ハジメは即座にユエを背後へ庇い、リボルバーを構えた。
「何だ!?」
先ほどまで封印が置かれていた台座の下から、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
壁に刻まれた紋様が赤く輝き、迷宮全体に不気味な音が響き渡った。
ユエの顔から血の気が引いた。
「……そんな。まさか……」
「おい、ユエ。何か知ってるのか?」
「封印が解かれたら……罠が作動するようになっていたのかもしれない……!」
「……はぁ!?」
ハジメは思わず声を上げた。
「そういう大事なことは先に言え!」
「ご、ごめんなさい! 私も、こんな仕掛けがあるなんて……!」
言い終わる前に、台座の奥で巨大な岩が動いた。
壁が左右に開き、その向こうから何かが這い出してくる。
硬質な外殻。
複数の脚。
そして、獲物を捕らえるための巨大な鋏と、鋭い尾。
巨大な蠍の魔物だった。
その身体は人間など簡単に押し潰せるほど大きく、尾の先端には禍々しい毒針が輝いていた。
「……おいおい。封印を解いたお礼がこれかよ」
ハジメはリボルバーを握り直した。
「ずいぶんと手厚い歓迎じゃねえか!」
巨大蠍が咆哮した。
次の瞬間、尾が鞭のように振るわれた。
「ユエ、下がれ!」
ハジメはユエを押しやり、自ら横へ飛び退いた。
毒針が地面に突き刺さる。
石床が泡立つように変色した。
「毒持ちかよ……!」
ハジメは舌打ちした。
まともに受ければ終わりだ。
巨大蠍は尾を引き抜き、今度は鋏を振り回して襲いかかってきた。
ハジメは三つの空間を同時に操作する。
鋏の軌道をずらし、直撃を回避。
そのままリボルバーを構え、弾丸を撃ち込んだ。
銃声が響く。
弾丸は巨大蠍の外殻に命中したが、甲高い音を立てて弾かれた。
「硬ってえな……!」
ハジメは顔をしかめた。
普通の弾丸では、外殻を貫けない。
空間転移の術式を仕込んだ弾丸も、表面に着弾させるだけでは決定打にならなかった。
巨大蠍は勢いを緩めず、ハジメへ突進してくる。
「くっ……!」
ハジメは空間を操作し、巨体の進路をわずかに逸らした。
巨大蠍が壁に衝突する。
しかし、すぐに体勢を立て直し、再び襲いかかってきた。
速い。
しかも、攻撃範囲が広い。
空間を三つ同時に操作できるようになったとはいえ、全方位からの攻撃をすべて防げるわけではない。
毒針を避ければ鋏が迫る。
鋏を逸らせば、脚による踏みつけが飛んでくる。
わずかな判断の遅れが、致命傷につながる。
「……こいつ、思った以上に厄介だな!」
ハジメは距離を取りながら、敵の動きを観察した。
外殻は硬い。
毒針は危険。
攻撃速度も速い。
ならば、狙うべきは――。
「……関節か!」
脚の付け根。
外殻が重なり合う部分には、わずかな隙間がある。
そこならば、弾丸も通る可能性がある。
ハジメは狙いを定め、リボルバーを撃った。
一発。
二発。
三発。
弾丸が関節部に命中し、巨大蠍の動きがわずかに鈍る。
だが、決定的なダメージにはならなかった。
「チッ……!」
弾丸の残数も少ない。
このままでは、先にこちらの魔力と体力が尽きる。
その時だった。
「……ハジメ!」
背後から、ユエの声が響いた。
「私も戦うわ!」
「何言ってんだ! あんた、さっきまで封印されてたんだぞ!」
「でも、あなた一人では……!」
ユエが手を伸ばす。
その瞬間、彼女の周囲に魔力が集まり始めた。
ハジメは目を見開いた。
「……魔力?」
ユエの手の先に、淡い光が生まれる。
それは魔法を発動させる時の魔力とは、どこか違う。
もっと奇妙で、もっと根源的な力。
ハジメには、見覚えがあった。
杜王町で。
イタリアで。
数多くのスタンド使いたちと対峙してきた彼だからこそ、分かった。
「……まさか、お前……!」
ユエの背後に、何かが現れた。
人の姿を思わせる、淡く輝く存在。
彼女の動きに合わせて、その腕が動く。
スタンド。
間違いない。
ユエもまた、スタンド使いだったのだ。
「……やっぱり、そうか!」
ハジメは驚きながらも、すぐに状況を理解した。
ユエは魔法だけでなく、スタンド能力を持っている。
ならば、この戦いにも勝機がある。
「ユエ! あいつを止められるか!?」
「やってみるわ!」
巨大蠍が再び尾を振り上げた。
ハジメは三つの空間を操作し、毒針の軌道をずらす。
同時に、ユエがスタンドを前へ出した。
彼女の能力によって生じた力が、巨大蠍の動きを妨げる。
その一瞬。
巨大蠍の身体が、明らかに硬直した。
「今だ!」
ハジメはリボルバーを構えた。
狙うのは、先ほどから攻撃を集中させていた脚の関節。
銃声が響く。
弾丸が着弾し、仕込まれた術式が発動した。
空間が揺らぎ、巨大蠍の脚の一部が不自然にずれる。
関節の動きが崩れた。
巨大蠍がバランスを失う。
「もう一発……!」
ハジメは最後の弾丸を撃ち込んだ。
着弾地点で空間転移が発生する。
巨大蠍の巨体が大きく傾き、腹部を地面にさらした。
硬い外殻に覆われた背中とは違い、腹部には柔らかい部分がある。
そこが弱点だった。
「ユエ!」
「分かってる!」
ユエのスタンドが動いた。
巨大蠍の動きを押さえ込むように、彼女の力が集中する。
長くは持たない。
それでも、十分だった。
ハジメは地面を蹴った。
スタンドが拳を握り締める。
空間を操作し、巨体の反撃を封じる。
そして――。
「これで、終わりだあああっ!」
渾身の一撃が、巨大蠍の腹部へ叩き込まれた。
鈍い衝撃音。
巨大蠍が大きく痙攣し、やがて力なく地面に倒れ込んだ。
尾が一度だけ跳ねる。
それきり、動かなくなった。
「……はぁ、はぁ……」
ハジメは荒い息を吐きながら、リボルバーを下ろした。
ユエもまた、肩で息をしている。
しばらくの間、二人は警戒を解かなかった。
魔物が再び動き出す気配はない。
ようやく、ハジメは大きく息を吐いた。
「……勝った、か」
「……ええ」
ユエは頷いた。
ハジメは彼女を振り返る。
「それにしても……あんたもスタンド使いだったとはな」
ユエは少しだけ目を丸くした。
「スタンド……?」
「ああ。俺が使ってる能力と同じ系統の力だ。普通の人間には見えない、精神の力みたいなもんだと思ってくれ」
「……そうなのね」
ユエは自分の手を見つめた。
「私も、自分の力が何なのか、ずっとよく分からなかった。でも……あなたの力を見ていたら、何となく似ていると思ったの」
「なるほどな……」
ハジメは納得したように頷いた。
魔法が使える世界で、スタンド使いが存在してもおかしくはない。
自分がそうである以上、ユエがそうであっても不思議ではなかった。
それに、彼女の能力は、ハジメの空間操作とは違う。
戦闘でどのような力を発揮するのか、まだ詳しくは分からない。
だが、少なくとも、先ほどの戦いでは彼女の能力が勝利の決め手になった。
「……助かったよ、ユエ」
「私こそ。あなたがいなかったら、あの魔物に殺されていたわ」
「お互い様ってことだな」
ハジメは小さく笑った。
そして、倒れた巨大蠍を見下ろす。
「……さて。こいつの素材も、食料も、利用できそうだな」
「……食べるの?」
「食わなきゃ生きていけないからな」
ハジメは平然と答えた。
ユエは一瞬、何とも言えない表情を浮かべた。
「……あなた、ずっとこんな生活をしていたの?」
「ああ。奈落に落ちてから、ずっとな」
ハジメは何でもないことのように言った。
だが、その言葉の重さを、ユエはまだ知らない。
片腕を失い、毒に侵され、魔物の肉を喰らいながら生き延びてきた日々。
その過酷さは、簡単に想像できるものではない。
ユエは、ハジメの失われた左腕へ視線を落とした。
「……ハジメ」
「ん?」
「……あなたは、どうしてそこまでして生きようとするの?」
ハジメは少しだけ黙った。
それから、静かに答えた。
「……帰る場所があるからだよ」
香織。
雫。
光輝。
そして、奈落に落ちる前まで共にいた仲間たち。
彼らの顔が、脳裏に浮かぶ。
「俺を待ってる奴らがいる。だから、何があっても帰る。それだけだ」
ユエは、じっと彼を見つめていた。
その言葉に、何かを感じ取ったのかもしれない。
やがて、彼女は小さく頷いた。
「……そう」
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……なら、私も一緒に行くわ」
「……は?」
ハジメは目を丸くした。
「いや、待て。あんたは封印されてたんだぞ。身体も本調子じゃないだろ」
「でも、ここに一人で残るわけにはいかないわ。それに……」
ユエはハジメを見上げた。
「あなたが私に新しい名前をくれた。私は、その名前で新しい人生を始めたいの」
黄金色の瞳に、確かな意志が宿っていた。
「だから、私もあなたと一緒に行く。あなたが地上へ帰るというのなら、私も一緒に進むわ」
ハジメはしばらく彼女を見つめていた。
危険な道のりになる。
自分ですら生き延びるのが精一杯なのだ。ユエを連れていけば、負担が増えることも間違いない。
だが、彼女をこの場所に置き去りにするつもりもなかった。
何より、彼女は自分の意志で歩こうとしている。
ならば、その意志を尊重するべきだろう。
「……分かった」
ハジメは頷いた。
「ただし、無茶はするな。戦えそうにない時は、俺の後ろに下がれ。俺も、あんたの力を当てにしすぎないようにする」
「ええ、分かったわ」
「それと、これから先も魔物が出てくる。さっきみたいな奴ばかりかもしれない。覚悟はいいか?」
ユエは迷わず答えた。
「大丈夫。私はもう、誰かに守られているだけの存在ではいたくないから」
ハジメは、その答えを聞いて小さく笑った。
「……そうか」
彼はリボルバーをホルスターに収め、周囲を確認した。
奈落の奥は、まだ暗闇に包まれている。
危険も、困難も、これから先にいくらでも待ち受けているだろう。
それでも、今までとは違う。
隣には、共に戦える仲間がいる。
かつて自分が杜王町で、そしてイタリアで出会った仲間たちと同じように、背中を預けられる存在が。
「……行くぞ、ユエ」
「ええ、ハジメ」
二人は並んで歩き出した。
地上へ帰るために。
それぞれの過去を背負いながら、新しい未来を掴むために。
そして、奈落の底から始まった二人の物語は、ここから本当の意味で動き始めるのだった。