『ありふれた職業で世界最強 ―空間を越える黄金の精神―』   作:武藤 桜

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第七話 ライセン峡谷の出会い

眩い光が収まった時、ハジメとユエは切り立った岩壁に囲まれた峡谷の中に立っていた。

 

吹き抜ける風。乾いた岩肌。頭上には、奈落の底では決して見ることのできなかった空が広がっている。

 

「……地上、か」

 

ハジメは空を見上げ、深く息を吸った。

 

「戻ってきたんだね」

 

隣のユエも、どこか感慨深げに空を見つめていた。

 

「長かったな。……けど、感傷に浸ってる場合じゃねえ」

 

ハジメは懐からオスカーの手記を取り出す。

 

そこに記されていたのは、解放者たちが各地に残した迷宮の情報。そして、神の支配を打ち破るために必要な神代魔法やアーティファクトについての手掛かりだった。

 

「まずは樹海の迷宮だ。オスカーの手記によれば、ここから向かうのが一番確実らしい」

 

「分かった」

 

ハジメは生成魔法で用意していたバイクに跨がり、ユエも後部座席へ乗る。

 

エンジン音が峡谷に響き渡った。

 

二人は風を切り、峡谷の道を走り始める。

 

その時だった。

 

「きゃああああっ! 誰か、助けてぇーっ!」

 

少女の悲鳴が、岩壁の向こうから聞こえてきた。

 

ハジメは即座にブレーキをかける。

 

「ユエ、掴まってろ!」

 

バイクを旋回させ、声のした方へ向かう。そこでは、兎の耳を持つ少女が数体の魔物に追いかけ回されていた。

 

「うわっ、ちょ、ちょっと待って! あたし美味しくないから! 食べてもいいことないからぁ!」

 

少女は涙目で逃げ回り、岩につまずいて転びかける。

 

魔物が飛びかかろうとした瞬間――

 

「そこまでだ」

 

ハジメのスタンドが拳を叩き込んだ。

 

魔物は吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。続けてハジメは空間を交換し、残る魔物の背後へ移動。スタンドの連撃で一気に叩き伏せた。

 

最後の一体が地面に沈む。

 

「……ふう。怪我はねえか?」

 

ハジメが少女へ手を差し伸べる。

 

少女は目をぱちくりさせた後、勢いよくその手を掴んだ。

 

「た、助かったぁ……! ありがとう! 本当にありがとう!」

 

「俺は南雲ハジメ。こっちはユエだ」

 

「ユエ。よろしく」

 

少女は慌てて立ち上がり、長い兎耳を揺らした。

 

「あたしはシア! シア・ハウリア!」

 

ハジメは彼女の姿を見て、ふと気づく。

 

「……亜人族か。こんなところで何してた?」

 

シアの表情が曇った。

 

「それが……あたし、樹海から追い出されちゃったんです」

 

「追い出された?」

 

「はい。あたし、亜人族なのに魔力があって……それにスタンド使いでもあるんです」

 

ハジメの目がわずかに細くなる。

 

シアは耳を伏せながら続けた。

 

「そのせいで、一族のみんなと一緒に樹海から追放されました。しかも帝国の兵士たちが亜人族狩りをしていて……家族も追われて、あたしは峡谷まで逃げてきたんです」

 

「……なるほどな」

 

ハジメは短く答えた。

 

スタンド使いというだけで異端視され、恐れられ、時には命まで狙われる。杜王町でも、イタリアでも、ハジメはその現実を嫌というほど見てきた。

 

力を持っているというだけで、本人の意思とは関係なく敵と見なされる。

 

「それで、どうして俺たちのところへ?」

 

シアは少しだけ顔を上げた。

 

「固有スキルの『未来視』で、近くにすごく強い力を持った人がいるって分かったんです。それで、ここまで来れば助けてもらえるかもしれないって……」

 

「未来視、か」

 

「はい。でも、あたしのスタンドは近距離パワー型で、自分を守るくらいなら何とかなるんです。だけど……家族全員を守るのは無理で」

 

シアは両手を握りしめた。

 

「お願いです。家族を助けてください!」

 

ハジメは迷わなかった。

 

「分かった。案内しろ」

 

「えっ……いいんですか?」

 

「助けを求めてる奴を見捨てる理由がねえだろ」

 

ユエも静かに頷く。

 

「ハジメがそう決めたなら、私も手伝う」

 

シアの目に涙が浮かんだ。

 

「ありがとう……!」

 

「礼は後だ。家族のところへ急ぐぞ」

 

追われる兎人族

シアの案内で、ハジメたちは峡谷の奥へ進んだ。

 

岩場を抜けた先、魔物の気配が濃くなる一角に、兎人族の一団が身を寄せていた。大人も子供も、疲労と恐怖で顔色を失っている。

 

その周囲を、魔物たちが取り囲んでいた。

 

「お父さん! お母さん!」

 

シアが駆け出す。

 

「シア!? 戻ってきたのか!」

 

兎人族の男が驚きの声を上げる。だが、再会を喜ぶ間もなく魔物が一斉に襲いかかった。

 

「ユエ!」

 

「任せて」

 

ユエのスタンドが魔力を操り、魔物の動きを封じる。ハジメは瞬間移動で群れの中へ飛び込み、スタンドの拳を叩き込んだ。

 

一体を倒し、次の魔物の攻撃を空間交換で逸らす。さらに銃を抜き、術式を仕込んだ弾丸を撃ち込む。着弾した魔物の足元が歪み、体勢を崩したところへスタンドの連撃が炸裂した。

 

「これで終わりだ!」

 

最後の魔物が倒れ、峡谷に静けさが戻る。

 

シアは家族のもとへ駆け寄り、抱き合った。

 

「みんな、無事でよかった……!」

 

「シア……!」

 

ハジメはその様子を見守りながら、周囲の気配を確認する。

 

「ここに長居はできねえ。帝国の兵が追ってきてる可能性がある。峡谷を抜けるぞ」

 

兎人族の一団は頷き、ハジメたちと共に移動を始めた。

 

峡谷の入口

峡谷の出口が見えた時、ハジメは前方に人影を見つけた。

 

武装した兵士たち。帝国の紋章を掲げた一団が、道を塞ぐように待ち構えていた。

 

「……やっぱり来たか」

 

兵士たちの視線が、兎人族へ向けられる。

 

「その亜人どもを全員引き渡せ!」

 

指揮官らしき男が声を張り上げた。

 

「帝国の命令だ。逆らえば貴様らも同罪だぞ!」

 

兎人族の一団が怯え、シアはハジメの背後へ身を寄せた。

 

ハジメは一歩前へ出る。

 

「……おい」

 

低い声だった。

 

「そいつらは俺の保護下にある。連れて行きたきゃ、俺を通してからにしろ」

 

兵士たちは嘲笑した。

 

「たった二人で何ができる!」

 

「相手は亜人だぞ! 大人しく渡せ!」

 

ハジメはゆっくりと顔を上げた。

 

その目に宿るものは、怒りだけではない。

 

イタリアで身につけた、相手の心を折るための凄み。命を賭けた戦いの中で磨かれた、揺るぎない覚悟だった。

 

「……一度だけ言う」

 

ハジメの声が、峡谷に響く。

 

「道を開けろ」

 

兵士たちの笑みが消えた。

 

一瞬、空気が凍りつく。

 

だが、指揮官は剣を抜いた。

 

「やれ! 全員捕らえろ!」

 

兵士たちが一斉に押し寄せる。

 

ハジメは静かに息を吐いた。

 

「……そうか。なら、仕方ねえな」

 

次の瞬間、ハジメの姿が消えた。

 

兵士の剣が空を切る。

 

ハジメは敵の足元へ瞬間移動し、空間を交換。兵士の足先が、空間の断面によって切り離された。

 

「ぎゃあああっ!」

 

別の兵士が槍を突き出す。ハジメはその指先を空間移動で切り飛ばし、武器を落とさせた。

 

「な、何だこいつの能力は!?」

 

「近づくな! 距離を取れ!」

 

しかし、ハジメはすでに懐へ踏み込んでいた。

 

「遅えよ」

 

スタンドの拳が兵士の顔面に叩き込まれる。

 

一人、また一人と吹き飛び、地面に転がる。ハジメは相手の命を奪うことなく、戦闘能力だけを徹底的に奪っていった。

 

武器を持つ手。踏み込む足。立ち上がろうとする身体。

 

その全てを、スタンドの拳と空間操作で叩き潰す。

 

指揮官が震えながら剣を構えた。

 

「ば、化け物……!」

 

ハジメは彼を見据える。

 

「化け物で結構だ」

 

そして、最後の一撃を叩き込んだ。

 

指揮官は地面に倒れ、動けなくなった。

 

峡谷の入口には、呻き声を上げる兵士たちだけが残った。

 

ハジメは息を整え、兎人族へ振り返る。

 

「行くぞ。こいつらが動けるようになる前に離れる」

 

シアは呆然とハジメを見つめていた。

 

「ハジメさん……」

 

ハジメは一度だけ、倒れた兵士たちを見下ろした。

 

「勘違いするなよ。俺は人殺しになるつもりはねえ」

 

その声は、冷静でありながら、確かな重みを持っていた。

 

「だが、敵に回った奴を無傷で帰すつもりもない。二度と俺たちに手を出せねえように、再起不能にする。それだけだ」

 

ユエはハジメの隣に立ち、静かに頷いた。

 

「ハジメらしい」

 

シアは胸の前で手を握りしめる。

 

自分たちを追い詰めた兵士たちを、ハジメは圧倒的な力で退けた。けれど、命を奪うことはしなかった。

 

その姿は、ただ強いだけではない。

 

「……すごい」

 

シアの声が震える。

 

「ハジメさんは、強くて……優しいんですね」

 

「優しいかどうかは知らねえよ」

 

ハジメは肩をすくめた。

 

「ただ、目の前で助けを求めてる奴を見捨てたくねえだけだ」

 

ユエは小さく微笑み、シアとその家族も深く頭を下げた。

 

こうしてハジメとユエは、樹海の迷宮へ向かう旅の途中で、兎人族の少女シアとその一族を救い出した。

 

そしてシアは、ハジメの背中を見つめながら思う。

 

――この人なら、きっと自分たちを変えてくれる。

 

それは、未来視で見た強大な力への期待だけではなかった。

 

自由を奪われた者たちを、自由のために戦う者。

 

シアにとってハジメは、そんな存在に見えたのだった。

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