<兵士side>
「……以前から、あんな事を?」
居心地が悪いったらありゃしない。
蘇生が終わり、また戦場に向かおうと立ち上がれば、見覚えのある白銀の騎士がいたのだから。
あの件を告げ口されなかった時点で警戒を解いたのが拙かったか。
神々の騎士へ媚を売る為と答えるのは簡単だが、ここは適当に誤魔化す他ない。
「不死の加護を持つ人間の命と、騎士様の一つ限りの命。どちらを盾にすべきかなど、天秤にかけるまでもありません」
無言の圧とはこの事か。
相手の視線が痛い。
ただでさえ、今日は食事を一度も取れていない。
苛立ちが顔に出ないように必死で外面を作り直す。
「その…持ち場に戻っても、よろしいでしょうか」
「……嗚呼、引き留めて悪かった」
一体何の確認だったのだ。
あの仰々しい雰囲気から、てっきり手痛いお叱りを受けるものだと思ったが。
相手からの敵意や嫌悪感は感じない。
好感はそれなりに得られている自覚はあるが、どうにも視線が重い。
何だか、妙な胸騒ぎを覚える。
…まあ、悩んでいても、末端の兵にどうこうできる話ではない。
今日は贅沢に前菜も用意しよう。
先日見つけた酸味のある果実を添えれば、良いアクセントになりそうだ。
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単独での龍の討伐を評価された事で、あれよあれよと地位も上がり、部下を持つ立場になった。
出世は、より良い食材や食事にありつく為に必要であったが、少々煩わしい。
適当な言い訳を並べて孤立するのも、そろそろ限界が近そうだ。
それと、出世した為だろうか。
度々、戦場で例の騎士を見かけた。
時に、肩を並べて戦うこともあれば、お互いに背を庇い合うこともあった。
戦力としては非常に頼もしいが、戦の合間に話しかけてくる事が格段に増えた。
得意な武器はあるのか、とか。
その剣の型は誰に教わったのか、とか。
先の戦闘での立ち回りに感心した、とか。
龍はどうやって討伐したのか、とか。
部下とは上手くやっているか、とか。
本当に人間なのか、とか。
あの供養の件は他に誰か知っているのか、とか。
蘇生後の身体の具合はどうだ、とか。
妙な奴に気に入られてしまった。
神々の騎士からの評価が上がることは大変望ましいが、このままでは肝心の食事の時間が減る。
どうやって会話を切り上げようか悩んでいれば、相手は更に踏み込んできた。
「何故そこまで、命を賭して戦える」
酷く真剣な、そして面倒な問いを投げかけてきたではないか。
仕方がない。
最近特に磨きのかかった、とっておきの演技を見せつけてやろう。
「騎士様。私はただ、恩に報いたいだけなのです」
わざとらしく天を仰ぎ、穢れを知らぬ無垢な少女のような、儚げな表情で。
「あのお優しく、気高き神々が、私達人類に救いの手を差し伸べてくださった…」
声をさりげなく震わせ、飢えに苦しむ過去を心底憎むように、言葉を一つ一つ噛み締める。
「たとえ五体が引き千切れようとも、盾となり、矛となり、その恩義の万分の一でもお返しできるのなら…!」
ここで、決然と力強く声を張り上げた。
「私は喜んでこの魂を捧げましょう!」
完璧である。
ちらりと騎士の方に視線をやれば、案の定、あまりの熱量に圧倒されているではないか。
まったく、自身の役者としての才能が恐ろしい。
今日はデザートまで付けてしまおう。
感激する騎士を横目に、必要な材料を脳内に書き出した。
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深淵から取り返した土地は、お世辞にも広大とは言い難く。
しかし、大いなる勝利への第一歩に他ならなかった。
そんなことよりも、だ。
祝いの席だというのに、食事がないのは全くどういう事か。
人間が加護を受ける前であれば、浴びるほどの酒があっただろうに。
募る不満を包み隠し、上辺だけの言葉を並べていく。
英雄だと褒め称える裏でバケモノと罵られようと、食事の有無は変わらない。
何度もため息を飲み込んでは、夜の訪れを待ち望んだ。
厄介な神々の騎士は寝首をかかれる不安と共に眠りにつき、人間の兵士は腑抜けに落ちる。
食事を嗜む上でこれほど都合の良い状況はなく、時折太陽を忌々しく思うほどであった。
呆れるほどの愛想笑いを繰り返し、遂に月明かりがそんな私を祝福する。
まずは、見回りの任をサボりたがっている兵士にわざとらしく声をかけた。
願ってもいない提案に涎を垂らして食いつく兵士を見送り、目指すはあの場所。
今夜は、月がよく見える。
腰にぶら下げた筒の中で、煎じた茶が揺れた。
月光が木の影で遮られ、全身に影が落ちる。
酒があれば良かったが、贅沢は言ってられない。
新たな目標が出来たと前向きに捉え、月見酒を嗜む自分を思い浮かべて笑みを溢す。
闇に身を隠し、枝に手をかけたその時。
「何をしている?」
ばさばさと無様な音と衝撃が響いた。
木々が揺らめき、ぱきりと折れた枝が虚しく散らばる。
ありし日と同じ失態。
この騎士は、何故こうもタイミングが悪いのか。
振り返るまでも無く、その正体がわかる程度には長い付き合いになっていた。
言い訳を並べようにも、こうも決定的な場面を見られては仕方がない。
大人しく叱られようかと、塩らしい態度を準備しておけば。
「いや、咎めるつもりはない。……私も同じ立場では、意味がないからな」
思いもよらぬ台詞に目を見開いた。
まさか、この堅物を体現するような馬鹿真面目な騎士が持ち場を抜け出すとは。
それも貴重な睡眠時間を削って。
相当な理由があるのかと思ったが、焦る様子もない。
ならば、ただの息抜き?
何だか腑に落ちない。
妙にソワソワとしている挙動不審な騎士を前に、それらしい言い訳を口にする。
「……月が綺麗だったもので、木の上から見ようかと」
「お前にも、そんな風に思う時があるのだな」
「私も、騎士様とこんな場所で出会うとは思ってもいませんでした」
「ははは、それもそうだな」
とってつけた理由に、会ってしまったのだからと社交辞令を続けた。
「よろしければ、一緒に見ませんか」
上官に口にするには、あまりにも砕けた内容。
承諾されようが、叱責されようが何でも良かった。
…が、茶を飲みたかったため、どちらかと言えば断って欲しかった。
「この木の上か?」
だがしかし、現実は非情である。
月に照らされて、より一層輝く白銀の鎧が、葉の隙間を彩る。
騎士は、育ち盛りの少年のような足取りで私の後を追ってきた。
どこかの貴族のお坊ちゃんと思っていたが、随分と慣れている。
意外に思いつつ、夜風が吹き荒れる上空へと足を進めた。
軋む枝に足をかけ、揺れる影から顔を出す。
そうすれば、普段よりも一等美しく感じる月が、私達を出迎えた。
「ここならば、腰を下ろせますよ」
他よりも丈夫な箇所を見つけて、ポンと軽く叩く。
2人分の体重が、枝から数枚の葉を落とした。
お互いに次に紡ぐ言葉を探して、何となく私から切り出す。
「意外でした。木登りはお得意で?」
「……まあ、昔は良くやっていた」
どこか含みを持たせる言い方。
小さく口を開いて、飲み込むように閉じた後で、ぽつりと呟いた。
「家では、この体格のせいで…、居場所がなかった。最初は、気を引くために登っていた。…だが、案外楽しくなって、どこまで登れるか試すようになった」
神々は、その血が濃いほど体格が大きくなる。
家の格が高ければ、実力以上にそれ相応の見目も求められるというもの。
この騎士も、人間よりは遥かに大きいものの、他の騎士と比較すると小さく見える。
いくら神々といえど、人間と同様に見栄は重要らしい。
何とも面倒な世界である。
「私からすれば、随分と大きく見えます。この枝が保つか不安になる程度には」
この高さから落ちれば即死だろう。
騎士は魔法で何とかなるにしても、私は蘇生を待つしかない。
「それに、これ以上大きくなられては困ります。肩を並べるこちらの身にもなってください」
そんな心配を口にすれば、隣に座る兜の奥で笑い声が籠る。
何やらツボに入ったようで、随分と長い間笑っていた。
変な事を口走ったつもりはないが、お気に召したなら、まあ良いだろう。
「やはりお前は、変わっているな」
「…ありがとうございます?」
褒められたのかは定かではないが、そう返答した。
「戦場へ来たのも勘当に近い。どうせならば死して家の役に立てと、そう言外に伝えられた」
本来であれば、王族の側で剣を振るうような立場だったのだろう。
こんな前線に相応しくない階級は、その証であったか。
「では、英雄になるのが待ち遠しいですね」
だから、この騎士が成すべき事は一つだろう。
「その方達の手の届かない場所で、その方達が最も望む存在になれるのですから」
戦場での活躍を思えば、王の目に留まるのも夢じゃない。
その人柄で部下からも慕われているし、実力も申し分ない。
英雄たる素質は十分にある。
あとは、それを示すだけなのだから。
「……そう、だな。嗚呼、それは、いいなぁ」
そしてあわよくば、私の後ろ盾となって欲しい。
今のうちに恩を売っておこうと、必死にゴマを擦り続ける。
「まずは私が、明日の戦場で龍を落としてご覧見せましょう。トドメは任せましたよ」
「ああ、必ず仕留めてみせよう」
そんな会話を数回続けていれば、騎士がこう問いかけてきた。
「お前こそ、英雄になるつもりはないのか?」
「私が…ですか?」
「人間の身でこれだけ活躍してるんだ。王都で仕える名誉を受けられるかもしれない」
戦争が終われば、適当に金銭を貰って旅に出るつもりだったが。
今の戦況を考えると、王都で神々からの恩恵を賜る方が得策かもしれない。
「お前が望むなら、協力する。約束しよう」
突如、眼前まで迫る騎士。
あまりの勢いと距離感に、思わず腰が引ける。
「……それが叶うならば、光栄ですが」
少し言葉を濁せば、妙にヒートアップした騎士がツラツラと言葉を並べ始めた。
神々の騎士でも成し得なかった単独での龍狩りを果たした実力。
王に仕えるべき洗練された高潔で崇高な精神性。
戦場での活躍を鼻にかけない謙虚な姿勢。
かと思えば、上官や深淵にも食ってかかる大胆さと勇敢さ。
聞いているこちらが恥ずかしくなるような、居場所が狭くなっていくような錯覚に陥る。
「そういえば!こんなものを用意したんですっ!」
半ば強引に話を遮り、腰にかけていた筒を取り出した。
「私の故郷では、月を見ながら酒を嗜む文化がありまして、ええ!酒の代わりに茶を煎じてみたのです。酒なんて貴重品、こんな戦場に転がっていませんから、嗚呼、嘆かわしい!良ければ、一口いかがですか!」
有無を言わさず捲し立てれば、意図を汲むように頷かれる。
神々にも、酒を交わす文化はあると聞いた。
随分と古めかしく、人間の真似事と忌み嫌う者もいるらしいが。
断られなかった事に、一先ず安堵した。
見事な彫刻が施された兜が外され、金属が擦れる音が闇夜に溶ける。
そういえば、騎士の素顔は初めて見るなと、今更思った。
神々を象徴する陶器のような黒い肌。
月明かりと夜風に揺れる甲冑と同じ白銀の髪。
そんな髪の隙間から、今宵の月を落とし込むような、金色の瞳が輝いている。
美醜の感覚は鈍いと自覚しているが、それでもコレは美しいと感じた。
食事も見目が良ければ、その味を増すように。
ぼうっと感心して、その瞳を眺めていれば。
何だか心の奥底を見透かされている気分になり、誤魔化すように手元の茶を仰ぐ。
喉を通る苦味とほんのりとした甘み。
鼻に抜けるハーブの香りがアクセントとなり、次の一口を誘う。
少し苦味が強いが、十分美味しく感じた。
騎士は、食事に慣れていないためか、飲み込むのに苦労している。
「どうですか?」
味覚には自信がないが、と。
そう前置きして。
「きっと、美味しいのだろう。…いや、そうに違いない」
随分と優しく笑った。
「次は、もっと美味しいものを用意します」
「なら、私は酒を探しておこう」
そんな他愛もない話をつまみに。
次の一杯に映り込んだ月ごと、こくりと飲む干した。
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肉塊まみれの戦場に混ざる自身の血反吐。
悲鳴と血飛沫が飛び交う混沌とした戦況。
吹き飛ばされた両脚の行方など、分かるわけも無かった。
近くに武器はない。
這う気力も残っていない。
その反面、出血死するには意識がはっきりしていた。
早く戦線に復帰したいが、自死する術がない。
以前、舌を噛み切る方法を試したが、随分と時間がかかってしまった。
二度としないと決めた今、別の手段を模索しなければ。
預けた背中から、ゆっくりと体温を奪われていく。
こぽりと口内に溜まった血を吐き出しながら、働かない脳味噌を無理やり回した。
暫く考えていれば、視界が徐々に狭まってきた。
意識が混濁しているのか、既に頭の位置すら分からなくっていた。
「…ぉ、…い、!…いま…、…ッ!」
聞き馴染みのある声がした。
あの騎士かどうか確信は持てないが、誰が相手だろうと関係ない。
「ころして…くだ、さぃ。…はやく、もどらなければ…っ」
不確かな感覚で重苦しい頭蓋骨を持ち上げ、急所を晒す。
相手がここで迷うような、甘ったれた軟弱者でないことを信じて。
何か、あたたかいものが頬に触れた。
皮膚に伝わる熱が、ゆっくりと浸透していく。
そして、首筋に感じる懐かしい冷たさ。
何度も振るい、刻まれてきた鉄の味。
スッと皮膚を引き裂く感覚。
突然現れた生命を感じさせる熱。
首筋を伝い、どくどくと濡らしていく。
それとは別に、手の平に、ぬくもりを感じた。
太陽の下にいるような、死体同然の私には存在し得ない温度。
指の隙間を縫うように、その熱が重なって。
じんわりと魂を震わせる。
温かい料理は、特に好きだった。
死に慣れた魂を、内側から温めてくれるから。
普段とは違う妙な心地良さと血に溺れて、ゆっくりと沈んでいった。
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<騎士side>
兵士の瞳から、光が失われていく。
重ねた手から、熱が失われていく。
剣を伝い、零れた血液が手甲を染め上げる。
腹の奥が煮え繰り返るような。
魂が直接掻き乱されるような。
脳味噌が沸騰するような。
「……最悪の、気分だ」
せめても、なんて。
血で汚れた口元を拭ってやる愚かさも。
首を掻き切った感触が拭えない肉体も。
今更後悔する未熟な魂も。
全部、眼前の死体のように消えてしまえばいい。
ーーだが。
この者を見つけたのが、私で良かったと。
手にかけるのが、私で良かったと。
そう思わずにはいられなかった。