<旅人side>
「ふふ、噂は予々。…もう、軽口は叩けないかな?」
やっぱり王には向いてなかったかもしれないと、ストレスから解放された幸福感に支配される。
懐かしい友人の顔に、思わず飛びつきそうになる衝動を抑えた。
「嗚呼、そういえば。私、ルサージュと名乗ることにしたんだ。良ければそちらで呼んでくれ」
あまりにも今更で唐突な提案だったが、勿論と快諾する。
自分も、この者の奇想天外な言動に慣れたものだ。
出会った頃と同じ鍋をかき混ぜる料理人改めルサージュは味見をすると、ほっと口角を緩めた。
「君なら倒せるとは思っていたが、何だか実感が湧かないなぁ」
さりげなく用意された席に座り、まずはその香りを堪能する。
最近、調理場を手に入れたらしく、見慣れない調理器具が散見された。
「まあ、私の生活は大して変わり映えしないがね」
そわそわと高鳴る期待を収め、ベーコンや芋が入った透明なスープを眺める。
何の肉かは知らないが、美味いことは知っている。
それだけで十分であった。
「少しだけ、待っていてくれるかい?」
ルサージュは鍋から離れ、少し奥の森へ駆けて行った。
食事を置いてどこかへ行くなんて、珍しいことがあるものだ。
すると、影が二つ。
森の奥から現れた一際大きな人影に、思わず目を見開いた。
あの時の騎士ではないか!
感動の再会に全身で喜びを表現すれば、あちらも気付いたようで。
出会って早々に頭を下げられるとは思いもしなかった。
そんな自分達の様子に困惑するルサージュ。
慌てて事情を説明すれば、納得した表情を見せた。
「私達は、なんとも不思議な縁で繋がっているようだ」
紹介する必要が無くなってしまったと、可笑しそうに笑う。
ひとしきり笑った後、ごく当たり前にこう言い放った。
「まあ、とりあえず。…食事にしようか」
相変わらず、食が第一で。
積もる話をするよりも、腹を満たす方が優先された。
分けられたスープは、以前よりもコクのある味わいで。
喉を通って腹に溜まる熱の心地よさに、ほっと息を吐いた。
腹が満たされれば、次は話に花を咲かせたくなる。
とりあえず、お互いの近況を報告し合った。
新たな王としての仕事に、少々嫌気がさしていること。
今日も蛇の目を盗んで抜け出してきていること。
そんな情けない愚痴を、ルサージュは君らしいと再び笑った。
ルサージュはあの後、騎士改めアルベリヒと再会したらしい。
二人旅となり人手も増えたため、調理も楽になったと喜んでいた。
アルベリヒからは、ちゃんと弔ってやれたと感謝されて。
今度墓参りに行きたいと申し出れば、少し震えた声で承諾される。
何だかしんみりとしてしまった空気を変えようと、おかわりをねだりつつ。
些細な日常会話から、くだらない笑い話を挟み、死にかけた話まで。
会話を長く続けるために、何でも語った。
ひとしきり話終わり、空になった鍋。
ずっと、聞いても良いものか悩んでいたが。
馬鹿なフリをして聞いてみようと、覚悟を決めた。
“お二人は、どういったご関係で?”
何だが、妙な緊張感があった。
先ほどとは打って変わって微妙な空気が流れている気がする。
気のせいだろうか、気のせいであってほしいが。
だって、あのルサージュが愛称で呼ぶ相手である。
更には聞き慣れない敬語で距離も近い。
つい関係を邪推してしまうのは、当然であった。
「あー……」
普段の軽快さはどこへやら。
こちらが不安になるような、そんな言葉の詰まり方で。
ただ。
やらかした、と。
あの心地よい静寂が恋しくなるような刺々しい空間。
ルサージュは、そんな静寂を引き裂いた。
「…………古い友人?」
思わず、隣に座るアルベリヒに視線を移した。
死ぬほど凝視されている。
絶対に嘘だ。
「というのは冗談で、私の伴侶だ」
想定していたが、ある意味想定通りだと最も恐ろしい事実であった。
この人、結婚できたんだ…。
よく見ると、首には見慣れないネックレスもあるではないか。
「……あの、アル様。今の冗談は、お気に召しま…せんよね、そうですよね」
「分かっている。そうなる気持ちも理解できる。…私が、待たせすぎてしまったからな」
「ち、違います…っ!!ただ、このお人好しに紹介するのは色々探られそうでなんか嫌だなって思っただけで、この関係に不満があるわけでは断じてございません!」
「…しかし、この新王にはかなり心を許しているようだが」
「ただの友人ですッ!!誓って、アル様が疑うような関係ではございません!!」
「………冗談だ。そこは疑っていない」
「…あの、結構怒ってます?い、いえ、酷い冗談を言った自覚はありますが…」
「いいや?…まあ、数年落ち込む程度だ」
「二度としません!!!!!」
「……別に、お前が猫を被っていた事実に傷ついてなどいない」
「そ、それは、神々の騎士の伴侶として相応しい立ち振る舞いを…っ!」
「………相変わらず世辞が上手いな、ルサージュ」
「あぁあああ!?」
あれほど焦った姿は初めて見る。
飯時は特に理性的でなくなるルサージュは、墓穴を掘り続けていた。
そんなやり取りを、多分、若干面白がっているアルベリヒ。
何を見せられているんだ。
それに、なんだか途中で貶されなかったか?
…しかし、正直馴れ初めは気になる。
少しずつ、揶揄いながら聞き出していこうと、そう決めるのであった。