最弱種族に転生した。最強種のお姉さんたちに飼われることになった。 作:不破貞仁
山の天気は変わりやすい。
その日――俺にとっての成人の日の当日も、不穏な天気模様だった。
『俺はこの山から旅立つよ』
そう宣言してしまったからだろうか、昨日の晩から両親との間にギクシャクした空気が流れていて、気まずかった俺は翌朝を迎えるや否や「山菜を取ってくる!」と告げて家を飛び出し、山を登りはじめた。
今はもう見慣れた異世界特有の変な形の山菜を採りながら、ため息をつく。
「はあ。心配性すぎなんだよな、親父とお袋は。俺だって今日で成人の日も迎えたっていうのに」
まあ成人といっても、異世界基準なので具体的に何歳なのかはわからないのだが。
というかそもそもヒト族が実質的に壊滅しているせいで、時間や暦の正確さも曖昧になっており、今が何時なのかも、転生してから何年経過したのかもよく分かっていない。『太陽が頭上にあるからお昼のはず』『寒い季節がやってきたから1年経過したはず』みたいになんとなくで毎日を過ごしている。
成人の日も『身長がヤナンの木を超えた10日後』と決まっているに過ぎない。
「ま、少なくともガキの頃からは成長したってことだよな」
ひとりごとを呟きながら俺は山頂に向けて歩を進める。
しばらくすると、生い茂った木々の葉の向こう側に一つの石像が見えた。
大きさは俺の身長と同じぐらい。
ところどころひびが入ったり苔が生えている、古びた石像だ。
『いいか、ロイ。これが私たちヒト族の守り神だ。この像がある限り、ヒト族を襲うモンスターはこの山に入れない。守り神様のおかげで私たちはまだ生きていられるんだ』
今よりもっと幼い頃、親父からそう言われたことを思い出した。
「守り神様、ね」
なんとなく、その石像の前に膝をついた。
今日がちょうど成人の日だからだろうか。ヒト族を守りつづけたという神様に対して唐突に感謝の念が湧き上がってきたのだ。
「今までありがとうよ、守り神様。今日まで平和に暮らせたのはあんたのおかげなのかもな。これからはさ、俺もヒト族の未来のために活躍してみせるよ」
そのとき、ポツポツと雨が降りはじめた。
――ああ、やはりあなたを呼んでよかった。あとは頼みましたよ。
「……え?」
何か聞こえた気がして顔を上げる。
しかし唐突に雨脚が強くなりザァァァァという雨音にかき消されて何も聞こえなくなってしまう。
「くっそ、急にこんなに降ってくるなんて! 最悪だ!」
視界が見えなくなるほど雨が強まり、雷まで落ちはじめる。
これは早く下山して家に帰らないと……と思ったとき。
ぐらっと何かが揺れる感覚がした。
「いや、違う……! 地面が揺れてるんだ!」
ぐらぐらと地面が揺れはじめて、思わず姿勢を低くする。
「地震……!? 嘘だろ、転生して初めての経験だぞ! 何でよりによって今日に!」
それだけではなかった。
雨によるぬかるみと地震の影響か、守り神である石像がぐらりと動いた。
「っ、嘘だろ! 危ない!」
手を伸ばすが間に合わず、姿勢を崩した石像がそのまま倒れて地面に激突し砕け散る。
バラバラの瓦礫片になってしまった守り神の姿を目の当たりにして、思わず足の力が抜けてしまう。
「そんな……」
ヒト族の守り神だった。
いつからあるのかも分からないほど古い石像で、両親とともに幼い時から掃除や管理をしてきて、年に数回は必ずお祈りをしつづけてきた。俺にとっても両親にとっても愛着しかない守り神だ。
それが、原形をとどめないほどバラバラに壊れてしまった。
「っ、なんだ、この感覚……?」
何かが割れるような音が脳内に響き、続いて、急激な悪寒と恐怖に襲われる。
ふと思い出したのは、昨日、お袋から言われた言葉だった。
『この山には結界が張ってあるのです。わたしたちヒト族が繁栄していた頃に張られた、ご先祖様の結界。この中にいれば、どんなモンスターも入ってこれないの。ここで暮らす限りは安全なのよ』
ぞっと嫌な予感に襲われる。
「嘘だろ、もしかして……。はやく二人のもとに戻らないと!」
収穫した山菜を投げ捨てて、木の枝や岩肌で傷つくのも恐れずに大急ぎで山を下る。雨のせいで肌寒い。地面がぬかるんでいる。
何度も転倒し、負傷しながら、それでも全速力で駆ける。
「大丈夫か、親父! お袋! 今、帰って――――」
見慣れた我が家。
俺が生まれ育った、木造で、素朴な、けれど思い入れのある家。
それが、見るも無残に崩壊していた。
扉も壁も屋根も崩壊し、雨風にさらされている。
そして、その前に一匹のモンスターがいた。
俺の身長と同じぐらい大きな、ネズミ型のモンスターだった。
こちらに背を向けてチュウチュウと鳴きつつ、崩壊した家の前で何かをしている。
ゆっくりと近づいて目を凝らして、その正体に気づく。
両親だった。
俺の親父とお袋が大きな傷を負い、大量の血を流しながら倒れていた。
目は開いたままで、雨に打たれているのにピクリとも動かない。
誰が見てもわかる。明らかに死んでいた。
「っ、お前――――っっ!」
激情に駆られて、思わず叫んでしまった。
チュウ? と、この場に似つかわしくない可愛らしい声で鳴きながらネズミ型モンスターが振り返る。
俺は地面に落ちていた斧を拾い上げた。
モンスターに向かって刃を向けながら、沸き上がる怒りをぐつぐつと煮えたぎらせる。
優しくて誠実な両親だった。
ヒト族が滅亡の寸前に追い込まれていても悲観しすぎずいつも前を向いていて、俺を大切に育ててくれた。
決して、こんなところで死んでいい人たちじゃなかった。
「お前だけは許さない。たかがモンスター如きが……俺の親父とお袋を殺すなんて。――ヒト族を舐めるなよ?」
チュウ? と首を傾げるモンスターに向かって俺は走り出した。
斧を精一杯振りかぶりながら、同時に相手を観察する。
たかがネズミ型のモンスター1匹だ。
確かに、俺の身長と同じぐらい大きい。もし転生前の世界でこんなモンスターに出会ったら腰を抜かしていただろう。
だけど、今の俺はレベル100だ。
オークやミノタウロスみたいに明らかに強そうなモンスターならともかく、こんなしょうもないモンスター1匹に遅れをとるはずもない。
「お前には、俺の礎になってもらう」
俺には、2つのチートスキルが備わっている。
1つは【開示】。
相手のステータスを確認できるスキル。
もう1つは【強欲】。
倒した相手のレベルとスキルを吸収できるスキル。
【強欲】のスキルがあれば俺は無限に成長できる。
今の俺はレベル100。使えるスキルも2つしかない。けれど敵を倒せば倒すほど俺は強くなり、使えるスキルも増えていくはずだ。
俺はこの力を使って成り上がる。
誰よりも強くなって、活躍して、ヒト族の栄誉をこの世界に刻む。
「さあ、見せてみろよ! お前の力を! 俺が倒す最初のモンスター! 一体どれほど俺を成長させてくれるのか、見せてくれ! 【開示】――ステータス・オープン!」
そして俺の前に表示された文字列は、
通常マウス Lv.1215
スキル:【高速移動】【嗅覚強化】【硬化】【穿孔】【隠密】
「ほぇ……?」
思わず間抜けな声をあげながら、俺はネズミ型モンスターに向かって走っていた足を急ブレーキさせて、そしてモンスターの傍に表示されている文字列をまじまじと見つめた。
「……れ、レベル1215……? 俺の12倍……? え? しかも通常マウス? ボスとかじゃなく? ていうかスキルも多くない……? え、ほんとに?」
もしかして【開示】のスキル、バグった?
こんな弱そうなモンスターがレベル1200台ってありえる? え?
でっかいネズミを見ながら戸惑っていると「チュッ!」と短く鳴いて、俺の目の前からネズミが姿を消した。
「え、消えた? 瞬間移動?」
と思ったのもつかの間、俺の周囲の地面にネズミのものと思われる足跡が深く刻まれはじめた。一切姿は見えないのに、次々に足跡だけが凄まじい勢いで増えていく。
「あ、ぁぁ…………」
戦闘経験の乏しい俺でも流石に理解できた。
「目で追いきれない。速すぎて……。嘘だろ……」
下手に逃げ出そうにも、高速移動しているネズミに衝突してしまいそうで躊躇する。足がすくむ。
転生前の世界で、昔、スズメバチに追いかけまわされたことがあった。目で追えないほど速い、恐怖の対象。あのときよりも速い動きで、俺よりも圧倒的に強いモンスターが駆けまわっている。
「いや、待てよ。そ、そうだ! レベル1200台っていっても、もしかしたらスピード特化型かもしれないじゃないか。それなら攻撃力や防御力は大したことないかも!」
もしそうなら、俺でも勝てるチャンスはある。
「相手の動きを予想して、渾身の一撃を加えれば……! それに、ここでこいつを倒せたら1200のレベルが一気に俺のものになるはずだ」
恐怖する心を落ち着かせて、地面に刻まれる足跡のルートを見定める。
そして、右手に持った斧を構えてチャンスを見計らう。
「っ、今だ……っ! 喰らえ、雑魚モンスターがっっ!」
ガキンッと音がして斧が宙を舞い、地面にぽとんと落ちた。
そして、凄まじい痛み――。
「ひ、ひやぁ……っ!」
俺の右腕がありえない角度で折れ曲がっていた。斧の柄を握っていた手のひらと指もひん曲がっている。激痛。明らかに複雑骨折。
ようやく理解できた。
1000以上のレベル差は伊達じゃない。攻撃力も防御力も圧倒的に相手が格上だ。
まるで鉄を叩いたかのように相手の皮膚は固かった。俺の攻撃なんか何も通っちゃいない。
「勝てない……無理だ、無理無理無理っ! こいつには勝てない! に、逃げないと……殺される!」
今、目の前のネズミに勝てるとは到底思えない。
そうだ。俺には【強欲】のスキルがある。
ここを何とか逃げのびて、他のモンスターを狩って強くなってまた戻ってくればいい。そのときになったら、両親の仇としてこのネズミ型モンスターを駆逐してやる……!
「だから、なんとか、ここを逃げのびないと――」
背後を振り返り、山林の方向へ視線を向ける。
そこには、ネズミ型モンスターがいた。
別の方向へ――と他の場所へ視線を向ける。そこにもネズミ型モンスターがいる。
右にも、左にも、背後にも、前方にも……。
1匹だけじゃない。
10匹、20匹、30匹以上のネズミ型モンスターが俺を取り囲んでいる。
そして全ての個体がレベル1015、1222、1102、1384……と俺の10倍以上のレベル差を誇っていた。
「ひゅ…………」
短く悲鳴をあげて俺はその場に倒れこむ。
腰が抜けてもう立てなかった。
そんな俺を数十匹以上のネズミたちが取り囲み、徐々に距離を詰めてくる。
「ひ、ひゃ……いやだ……っ! やだ、やだ、やだぁ……っ! し、死にたくない……っ! なんで! なんで! 転゛生゛し゛た゛の゛に゛! お゛れ゛、転゛生゛し゛た゛の゛に゛っ!」
歯がガクガクと震えて、涙が止まらない。
「やだ、し゛に゛た゛く゛な゛い゛っ! お゛れ゛、もっと活躍したいのに! な、成り上がって……誰よりも活躍して、褒めたたえられて……っ! 英雄に、な゛る゛の゛に゛っ! なんで、こんなところで……っっ! やだ~~~~~~っ! やだ~~~~っっ! 死゛に゛た゛く゛な゛い゛っっ!!」
泣きじゃくり、叫び倒す。
そんな俺を仕留めようと、ネズミたちが駆けだした――――。
そのとき。
「ふぅ~~ん、妙な気配がしたから来てみたら私の領地でオモシロそーなことしてるじゃない? ――刺し穿て【血晶針棘】」
俺の目の前に迫っていたネズミ型モンスターの群れが一匹残らず、天から降り注いだ真紅の針に刺されて死亡した。
ピクリとも動かなくなった害獣の群れの前に、一人の少女が舞い降りる。
「この山、ずっと結界に覆われてたのに破れてるじゃない。変なの」
そうして出会ったのが、俺にとっての救世主――。
ではなく、のちに俺の飼い主を自称することになる魔族の令嬢、ヴィオレッタ・ノクターン・ドラクリアだった。
彼女はこちらへと近づくと、俺の喉元に鋭く尖った爪を突きつけた。
「で? なんでアンタ、魔族でもないのに私の領地にいるワケ? 返答次第じゃ殺すから☆」
イキってた主人公が情けなく泣きわめく姿が一番〝癖〟に刺さるのですわ~!(作者談)
2話を楽しむことができた方は良ければお気に入り登録ください。
この後からいろいろと本格化していく予定です!