最弱種族に転生した。最強種のお姉さんたちに飼われることになった。 作:不破貞仁
最後のヒト族であるロイ・クローバーが魔族の少女によって連れ去られた後……。
もう誰もいない山に、一人の女が足を踏み入れていた。
白いベールをまとった、まるで聖女のように美しい女性だ。
優しそうな瞳で、彼女は壊れた家屋を見つめつづける。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。もう終わってしまったのですね。また、助けられなかった……。わたくしは、いつも、こうですね……」
地面に刻まれた戦闘の跡と、ネズミ型モンスターの死体の群れ。
ここで戦いがあった証拠がこれでもかと残っていた。
彼女は壊れた家屋に近づき、食器や壁の模様を見つめてはっとした表情を浮かべる。
「これは、あの子たちが……ヒト族が好んで使っていた模様ですね。そんな、まさか、ヒト族が生き残っていた? あの子たちの末裔が……?」
立ち上がって周囲を見回す。感知系のスキルも使ってみる。
けれど、この周囲に生きている者の気配はない。
「わたくしは、また、一歩遅かったのでしょうか」
そのとき、彼女はあるものを見つけた。
お墓だ。
二人分ある。
大きめの石を立てただけの質素な墓標だが、土の掘られ具合が新しい。それに石に刻まれた文字も削りたてのように白っぽい色合いをしていた。
「これを作った方は、今、どこにいらっしゃるのでしょう? 誰かはわかりません。ヒト族ではないかもしれません。けれど、もしヒト族であるなら……」
彼女の瞳に薄っすらとした涙が浮かぶ。
それはまるで、聖女が神に誓いを立てるかのようだった。
「今度こそ、わたくしが保護してみせます。見つけだして、安全な場所で、永遠に。わたくしが愛をもって慈しみつづけます」
*
ヴィオレッタに連れてこられたのは、山から北東に1時間ほど飛行したところにある屋敷だった。
「くふふ、そんなに震えちゃって。情けなーい」
「し、仕方ないだろ! 生身で空を飛ぶなんて初めての経験だったんだから……! こ、怖かった……。落ちたら死んじゃいそうで……」
そう。屋敷にくるまでの道中、飛行スキルを有するヴィオレッタに抱きかかえられる形で俺は空を移動してきた。
全身の肌に感じる風、冷たい雨雲。
もし彼女が手を離したら遥か下にある地面に激突するという恐怖で今も足が震えたままだ。
あわわわ、と震えたままの俺を嘲笑ったのちに、彼女は右手へと視線を向けた。
「それより見なさい? あれがアンタが暮らすことになる――私の屋敷よ」
そこにあったのは、立派すぎる屋敷だった。
広大な敷地を囲うように塀が並んでいて、その中に庭園、噴水、広場……そして大きな館がそびえている。数百人は入れそうな大きさの建造物だ。
「さ、ついてきなさい? ――私の犬」
「誰がお前の犬だ」
そんな軽口を叩きながら庭を歩き、玄関にたどり着く。
扉をあけると、これまた豪華なホールと装飾が俺たちを出迎えてくれた。
「ふふ、どう? 恐れおののいてもいいわよ?」
「とんでもなく凄い……けど、なんか、さみしい場所なんだな」
それが正直な感想だった。
屋敷は豪華だ。それに異論はない。
けれどそのわりに活気がないというか……。どことなくさみしい雰囲気がする。
人間っぽい見た目をした魔族らしきメイドさんや執事がちらほらといるが、けれど誰もこちらに視線すら向けてこない。
「えっと、この屋敷ってお前のものなんだよな? なんで誰もお前に挨拶しないんだ? 『おかえりなさいませ、ご主人様』みたいに一言ぐらいあって良さそうなのに……」
「……お父様が生きてた頃は、そういう風に挨拶されていたわ」
小さな声で吐露すると、彼女は俺を連れて歩きだした。
「ついてきて。アンタの仕事場はこっちだから」
廊下を歩く俺たちを、メイドがちらりと見つめてきた。
「やだ、お嬢様ったら男を連れ込んで……」
「お嬢様だってお年頃なのよ。にしても、あれ、魔族じゃないわよね?」
「あら、本当ね。くすくす、まあ、今のお嬢様と付き合おうなんていう魔族の男はいないでしょ。しょうがないんじゃない?」
陰口にしては、こちらまで聞こえる声量でメイドたちがひそひそと会話している。
魔族の事情なんて何も知らないが、こっちまで腹が立ってくる。
「なんだ、あいつら……?」
「いいから、やめて。あの人たちはお母様に雇われたメイドなの。私の屋敷のメイドではあるけれど、私のメイドではないのよ」
「でも……」
「いいから」
メイドに詰め寄ろうとした俺の腕をぎゅっと掴んで、彼女が奥の部屋へと誘導する。
なるべく早く廊下を歩いて、その部屋のなかに入る。
バタン、と彼女が扉を閉めた。
可愛らしい部屋だった。
黒基調のゴシックな装飾が目立つが、ところどころに花を模した柄や置物があって、薔薇のような香りがしている。
キングサイズのベッドにヴィオレッタが腰をおろす。
「ぐうううううう、ムカつくっ! ムカつくっ! ムカつくっ~~~~~っ!」
顔を真っ赤に染めて、彼女がふかふかの枕を何度もベッドに叩きつける。
「むぅ~~~~~~! ムカつくムカつく! 慣れたつもりだったけど! あんな雑魚どもの陰口なんてっ! でも、あんなこと言わなくていいのに! むがぁっ!」
「あ、あの……えっと……?」
おそらくここはヴィオレッタの私室なのだろう。
女の子の部屋に急に連れ込まれて、どうしたものか……と床に突っ立ったままでいる俺に向かって、彼女は「んっ!」と手を伸ばしてきた。
「来て、こっち、早くっ!」
「え、来て……って、そっち、ベッドだけど」
「うっさい! 拒否権とかないからっ! さっさと来て、早く!」
怒った表情を浮かべる彼女におそるおそる近づいていく。
そして。
ぐいっと手を引っ張られて、俺は彼女とともにベッドに横倒しになった。