最弱種族に転生した。最強種のお姉さんたちに飼われることになった。 作:不破貞仁
ベッドに倒れこんだ俺。
その上に、ヴィオレッタが馬乗りになっている。
「え、ちょ、ちょっと……!? ヴィオレッタさん!?」
え、なに?
女の子の部屋に連れ込まれて、ベッドに押し倒されて、可愛い女の子に馬乗りになられて!
もしかしてこれ、そういう感じ!?
まさかこの世界だと〝そういうの〟が挨拶ぐらい軽い扱いだったりする?
それとも魔族様は欲求が抑えきれない種族だったりする感じですかー!?
「あ、あの、初めてなのでお手柔らかに……」
「はぁ? 何言ってんの?」
ヴィオレッタは呆れたように肩をすくめる。
「アンタにはこれから私の玩具になってもらうわ。私のストレス発散のためにね」
「ひゃ、ひゃい……」
彼女が俺の手に指を絡めてくる。
そして、いわゆる恋人つなぎの状態になる。
こ、こうなったらしょうがない。
覚悟を決めろ、俺……! 男になるんだ……!
ヴィオレッタが妖艶に微笑む。
「じゃ、はじめましょうか」
そして。
グ、グググ……と、恋人つなぎした手のひら越しに俺の身体が押されはじめた。
やわらかいベッドに徐々に押しつぶされていく。
「えっと、なにこれ?」
「はぁ? わかんないの? 力比べよ、力比べ。私とアンタで、どっちの力が強いか比べるの。ほら、悔しかったら私を押し返してみなさいよ」
「は、はぁー!?」
なんだそれ!
ドキドキイベントかと思ったらただのプロレスごっこじゃん!
「なんだよそれ、ふざけやがって!」
押し返そうとするが、ヴィオレッタの身体は微動だにしない。
こんな華奢な女の子に組み敷かれて勝てないなんて悔しすぎる。
「ぐ、ぐぬぬぬ……! ふぬぬぬぬぬっ!」
「あははははっ! その程度なのぉ? ざっこぉ!」
ヴィオレッタの表情が愉悦の笑みで歪む。
ああ、なるほど。どうやら彼女は俺の情けない様を見てストレス発散したいらしい。
わかってる。わかってるさ。
今のレベル差じゃどう足掻いても彼女に勝てない。
けど。
「そんな簡単にお前の思い通りになるかよ……! 俺はお前の犬じゃねぇんだ!」
ぐぐっ、と精一杯の抵抗をする。
「ふーん、そう。もっと簡単に泣き顔を見れると思ったのに。意外と頑張るじゃない。じゃあこうしましょっか? この力比べ勝負で、負けた方は勝った方の言うことを聞くってどう? 私が勝ったら、そうねぇ……『僕はヴィオレッタさまの犬です、わん!』って言ってもらおっかな」
「はぁー!? 舐めんなよ!? じゃあ俺が勝ったら……」
「アンタが勝ったら?」
いろいろと考えがよぎる。
『俺の部下になれ』『ボディーガードになれ』『屋敷をよこせ』『修行に付き合ってくれ』
けど、それらよりも真っ先に浮かんだ一つの言葉があった。
「お前のレベルを寄越せ」
「私のレベルを……?」
「ああ。別に、全部とは言わない。1000レベル分だけでいい。それさえあればあとは自分で強くなっていける。俺は、強くなりたいんだ」
「ふぅーん? いいわよ?」
ヴィオレッタはあっさりと頷いた。
「私のスキルに『眷属へ力を移譲できる』ものがあるの。私に勝ったら、それを使ってレベルを分けてあげる」
「本当か!?」
「ええ、もちろん。じゃ、やりましょっか」
再び、恋人つなぎのままヴィオレッタが力を入れはじめる。
「一つ、ハンデをあげる。そこの砂時計の砂が落ちきるまでの1分間。その間、『降参』って言わなければアンタの勝ちでいいわ」
「そんな簡単でいいのか?」
「ええ、もちろん♡」
ヴィオレッタの瞳が獰猛な肉食獣のように光っている。
あまりにも簡単な勝利条件。
正直、怪しさしかなかったが……これは絶好のチャンスだ。こんな簡単な勝負で1000レベル分を手に入れられるかもしれないのだから。
戦うしかない。
「いいぜ、じゃあさっさとやろう」
そして対決がはじまる。
魔術を使ったのだろう、ベッド脇に置かれた砂時計が宙に浮いてひっくり返った。
さらさらと砂が落ちはじめる。
「ろくじゅー、ごじゅうきゅー、ごじゅうはーち……」
俺の上にのしかかったまま、魔族の少女が数字をカウントしていく。
対する俺は、内心で焦っていた。
これは、やばい……!
ヴィオレッタの手のひら越しにかけられる圧力によって、俺の骨が軋んでいる。
一瞬でも気を抜けば、腕が関節ごとおかしな方向に曲げられそうだ。
「ごじゅー、よんじゅうきゅー……」
少しずつカウントが刻まれていく。
これは……耐えきれるのか?
体を壊されそうな恐怖に耐え抜けるのか?
「意外と頑張るわね。じゃ、少しだけ本気出そうかな。よんじゅー、さんじゅうきゅー……」
「くっ……」
ヴィオレッタからかけられる力がさらに増した。
骨がミシミシと悲鳴をあげて、全身の筋肉が痛みを発する。
「それでも、それでも……俺は、勝つんだ!」
「さんじゅー、にじゅうきゅー……」
あと少し。30秒を切った!
これなら耐えられる……!
けれど。
「…………っ!」
ぞっとする気配を感じた。
俺の手を握る魔族の少女――ヴィオレッタ・ノクターン・ドラクリアの表情が愉悦に歪んでいた。
「あっは♡」
「う、ぐぅ……うぇ」
信じられないほどの圧力で押されて、俺の腕ごと彼女の手が俺の喉元に近づく。
そしてそのままぎゅーっと俺の気道が圧迫されはじめた。
「かっ、かひゅ……!」
あまりにも力が強すぎて息ができない。振り払うこともできない。
急な事態に俺の脳はパニックになる。
「きゅ、きゅひゅ……ひゅっ」
叫ぼうとするが喉を空気が通らず、声すら出せない。
そんな俺をヴィオレッタは恍惚の笑みで見下ろしてくる。
「あはははは♡ 呼吸、したいわよね? でも、できないのよね? あはははは♡ かわいそう♡ あぁ~ホントに、アンタの泣き顔を見てるとぞくぞくする♡ 可愛い♡」
無理やり首を絞められるのがこんなに怖いなんて思ってなかった。
息ができない。怖い。
あと何秒だ……? 30秒よりは少ないはずだが、耐えられるか……?
「かひゅ、かひゅ……」
「にじゅうにー、にじゅういちー」
「っ……!」
ベッド脇にある砂時計をちらりと見つめる。
確かに、まだ20秒分以上は砂がありそうだ。
…………っ、だめだ。もういい。今回の勝負は諦めよう。
これ以上耐えきれる気がしない。我慢したら、本当に死んでしまうかもしれない。
ギブアップするなら、早いほうが――。
「こ…………っ、ひゅ……!」
そこで俺は気づいた。
降参、と言葉を発することができない。
この勝負を終わらせることができない。
カタカタ、と恐怖がせりあがってきて身体が震えだす。
そんな俺を見下ろしながら彼女が告げる。
「へー? まだ降参しないのね♡ すごいね♡ えらいね♡ でも、そろそろコーサンしないと死んじゃうわよー? いいの、死んじゃっても? まだがんばるのー?」
「こ、こひゅ……っ! ひゅ……っ!」
「すごいすごい♡ 思ったよりがんばるじゃない♡ これは見直しちゃうかも♡ ロイくんってすごいね♡」
「こ、こぅ……ひゅ、ひゅ……っ!」
「ね、なんで泣いてるのー? 子供みたい♡ つらいならやめてもいいんだよー? 『こーさんですぅ』って情けなーく、みっともなく、私に宣言すればいいんだよ? そうすれば命が助かるんだから♡」
降参する! 降参する!
そう叫びたいのに、声を出すことすらできない。
代わりに、情けなさと死の恐怖で涙がボロボロとあふれだす。
「ひ、ひぐっ……うっ、ひゅ……」
涙が流れて息が乱れるほどに苦しくなって、情けなくなって、涙が流れて、息が苦しくなって……と負の循環に陥る。
「じゅー、きゅー、はーち♡」
「こ、ひゅ、ひゅ……」
降参! 降参! 命だけは助けてください!
「なーな、ろーく、ごー♡」
助けて……。声が、出ないんだ……。
「よーん、さーん、にー♡」
降参する! 降参するから!
「いーち♡」
そのとき、パッと彼女の手が緩んだ。
広がった気道から、溜め込まれた言葉が溢れだす。
「こ、こうさんします……っ! だから、殺さないで……っ! 助けて……! 降参しますからぁ……ひっぐ、うっぐ、ぐぅぅ……うぁぁあああああんっ! だから、助けてぇ! 降参するからぁ! うぁぁああああああんっっ!」
ぞくぞくぞくぅっ、とヴィオレッタはベッドの上で身体を震わせた。
「ぁぁ……アンタってほんっとうに最高♡♡」
それから数分が過ぎて。
涙が止まった俺は床に正座し、ベッドに腰かけた彼女に向かって宣言するのだった。
「ぼ、僕は……ヴィオレッタさまの……犬です……わん」
「あははははは♡ いい子ね♡ わんちゃんらしくなったじゃない♡」
ひとしきり爆笑したのちに、彼女は俺の首をつかんだ。
「あらためて言うわ。アンタはもう私のものだから。その生涯をかけて私に尽くしなさい?」
「…………ひゃい」
*
――後日。
ヴィオレッタの屋敷で働く魔族のメイドは、廊下の隅にある物置部屋に入り、周囲に人がいないことを確認したあと、とある人物にむけて通信魔術を試みていた。
メイドの脳裏に浮かんでいたのは、先日、見慣れない種族の男性を連れて素っ気なく告げたこの屋敷の令嬢の姿だった。
『こいつ、ここで働くから。みんなにも伝えておいて』
そんなことを言われたのは初めてだ。
どうやらお嬢様は意識的か無意識的かはわからないけれど、あの男のことを気に入ってるらしい。
ならば〝あの方〟に伝えなければならない。
この屋敷の令嬢――ヴィオレッタ・ノクターン・ドラクリアの監視こそが、自らに課せられた一番の仕事なのだから。
通信魔術越しに一通りの説明をしたのちに、そのメイドは相手から一つの命令を下された。
「わかりました。対応します」
了承し、そしてメイドは日常業務に戻る。