最弱種族に転生した。最強種のお姉さんたちに飼われることになった。 作:不破貞仁
「……あのさ」
この屋敷に連れてこられて数日。
俺は意を決して、気になっていたことをヴィオレッタに尋ねた。
「この屋敷って、本当にお前の屋敷なんだよな?」
「ええそうよ。生まれたころからずっと住んでる、私の屋敷よ」
「にしては、メイドとか執事の態度が悪くないか?」
「…………」
そう。この屋敷で数日過ごしてわかったのだが、どうも何というか……この屋敷の主であるヴィオレッタ・ノクターン・ドラクリアは浮いている。
メイドたちを雇う主人であるはずなのに、煙たがられている感じだ。
確かに使用人たちは食事の用意をしてくれる。
ベッドメイクもしてくれる。
館の掃除も、庭園の伐採も……必要な業務はこなしている。
けれど、メイドたちからヴィオレッタに対して挨拶や話しかけることは一切ない。
少なくとも俺がここに来てからの数日間で、そのような光景は一度も目にしなかった。
ヴィオレッタの自室。
俺たち二人の他には誰もいない。
彼女はしばらく押し黙ったのちに、静かに口を開いた。
「……昔、雇っていた使用人たちはみんないい人たちだったわ。でも、一人のメイドを除いて全員クビにされたの。今いる使用人たちのほとんどは、その……私の監視役なのよ」
「監視役? でもそのわりに自由に行動してるじゃん」
屋敷の中は自由に歩き回れているし、行動を制限されている様子はない。
というか、俺が住んでいた山まで一人で来ていたぐらいだし。
「一人で行動する分には問題ないわ。でもドラクリア家の他の人物に接触するのは禁止されてる。私が反旗を翻さないように監視してるのよ。魔族の名門ドラクリア家……その権力争い、というか家督争いを起こさないようにね」
「家督争い? ってことは、もしかして……」
「そうよ」
ヴィオレッタは瞼を伏せた。
「私のお父様は殺されたの。今はお母様が代理当主で、別の屋敷に暮らしている。お母様にとって私は当主の座を脅かす邪魔者なのよ」
「な、何だよそれ……! 親子なんだろ!? それなのに何で……!」
「権力争いで殺しあう。親子であってもよくあることでしょ?」
そう告げるヴィオレッタの瞳は悲しそうに伏せられていた。
俺はまだこの世界の常識を知らない。
けれど、親であっても信用できない……それはあまりにも悲しすぎないか?
そういえば、と俺は思い当たる。
ヴィオレッタは、メイドが提供する料理を食べる前にいつも【分析】のスキルを使って毒が入っていないかチェックしていた。就寝前はいつも部屋に【結界】を張ってからベッドに入っていた。
「私は強いわ。この屋敷の誰よりも。けど油断はできない。【隠密】【透明化】のスキルを使って襲ってくるかもしれない。【毒】【呪い】みたいに致命的な罠を張られるかもしれない。レベル差があっても、一撃必殺のスキルで殺される可能性がある。それがこの世界なのよ」
山育ちのアンタは知らないでしょうけどね、とヴィオレッタが茶化すように少し笑った。
「その点、アンタには気を張らなくていいから楽だわ。レベルは100、スキルは2個だけ。私を殺す手段なんて一つもないんだから」
「なぁ」
「ん? なに----」
俺は立ち上がると、彼女の頭を自分の胸に押し当てた。
そのままぎゅっと彼女の頭と肩を抱きしめる。
「よくがんばったな」
「……っ」
「そのさ、俺、レベルも低いし、『お前のことを守ってやる』なんて今は言えないけど--俺の前でだけは肩ひじ張らなくていいから。絶対にお前の敵にはならないよ」
少し気恥ずかしくなって、誤魔化すように笑う。
「ま、そもそも今は弱いから敵にすらなれないかもだけどな、はは」
転生前の世界で、中学生だった俺は父親や祖父から『お前は良い大学に入らないといけないんだ。こんな成績でどうする!』『情けない、泣くな! こんな程度もできんのか!』『遊びは禁止だ。そんな暇があったら勉強しろ』と叱咤されつづけてきた。
家族が敵に回る辛さはわかってる。
だから放っておけず、思わずヴィオレッタを胸に抱きしめてしまったんだけど--。
*
ヴィオレッタ・ノクターン・ドラクリアは、幼い日の記憶を思い出していた。
今は亡き父との思い出だ。
優しくて強い父親だった。レベルだけじゃない。心が強くて、器が広くて、いつもみんなから慕われていた。
魔術の勉強や訓練を終えたヴィオレッタが彼の胸に抱きつくと、いつも彼はヴィオレッタの頭を撫でながらこう告げた。
『よくがんばったな、ヴィヴィ』
今、ヴィオレッタはまったく違う男と一緒にいる。
父親とは比べ物にならないほど弱い男だ。ざこの中のざこ。そもそも種族すら違う。魔族ではなくて、ヒト族とかいう聞いたこともない絶滅危惧種。
けれど。
『よくがんばったな』と告げる、その声の優しさは似ていて。
ヴィオレッタは、自身の胸にこみ上げる熱い感情が何なのか言語化できない。
それなのに、一言だけ口にしてしまっていた。
「--ねぇ、ヴィヴィって呼んで」
え? と戸惑った表情を浮かべるロイに、ヴィオレッタは顔を真っ赤にしつつも今さら撤回などできるはずもなく強引に押し切る。
「と、特別に許可してあげる……! 特別だからね! アンタだけよ!? 光栄に思いなさい!」
目の前の男は苦笑いをしながらも頷いた。
「ああ、わかったよ、ヴィヴィ」
*
その日の夜。
ヴィヴィが眠るベッドから、俺はゆっくりと身を起こした。
「はは、よく眠ってるな」
この屋敷にきてからずっと、俺はこのお嬢様と一緒に寝食を共にしている。
……と言うと同棲でもしているかのようだが、実際はペット扱いで連れまわされているというか、ストレスが溜まったときにいつでも殴れるサンドバッグとして一緒に移動している感じだ。
けれど今日は、家族事情について吐露したからだろうか……ストレスが減ったのか、ヴィヴィの寝つきがいつもより良いようだった。
俺は立ち上がり、ヴィヴィの自室からゆっくりと退出する。
そして、真っ暗闇に覆われた屋敷の廊下をゆっくりと進む。
まあなんてことはない、ただトイレに行きたかっただけだ。
けれど。
廊下の先に、一人の小柄なメイドが立っていた。
彼女はゆっくりとお辞儀し、そして顔を上げて俺をじっと見つめてくる。
「--ロイ・クローバー様。少しお話よろしいですか?」