最弱種族に転生した。最強種のお姉さんたちに飼われることになった。 作:不破貞仁
「――ロイ・クローバー様。少しお話よろしいですか?」
薄暗い夜の廊下。
そこに一人のメイドさんが立っていて、俺を待ち構えていた。
「別にいいけど、お前は?」
「わたしはミーア・リリーベルと申します。このお屋敷でメイドをしております」
小柄で、可愛らしいメイドさんだった。
全体的にほんわかとした癒しの雰囲気が漂っている。
「それでえっと、何の用?」
「はい。実は一度、ロイ様と会話したいと思っていたのです。まさかあのお嬢様がご友人を……それも魔族以外の方を連れてくるなんて思いもしませんでしたので」
にっこりと彼女が笑う。
しかしその笑顔にはどことなく圧が隠されているような気がした。
「毎日大変ですよね、わがままなお嬢様と一緒にいて。ええ、わかります。だってわたしもずっとお嬢様のそばでお仕えしてきましたから」
「……ずっと?」
確かにヴィヴィはこう言っていた。
昔雇っていた使用人たちはたった一人を除いて全員クビになった、と。
「もしかしてお前が、唯一、昔からこの屋敷で勤めつづけてるって奴?」
「はい、わたしはお嬢様と同い年でして。お嬢様の幼少期より、ずっとこの屋敷で働いております」
ぺこりと彼女がお辞儀した。
「だからこそ、わかるのです」
目の前にいるメイド――ミーア・リリーベルの声が少し低くなる。
「ロイ様はお嬢様に執着されて困っている。違いますか?」
「ん!? いや、まあ、その……んんんん」
「もしよろしければ、わたしが脱出のお手伝いをしましょうか?」
「えっ、いいのか!?」
思わず大きな声が出てしまった。
この屋敷に来てからというものの、俺は一度も外に出られていなかった。
そもそもヴィヴィが屋敷の外に出たがらないというのもあるし、俺が一人で勝手に外に出ようとするとヴィヴィに察知されて捕まってしまうのだ。
「おそらくですが、お嬢様は【感知】スキルを使っているのだと思います。範囲はこのお屋敷内。館の中を歩く分には問題ありませんが、ロイ様が一歩でも屋敷の外に出た瞬間、お嬢様は離れたところにいようと就寝中であろうと【感知】をしてしまうのです」
「なるほど、どうりで。俺がベッドを抜け出しても起きないくせに、屋敷の扉に手をかけたらすっ飛んでくるなと思ってたんだ」
「あら、すでに何度か経験済みでしたか」
ミーアが微笑む。
「そこで、わたしが【隠密】スキルでロイ様に隠密効果を付与しようと思います。そうすればお嬢様の【感知】スキルに引っかからずに屋敷を出られるはずです」
「え、そんな簡単に出られるの?」
「はい。本来、捕虜などを捕まえておくときはもっと厳重にスキルを重ね掛けするのですが――おそらくロイ様が隠密系のスキルを持っていないため甘めの監視にしていたのでしょう」
「ぐっ、こんなところでも舐められていたなんて……!」
それはさておき。
「正直、魅力的な提案だけど遠慮しておくよ」
「あら、どうしてですか? もしかしてお嬢様に惚れて、離れたくなくなってしまいましたか?」
「そういうわけじゃないけど……! 決して!」
慌てて否定したのちに、俺は理由を告げる。
「ほら、いろいろと準備とかできてねーしさ。屋敷の外に出たら、モンスターとかに出くわす可能性があるだろ? どんなモンスターがいるか全然把握してねーし」
決してモンスターにビビっているわけではない。
けれど戦いを挑むなら、しっかりと修行して、相手の特性を学んでから突撃する必要がある。
「それに、何も言わずに出ていくわけにいかないからな」
数時間前にヴィヴィが浮かべていた悲しそうな瞳が、俺の脳裏をよぎった。
俺の返答を聞いたミーアは小さくため息をついた。
「……そうですか。残念です。もし屋敷を出るというなら、これをプレゼントしようと思っていたのですが」
彼女が取り出したのは、液体の入った小瓶だった。
「強化薬です。これがあれば雑魚モンスターぐらい余裕で倒せるはずです」
「え!? そんなのあんの!?」
うそ、マジ!?
確かに、考えてみればこの世界にはスキルや魔術がありモンスターがいる。なら、それらから抽出された薬――強化薬などがあっても不思議じゃない。
「ちなみに、それを飲んだらどれぐらい強化されるんだ?」
「そうですね……ざっくり言うと、ステータスがレベル1000ぐらい向上する感じでしょうか。もっとも、一時的な作用なので1日経過すれば元のステータスに戻ってしまいますが」
彼女が言葉をつづける。
「1日。とはいえ、屋敷から離れるには十分な時間のはずです。ここは魔族の領地ですが、他の種族の行商人が街道を通ることもあります。運が良ければ平和で優しい種族に出会えるでしょう。交渉次第で旅に同行したり、どこか発展した街で暮らすことだってできるかもしれません」
自由な旅。安全な暮らし。
どれも魅力的な言葉だ。けれどそれ以上に俺を惹きつけたのは強化薬の存在だった。
レベル1000。
魔族からすれば微々たる量だろう。仮に魔族の平均レベルが5万だとしたら、ステータスを2%向上させる程度の代物でしかない。
けれどレベル100の俺からすれば、それこそ最も欲しいものだった。
持続時間が1日しかないとしても、その間にモンスターを倒すことさえできれば俺の【強欲】のスキルで、倒したモンスターのレベルとスキルを吸収できる。
そうなれば、強化薬の効果が切れた後も俺は強いままだ。
モンスターを倒せば倒すほど俺は強くなり、さらに上位のモンスターに挑むことができて、さらにそれを倒せば――と俺は指数関数的にステータスを上げていくことができる。
そのきっかけを生み出せる薬が、今、目の前にある。
ごくり、と思わず喉が鳴った。
そんな俺を見ながら、メイドであるミーアがにっこりと微笑む。
「さあ、どうなさいますか? ロイ・クローバー様?」