妄想した内容を投げて文字起こししてるからおかしなとこあるかもだけどご容赦を…
限界社畜ロノヴァをデロッデロに甘やかしてダメにしてやりテェ…
人間、死ぬときは案外あっけないものだ。
九十年近く生きた朝倉悠真が、人生の最後に抱いた感想はそんなものだった。
若い頃は仕事に追われ、休日にはゲームを楽しみ、歳を重ねてからは料理に凝った。
家族にも恵まれたし、孫の成長も見届けられた。
もちろん、後悔がなかったわけではない。
もっと旅行をしておけばよかったとか、若いうちにあの料理を食べておけばよかったとか、思い返せばいくらでも出てくる。
それでも、悪くない人生だったと思う。
最期は病院のベッドの上だった。
家族に見守られながら、静かに目を閉じたことを覚えている。
痛みも、苦しみも、それほどなかった。
ただ、意識が遠のく直前に一つだけ考えたことがある。
(ああ……最後にもう一度、自分で料理を作りたかったな)
食べることも好きだったが、それ以上に、誰かのために料理を作る時間が好きだった。
孫が喜んで食べてくれたハンバーグ。
妻が気に入っていた煮魚。
子供たちが帰省するたびに作った唐揚げ。
和食も洋食も中華も、興味を持った料理は片っ端から作ってきた。
知らない料理に出会えば、材料や味の特徴を調べ、自分なりに再現してみる。
失敗することもあったが、それもまた楽しかった。
(まあ、十分楽しんだか)
そんなことを考えながら、悠真の人生は幕を閉じた。
――そのはずだった。
◇ ◇ ◇
「…………寒い」
最初に感じたのは、肌を刺すような冷気だった。
次に聞こえてきたのは、人々の話し声。
そして、どこか遠くで鳴っている鐘の音。
(……あれ?)
おかしい。
俺は死んだはずだ。
それなのに、寒さを感じる。
風の音も聞こえる。
何より、意識がはっきりしている。
ゆっくりと目を開けた。
「…………どこだ、ここ?」
そこには、見知らぬ街並みが広がっていた。
雪に覆われた石畳。
重厚な石造りの建物。
青白い光を放つ街灯。
広場の中央には巨大な記念碑が建ち、その周囲を厚手の外套に身を包んだ人々が行き交っている。
見上げれば、空は灰色の雲に覆われ、細かな雪が絶え間なく降り続いていた。
まるでヨーロッパの古い街並みを思わせる光景だった。
「……天国、ではなさそうだな」
少なくとも、悠真が想像していた死後の世界とは随分違う。
それにしても寒い。
いや、寒いというより、冷たい風が直接肌に当たっている感覚がある。
そこで、ようやく気づいた。
「…………ん?」
自分の胸元を見下ろす。
肌が見えていた。
というか、上半身が丸ごと見えていた。
「…………は?」
慌てて身体を確認する。
上半身、裸。
下半身、黒いズボン。
足元、靴あり。
以上。
「……いや、なんで?」
意味が分からない。
どうして俺は、こんな雪国の真ん中で半裸になっているんだ?
そもそも、誰がこんな格好をさせた?
困惑しながら周囲を見回す。
すると、近くを歩いていた女性と目が合った。
「…………」
「…………」
女性の視線が、悠真の顔から胸元へと下がる。
そして。
「きゃあああああっ!?」
「うわっ!?」
突然の悲鳴に、思わず肩が跳ねた。
「へ、変態よ!」
「えっ!? いや、違っ!」
「誰か! 兵士を呼んで!」
周囲が一気に騒がしくなる。
通行人たちが距離を取り、子供連れの母親は慌てて我が子の目を覆った。
「お母さん、あの人寒くないの?」
「見ちゃ駄目!」
……ごもっともである。
悠真だって、雪の降る街の広場に突然半裸の男が現れたら、同じ反応をするだろう。
しかし、こちらにも事情がある。
というより、事情が分からないから困っている。
「あの、すみません! 俺もどうしてこんな格好なのか分からなくて!」
「近づかないで!」
「はい! 近づきません!」
反射的に両手を上げる。
こういうときは、下手に動かない方がいい。
長い人生で学んだことの一つだ。
……もっとも、半裸で兵士を呼ばれる経験なんて、九十年近い人生でも初めてだが。
それにしても、妙なことがもう一つあった。
寒くないのだ。
雪が降り続ける中、上半身裸で立っているというのに、身体が震える気配がまったくない。
冷たい風が肌を撫でる感覚はある。
だが、それだけだった。
(……どうなってるんだ、俺の身体?)
悠真は自分の腕を見下ろした。
妙に若い。
皺がない。
肌にも張りがある。
そして何より、筋肉がついていた。
(……いや、待て待て)
腹筋が割れている。
腕も太い。
胸板も厚い。
生前は健康維持のために軽い筋トレをしていた程度で、こんな肉体を作り上げた覚えはない。
頬に手を当てる。
老人特有のたるみもない。
どうやら、二十代後半くらいの身体に戻っているらしい。
(……若返った?)
そう考えた瞬間、背後から怒号が響いた。
「そこにいる男! 動くな!」
「うわっ!?」
振り返ると、武装した兵士たちがこちらへ駆け込んできていた。
黒と赤を基調とした軍装。
顔を覆う仮面。
手には槍や剣が握られている。
その姿に、悠真は妙な既視感を覚えた。
(……あれ?)
どこかで見たことがある。
しかし、思い出せない。
「貴様! 何をしている!」
「……できれば、こちらが聞きたいくらいなんですが」
「ふざけているのか!」
「いえ、本当に!」
先頭の兵士が、悠真の格好を見て眉をひそめた。
「……なぜ上半身裸なのだ?」
「それが分かれば苦労しないんですけどね……」
「…………」
兵士の表情が険しくなった。
まずい。
どうやら、余計なことを言ってしまったらしい。
「所属と名前を答えろ」
「朝倉悠真といいます。所属と言われても……今は特にありません」
「アサクラ・ユウマ……」
兵士はその名前を繰り返し、少し考えるような仕草を見せた。
「その名前、稲妻の者か?」
「……稲妻?」
悠真は思わず聞き返した。
聞き覚えがある。
稲妻。
確か、昔遊んでいたゲームに登場した国の一つだったはずだ。
日本をモデルにした国で、雷の神様が治めていて……。
(……ああ、そうだ。原神だ)
懐かしい名前を耳にして、遠い昔の記憶が少しだけ蘇った。
しかし、今はそれどころではない。
「いえ、稲妻ではないです。日本という国の出身なんですが……」
「ニホン?」
兵士が眉をひそめる。
「聞いたことのない国だな。稲妻の離島か、どこかの集落の名ではないのか?」
「いや、日本は国の名前でして……」
そこまで説明して、悠真は口を閉じた。
目の前にいる兵士。
聞き覚えのある国名。
そして、見覚えのある軍装。
(……待てよ。稲妻があるってことは、ここはまさか……)
「アサクラ・ユウマ! 聞いているのか!」
「えっ!? あ、はい!」
「身元が確認できない以上、詰所まで同行してもらう」
「……分かりました」
正直、こちらとしても願ったり叶ったりだ。
まずは服が欲しい。
それから温かい場所で事情を整理したい。
悠真は大人しく頷き、兵士の方へ歩き出した。
――その瞬間。
バキッ!
「…………え?」
足元で嫌な音がした。
見下ろすと、石畳が砕けていた。
悠真の足を中心に、細かな亀裂が走っている。
「…………」
「…………」
兵士たちも、悠真も、しばらく無言だった。
「……何をした?」
「いや、普通に歩こうとしただけなんですが」
「普通に歩いて石畳が砕けるものか!」
「ですよねぇ……」
おかしい。
何かがおかしい。
試しに、ゆっくりと右足を持ち上げてみる。
問題ない。
そのまま、そっと地面へ下ろす。
今度は割れなかった。
「……よし」
「何が『よし』だ!」
「すみません!」
どうやら、力加減に注意すれば普通に動けるらしい。
悠真は慎重に兵士の方へ歩き出した。
ところが。
「止まれ!」
「え?」
突然、背後から別の兵士が声を上げた。
反射的に振り向く。
ただ、それだけだった。
身体が想像以上の勢いで回転した。
「うおっ!?」
足が滑る。
慌てて踏ん張る。
しかし、踏み込んだ足が石畳を砕き、身体が横方向へ弾き飛ばされた。
ドゴォンッ!!
「…………」
気づけば、広場の端にあった石柱へ背中から突っ込んでいた。
石柱は根元から折れ、派手な音を立てて倒れる。
「…………えぇ」
痛みはない。
それどころか、背中に軽い衝撃を感じた程度だった。
しかし、周囲は大騒ぎだ。
「きゃあああっ!」
「建物から離れろ!」
「化け物だ!」
兵士たちが一斉に武器を構える。
「動くな!」
「いや、動きたくないんですけど!」
悠真は慌てて両手を上げた。
しかし、今度は上げた腕の勢いに身体が引っ張られ、危うく後ろへ倒れそうになる。
(……まずい)
これはまずい。
身体が自分のものじゃないみたいだ。
力を込めたつもりがなくても、少し動くだけで周囲のものを壊してしまう。
悠真は慎重に呼吸を整えた。
とにかく動かない。
それが一番だ。
「……すみません。ちょっと、身体の調子がおかしいみたいで」
「貴様、何者だ!」
「朝倉悠真です! さっき名乗りましたよね!?」
「そういう意味ではない!」
「それを俺が一番知りたいんです!」
兵士たちは警戒を強めた。
無理もない。
得体の知れない男が突然現れ、石畳を砕き、石柱まで破壊したのだ。
本人が事故だと言い張ったところで、簡単に信用できるはずがない。
そして、状況はさらに悪化した。
「拘束具を持ってこい!」
「了解!」
兵士の一人が、金属製の拘束具を手に近づいてくる。
「抵抗するなよ」
「しません。絶対にしません」
悠真は大人しく両腕を差し出した。
兵士が拘束具を手首にはめる。
カチリ、と音がした。
「……よし。これで――」
パキンッ。
「…………」
「…………」
拘束具が割れた。
いや、正確には、悠真がほんの少し手首の位置を調整しただけで、金属製の輪が砕け散った。
「…………あ」
兵士の顔が引きつった。
「き、貴様ぁ!」
「違う! 今のは本当に違う!」
兵士が反射的に槍を構える。
その穂先が、悠真の胸元へ向けられた。
「動くな!」
「はい!」
言われた通り、ぴたりと止まる。
しかし、緊張した兵士の手元がわずかに震えた。
槍の穂先が、悠真の胸に触れる。
キィンッ!
金属音が響いた。
槍の穂先が欠けた。
「…………」
悠真は自分の胸を見下ろした。
傷一つない。
「……え、怖っ」
自分の身体なのに、思わずそんな感想が漏れた。
兵士たちは完全に混乱していた。
攻撃が通じない。
拘束もできない。
しかも、本人は何が起きているのか理解していない。
そんな相手を、どう扱えばいいのか分からないのだろう。
悠真だって分からない。
誰か教えてほしい。
◇ ◇ ◇
中央広場からほど近い大通り。
そこを、二人の男が歩いていた。
一人は黒い甲冑に身を包んだ巨躯の騎士。
もう一人は、白髪を蓄えた威厳ある老紳士。
ファデュイ執行官第一位、『隊長』カピターノ。
そして、ファデュイの統括官である『道化』ピエロ。
二人は宮殿へ戻る途中だった。
「……騒がしいな」
隊長が足を止めた。
中央広場の方角から、兵士たちの怒号が聞こえている。
「何かあったようだ」
道化が視線を向ける。
その直後、石柱が崩れる音が響いた。
通行人たちが慌てて広場から逃げてくる。
「……確認する必要があるな」
「ああ」
二人が広場へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。
砕けた石畳。
倒れた石柱。
武器を構えた兵士たち。
そして、その中心で両手を上げている上半身裸の男。
「…………」
道化が足を止めた。
隊長も、しばし無言でその光景を見つめる。
「……何があった?」
隊長の問いに、近くの兵士が慌てて敬礼した。
「た、隊長閣下!」
「報告しろ」
「はっ! 広場に突如出現した不審人物を確保しようとしたところ、異常な身体能力によって拘束が困難となっております!」
「負傷者は?」
「現時点では確認されておりません!」
「そうか」
隊長は短く答え、広場の中心へ視線を向けた。
男は両手を上げたまま、困ったような顔をしている。
逃げようとする様子はない。
武器も持っていない。
少なくとも、積極的に兵士を傷つけようとしているようには見えなかった。
「……お前が騒ぎの原因か」
隊長が声をかけた。
男が振り向く。
その顔に、一瞬だけ驚きが浮かんだ。
「…………あ」
何かに気づいたようだった。
◇ ◇ ◇
(……うわ)
思わず、そんな声が出そうになった。
黒い甲冑。
巨大な体躯。
そして、顔を覆う兜。
見覚えがある。
ものすごくある。
(……隊長、だよな?)
確か、ファデュイの執行官。
名前は……カピターノ、だったか。
そして、その隣にいる白髪の老人。
(……道化? ピエロ?)
懐かしい。
いや、懐かしがっている場合ではない。
ゲームで見たことのある人物が、目の前に立っている。
つまり。
(……本当に原神の世界なのか?)
にわかには信じられない。
だが、これまでの出来事を考えると、そうとしか思えなかった。
「聞こえているか?」
「えっ!? あ、はい!」
隊長の声で我に返る。
「事情を聞きたい。まず、武器を持っていないことを確認させてもらう」
「どうぞ。というか、見ての通りです」
悠真は自分の格好を示した。
上半身裸。
ズボンと靴だけ。
武器どころか、財布すら持っていない。
「……確かにな」
隊長はそれ以上追及せず、周囲の兵士たちへ指示を出した。
「武器を下ろせ。住民の避難と周辺の安全確認を優先しろ」
「し、しかし閣下! この男は――」
「敵意があるなら、とうに攻撃しているだろう」
静かな声だった。
しかし、有無を言わせない重みがあった。
兵士たちは命令に従い、少しずつ距離を取る。
それを確認してから、隊長は再び悠真へ向き直った。
「名は?」
「朝倉悠真です」
「アサクラ・ユウマ……」
隊長は名前を繰り返した。
「稲妻の出身か?」
「いえ、日本という国の出身です」
「ニホン?」
隣にいた道化が反応した。
「聞き覚えのない国だな」
「……でしょうね」
「では、どこにある?」
「……それが、説明しづらいんです」
悠真は少し迷った。
自分の名前を名乗ること自体は問題ない。
しかし、死んだはずの人間が突然若返り、ゲームの世界らしき場所に現れた。
そんな話をどう説明すればいいのか。
「……すみません。今、自分でも何が起きているのか分からないんです」
「記憶がないのか?」
「いえ。記憶はあります。ただ、ここに来た経緯が分からなくて」
隊長は少し考えるように沈黙した。
そこで、隣にいた道化が口を開いた。
「では、一つ尋ねよう」
「はい」
「お前は、どのようにしてこの国へ来た?」
「…………」
答えに詰まる。
正直に言えば、死んだらここにいた。
しかし、そんな話を信じてもらえるだろうか。
「……気づいたら、ここにいました」
「その前は?」
「……自分の家族と一緒にいました」
「そして、次に気づいたときには、この広場にいたと?」
「はい」
道化の目が細くなる。
悠真は慌てて付け加えた。
「本当なんです。気づいたらここにいて、身体もおかしくなっていて……」
「身体が?」
「はい。さっきから、ちょっと動くだけで周りのものを壊してしまうんです」
悠真は砕けた石畳へ視線を向けた。
「……正直、自分でも怖いくらいで」
それは本心だった。
力が強いこと自体は、悪いことではないのかもしれない。
しかし、自分の意思で制御できない力など、危険なだけだ。
うっかり誰かにぶつかったら?
握手した拍子に相手の手を潰してしまったら?
考えるだけで恐ろしい。
隊長は、悠真の言葉を静かに聞いていた。
「……なるほど」
そして、ゆっくりと口を開く。
「では、こちらの指示に従ってもらおう。無理に動く必要はない」
「……はい」
「まずはその場に留まれ。こちらで安全を確保する」
ありがたい。
正直、もう動きたくなかった。
悠真は大人しく頷いた。
そのときだった。
「危ない!」
誰かの叫び声が響いた。
反射的に振り向く。
先ほど悠真が倒した石柱。
その一部が、隣接する建物の壁にもたれかかっていた。
どうやら衝撃で壁の一部が緩んでいたらしい。
大きな石材が崩れ落ちようとしている。
そして、その真下には――。
「……子供!?」
避難し損ねたのだろう。
小さな男の子が、呆然と立ち尽くしていた。
近くの兵士が駆け寄ろうとする。
しかし、間に合わない。
悠真は考えるより先に動いていた。
「――っ!」
地面を蹴る。
瞬間、視界が猛烈な勢いで流れた。
速い。
想像以上に速い。
それでも、今はそんなことを考えている場合ではない。
男の子の前へ飛び込む。
落下してきた石材を、両腕で受け止めた。
ドガァンッ!!
「ぐっ……!」
重い衝撃。
しかし、痛みはほとんどない。
石材が腕の中で砕け散った。
男の子は無事だった。
「……よかった」
ほっと息を吐く。
しかし、安心したのも束の間。
問題は、その次だった。
勢い余って踏み込んだ足が、石畳を深く砕いていた。
さらに、腕で受け止めた石材の破片が周囲へ飛び散ろうとしている。
(……まずっ!)
咄嗟に破片を抱え込もうとする。
だが、力加減が分からない。
腕を動かすたびに石が砕け、破片が増える。
そのうちの一つが、男の子の方へ飛んだ。
「――危ない!」
悠真は慌てて手を伸ばした。
その瞬間。
ガシッ!
「……え?」
腕が止まった。
気づけば、黒い甲冑の男が目の前に立っていた。
隊長だった。
片手で悠真の腕を押さえ、もう片方の腕で飛んできた破片を弾き飛ばしている。
背後では、別の兵士が男の子を抱えて安全な場所へ退避していた。
「……落ち着け」
隊長の声が響く。
「子供は無事だ」
「……あ」
視線を向ける。
男の子は兵士に抱えられ、母親らしき女性のもとへ運ばれていた。
泣いてはいるが、怪我はなさそうだ。
「……よかった」
力が抜けた。
しかし、その途端、足元の石畳がまた砕けた。
「うおっ!?」
身体が傾く。
倒れまいと踏ん張る。
だが、今度は踏み込みが強すぎた。
身体が前へ飛び出す。
その先には、隊長がいた。
「――っ!」
ぶつかる。
そう思った瞬間。
隊長が動いた。
悠真の腕を掴んだまま、身体の向きをわずかに変える。
重心が崩された。
足が浮く。
そして。
ドゴォンッ!!
「ぐえっ!?」
気づけば、地面に仰向けになっていた。
背中の下で石畳が砕けている。
しかし、痛みはない。
何が起きたのか分からなかった。
「…………え?」
隊長は悠真の片腕を押さえ、身体を起こせないようにしていた。
その姿勢には、まったく無駄がない。
「……動くな」
「……はい」
今度は素直に従った。
というより、どう動けばいいのか分からなかった。
力を込めれば振りほどけるかもしれない。
しかし、下手に暴れればまた周囲を壊してしまう。
それに、隊長は自分を傷つけようとしているわけではない。
そのことは、何となく分かった。
「……すみません」
「謝る必要はない。子供を助けようとしたのだろう」
隊長の声は落ち着いていた。
「だが、その力を制御できないまま動けば、救おうとした者まで傷つけかねん」
「……はい」
返す言葉もなかった。
まったく、その通りだ。
悠真は子供を助けたかった。
しかし、結果として危険を増やしてしまった。
もし隊長がいなければ、どうなっていたか分からない。
「……申し訳ありません」
もう一度謝る。
隊長は短く頷いた。
「理解しているなら、それでいい」
そう言って、拘束を少し緩めた。
だが、完全には離さない。
「このまま立ち上がれるか?」
「……ゆっくりなら、多分」
「分かった。私が支える」
隊長の指示に従い、慎重に身体を起こす。
今度は地面を壊さずに済んだ。
「……ありがとうございます」
「礼には及ばん」
隊長はそう答え、道化へ視線を向けた。
「この男を通常の拘束具で連行するのは危険だ」
「そのようだな」
道化は、砕けた石畳と悠真の身体を交互に見た。
「しかし、興味深い」
「……何がですか?」
思わず聞き返す。
道化は薄く笑った。
「お前の身体だ。神の目も持たず、元素力を使った形跡もない。それでいて、これほどの力を発揮する」
「……自分でも分からないんです」
「だろうな」
道化は静かに頷いた。
「少なくとも、今のお前に積極的な敵意は見られん」
その言葉に、少しだけ安心する。
しかし、次の一言で再び緊張した。
「だからこそ、女皇陛下に判断を仰ぐ必要がある」
「…………女皇?」
聞き覚えのある単語だった。
氷の女皇。
スネージナヤの神。
そして、ファデュイを率いる存在。
(……あれ?)
何か、思い出しそうだ。
確か、原神のストーリーでは……。
神の心を集めて……。
天理がどうとか……。
それから、何かとんでもないことが起きて……。
「…………」
駄目だ。
思い出せない。
何十年も前のゲームの内容なんて、そう簡単に蘇るものではなかった。
「……女皇陛下の御前に連れていく」
道化が告げる。
「お前の素性と、この国に現れた理由を明らかにする必要がある」
「……分かりました」
拒否する理由はない。
むしろ、こちらとしても事情を知りたいくらいだ。
ただ、一つだけ問題がある。
「あの……」
「何だ?」
「……その前に、服を貸していただけませんか?」
道化が黙った。
隊長も、悠真を見た。
周囲の兵士たちも、こちらを見ている。
数秒の沈黙。
そして、隊長が口を開いた。
「……確かに、その格好では寒かろう」
「……いえ、実はそんなに寒くないんですけど」
「……そうなのか?」
「はい。ただ、周りの目が……」
隊長は少しだけ首を傾けた。
それから、近くの兵士へ指示を出す。
「外套を一着、用意してやれ」
「はっ!」
ありがたい。
本当にありがたい。
悠真は心の底から安堵した。
ようやく半裸から卒業できる。
◇ ◇ ◇
数分後。
悠真は兵士から借りた厚手の外套を羽織り、隊長と道化に付き添われながら広場を後にしていた。
手首には拘束具がない。
先ほど簡単に壊してしまったため、無理に装着することは避けられたらしい。
その代わり、隊長がすぐ隣を歩いている。
何かあれば即座に対応するつもりなのだろう。
正直、逃げる気などない。
ただ、歩くたびに地面を壊さないよう、細心の注意を払う必要があった。
「……歩きづらい」
思わず呟く。
「力の制御が難しいか」
隊長が尋ねてきた。
「はい。なんというか……自分の身体なのに、感覚が合わなくて」
「なるほど」
隊長は少し考えた後、言った。
「身体能力と、それを扱う技術は別物だ。力が強いからといって、自在に動けるわけではない」
「……そういうものですか」
「ああ。力を持て余している者は、戦場でも珍しくない」
その言葉には、不思議な説得力があった。
さすがはファデュイの執行官第一位、といったところだろうか。
「……もしよければ、後で身体の動かし方を教えてもらえませんか?」
何気なく尋ねた。
すると、隊長がこちらを向いた。
「私にか?」
「はい。さっき、俺のことを簡単に止めてましたよね」
「……ああ」
「正直、何をされたのか全然分からなかったんです」
あれほどの力があるのに、まったく抵抗できなかった。
今思い返しても不思議だった。
「だから、少しでも自分の身体を扱えるようになりたくて」
隊長はしばらく黙っていた。
そして。
「……まずは、女皇陛下の裁きを受けてからだな」
「……ですよね」
悠真は苦笑した。
もっともな話だった。
隣を歩く道化が、そんな二人の会話を静かに聞いている。
その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
ただ、時折こちらへ向けられる視線には、明らかな興味が含まれていた。
……何だか、嫌な予感がする。
「ところで」
道化が口を開いた。
「お前は、先ほどから随分と落ち着いているな」
「……そうですか?」
「ああ。普通ならば、見知らぬ土地で武装した兵士に囲まれれば、もっと取り乱すものだ」
「……まあ、驚いてはいますよ」
悠真は苦笑する。
「ただ、歳を取ると、多少のことでは慌てなくなるもので」
「歳を取る?」
道化が悠真を見た。
「お前は、まだ若く見えるが」
「ああ……そうでした」
自分の身体を見下ろす。
二十八歳くらいの姿。
しかし、中身は九十年近く生きた老人だ。
「……実は、結構な歳なんですよ。俺」
「ほう?」
道化の目が、わずかに細くなった。
「それは興味深い話だ」
「……あ」
しまった。
余計なことを言ったかもしれない。
道化は何も追及しなかった。
ただ、静かに微笑んでいる。
……怖い。
この人、何を考えているのか全然分からない。
悠真は話題を変えることにした。
「……そういえば」
「何だ?」
「この国って、食べ物は美味しいんですか?」
「…………」
道化が黙った。
隊長も、こちらを見た。
「……食べ物?」
「はい」
悠真は頷いた。
「いや、さっきから何も食べてなくて。せっかく知らない国に来たんですし、どんな料理があるのかなって」
そう言った瞬間。
ぐぅぅぅぅ……。
腹が鳴った。
かなり大きな音だった。
「…………」
「…………」
隊長と道化が、揃って悠真を見る。
悠真は少しだけ顔を赤くした。
「……すみません」
道化はしばらく無言だった。
やがて、小さく息を吐く。
「……お前は本当に、妙な男だな」
「……よく言われます」
今度は、隊長がわずかに肩を揺らした。
笑った……のだろうか。
兜に覆われているため、表情は分からなかった。
だが、その声は先ほどよりも少しだけ柔らかかった。
「宮殿へ着けば、何か用意できるだろう」
「本当ですか!」
「ああ。ただし、まずは事情聴取が先だ」
「……ですよね」
悠真は肩を落とした。
しかし、悪い話ではない。
少なくとも、いきなり処刑されるような雰囲気ではなさそうだ。
……多分。
目の前には、巨大な宮殿がそびえ立っていた。
雪に覆われた尖塔。
重厚な城門。
そして、周囲を警備する無数の兵士たち。
スネージナヤパレス。
氷の女皇が座す場所。
悠真は、その威容を見上げながら小さく息を吐いた。
(……まさか、死んだ後にこんなことになるとはなぁ)
九十年近い人生を終えたはずなのに。
気づけば、二十八歳の身体に戻り。
昔遊んでいたゲームの世界らしき場所に現れ。
半裸で騒ぎを起こし。
ファデュイの執行官に捕まり。
今から神様の前に連れていかれる。
……うん。
人生、何が起こるか分からない。
いや、もう人生は終わったはずなんだけど。
「……まあ」
悠真は、ゆっくりと歩きながら呟いた。
「せっかくもう一度生きられるなら、今度も美味いものをたくさん作りたいな」
誰に聞かせるでもない、小さな独り言だった。
その言葉に、隣を歩く隊長がわずかに顔を向けた。
「……料理人なのか?」
「いえ、職業というほどじゃありません。ただ、料理が趣味でして」
「そうか」
「はい。大抵のものなら作れますよ。知らない料理でも、材料と味の特徴が分かれば、それなりに再現できます」
「……それは大したものだな」
「いやぁ、長年の趣味ですから」
悠真は笑った。
隊長はそれ以上何も言わなかった。
道化も、静かに前を向いている。
ただ、その時の悠真は気づいていなかった。
この何気ない会話が、後に自分の運命を大きく変えることになるとは。
氷の女皇の御前で裁きを受けること。
スネージナヤパレスの厨房に立つこと。
そして、ファデュイの執行官たちと奇妙な縁を結ぶこと。
そのすべてが、まだ少し先の話だった。
今の悠真が考えていたのは、たった一つ。
(……とりあえず、温かい飯が食いたい)
そんな、実に平和なことだけだった。