壁に×印をつけるだけの簡単なお仕事   作:おいしいおこめ

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01 その笑顔は、芸術品という作り物

 エレイン・アーキン、17歳。好きなものは甘いお菓子とダージリンティ。エリア11にあるアッシュフォード学園に通う、ごく普通の女子学生だ。

 そんな私は、ごく普通に学校生活を送って、ごくごく普通の恋をした。

 

 ルルーシュ・ランペルージ。

 彼はこの学園の生徒会副会長で、その容姿の良さもあってモテる。そりゃもうとにかくモテる。凡人の私からすれば高嶺の花、そんな人。

 そんな彼を、どうして好きになったのか。

 元々、私は決して惚れっぽい方ではないし、美形には弱いといっても、顔のよさだけで一方的に惚れ込んでしまえるような、そんな器用な人間ではない。

 では、なぜ好きになったのかというと、これが本当に分からない。自分でも、不思議で仕方がない。一目惚れではなかったことだけが確かだ。正直、初対面での印象は、「なんだこの格好つけた奴は」だったし、その格好が妙に様になっていたところも腹立たしかった。イケメンだから許してやるか、なんて、その時は思っていたくらいだ。

 多分、あの目。彼の目に、私は囚われてしまったのだろう。最初に彼を意識してしまったその時点で、私の運の尽きだったのだ。

 中身? 知らんなそんなものは。第一私は同じクラスであるにも関わらず、彼と今まで一度も会話をしたことがない。

 

 

「うう……今日も相変わらず格好いいとか、ずるい、ずるいわ……」

 

 自分以外の人間に向けられた、まるで精巧な芸術品のようなお綺麗な笑顔を遠くから眺めては、自然と頬を緩ませる。ああ、今日も一日頑張れる。頑張れてしまう。悔しいかな、これも惚れた弱みか。ぐぬぬ。

 

「まーた、あんたは今日も見てるだけなのね~」

 

 にやにやと楽しそうな顔を浮かべて、そう声をかけてきたのは、私の親愛なる友、アナ・ローレンスだ。

 

「うるさいわねぇ。いいでしょー、別にぃ。誰にも迷惑かけてないし、減るものじゃないし」

「そりゃ、減りはしないけれど。…とられちゃうわよ、シャーリーに」

「……お似合い、だよねえ」

 

 ズキンと痛む胸に苦い気持ちになりながら、笑う。アナはコツンと小突いてきた。

 

「ばーか。何弱気になってんのォ? アタックよアタック、押せ押せで捕まえちゃいなさい」

「そんなこと言ったって……まだまともに話すらしてないのよ、名前だっておぼえてくれてないって絶対」

 

 ぐったりと机に伏す。動こうとしない自分が、この膠着した関係を作り出しているのはわかっている。分かっているが、抜け出せない。なんだかんだいって、ただ遠くから見ているだけの今が心地よくて、変わるのは怖いのだ。

 この気持ちに応えてもらえるものなら、どれだけ、そう、どれだけ幸せだろうか。なんて甘美で、なんて現実味のない、それでいて、希望が捨てきれない。捨てたくない、捨てられたくない。だから、伝えない、だから渡さない。

 悟られるのも癪だ。彼の一人勝ちは面白くないし、私の矜持が許さない。だから、勝負はしない。絶対に、絶対に。

 

 早く、この恋の上手な諦め方を知れたら。この恋が諦められるものなら。この苦しみを手放せるのだろう。

 

「……はぁ」

 

 深く、深く。溜息をついた。

 

 

 

 ×

 

 

 

 その日の私は、橋の下、外で一人声出しをしていた。

 ここ、アッシュフォード学園では部活動への所属が義務付けられていて、私は中等部から惰性で演劇部に所属している。一応、これでも主演をすることもある、役者担当だ。

 今は近い公演予定もなく、次の台本も決まっておらず、ただなんとなくであてもなく自主練習に勤しんでいたのだが。

 

「こんにちは。エレイン・アーキンさん、だよね」

「ぷあッ!?」

 

 それがまさかこんなことになるなんて、私は思ってもみなかった。話しかけてきた人物、振り返った私の目の前にいたのは、私の恋の相手。ルルーシュ・ランペルージ氏だった。

 あ、名前おぼえてくれていたんだ、なんて、そんな感動がこみ上げて、次の言葉が出てこない。どうしよう、泣きそうだ。

 

「いきなり話しかけて、驚かせてしまったかな。ルルーシュ・ランペルージ、同じクラスだよ」

 

 存じておりますとも、ええ、その名はよく知っていますが。一体全体どうしてこうなった。

 

 高揚した気持ちは私の冷静な思考を掻っ攫い、頭の中はまるで砂糖と蜂蜜でも大量に突っ込んでミキサーにかけたのかと思うくらいぐちゃぐちゃで、形どれないのに溶け合うこともできず、何を話せばいいのかも分からない。ただただ、食い入るように彼のアメジスト色の瞳をみて、その妖しさと美しさに、恍惚としていた。ああ、顔が熱い、これじゃあ熱があるみたいだ。

 どくんどくんと、さっきから、自分の心臓の音ばかりがきこえてきて、周囲の音なんてちっともきこえてくれやしない。

 

 彼が、口を開いた。

 心臓の音が煩いせいか、せっかくの彼の言葉も掻き消え聞こえない。折角、彼が話しているのに。何て勿体ないんだろう、今だけは、この鼓動が鳴りやんで死んでもいいとさえ思った。

 

 突然、彼の左の瞳が、不意に不気味な血の色を帯びた。いや、本当に変わったのかもわからない、そんな気がしただけで、気のせいかもしれない。けれど、何故か私は、彼の仮面が剥がれた、そんな気がしたのだ。ぞくりと、全身総毛立つのがわかる。それが恐怖のせいなのか、興奮のせいなのかは分からない。ただひとつ言えるのは、その時の私は自分では御せないほどに、どうしようもなく気分が高揚してしまっていた、ということか。

 

 優等生で好青年な仮面の剥がれた彼の声は相変わらず聞こえないが、その唇の動きで内容は何となく察することができる。

 

 

 これから毎日、この壁に一日一つ×印の傷をつける?

 

 

 なんだそれは、どうしてそんなことをするんだ。普通ならそこを気にするところ、しかしそんなことを尋ねられるほど私の頭は正常に回っておらず、その場で跳ね回りそうな気持ちを必死に出すまいと、ただこくこくと頷いた。

 要件を話し終わったらしい彼は、いつものさわやか優等生面で、あろうことかその笑みを私に、ほかならぬ私に向けてくる。殺す気か。

 

「演劇部、らしいね。会長が衣装協力に感謝していたよ。次の公演も応援してる」

「ふぁい! がんばりましゅ!」

 

 

 ……やってしまった。

 盛大に噛み噛みな役者あるまじき台詞。それが、彼と初めて交わした言葉だった。 

 

 

 

 ×

 

 

 

 「あれ、何かいいことあった?」

 

 教室でクラスの様子を一瞥後、私の顔を見たアナが、変なものをみてしまったというような反応をする。

 

「わーかーるー? わかっちゃうー?」

 

 流石は私の大親友アナ様である。おお心の友よ。

 昨日、ルルーシュ・ランペルージ氏と会話した熱は今日まで尾を引いており、気を抜けば私はすぐにでも顔面崩壊する勢いだった。思い出すだけで息は苦しくなるし、頬は緩んでにやけそうになる。我ながら気持ちが悪い。

 ちなみに、私のこの上機嫌な調子はアナのお気に召さなかったらしく、「うわ、そのキャラうざ」のお言葉をいただいた。なにおう失礼な。

 

「まあ、そんな顔されてちゃ、分かって当然よねえ」

「そんなに分かりやすい顔してた?」

 

 頷き肯定され、「間抜けな顔してるわよ」とまで言われてしまえば認める他ない。私は今盛大ににやけている。役者として、自分の表情筋くらい制御可能でありたかったのだが、幸せお花畑一色の頭でそれを行うのは難しかった。ふへへ。駄目だこりゃ。

 今の緩んだ顔を一番見られたくないルルーシュ・ランペルージ氏が、未だ教室にきていないことだけが救いか。

 自然と持ち上がってしまう口角を誤魔化すように、私は自分の両頬を揉んだ。

 

「で、何があったわけ?」

 

 にやりと笑ったアナが問う。私は満面の笑みで一言返した。

 

「秘密」

「…………は?」

 

ぽかんとした顔をしたアナに、悪いわねえと私は笑った。

 

「何があったかは秘密だけれど、私にとってとてもいいことがあったのよ」

 

 そこで思わず笑い出しそうになり、声を出すまいと息を殺せば、くひんと奇妙な声が漏れた。……くしゃみとして誤魔化してしまおう。ついでに咳払いもしておく。

 彼のあの頼みごとは、なんとなく。なんとなくだが、彼と私だけの秘密にしておきたいのだ。もしかすると、彼が他の人に話している可能性だってあるが、それでも。私は二人だけの秘密だと、そう思いたかった。

 ……なんて、考えているだけで恥ずかしくなってくるが。それでも、その考えるのがどうしようもなく幸せで、わくわくで胸がいっぱいになるのだから、恋とは困ったものである。

 

 一方、目の前のアナとはいえば、その説明ではご納得いただけなかったらしい。眉の間に皺を4本引っ張って、今すぐ秘密を吐露するようにと怖い顔をする。対する私の答えはノーだった。これは墓まで持っていくつもり、いくら彼女でも内緒の内緒な秘密なのだ。

 

「……ま、どうせルルーシュ関連で何かあったんでしょ。話でもできた?」

「何で分かったの!?」

 

 いや、会話ができたこと、それ自体は別に秘密にしているわけでもないのだが。何故分かる? まさか、我が親愛なる友人アナはエスパーか何かだったとでもいうのか。

 

「へー、いや、そんなことだろうなとは思ってたけど。よかったね」

 

 半分投げやりにアナはそう言ってから、私をからかうような目で見る。

 

「告白はいつかにゃ?」

「しない」

「え?」

 

 目を点にしたアナに、私はきっぱり言い切った。

 

「絶対しない。こっちから、好きだと言うことは絶対にない」

「まさか、何もせず相手から告白してもらえるとか、甘っちょろいこと考えてんじゃないでしょうね」

「そんなわけないでしょ。…私は、あの人に私が好きなことを悟られたくないだけ。私ばっかりが好きだなんて、なんだか、惨めじゃない。そんなのは、嫌なの」

「……惨め、ねえ。あんた、意外とプライド高いんだ」

「生憎人間は出来ていないもので」

「そ。まあ、それじゃいつまで経っても気持ちが返ってくることはないでしょうね。私は、報われる気のない一方通行な恋心なんて、なんて生産性がないんだと思うけれど」

 

 アナの声は、少しだけ怒り気味。私の挑戦しない姿勢が気に障るのだろう。他人のことだからか、簡単に言ってくれるものだと、苛立ちが芽生えてムキになる。

 

「自分で自分が惨めになってしまうくらいなら、後悔するくらいなら。最初から何もしない方がいいの、私は」

 

「あっそ」

 

 素っ気ない返事。それ以上彼女は反応せず黙り込んでしまった。

 アナは後ろ向きの人間には冷たい。どちらにせよ、優しくしてくれとは、言えないけれど。他のことはいくら平気でも、これだけはどうにもダメなのだ。どうか許してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

(エレインの日記 1)

 今日、初めてルルーシュ・ランペルージ氏と話した。なんと、彼の方から話しかけてくれたのだ。今日一日だけで、私は今まで生きていた甲斐を得たくらいの気分だった。そして何より、彼の新たな面をみられたことが非常に収穫だった。ヒトは幾つもの己を抱えているものだが、彼は、後幾つの彼を抱えているんだろうか。

 あと、声をきちんと聞けなかったこと、しょっぱなから噛んだこと。反省しなきゃだわ、次はおちついて話できるように、失敗は繰り返さない。頑張れ私。うん、無理な気がする。

 何はともあれ、明日からの壁への印づけ。彼に任されたことだ、一生続けるくらいの姿勢で頑張ろうと思う。ていうか、実際死ぬまで続けてやろうと思った。思ってしまった。私はなんて純情で健気でバカなんだと思うほかない。惚れた弱みって言葉は便利だ。

 そんなことを頼んだ理由は、後々きけたら…いいなあ。なんて。はあ。

 会話、がんばろ。

 

 

(エレインの日記 2)

 早くこの恋の諦め方を知りたいと思った今日この頃。

 ちょっぴり、アナとぶつかった。他のことなら、妥協だって譲歩だってするけれど、こればっかりは、本当駄目。この気持ちが知られるようなことがあればと考えると、こわくて、どうしようもなくて、拒否反応だとか、心が破れるだとか、そんな感じがする。どうにも、苦いのだ。

 好きなことを知られても恥をかくだけだと思うし、それがとてもつらい。アナは同情してくれない。さらにつらい。

 せめて他人からの免罪符があれば、自分で自分を許せるでしょうに。と、そんな負い目があるうちは、きっとどこかで彼に好かれたいと、思っているのでしょう。彼が諦め切れていないのでしょう。私ってば、馬鹿ねえ。

 だって好きなのだもの、どうしようもなく好き。……あー恥ずかし。ふへへへ。

 

 うわどうしよう、何だこれは。一瞬で暗い気持ちが吹っ飛んでいってしまった。すごい。

 ああ。本当に私は、ルルーシュ・ランペルージ氏が好きなのだなあ。うーん、にやけてしまう。

 

 多分私は、心地いい恋をしていたくて、知られることでそれを失いそうで怖いんだろう。

 

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