ゼロをトップとした黒の騎士団が、ナリタ山のゴタゴタで世間様を賑わせている頃のことだ。アナは、どこからともなくその情報をつかんできた。
――シャーリーがルルーシュ氏をコンサートに誘ったらしい。
あまりの衝撃に暫く何も考えられなくて、やっと私が平常心を取り戻した頃には、私の手の中にはコンサートのチケットがおさまっていた。
おかしい。
……そういえば、その情報の裏をとった後、コンサートホールや楽団の類に繋がりのある演劇部OBの先輩方という伝手を屈指して、ルルーシュ氏の行くというコンサートを調べ上げ、チケットを購入したような気がする。二人の席位置も調査済みだ。何やってるんだ私は。
ルルーシュ氏とシャーリーに悟られぬよう秘密裏に行われたそれに、アナはドン引きしていた。……ちょっと心が乱れていたのだ、やってしまったものは仕方があるまい。
入手したチケットの席位置は、二人の席を離れたところからよく見られる絶好の場所だった。彼らの側でなかったことにほっと息をつく。乱心中の私は、それでも変わらず私らしく、小心的に二人を遠目から観察することを選んだらしい。
私服ルルーシュ氏が楽しみである。
「エレイン、それ下手しなくともストーカーよ」
私の言い訳のような話を聞き、例のチケットを見たアナはそう言った。
「本人達に実害を与えなければセーフ」
「アウト」
「そんなー」
「それよりエレインが気にするべきはカレンさんよぉ。もともと病欠続きの人ではあったけど、彼女がお休みの日、狙ったみたいにルルーシュまで休んでるじゃない。これは何かあると見た」
にやりと笑ってアナが言った。エスパーアナ様が言うことだ、本当に何かあるかもしれない。
「どどどどうしようアナ、私まだルルーシュ氏と朝の挨拶を交わす仲にすらなれてないのに!」
今のリードはトップから、カレンさん、シャーリー、私とその他有象無象といったところだろうか。泣きたい。彼が名前と部活を覚えてくれていたのだって、大きな理由はなかったろうから。私への頼み事だって、私だけが必死に続けていて、彼は頼んだことなんて忘れているかもしれない。
ああ、くるしいなあ。
「あんたもなんかアプローチしなさいよ」
「無理無理無理! 無・理!」
なんて無茶ぶりをしてくれる。同じ教室にいるだけでもドッキドキだというのに。いやでも、そうよね。相手に悟られず、さりげなく、好かれるように頑張るって決めたところだものね。行動には結果が伴うものだし。……こんな虫のいい条件なんて、自分を好きになるよう頭の中弄りでもしないと実現不可能じゃないかなあ。
今更ながら、無謀なことをしようとしていることを自覚した。
×
「スカーレット・ピンパーネル」が「黒の騎士団」に書き換えられた(ついでに手も加えられた)台本が、ついに部員達に配られた。ちなみに本国の「スカーレット・ピンパーネル」を観たことで、部員達は既にこれが「スカーレット・ピンパーネル」ではない何かだということを知っている。
「あれ、奥さんが妹さんになってる」
「皇太子の頃はショーヴランと竹馬の友だった設定どこから出てきた」
カオスだ。
「さすがにこれを『スカーレット・ピンパーネル』の名で公演するのはまずいんじゃないかなあ」
「むしろこの内容、公演すること自体まずいだろ」
なんてったって、現時点での物語は、フランスの皇太子が身を偽ってブリタニア貴族となり、かつての親友とバトルするとかいう展開なのだ。
「私の『スカーレット・ピンパーネル』を返して」
「本国の公演、良かったよなあ」
「わかる。普通のスカピンやりたい」
私もやりたい。元々のスカーレット・ピンパーネルは、それはもう素敵な話なのだ。どうしてこうなったんだろう。それもこれも、部長をそそのかすような真似をしでかしてくれたゼロのせいだ。いや、部長が悪いのだろうけど。
×
件のコンサートの日。私はルルーシュ氏を鑑賞する上で、この会場一の特等席と思われる場所から、例の席を観ていた。まだ開演一時間前とあって、二人は来ていない。
もしかすると早めに待ち合わせて早めの夕食を一緒に摂ってから来るだとか、ショッピングを楽しんでいたりするのかもしれない。が、それを追いかけるようなストーカー精神を、私はあいにく持ち合わせていないのだ。だから私は、ひたすらに、二人が来るのを待つだけだった。
時間の経過とともに会場の席は埋まっていくというのに、いつまでもその二席が空席で、私は何度も時計を確認した。15分前、10分前、そして5分前になっても、二人は現れない。
学校行事では時間にきっちりしている二人のことだ、いくらオフの日だからってコンサート会場に開演直前になってやってくることがあるだろうか。
まさか私はシャーリーにブラフを捕まされ、今頃二人は別の場所でイチャラブデート中だとでもいうのか!! ……さすがに妄想が過ぎるか。というか、当たって欲しくない想像だ。
そんなくだらないことを考えているうちに、二人が不在のままでコンサートは始まってしまった。
目当ての人もおらず、コンサートがクラッシック系だったこともあって、すぐに瞼が重くなる。別に聴くのが退屈なわけではなく、この手の曲を聴くとどうにもリラックスしてしまうのだ。思考は沈み、音楽を聴いているその感覚だけが残る。この眠るとも起きるともつかないまどろみが、私は好きだった。
ふと、天上にでも誘われるような心地がして、私は意識を取り戻す。そのときに演奏されていたのは鎮魂歌だった。これは本当に天に召されてしまう。
曲は確か、モーツァルトが楽譜を書きかけで息絶えたとかいう、「涙の日」。荘厳な合唱曲としての印象が強かったので、少ない人数で演奏と歌唱を成り立たせながら曲の雰囲気を失わないのは見事だった。
まだコンサートは続いている。時計をみれば、開演からは結構な時間が経っていた。そして、例の席に二人はいない。
コンサートは途中だったが、これ以上ここにいて鑑賞を続けたいような気分ではなかった。曲の合間に席を立ち、私はホールを抜け出した。
随分と外が暗いので、不思議に思って空を見れば、どす黒い雲が空を占めてどしゃぶりの雨を降らせていた。空がそうして大泣きするので、なんだか私も泣いてしまいたい気分だった。
エントランスのソファに座って、ぼうっと外を見つめる。ガラスが分厚いからか、雨音は殆ど聞こえてこない。
じっとしていることも億劫で、ホールの受付で売られていた割高の傘を買い、外に出た。傘に叩きつけるような雨の音は、まるで誰かの悲しみのようで、痛みすら伴うほど苦しい。
歩くうちに冷え切った身体は、ぬくもりを求めるけれど、そのぬくもりを与えてくれる誰かなんていなくて、手を伸ばせるはずもなくて、私は身を縮こませるしかなかった。
×
「コンサートはどうだった?」
ニヤニヤ顔のアナは、どうやら今ばかりはエスパーアナ様モードでないらしい。
「二人とも来なかった」
「えーー!」
「アナうるさい」
クラスメイト達の視線が集まることに恐怖を覚えて身を震わせた私は、八つ当たりのようにアナの額をぺちりと叩いた。
この話題は終わり。私にしてみてもあまり掘り下げられたくないことだったから、すぐに別の話題を出す。
「演劇部の公演近いんだけど、アナはお暇?」
ぺらりと広報用のミニポスターを取り出しアナへと見せる。ストークス先輩の力作のこれは、ポスターからではまさか、あんな紅色なんて欠片のないスカーレット・ピンパーネルではない何かが公演されるとは思えない。
「三日目ならいけそう」
「おぉー」
あの内容で三日も公演続くだろうかと私は内心考えながら、今日も空席のそこを見る。
「カレンさんも誘いたかったなあ」
「ていうか、それこそルルーシュ誘いなさいよ」
「え、だってきっと来ないよ。こういうの、ルルーシュ氏って優先順位低いだろうし」
ゼロの隠れファンのようだし、ゼロが出ると言えばきてくれるのかもしれないが、私がそれを知ることは彼に知られるわけにはいかない。第一自分が主役やるからって言って見に来てなんて告げられるわけない。
「それに、最近何かに入れ込んでるのか忙しいみたいだから」
これはアーサー情報。生徒会の仕事もせず、寮の自室にもいないことが多いとか。
「何かって?」
「わかんない」
私も気になるところだけれど、アーサーは彼がゼロとして黒の騎士団の活動に励んでいるんだなんて、そんなので笑いがとれると思っているのかと叱りたくなるような面白くないジョークしか言わないので、実際彼が何をしているのかはわからない。こういうところで役立ってこそのアーサーなのに。
忙しいといえば、スザクくんも一応の軍人さんだからか、欠席が多い。今日は珍しく学園に来ていたが。
彼も公演、誘ってみようかな。一応、と…と、ともだち、認定、いただいてるし。へへ。なんだか、変な笑い声がでそうなくらい頬が緩む。来ることに期待はしないけど、一応お誘いは形だけしておきたい。アナ以外を公演に誘う貴重な機会だし。
そんなこんなで、私は彼に誘いの声をかけた。
「ああ、その日なら。初日の午後の公演、行けそうだよ」
「ふえっ?」
予想外なことになった。
×
『スカーレット・ピンパーネル』のリハーサルは、制服のままという服装で、靴のみ本番と同じものを使って行われた。台詞は口にせず、立ち位置だけを確認するかたちをとったこともあり、顧問の先生はリハーサルの最初から最後まで、これがかなりの問題作であることに気付かなかった。……遂に止められることなく、公演本番が迎えられてしまうというのは、幸か、不幸か。
公演時間は一回あたり二時間少し。午前と午後に一回ずつ、1日二公演を土日ひと月計八日間全十六回公演。
さて、その第一回目の公演、それも始まって5分も経たないうちに、「待った」が掛かった。……私がゼロの仮面で登場するシーンだ。部長が無言で続けろと訴えてくるが、無視である。
それから10分後、正式に中止とするようにとのお達しが届く。要はようやく「アウト」認定が来たわけだ。顧問の先生は頭を抱えていた。
部長が書いた問題ある台本が原因で、公演中止になるのは珍しいことではなかったが、その中でも、初日の初公演の途中で中止というのは最短記録だった。部員達みんなで大笑いだ。部長だけはしょんぼりしていたけれど。
来てくれたお客様方には悪いので、こんなこともあろうかと用意しておいた(とはいうが、部長が台本を書いた作品を公演する際には絶対に用意されていたりする。ちなみに、使われなければ皆のお腹の中におさまる)お詫びの袋詰めクッキーを配った。
さて、ここからが私達の本番だ。
まず、喚く部長を隔離して、副部長が顧問の先生に、二日目から普通のスカーレット・ピンパーネルを公演できないかの打診をする。
この時のポイントは、『どれだけ私達が部長の被害者であったか』を訴えることだ。部長を生贄に、私達の「スカーレット・ピンパーネル」は守られるのである。あ、もちろん本家の、ちゃんと紅色をした「スカーレット・ピンパーネル」の方だ。断じて黒の騎士団じゃない。
いつもの慣れたやりとりに、顧問の先生もあっさり頷き、許可をもらえるかきいてくるからとホールを出て行った。
あとは、許可が下りることを祈るだけだ。
正直なところ、部長の台本は、部員達に嫌われているわけではない。むしろ、好かれてすらいる。
盛り上げどころは熱く、しんみりさせるところは静かに、観客に適度に気を抜かせる部分を作りつつ、クライマックスには目を離させない。なんともツボを押さえるのが上手い、演劇向きな台本を書くのだ。ただ、内容がアレなだけで……それが一番問題なのだが。だから皆、内容に関しては諦めて、それでも台本に関しては、信頼をおいているのだ、と思う。
部長を生贄に、私達が公演しようというのは、部長が「これなら止められないだろう」と顧問の先生や学校側に事前に提出したスカーレット・ピンパーネルの台本。普通のスカーレット・ピンパーネルとはいっても、実際に部で公演できるようにと部長が再編したものだから、その質は言わずもがな。こんなところでも手を抜けないのが部長らしい。おかげさまでチラシが無駄にならない。
「エレイン、台詞は覚えられそうか」
「もう全て入ってますよ」
「……相変わらず早いな」
私の取り柄といえばこれくらいですから。
そんなこんなしている間に、顧問の先生が戻ってくる。遠くから彼が出すのはOKサイン。歓声が上がった。
「一応明日からの公演許可を貰ってきたが」
「じゃあ明日からってことで決定!」
「間に合うの?」
「間に合わせるの!」
そうとなったらこうしてはいられない。大急ぎで準備を始めなければ。衣装や道具類の大体は、流用がきくように作られていたが、部長版の台本で名前が消えていた役数人は、まず誰が演じるかということから決めなければならなかった。
「あっ、皇太子とパーシー、同じシーンに出てくるところある」
「エレイン! ニンジャになれ! 影分身だ!」
「無茶言わないでくださいよ!」
わいわいがやがやと明日に向けての準備を始める私達。ホールが貸し切られているのは幸いだ、この広い場所で作業ができる。
「そういえば、部長はどこに?」
数人に引きずられ連れて行かれていたところは見たのだが、それ以降の彼についての情報がない。
「袖に吊るしてあるって」
「吊る…?!」
「ほら、生贄セット」
言われて、ああと頷いた。生贄セットというのは、いつぞの劇で使った大道具の一つ。ヒロインが生贄として「龍の大口」と呼ばれる谷に吊るされるシーンに使われたものだ。いまこの部にヒーローなんていないから、部長はこのまま助け出されることなく生贄になるんだろう。部長の安息を祈ろう。
衣装や道具類を、使い回せそうなものとできないものに大別して、使い回せそうなものはどこで使えそうかと、台本を塗りつぶし確認する。これで、これから用意しないといけないものが洗い出せた。
その用意しないといけないものは、使い回せなかったものの内から、手直しすれば使えそうなものを探して用意する。それで駄目なら一から作ることになるのだけれど、今回それは必要なさそうだった。
やはり、皆こうなることは予測して道具や衣装を作ってたんだろうか。ちなみに私の作った仮面は全くといっていいほど使えそうにもなかった。悲しい。
話もまとまり、衣装や道具類の手直しにかかろうかという頃にはもう、時計の針はお昼の12時を回っていた。
(エレイン・アーキンの日記 11)
まあ、予想していたことではあったが、スカーレット・ピンパーネルとは名ばかりの謎の台本は公演中止となったわけである。「何がいけなかったのだろう」なんて部長は呟いていた。…ゼロや黒の騎士団を出さなければよかったのではなかろうか?
まともなものだって書けるのに、どうして部長は毎度こうも、香ばしいとでもいうか、危険思想的とでもいうか、誰もが触れたがらないものを扱いたがるんだろう。今回は特に、いつもより思い入れが強いようだった。
使えなかったゼロの仮面は、部の備品にしておいた。もう絶対使われる機会はないだろう、彼らの革命が成功でもしない限り。