壁に×印をつけるだけの簡単なお仕事   作:おいしいおこめ

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閑話

 ギアス、というものがある。

 『王の力』とも呼ばれるそれは、コード所持者からの干渉を受けた特定の者だけが使用できる特殊能力だ。これを使用することで、人智を超えた力により他者に影響を及ぼすことができる。能力の内容は人それぞれで、その人の素質や願望に応じたものが発現するといわれている。

 

 ギアス嚮団は、そのギアスの研究を行っている組織だ。私には、この組織の実験に関わっていた時期がある。他ならぬ実験体としての参加で、そこに私の意志はなかった。

 適性が高かったのだという。何の適性だかは知らないが、組織の者たちには求めるところがあって、私はそこに接続するのに非常に都合のいい人間だったようだ。彼らは私を『器』と呼んだ。

 そうして。幾度ものシミュレーションと実験を繰り返し、万全の体制で臨んだはずの初めての接続は、私に前世の記憶を与えたところで硬直してしまった。原因は、私の容量が少な過ぎたこと。望むものを引き出せないまま、計画は頓挫。不要なデータで容量を一杯にした私は、実験体としても使えなくなり、廃棄されかけたところを兄に引き取られ、今に至る。

 

「正直、アーサーの存在だけで、ファンタジーやオカルトはもうお腹いっぱいなのよね」

 

 ごろん、とソファに横になり、目を瞑る。眠気はないが、心までもを占める疲労感があった。それでも、自宅のソファは落ち着く。

 あの飛行船に乗った学園生たちは本来、帰国予定者の避難区域に連れて行かれるところだったらしい。私は途中で降ろしてもらい、自宅に戻ったかたちになる。無理を言った自覚があるのだが、飛行船を動かしていた白衣に眼鏡の彼、ロイド伯爵は大して気にした様子もなかった。むしろ少し楽しげだったように思われるのは気のせいだろうか。マッドサイエンティストな気質を感じて震えてくる。

 

 テレビは幾つかのチャンネルが映らなくなった。残ったチャンネルで流れるニュースは、頻りにブリタニア国民への本国帰還の旨を伝えている。戦火に晒され、危険地となったエリア11から避難しろというのだ。私も本来なら、今すぐ日本を発つべきなのだが、そのための荷造りは一向に終わっていなかった。

 本国へ戻ったところで兄はいない。そう思うと気が乗らず、この地を離れない方法がないものかばかり考えてしまう。演者になれないことはわかっている。舞台に立つ気はないが、観客をやめる気もないのだ。幕引きにはまだ早い、演目は続いている。

 

 せめて見届けるくらいはしたいと思うのだ。そもそも何が起こっているのか、把握し切れてはいないのだけれど。

 嚮団、ギアス、黒の騎士団――ゼロ。多分、ルルーシュ氏も無関係ではないのだろう。あの仮面を自主制作してしまうほどだ。ゼロへの憧れが高じて、信奉者にでもなってしまったのだろうか。

 

「参謀役なんて、似合いそうよね」

 

 口にして、くすりと笑ってしまう。彼は誰かの下につくような性質でもない印象なので、どうしてもそんな立場で他人をいいように操っていそうな気がした。

 ――零しているのは笑い声なのに、どうして鼻の奥がツンとするんだろう。

 ほろほろと熱い涙が頬をつたう。悲しくなんてない。誰が悪いこともなく、いうなれば事故のようなもの。

 

 恋だ、と思っていた。私は彼が好きなのだと。彼が好きな理由が説明できないことも、理屈でないところで恋をしているのだと、そう思っていた。

 こんな私にも、好きになれる人が、愛せる人ができたのだと、少しだけ誇らしい気持ちになって。想うことで、満たされるものもあるのだと、小さな感動を得て。日々は、ささやかな幸せで十分にこと足りていた。

 知らなければ、気付かなければ、偽りの恋に心躍らせる少女のままでいられただろう。けれども私には、私自身の彼への気持ちが、本物なのかどうか分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 何をしなくとも、お腹はすくものだ。すり減った心を満たすためにも、私はフライパンを握る。こういう時には、美味しいものを食べるに限る。

 オムレツ……いや、ポテトガレットだな。スライス予定だったじゃがいもは、せん切りに変更して細く刻む。同じように刻んだベーコンと薄切りした玉ねぎも、一緒にしてしまって、サラダ油をひいたフライパンに投入した。味付けは軽く塩胡椒を振るだけ。程よい頃にチーズを乗せて、カリカリになるまで両面を焼けば完成だ。

 ピザのように八つに切り分けて、皿へと盛り付ける。鼻をくすぐる香ばしいにおいに、思わずその場で一切れ味見した。

 

「んふ、ふ」

 

 カリカリのモチモチのほくほく! なかなか上手に焼けたようで、その出来に嬉しくなる。二枚目に伸ばしそうになる手をおさえて、付け合わせのサラダを作った。生憎葉野菜が入手できなかったので、ラディッシュで対応する。スライスして、ドレッシングをかけただけの簡単なもの。

 出来上がった食事に、うきうき気分で手を付けた。外の喧騒も、争いも、忘れたような食事の時間だ。

 

 いつまでもこうしていられないことは分かっている。物資は心許無く、そのうち本国に戻らざるを得ない日がやってくることが予想された。一週間もいられないかもしれない。……それとも、それだけの日数が経つより事態がおさまる方が先だろうか。

 戦火の激しさは増しながらも、戦況はブリタニア軍が有利でいて、黒の騎士団率いる反ブリタニア勢力を着実に制圧している。エリア11はあまりよくない状況で、日本人は今後さらに苦境に立たされることになるだろうことが予想された。

 虐げられ搾取されることを受容し、従属することと、支配に抵抗し、生きるのにより苦しんで身を削ること。果たして、どちらがマシなのだろう。

 世界は敗者に優しくない。勝者の善良さに期待するだけ損というもので、だからこそ悪意や悲劇に見舞われぬためには、勝ち続ける必要があった。

 

 ポテトガレットを咀嚼しながら、私は棚の上の手紙に視線をやる。一昨日郵便受けに投函されていた、私の兄を名乗る誰かさんからの手紙だ。こんな状況で、よくもまあ届いたものだ。

 その内容は、もちろん私に帰国を促すもので、そればかりか本国での滞在先を用意する旨が記されている。軟禁でもするつもりだろうか。私の自由はどこまで保証されるのだろう。

 

 誰かに従うことしかできなかった、あの苦い日々を思い出した私は、むしゃくしゃする気持ちと一緒にピリッと辛いラディッシュを飲み込んだ。理不尽には怒りを抱いていいのだと、それがこれほど楽なものだと昔は知らなかった。知ってしまった今となっては、この身勝手な自由さが手放し難い。

 皿を空にした私は、気づけば、帰りたくないというわがままを返事の手紙に綴っていた。綴っただけで、ポストに投函できないあたりは私らしいと言えるだろう。

 

 

 その日の夜のこと。知らないアドレスから、メールが届いていた。差出人は私の兄を名乗り、そこには私の迎えに、『友人』をエリア11に行かせる旨が記されている。迎えの時間は明日の正午。あまりに早急で強引な流れに、乾いた笑いが零れた。

 個人情報の流出が過ぎる。このアドレスを知るのは、学園関係の知人であって、兄には知らせていないはずなのに。一体この誰かさんは、どこで知ったというのだろう。とられたであろう手段に、いい気がしない。

 

 やれやれ、と息をついて、重い腰をあげる。生憎、自身の弱さは心得ているのだ。押し切られる未来が見えるのだから、荷作りをせずに身一つで行く羽目になるような愚はおかさない。ここには戻ってこられなくなる可能性も考えて、失くしたくないものは全て欠けなく箱に詰め込んだ。

 

「……アーサーにも、声を掛けておかないと」

 

 そうして彼のいそうな場所を見回る私だったが、アーサーの姿を見つけることは、ついぞできなかった。

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 迎えに来た自称『兄の友人』は、ジノ・ヴァインベルグと名乗った。

 陽の光を受け、キラキラと輝く黄金の髪。透き通る瞳の色はアクアマリンのようだった。彼の浮かべた好青年然とした笑みに、私は気後れしてしまう。兄の友人とするには、どうにも住む世界の違う爽やか系イケメンが来てしまった。服もカジュアルなデザインながら、一見して仕立てのよいものだと分かる。もしかしなくとも、良いところのお坊っちゃんというやつなのではないだろうか。

 そんな人があまりにもフレンドリーに話しかけてくるものだから、私にとっては恐怖でしかなかった。所詮は他人の間柄だ、他人の距離をとってほしい。

 

 『兄の友人』だという時点で、その真偽がどうであれ、彼が軍の関係者であることは間違いない。兄の死の隠蔽に加担している一人だ。

 関わり合いにはなりたくないが、話し掛けられる分には仕方なく、私は兄の死を知らない少女の仮面を被って、彼の話を聞き流した。

 

「忘れ物はないか?」

 

 手配された業者によって、運び出されていく荷物を見送る私に、彼が問う。口では「ありません」なんて言いながら、私が考えるのはアーサーのことだ。この地に置いていくことが気掛かりでならない。どうか一人でありませんようにと、心の中で祈りを捧げる。彼を一人にしたくない、私を一人にしないでほしい。

 そんなことを知らない『兄の友人』は、満足げに頷いた。どうやら彼は、戦火も近いこの場所から、なるべく早く移動してしまいたいようだった。

 

「よし、じゃあ行くぞー!」

 

 意気揚々と声を上げた彼は、私の手を掴んだ。私が驚き、呆気にとられているうちにも、彼は私の腕を引いてズンズン歩いていってしまう。……苦手意識の天井を突き抜けたあたりで、私は彼に天敵判定を下すことに決めた。

 

 様子を見るに、彼は随分とご機嫌らしい。そのご機嫌さが、今は彼の行動力に拍車をかけている。普段ならば、ここまで非常識ではないのだろう。ないのだ、と思いたいのだが、果たして現在彼は、私が引き摺られないようついていくのに必死になっていることに気付いているだろうか。歩幅を合わせてくれる親切心を緊急募集したい。

 彼の勢いは歩みを止めたところで止まることを知らず、今度は会話という形に表れた。会話というか、彼の話に私が相槌を打つだけなのだが。よく話すことがあるなと感心してしまう。

 

 途切れぬ話題を聞き流しつつ、私は手元の携帯電話で現在時刻を確認する。

 本国へのフライトは約十時間。その間、隣の席から話しかけてくる彼を常に相手し続けるのは骨が折れることだろう。早々に寝たふりを決め込む算段を立てる。

 そうして離陸も間もなくとなり。ふかふかの座椅子に背を預けたところで、ふと意地の悪い気持ちが湧いた私は彼に、ひとつの問いを投げかけた。

 

「兄の調子はどうですか」

 

 手紙だけでは分からないこともあるだろうから、とそんな言葉を添えて尋ねれば、彼はきらり、きらりと、星の輝きでもあらわしそうな効果音の似合う笑みを浮かべて答えた。

 

「元気にしているとも。心配はいらない、よくやっているよ」

 

 ――ああ、この人だ。と、天啓を受け取るかのように確信する。この人が手紙の相手だ、と。

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