壁に×印をつけるだけの簡単なお仕事   作:おいしいおこめ

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06 嘘は嘘のままに

 空を見てどこか寂しそうな顔をしたスザク君に、また自分は気付かないうちにまずいことをやってしまったかと頭を抱えたくなる。エスパーアナ様に助けて欲しい。

 

 それでもクラス教員のいる教室に着く頃には元気を取り戻したようだった。ほっとしながらスザク君に到着を告げる。教室の中でこちらに向かって何か言い掛けていたクラス教員には、分かってますよという態度で「今からカウンセリング室行ってきます」と告げておいた。

 さて、少し遠回りになったが向かうとするか。何気なくスザク君を先導する形で案内できたことに満足しながら、目的地へと向かった。

 

 

 カウンセリング室は西棟の割と端だった。この辺りの教室には来る機会がないとはいえ、他の教室とたいして備品も変わらず興味を惹かれるようなものも見つけられなかった。

 カウンセリング室の扉をノックする。名前の確認の後、入ってもいいと返事があった。

 

 中を見て、驚く。小さな喫茶店のような雰囲気で、通常の教室と違いお洒落な机と椅子が置かれていた。ソファまである。壁紙もお揃いのモダンな感じだった。ライトだけは、他の教室と同じ仕様だったが。

 

「趣味ですか?」

 

 思わず口にした言葉に、カウンセラーの女性はくすりと笑った。

 

「生徒が寛げるように、なんだけれど私が一番寛いでしまっているかもしれないわね」

 

 カウンセラーの女性は、ビーアと名乗った。どうぞ座ってと椅子を案内され、おとなしく座っているとショートケーキが出てきた。赤いイチゴが艶やかだ。はて、喫茶店にきたおぼえはないのだが。

 戸惑うエレインに、ビーアは「学園長からよ」と言った。なんでも、「生きている限り希望がある」の言葉と共に、悩める少女エレインちゃんに贈ってくださったのだとか。やったぜ。

 その優しさに喜びを感じると同時に、そこまで心配される事態ではないのだよなと思う。どうしよう、優しさが重い。後ろめたい。

 

「あの」

「コーヒーと紅茶、どっちにする?」

「……紅茶で」

 

 カウンセリングとは一体。私の知っているカウンセリングと違う、カウンセリングってもっとこう質問責めで、そのくせ答えると「それは」「でもね」と反対してきて、そのうち自分の意見を言い出してこちらがそれに同意しないと嫌な顔してくるやつじゃなかったのか。

 あれ、でもそれってどちらかというと洗脳? 説得? ともかく私の知ってたカウンセリングは、カウンセリングじゃなかった! 疑問解決である。

 

「まあ午前中がお休みになったものだとでも思って楽にしててね」

 

 なるほど、こうして生徒の気をほぐし相談しやすい空間を作って、相談に乗り信頼関係を築くのだなと妙に感心してしまう。

 さて、相談したいことといえば何だろう。本来ならば昨日の件を話すべきなんだろうが、話すことがなさすぎる。

 

 目の前のショートケーキをつつき、そのスポンジの弾力を楽しみながら、取り敢えず伝えるべきことだけ伝えておくことにした。

 

「猫は戻ってきました。もう元気です」

 

 ビーアは虚を食らったような顔をした。

 

「それは、エレインさんが? 猫が?」

「私も猫も元気です」

 

 ぐっ、と親指をたててみせると、ビーアは穏やかに笑ってみせた。それから、申し訳なさそうな顔で「それでも、」と口にする。

 

「エレインさんのお話聞かせてほしいし、一応お仕事だから、暫く付き合ってくれる?」

 

 特別断る理由もなく、私は素直に頷くのだった。

 ベルガモットの香りが広がる。耐熱ガラスのポットで踊る茶葉が、明るいブラウンの波模様を描く。その模様もすぐに溶けて消えてしまった。

 カップに注がれた紅茶を口にして、私はその味にやっぱりかと息を詰まらせた。

 

 アールグレイ。昔、兄がよく飲んでいたお茶だった。懐かしさをケーキと一緒に喉の奥に流し込む。生クリームの甘味が幸せだ。

 

「お砂糖とミルク、要るかしら?」

 

 ビーアがそう言って砂糖とミルクを見せるが断る。必要を感じなかったのもあるし、今これを飲むのには、砂糖やミルクは邪魔になってしまうような気がした。この苦味を、独特の風味を、熱を味わいたいような、そんな心地だった。

 

「食べながら、でいいわ。話したくないことがあれば、話したくないと言ったり、伏せてくれて構わないからね。

ではまず最初に。確認事項なので、違っていたら訂正してね」

 

 そう言い、ビーアは正面に座って、記録帳らしい赤いノートを開いて、ファイルから書類を数枚取り出した。書かれているのはきっと、学園で保管されている私の個人情報だとかだろう。

 

「ご両親はすでに他界されていて、親権者が…チャールズ・アーキンさん。これはお兄さんね」

 

 肯定の意を含めてこくりと頷く。両親の訃報が届いた時、兄も私も二人だけで生きていくには幼すぎて、頼れる親族もいなくて。

 それぞれ『善意で』他人の有志に引き取られることとなったのだが、心配屋の兄は私と離ればなれになるのが嫌だったのだろう。成人と同時にそこを飛び出して、一人で生計を立てて、いつの間にやら家まで買って私を迎える環境を整え、私の親権まで得ていた。

 それを機に私は兄に引き渡されることになり、アーサーの食料事情も改善して、私の生活も随分と文化人的になったのであった。

 

「お兄さんと暮らしているの?」

「いえ、兄は今出張中でして」

 

 出張とは言ったが、実際はなんというか。彼は軍属故に、各国を転々としているのだ。

 私が中等部の頃は、兄と私とアーサーの二人と一匹で、あの家で暮らしていたのだけれど。昇進したとかで仕事が忙しくなってしまったらしい。多分、何処かの戦場にでも駆り出されているんだろう。

 

「あら、じゃあ一人暮らしね」

「いえ、猫と二人暮らしです」

 

 奴を、アーサーをカウントしないとどうにも違和感がある。数え忘れ、いないことにするには存在が大きすぎるのだ。

 

「一匹と一人暮らしね」

 

 さらさら、と記録帳に文字が増えていく。

 

「……二人暮らしです」

 

 あの猫を一人と数えるのは癪だが、私が一人暮らしをしているというのは、どうにも違う気がして告げる。ビーアは苦笑しながらも、ノートに書いていた『一人暮らし(猫がいる)』に二重線を引いて、『二人暮らし(一人は猫)』と書き直した。

 

「貴女と猫の二人暮らし、ね。大変じゃない? 困っていることとか、ないの?」

「いや、別に…慣れました。金銭面は兄から送られてくる分で十分すぎるくらいですし、生活面も。自分一人の家事と猫の面倒みるくらい楽なものです」

「そう、立派ね」

 

 なんだか、その表現にむず痒さを感じた。別に大したことじゃない、兄が家にいた頃とあまり変わらない。二人分か一人分か、交代制か毎日かの違いだ。

 

「自宅通いなのね。……学園寮って選択肢もあるから、考えておいてね」

 

 ビーアの言葉に、悪いと思いながらも首を横に振る。

 

「学園寮では、動物は飼えないとききました。それに、兄が帰って来た時、帰る家がないと可哀想ですし。家って、住んでないとすぐ寂れちゃうものですから」

 

「ペット禁止、ね。……アレルギーの生徒からの抗議で、問題にあがったのが切っ掛けだったかしら」

「そうだったんですね」

「その生徒も卒業しているでしょうし、今打診すれば案外融通がききそうよ」

 

 それは、なんというか。それが通ってしまうというのは、今いる猫アレルギーの学園生徒に横暴だというか、可哀想なことだと思うのだが。

 

「一応考えておきます。今の所必要に感じてはいません」

「そう」

 

 それから、ビーアはエレインに昨日の件について数個の質問をした。エレインは、昨日話したのと同じような内容をここでも話す。

 

「空が綺麗だった…ね。貴女の友人のアナさんが、自分のせいだと言っていたことについては、何か心あたりあるかしら」

 

 ああ、それがあった。空が綺麗だったなんて、他の人からしたら理解し難い理由を挙げるくらいなら、そっちの方が周りも納得しやすくてよかったかな、と、少し考えながらも、別に彼女のせいではないのだし、アナは関わらせるべきではないとすぐにその考えを捨てる。

 

「彼女とは、一週間ちょっとくらい前に、一度小さな諍いというか、考えがぶつかることがありまして」

 

 譲るつもりはないが、理解してもらえるとも思っていない、あの時の私はそう考えていた。

 

「アナは、それを気に病んでいたようで。そのことについては、昨日の夜、じっくりアナと話して、お互い遺恨はないですし、それが原因ではなかったことも話せています」

 

 カレンさんの件は伏せる。理由を言い出すとどうしてもルルーシュ・ランペルージ氏の話になってしまうので、だ。何故それがまずいのかといえば、私が恥ずかしさや惨めさ諸々で耐えきれないからである。

 

「関係はなかったのね」

 

「はい。……あれは、別に死ぬつもりではありませんでした。そもそも、飛び降りるつもりもなくて、あんまりに空が綺麗だったので、こう、変な気起こしてしまったんですよ。空が飛べるかもって」

 

 エレインの言葉に、ビーアはノートに走らせていたペンを止めた。

 

「確かに昨日はいい天気だったわ」

「今日も一日晴れてそうですね」

「そうね…」

 

 窓の外を見て、ビーアはノートを閉じた。

 昨日の件に関する話はこれでおしまいらしい。お皿もカップも空になったところで、ビーアは膝の上で手を組みエレインに問いかける。

 

「最後に。昨日の件に関わらず、今悩む…までいかなくとも、考えていることだとか、何でもいいから話したいこと、ないかしら」

「考えている、こと」

 

 何かあっただろうかと思いを巡らせ、自分では答えの出せなかった、気になることをきいてみることにした。

 

「どうすれば、人から好かれるんですかね」

 

 私は、ルルーシュ・ランペルージ氏を理由もわからないまま好きになってしまったもので、彼に自分を好きになってもらおうにも、そのやり方だとか切っ掛けというものがさっぱりなのである。自分のことが参考にできないのだ。ここはひとつ、他人様の意見もきいてみることにする。

 が、しかし、ビーアの意見は私にはとれない方法だった。

 

「好意を抱いていることを、態度で示すことかしら」

 

 私はそれをしたくないのだ。きゃあきゃあ黄色い声をあげるつもりはない。第一、彼の前では否応なしに緊張してしまって会話もままならないというのに、無茶だ。

 とはいえ、その理由については参考になるかもしれないと真剣な顔をする。

 ビーアは、あくまで一般的に考えてであること、参考程度にとどめることを前置いて、それを話した。

 

「人っていうのはね、好意を抱かれて、まず嫌な気持ちになるってのは珍しいことなの。その人に好かれている、と思ったら、警戒もとけて気を許しやすくなるのが自然よ。まあ、それを押し付けるだとか、あまりに重いものを最初から示すのは逆効果だけれど」

 

 ビーアの話したそれは、好かれるためというより、どちらかというと嫌われないための方法のように思えた。

 そのことは告げずに、感謝の意だけ述べる。それから、もう一つ。アナにもいつか訊いたことを、彼女にも問うことにした。

 

「友達の作り方、ご存知ありませんか?」

 

 ビーアはそれをきいて、目に見えて焦り困ったような顔をして、目線を泳がせながら申し訳なさそうな声で言った。

 

「『つくるものではなく、できるものだ』と、ある人は言っていたわね」

「なるほど……哲学ですね」

 

 確かに、分かるような気のする言葉だけれど。じゃあ、友達はどうすればできるのだろう?

 分からないままに、そのままに。カウンセリングの時間は終わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(エレイン・アーキンの日記 6)

 自分の例を参考に、どうすれば友達ができるのかを考えてみようとしたが、データが二人分しかなかったので考えなかったことにした。せつない。スザク君に関しては私が勝手に友達認定してしまっているようなところもあるので、下手するとデータは一人分である。なんてこったい。

 それは置いておくとして、カウンセリングではケーキも食べ、授業もサボれ、なかなかお得だったのではないかと思う。昨日の件での要らぬ誤解を受けた分はこれでチャラ、だというか、もともと自業自得みたいなところがあったのだ、これだとお釣りが出る。

 私の知ってるカウンセリングとも違ったし、いや、あれは私の知ってたカウンセリングがカウンセリングじゃなかったのだな。勉強になった。

 アールグレイといえば。すっかり忘れていたが、兄がこの前の手紙で、お気に入りのメーカーの茶葉が近場で売っていないと嘆いていた。次に手紙が届いたら、手紙の返事と一緒に送ってあげることにしよう。

 

 

 

 

(ある学校カウンセラーの呟き)

エレイン・アーキン。事前に聞いた話では、彼女の自殺未遂原因は愛猫がいなくなったことによるとされていた。しかし、彼女自身は自殺を否定している。不本意な出来事であっただとか、事故だったという可能性も考慮すべきだ。

とはいえ、そうなると突然の猫の話は不自然である。詳しい話を、と思ったのだが、本人にとっては全て済んだことのようで、説明するのを避けているような節がある。

悩み事も、問題も、全て自分で解決できてしまうと思いこんでいる、いや、実際解決はできたのかもしれない。しかし、全ての物事を自己完結させるというのは、大人子供関係なく難しい。いつか限界がくるのではないか、心配だ。

自分のことを話す、という習慣が彼女にはないらしい。彼女の生い立ちから、一人で過ごす時間というのが長かったのも影響しているだろう。話を聞いていた私が、彼女から感じたのは、遠回しな拒絶だった。幸い、現在はアナ・ローレンスと親しくしているようである。社交的な友人が、いい影響を彼女に与えてくれるといいのだが。私も力になれることを願う。

 

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