(一)
――SS旋風
皐月賞をジェニュインが制したあたりからそんな言葉とともにトゥインクルシリーズにはあるウワサが広まっていた。
「どうやらサンデーサイレンス一門がすごいらしい」
数年前にアメリカからトレセン学園に招聘されたウマ娘、サンデーサイレンス。
基礎指導として幾つかのクラスを受け持ったのだが、その教え子たちが次々に好成績を挙げていた。
朝日杯を含む四戦無敗のフジキセキ。
桜花賞で二着に食い込んだダンスパートナー。
そして皐月賞ワンツーのジェニュインとタヤスツヨシ。
筆頭評価だったフジキセキは故障引退してしまったが、それでもダービー、オークスに向けて期待は高まっていった。
───
「なぁー、お嬢、そのピリピリオーラなんとかしろよー」
「……うるっさい」
ダービーが近づいてきてもフジキセキの影は消えるどころか、その存在を増していた。
「ツヨシ、貴方のせいでもあるんだからね」
フジキセキがレコードで快勝したデビュー二戦目、その離れた二着に入ったのはタヤスツヨシだった。
そのツヨシが皐月賞でクビ差の二着。
この状況でフジキセキがいたら、と人々が夢想するのは無理からぬことだった。
「…たはは、それ言われるとなぁ」
ツヨシが悪いのではない、これは八つ当たりだ。それでもジェニュインはこの感情の置きどころを測りかねていた。
───
「あっ、ジェニュ!ツヨシ!いいところに来たわね!
特別にお姉ちゃんの手伝いをさせてあげるわ!」
「…なによダンス」
「なーんか、イヤな予感なんすけどー」
現れたのは同期のティアラ路線で活躍するダンスパートナー。
ジェニュイン達とはサンデーサイレンス門下の縁で仲良くしている。
小柄、というかお子様体型で、すこし舌っ足らずなところもあるが、これでも大姉妹のお姉ちゃんだったりする。
「こないだの桜花賞も出遅れちゃったの。
次のオークスは負けられないから特訓に付き合いなさい」
「ねえ、聞きなさいよ」
「むりむり。ああなったお姉ちゃんはもう止められないよ」
もう決めたとばかりにズンズン突き進むダンスパートナー。
その背中に投げた声はあっさり無視され、ジェニュインはダンスと早々に抵抗を諦めたツヨシに両側を押さえられ連行されるのであった。
───
特訓と言っていたがダンスは練習コースに目もくれず、体育館の横を抜け、マシーンルームも素通りした。
そうして困惑する二人をよそにようやく空き教室の前で足を止める。
ガラリと戸を開け、更に奥へ。
「ここよ」
ビシッと指さしたのは掃除用具を入れるロッカー。
疑問符を浮かべる二人に、ダンスは腕を組んで、小さな体に威厳たっぷりで語りだす。
「わたしってスタート苦手でしょ。あれはきっとゲートの中が落ち着かないからだと思うの」
だからね、とこちらを見て自信満々のドヤ顔で続ける。
「このロッカーに閉じこもって狭いところに慣れたらきっと改善するはずよ」
「さぁ、あなた達!
わたしを押し込めなさい!」
「……だからの前後が繋がってないと思うのだけれど?」
「……自力で改善案を見つけたお姉ちゃんは偉いなぁー」
若干呆れた目で見るジェニュインたちを置いてきぼりに、小さなお姉ちゃんはロッカーの中身をぽいぽーいと引っ張り出すとロッカーの中にすっぽり収まった。
「むぅ〜りぃ〜!!」
が、十秒も保たずに飛び出してきた。
床にへたり込むダンスを見つめて
「なにこのスピード感」
ぼそりとつぶやいたツヨシ。言葉にしないがジェニュインも同じ気持ちだった。
「違うのよ!怖いとかそんなんじゃなくて、ただただじっとしてられないのよ!」
ぷりぷりしながら言い訳するダンスは、その後二度三度と同じ失敗を繰り返した後、対抗策だと言って私たちに腕を縛らせた。
「ぃやぁ〜!!」
その程度で止まるはずもなく扉を突き破って現れる。
ならば目隠しだ、音が気になる、足も縛りなさい、弱音はもう聞かせないわ!
そうして何度も繰り返した結果、ついに目標の十分間の我慢を達成した。
「やった!お姉ちゃん、目標達成だよ!」
「ダンス、よくがんばったわね。
開けるわよ?」
途中まで、ゴトゴトしていたが最後には静かになったロッカーの扉を開く。
「…ぅっ、むぅ……はぅ…」
ロッカーの中にいたのは
手足を縛られ、目隠しと口に布をかまされた小柄な少女。
緊張にさらされたせいか、肌はうっすらと汗ばみ、怖くないとは強がりだったのか、目隠しがズレた目尻には涙がうかんでいる。
呼吸が苦しいのか若干息も荒く、頬も上気していた。
事情はわかる、しかしその絵面のヤバさに固まったジェニュインを尻目に
「うわぁ、お姉ちゃんコレ放送できねぇやつだわ」
そう言ってけらけら笑い出したツヨシ。
「これで何かに目醒めちゃダメだぞ?」
トドメの一撃を口にしやがったツヨシにジェニュインは、そのお尻をつねることで制裁とした。