(二)
オークスを制したのはダンスパートナーだった。
特訓の効果は定かではないが、結果は出た。それが全てだろう。
だからダンスがあの後も時々ロッカーに詰まっていたのはそういうことなんだ。そうに決まってる。
「おめでと、お姉ちゃん!
ほら、これお祝いにケーキ焼いたからプレゼント」
談話室で称賛を受けるダンスを眺めていると、ツヨシが手のひらサイズの小さなケーキを持ってやってきた。
「いいの?
ツヨシ、ありがとう!」
ニッコリと笑顔を浮かべたダンスの頭を撫でるツヨシ。
「このあとフランス遠征も控えてるらしいじゃん?
だからサイズもカロリーも控えめにしといたよ」
むぐむぐ頬張っていたダンスはその言葉に目を見開き、「むー!」とサムズアップで応えた。
うっかりで粗忽な印象のあるツヨシだけど、あれで家事万能で細やかな気遣いができることをジェニュインはよく知っている。
「その食い意地だもんね。デカいの渡したら重量オーバーしちゃうよ」
「むー!むー!」
あっ、叩かれてる。
いつもながら、余計な一言言わないと気がすまないのかしら。
───
オークスから一週間、ついにダービーの日がやってきた。
一番人気は皐月賞を制したジェニュイン、ではなくタヤスツヨシ。
元々皐月賞時点でも距離延長が不安視されていたジェニュイン。
逆にツヨシはここまでのレース選択と皐月賞での最後の鋭い追い込みで、この距離では逆転との前評判だった。
「どーよお嬢、二冠に向けて死角なし?」
「…いつも自然体なのは貴方らしいけど、今日くらいはバチバチ来なさいよ」
「そうは言ってもねえ?」
相変わらずのツヨシに気が抜ける。
…リラックスできたと思うことにした。
「そうだ、お嬢。
今回はケーキ二つ焼いたんだよ。
あたしの分とお嬢の分」
「おっきいのとちっちゃいの。ストイックなお嬢はちっちゃいのでいいよね?」
一瞬ぽかんと呆けて、意味に気づき笑みがこぼれる。
「なにそれ。ツヨシのくせに生意気よ?」
「なんだよぉ、言われた通りにバチバチしてやったのにぃ」
ぶぅぶぅ文句を言うツヨシと向き合い、拳を合わせて隣り合わせのゲートに入った。
───
全体揃ったスタートからジェニュインは前の好位を押さえた。
向正面では早くも二番手に進出。
先頭に張り付きプレッシャーをかけつつ抜け出すタイミングを見計らう。
ツヨシは中段後方につけ、十八人は一団となって進んでいく。
直線入口で後続が前に襲いかかり、横一線に並ぶ。
残り四〇〇で内からジェニュインが頭一つ抜け出す。
粘る内と、追い込む外を引き連れて単独先頭に立った。
しかし大外から一人、すごい末脚が飛んでくる。
ツヨシが坂をものともせず一気に加速し、残り二〇〇でまとめて抜き去った。
追いすがるジェニュインを振り切り、押し切ったタヤスツヨシ。
皐月賞のワンツーは順位を入れ替えてダービーでもワンツーを達成した。
───
荒い息を整える。
視線の先にはいつも隣りにいたあいつ。
うおぉー!とバカみたいな雄叫びをあげて全身で喜びを表現している。
腸が煮えくり返るほど悔しい。
でもどこか清々しいのはきっと、全力で戦えたから。
だから、きっと。
「おめでとう、ツヨシ」
いつになく素直に言葉がでた。
ツヨシもいつもの余計な一言はなくて。
「ありがとう、ジェニュイン」
なんて真っ当に返事をするもんだから、何故かむずむずした私が照れ隠しに体当たりをしたのは許してほしい。
ぐえっ、と汚い声で呻いたツヨシ。
うん、これでこそ。
「……私には少し長かったわ。
秋は別路線に行くから菊花賞、がんばりなさいよ」
「そっか」
「うん、がんばれよお嬢」
レース前と同じように、拳を合わせた。
レース前とは少し違った気持ちで。