(一)
暑く、熱い夏を乗り越え、ジェニュイン達はトレセン学園に戻ってきた。
ダービー制覇の夢は破れたけれど、そんな程度じゃ止まってやれない。
「秋天を目指す!?」
ジェニュインの宣言を聞いたタヤスツヨシは驚愕に言葉を失う。
「ええ、そうよ。
現行のルールになってから、クラシック級のウマ娘がシニア混合のG1レースを勝ったことはないわ。」
今夜遠いフランスの地でダンスパートナーが重賞に挑む。
残念ながら中継もなく、見届けることは叶わないが、それでも想いよ届けと二人は寝る前に祈った。
「私もこの名を歴史に刻んで見せる。海外重賞はダンスに先を越されるかもしれないけどね」
いつものようにクールな令嬢然とした姿を心掛ける。でも溢れ出る熱は止められない。
「ねぇツヨシ、あなたも頑張りなさいよ。ダービーと菊の二冠なら二十年ぶり。これも現行制度で達成者はいないのよ?」
空を見上げたジェニュイン、その瞳は満天の星を呑み込んで煌めく。
「私とツヨシとダンス。三人が有馬で激突ってなったら、きっと素敵よ?」
――夢よ舞いあがれ。この熱い風に乗せて。
───
ジェニュインは復帰戦の京王杯AHを僅差の二着。(9/10)
ジェニュ「中団で悠然とかまえ、最後の直線抜け出したわ」
ツヨシ「最後は斤量差が響いた感じだし、負けたけどいいスタートダッシュだな」
───
ツヨシは神戸新聞杯を断然人気を裏切る五着。(9/17)
ジェニュ「……ツヨシ?」
ツヨシ「……いや、さーせん」
───
ジェニュイン、毎日王冠は雨の重馬場に足を取られ六着。(10/8)
ジェニュ「まあ、状態は上がっているわ」
ダンス「春も道悪は苦戦してたもんね」
ジェニュ「うるさい」
───
ツヨシ、京都新聞杯をまたも一番人気を裏切る七着。(10/15)
ジェニュ「……ねぇ、ツヨシ?」
ツヨシ「……はい」
ダンス「うーん、淀の坂が合わないのかな」
─────
理想通りの輝かしい挑戦とはいかなかった。
前走の毎日王冠の敗戦もあり四番人気、先着を許したサクラチトセオー先輩とマイシンザン先輩のお二人もいる。
なにより、観客の視線を一身に集める存在。
『昨年は三冠に加えて暮れの有馬も制しました。
春先の故障からついに今日、「最強」がレースに戻ってきます!』
『ナリタブライアン、本日の一番人気です!』
「…上等じゃない」
皐月賞もダービーも、そして今日の秋天も。
私はまだ物語の脇役。
ならば示そう、この身をもって。
私こそが「正真正銘」と。
───
好スタートから、飛び出したトーヨーリファールを見る形で二番手追走。
注目のナリタブライアンは中団後方から、二番人気に推されたサクラチトセオーは後方二番手でじっくりと構える。
ペースはそこまで早くないものの、息が入らぬ引き締まった展開。
大きな動きはなく、勝負は最終直線へ。
そのまま先頭で粘るトーヨーリファール、ピッタリくっついてきたジェニュインが追いすがり、真ん中からブライアンが前を伺う。最後方のチトセオーは大外へと持ち出した。
残り200で並んだジェニュインはジリジリと加速し先頭に立った。
ブライアンは伸びない、中団でもがいている。
チトセオーが後方から前を丸ごと飲み込む勢いで末脚を伸ばして飛んでくる。
ゴール直前完全に抜け出していたジェニュインにチトセオーが追いついて、内外並んだところがゴールであった。
───
写真判定の末、ハナ差でサクラチトセオーに軍配が上がった。
ジェニュインには大健闘だと、挑戦の意義はあったと称賛の声が上がる。
スタンドからの歓声に応え、礼儀正しく姿勢を正す。
「わずかに届きませんでしたが、輝きを示すことはできました。
次もまた、この名に相応しい走りをお見せできるようがんばりますわ」
強豪を押さえての二着もジェニュインにとっては「がんばったで賞」だった。
握りしめた拳の固さが、ジェニュインにとっての本物だった。
─────
(二)
人の夢と書いて儚い、なんて言ったのはいったい誰の言葉だっただろう。
どこまでも澄んだ空を見ながらふと思った。
──
ツヨシは連敗が響いて当日は五番人気だった。
皐月賞ウマ娘は不在、ダービーウマ娘は絶不調、夏の上がりウマ娘ポジションも今回はこれといって推される娘はいない。
結果的に海外遠征から帰国して緊急参戦を決めたダンスパートナーが一番人気に。
それもおよそ二十年ぶりのティアラ路線からの参戦ということから、いくらか応援の側面も含まれた評価であった。
レース前に二人としっかり話すことはできなかった。
私は秋天の結果に納得したと言いながらも、受け止めきれていないのはバレバレだったと思うし、ツヨシも普段通りを装いながら感覚のズレを焦っているのは伝わってきた。
ダンスに関しては、まあ、あの娘はちゃんと連絡取りなさいとしか言えないけど。
帰国してからのトレーニングはエリザベス女王杯に向けてのものだと思っていたのに
「知らないの?
エリザベス女王杯は来年からクラシック級限定じゃなくてシニア級との混合に変わるのよ」
ドヤ顔で胸を張る小柄な友人。
…そうね、貴方はそういうやつだったわ。
──
ツヨシの大出遅れで始まった菊花賞は前の三人が前半主導権を争い早めのペースで進んで行った。
ダンスは中団、ツヨシは後方三番手。
最初に飛ばした三人は徐々にペースを落として行ったが四番手以降はリズムを保ったまま前との距離を詰めていく。
勝負どころの淀の坂で前を捉えると一気に飲み込み加速する。
外から捲って足を伸ばしたダンス、ここまでポジションをあげて追いすがったツヨシ。
二人の健闘も抜け出したマヤノトップガンを捉えるには至らなかった。
坂の下りから仕掛けてそのまま押し切った彼女の走りは、昨年ナリタブライアンが記録したレコードタイムを更新するほどだった。
──
レース後にツヨシは立て直すために年内休養を宣言、ダンスも勝ちから遠ざかっている現状に、次走はティアラ限定戦で勝負感を取り戻したいと有馬記念は辞退した。
「ファン投票ではご支持いただきありがとうございます。
皆様の声に応えるためにも有馬記念に参戦させていただきます」
私はというと距離の不安を自覚しつつも冬の中山にいた。
相手も秋天で敗れた相手であるサクラチトセオー先輩に、ジャパンカップで好走したヒシアマゾン先輩にタイキブリザード先輩。
話題性でも昨年勝利した舞台で今度こそ復活が期待されるナリタブライアン先輩がいる。
勝算がうすいのは自覚していた。
それでも参戦したのはきっとあの日の約束のせい。
堪える寒さのからっ風はあの日背中を押してくれた熱い風とは全然違っていて。
向かい風すら切り裂いて先頭で駆け抜け勝利したマヤノトップガン、そのはるか後方で私はゴールした。
打ちひしがれた私はコメントを求める報道陣に
「……風が、強かったです」
そんな情けない言葉しか残せなかった。