(三)
足首の違和感は思ったよりもひどく、私は宝塚記念を回避、そのまま休養と調整の夏合宿を迎えた。
ちなみに宝塚記念に出たダンスはマヤノに迫る三着と好走した。
やはり安田記念は距離が短かったようで、もうマイルは出ないわ!とドヤ顔で宣言された。
秋になってもイマイチ本調子とはいかず、結局ぶっつけ本番の秋天参戦となってしまった。
前評判ではグランプリ連覇のマヤノ。
そのマヤノに二連勝の春天覇者ローレル先輩。
重賞四勝を含む六連勝中の同期のマーベラスサンデーが三強を形成。
そこに割って入ったのが今回唯一のクラシック級、バブルガムフェローだった。
昨年末朝日杯を制するも、皐月賞目前に怪我で春クラシックを断念せざるを得なかったこの娘は、私たちと同じくサンデーサイレンスの指導を受けたSS門下。
その境遇にフジを重ねた人も多いのだろう。前走は三着に敗れたが、それでもマヤノを抜いてローレル先輩とマーベラスに次ぐ三番人気に推されていた。
「…こんな予想外の形で刺してくるなんて、フジは本当にエンターテイナーね」
「かもしれませんね」
皮肉まじりの独り言、返事なんて予想してなかったから、ビクッと反応してしまった。
「驚かせてしまってすみません。
ジェニュインさん、貴方とは一度話がしたかったもので」
「バブルガムフェローさん、貴方とは初対面よね?
学園ですれ違ったことはあるかもしれないけれど、そんな私になんの御用かしら」
恥ずかしいところを見られて思わず硬い態度をとってしまった私に、バブルさんは頬をかきながら近寄ってきた。
「そんなに警戒しないでくださいよ。
ただ感謝を伝えたかったんです。
怪我で春は棒に振っちゃって、時間ができた分、色々考えてたんです。
復帰してからどこに進もうか、とか」
「一つは菊花賞を目指すこと。
こっちにはダーク達がいるし、たぶん怪我してなきゃそうしてたと思います」
「…ダークって、ダンスパートナーの妹の?」
「そうです、ダンスインザダーク。
彼女とは同じクラブ出身なのもあって仲良くしてて。そして私もあのお姉ちゃんの被害者です」
たはは、と笑うバブルに、まだ会ったことのないダークにも急に親近感が湧いた。
「話を戻しますね、二つ目はこうして秋天を目指すこと。」
「私は仲間内では切り込み隊長なんです。困難や新しい世界に真っ先に飛び込んでいくのは私の役割。
だからこそ貴方が作った秋天挑戦の流れ、私も噛ませてもらいます」
不敵に笑ったバブルは私に向かって手を差し出して。
「宣言する、『私は時代の魁となる』と。
先駆者である貴方にはこの決意と感謝を伝えたかった。
ジェニュインさん、今日は良いレースにしましょう」
「なんとも爽やかな後輩さんね。
ええ、こちらこそよろしく」
私はそれに応じて握手をかわすのだった。
──
出走十七人の内、重賞勝ちが十五人。
豪華メンバーによる天皇賞(秋)は大きな出遅れもなく揃ったスタート。
積極的に前に出たバブルが三番手、その後ろにマヤノ。
その後ろにマーベラス、私、ローレル先輩の順で並んだまま、レースは進んでいく。
ペースは平均くらい。
隊列はバラけず一団のまま1000メートルを通過し、大欅を超えて最終直線へ。
私はワンチャンに賭けて最内の経済コースを進んでいたが、やはり調整不足が響いた。
スパート態勢で横に広がったバ群を割って抜け出す力はなく、そのまま垂れていく。
前方では一足先に抜け出したバブルがバ群を捌くのに手間取ったマヤノやローレル先輩を抑え込んで、先頭で駆け抜けた。
クラシック級による秋天制覇は史上初の快挙であった。
──
「ジェニュインさん、探しましたよ」
惨敗に控室にも戻れず、通路の隅に佇んでいたところ、宣言通り『時代の魁』となった後輩に声をかけられた。
「あら、おめでとうバブル。
大したものね、有言実行素晴らしいわ。
それにひきかえ、カッコ悪いとこ見せちゃったわね」
ばつが悪くなって、背中を向けたまま答えた。
そんな私の態度にもバブルは、
「いえ、怪我の影響のことは聞いてましたし、何より貴方の成したことが失われるわけではありませんよ」
なんて、キラキラ笑顔で対応してくる。
この娘、人間できすぎてないかしら?
私たちの同期の誰よりも大人な気がするわ。
「……達成者に慰められる、挑戦者ってのもねぇ」
「言い換えたらジェニュインさんが先駆者で、私は後追いに過ぎませんよ」
なんてことかしら。まるで後光が差したようにバブルが輝いているわ。
強烈すぎる光の前では、劣等感すら萎縮したようで、私は困った笑顔のままで控室に連行されるのだった。
───
(四)
なにはともあれ、秋天を叩いたことで調子は上向いてきた。
今日の私は一番人気。
七度目にしてG1では初めての一番人気だった。
今回のマイルCSはメンバーが手薄だった。
安田記念を制したトロットサンダー先輩は怪我による一時離脱。
二着のタイキブリザード先輩はアメリカ遠征と予定が被ったため回避。
三着だったアケボノは調整失敗なのか、また一回りデカくなっている。
今日の私は押し出された一番人気というやつなのだろう。
今までの私ならこの状況に反発していたと思う。いや、今でもそういう気持ちがないといえば嘘になるけれども。
ただ、秋天でバブルと話したことが少しは効いているんだと思う。
「過去は無くならなくて、やってきたことが形になる、か」
この一番人気は今日までの私の結実なのだろう。
それならば、応えたいと思った。
──
今回は短距離組からの参戦が多い。先行して粘り込む、そんな狙いだろうか。
前走の秋天と比べると早い流れを、中団前目で追走する。
いつものペースで走っていると結果的に一列後方に落ち着いたが構わない。
スタミナはこのメンバーでは上位だ、外を回すことになっても先頭を視界に収められるこの位置が良い。
坂を下って最終コーナー、勢いをつけて前に並びかける。
前を切り裂く末脚はない。
それでも一歩、一歩と体を進める。
先頭で粘るエイシンワシントン先輩を捉えてかわす。
ゴール直前、半馬身抜け出した私は、追いすがる後方勢を振り切って二度目の栄冠を勝ち取った。
──
スタンドからの歓声に応えて手を振ると、ツヨシとダンスがいるのが見えた。
それがなんだか嬉しくて、私はらしくないピースサインを贈った。
コメントを求めてきた報道陣にはG1二勝目のサインです、と熱くなった頬を手で隠しながら答えておいた。