翌日、俺は懐に金属片を入れ、フィクサー時代に利用していた工房へ向かった。
顔を隠すようにフードを深く被る。昔の職場を売った俺を知る人間が、どこにいるか分からない。余計な顔を見られるのは避けたかった。
工房の扉を開けると、店主がこちらを一瞥した。
「いらっしゃい。何の用だ?」
「少し見てもらいたいものがある」
俺は周囲を確認してから、懐に入れていた金属片を取り出した。店主はそれを受け取り、指先で慎重に裏返す。
「どこで手に入れた?」
「それを知りたいんだ。何の部品か分かるか?」
店主はすぐには答えなかった。金属片の表面や断面を確かめ、しばらく考え込んでいる。
「普通の武器に使われる部品じゃないな。かなり複雑な機構の一部に見える」
「どんな機構だ?」
「そこまでは分からん。少なくとも、一般的な刀や銃の部品とは違う」
店主は金属片を机に置いた。
「似たものなら、以前に客が持ち込んだことがある。機構の調整を頼まれたんだ」
「その客は?」
「持ち込んだ人間と、依頼主が同じとは限らん。俺が覚えているのは、持ってきた方だけだ」
「どんな奴だった?」
「背は平均より少し低かったと思う。服装も顔も、特に目立つところはなかった。ただ、左手に古い傷があった」
左手の古傷。
「ほかには?」
「別の工房にも行くと言っていた。それ以上は知らん」
店主はそれ以上話す気がないようだった。
「その工房の場所は?」
「知らない。聞かなかったからな」
俺は金属片を回収した。
「助かった」
「おい。そいつは何に使う部品なんだ?」
「俺もそれを調べているところだ」
それだけ答えて工房を出た。
顔を見られた可能性は低い。だが、雲の入れ墨と短剣は見られている。黒雲会の若衆が、素性を隠して妙な部品について尋ねてきた。店主にとっても、気持ちのいい話ではないだろう。
同じ工房には戻らない方がいい。
その後、俺は別の工房をいくつか回った。
金属片を見せても、まともに答えようとする者はいなかった。知らないと言って話を切り上げる者もいれば、品物を見た途端に返却してくる者もいた。
何かを知っているのか、それとも面倒事に関わりたくないだけなのか。
判断はつかなかった。
ただ、どの工房でも反応は似ていた。普通の武器部品ではないことは確かだ。もしこれが違法な武器に関わるものなら、工房の人間が口を閉ざす理由にもなる。
倉庫で回収した荷物のことを思い出す。
あのとき、俺たちが運び出した箱はすべてではなかった。戦闘の混乱で見落とした可能性もあるが、いくつかの箱がなくなっていた。
誰かが持ち去ったのだろうか。
倉庫の場所や荷物の受け取り時刻を知っていた人間は限られていた。だが、荷物の中身まで知っていた人間は、さらに少ない。
その中の誰かが、剣契に情報を流したのか。それとも戦闘に乗じて荷物を持ち出したのか。
どちらにしても、内部の人間が関わっている可能性はある。
上の立場にいる者なら、情報を得る機会も多い。失敗した任務の責任を誰かに押しつけ、自分の立場を上げようとしている人間がいてもおかしくはない。
もっとも、今の段階で誰かを疑うのは早い。
工房を出てしばらく歩いていると、前方に見覚えのある男がいた。
若頭だった。
「お前、最近あちこち回っているそうだな」
「ジュンから調査を命じられています」
「そうか」
若頭は俺の顔を見た。
「倉庫の場所と荷物の受け取り時刻を知っていた人間は、そう多くない。お前もその一人だったな」
「はい」
「余計なことまで探ろうとするなよ。調査を命じられたからといって、何をしてもいいわけじゃない」
「承知しています」
それが忠告なのか、牽制なのかは分からなかった。
若頭はそれ以上何も言わず、俺の横を通り過ぎていった。
背中を見送りながら、考える。
若頭も倉庫の情報を知っていた人間の一人だ。だからといって、犯人だと決まったわけではない。むしろ、俺が調べていることを把握しているだけかもしれない。
疑いを向ける相手を間違えれば、今度は俺が消される。
その日のうちに、俺はジュンのもとへ呼び出された。
部屋に入ると、ジュンのほかに若頭もいた。
「調べたことを話せ」
「倉庫に残っていた金属片を工房で見てもらいました。普通の武器に使われる部品ではなく、複雑な機構の一部だそうです」
「それで?」
「以前、似た部品を持ち込んだ客がいたそうです。持ち込んだ人間は、背が平均より少し低く、左手に古い傷があったと聞きました」
「そいつの居場所は分かるのか?」
「分かりません。別の工房にも行くと言っていたそうですが、店主は場所までは知りませんでした」
俺は続けて、ほかの工房での反応についても話した。
どこも詳しいことを話そうとせず、金属片を見せてもすぐに返そうとしたこと。普通の武器部品ではないという点は共通していたこと。
「それと、倉庫にあった箱の数が合わない可能性があります。戦闘の後、いくつかの箱がなくなっていました。誰かが持ち出したのかもしれません」
「荷物の中身を知っていた人間が、持ち出したということか」
若頭が口を挟んだ。
「その可能性はあります。ただ、誰が持ち出したのかまでは分かりません」
「お前が持ち出した可能性もあるな」
若頭の視線が俺に向く。
「剣契に情報を流して、戦闘の混乱に乗じて荷物を奪った。そう考えることもできる」
「俺は荷物を持ち帰りました。それ以外のことはしていません」
「前の職場を売った人間の言葉を、どこまで信用できる?」
反論はしなかった。
俺が以前の職場を売ったことは事実だ。信用されないのも当然だろう。ここで潔白を主張しても、意味はない。
「疑いを晴らしたいなら、結果を出せ」
ジュンが言った。
「左手に傷のある男を探せ。そいつが何者で、誰と接触していたのか調べろ」
「分かりました」
「余計な騒ぎは起こすな。調べたことは俺に報告しろ」
「一つ、確認したいことがあります」
ジュンが目を向ける。
「左手に傷があるかどうかを確かめるには、直接手を見なければなりません。ただ、手袋をしている者も多く、簡単には確認できません」
「なら、手袋を外させればいい」
「若頭や副組長にも、ですか?」
「ほかに誰がいる」
ジュンは机の上に置いていた書類を整えた。
「だが、理由もなく手袋を外せとは言えない」
「確認するだけなら、組長の命令で済むのでは?」
「済むと思うか?」
ジュンの声が少し低くなる。
「若頭や副組長にも立場がある。何の説明もなく手袋を外させれば、疑われていると受け取るだろう」
「それでも、命じることはできますよね」
「できる。だが、命じれば済むという話じゃない」
ジュンは俺を見た。
「俺が組長だからといって、何でも命じていいわけじゃない。理由もなく上の者を疑い、手袋を外させれば、そいつらの面目を潰すことになる。俺自身の沽券にも関わる」
若頭は何も言わなかった。
「組織の中で、無意味に立場を傷つけるような真似はしない。調べたいなら、自分で機会を探せ」
「分かりました」
「余計な騒ぎを起こすな。誰を疑っているかも、むやみに口にするな」
「承知しました」
ジュンはそれ以上話すことはないというように、手元の書類へ視線を戻した。
俺は一礼して部屋を出た。
手袋を外させることはできない。少なくとも、正面から命じるのは難しい。
なら、自然に手が見える機会を待つしかない。
食事のときか、武器の手入れをしているときか。それとも、何かを受け渡す瞬間か。
ただ、若頭や副組長の行動を探れば、すぐに気づかれる可能性がある。特に若頭は、すでに俺の動きを気にしている。
調査を続けるほど、俺自身への疑いも強くなる。
それでも、手を止めるわけにはいかなかった。
俺が犯人を見つけられなければ、疑いは俺に向いたままだ。
まずは、左手に傷のある男を探す。
その男が倉庫の件とどう関わっているのか。それを確かめるまでは、誰にも余計なことを話さない方がいい。