部屋を出た俺は、まず若頭や副組長の行動を観察することにした。
手袋を外す機会があるとすれば、食事や武器の手入れをしているときだろう。普段の仕事中に外すことは少ないはずだ。
しかし、何日か様子を見ても、都合よく手が見える場面はなかった。
食事のときも手袋をしたままの者がいる。武器の手入れをする際も、周囲に人がいれば外さない。無理に近づけば、こちらが探っていることを悟られる。
思った以上に難しい。
いつまでも同じ場所から眺めているわけにもいかない。俺は一度、調査の方向を変えることにした。
倉庫の件に関わった上層部の人間が、事件の後にどう動いているのか。それを調べる。
回収に参加した俺たちは、荷物の詳しい中身を知らされていなかった。だが、依頼を受けた者や荷物を管理していた者なら、何か知っていた可能性がある。
何人かの行動を確認していくうちに、若頭の様子が気になり始めた。
倉庫の件が起きる前と比べて、単独で外出することが増えている。誰かと話すときも周囲を気にすることがあり、以前より人目を避けているように見えた。
最初は偶然かと思った。
だが、俺が倉庫から戻ってきた後から、その動きが目立つようになった気がする。
あのとき、若頭は俺たちが戻らないことを前提に何かを考えていたのかもしれない。
俺が荷物を持ち帰ったことで、その予定が狂った。
確証はない。だが、確かめる価値はある。
それから俺は、若頭の外出する時間や行き先を記録するようにした。毎回尾行するわけにはいかない。相手に気づかれないよう、別の日に距離を取って後を追う。
数日後、若頭が一人で黒雲会の拠点を出た。
俺は少し遅れて後を追った。
若頭は人通りの多い通りを抜け、いくつか路地を曲がった。途中で立ち止まることもなく、慣れた足取りで歩いている。
やがて、古びた建物の前で足を止めた。
入口には、親指傘下の下部組織が使っていることを示す印がある。
若頭は周囲を一度見回し、中へ入っていった。
俺は少し離れた場所から建物を眺めた。ここで何をしているのかは分からない。仕事上の付き合いという可能性もある。
すぐに中へ入るのは避けた。建物の周囲を歩き、裏口や窓の位置を確かめてから、その場を離れた。
それから数日、若頭の行動を追った。
何度か外出を確認したが、行き先は毎回同じではない。だが、あの建物へ向かうこともあった。
ある日、若頭が建物へ入ってからしばらくして、一人の男が現れた。
黒雲会の構成員ではない。見覚えのない男だった。
男は周囲を気にしながら入口へ近づき、そのまま中へ入っていった。
俺は建物から離れた場所で待った。
しばらくすると男が出てきた。歩き出した男の左手が一瞬見える。手の甲には古い傷があった。
工房の店主が話していた特徴と一致する。
俺は男の後を追った。
人通りの多い通りでは距離を取り、路地に入れば物陰を使う。尾行に気づかれた様子はない。
男は何度か道を曲がった後、ある工房の前で足を止めた。
俺は通りの反対側から看板を確認した。以前訪れた店とは違う工房だった。
男は周囲を一度見回してから、扉を開けて中へ入っていった。
すぐに追いかけるのはやめた。店の中に誰がいるかも分からない。ここで顔を見られれば、今後の調査に支障が出る。
しばらく待っていると、男が工房から出てきた。
手には何も持っていない。調整を頼みに来たのか、それとも別の用事だったのか。
俺は工房の場所を覚え、男の姿を目に焼きつけた。
左手の傷がある男。若頭と同じ建物に出入りし、工房にも立ち寄っている。
少なくとも、以前拾った金属片と無関係とは思えなかった。
だが、まだ確かなことは分からない。
男が金属片を持ち込んだ本人なのか。若頭とはどんな関係なのか。倉庫の襲撃にも関わっているのか。
今の段階で直接問い詰めるのは危険だ。相手が何者なのか分からない以上、こちらの手札を見せるわけにはいかない。
俺はその場を離れた。
次は、若頭と男が再び接触する機会を待つことにした。
数日後、再び若頭があの建物へ向かった。
俺は距離を取りながら後を追い、建物の裏手へ回った。壁際には荷物が積まれている。その陰に身を寄せ、入口の様子をうかがった。
若頭が中へ入ってから、しばらくして傷のある男が現れた。
男も周囲を確認してから建物へ入っていく。
二人が揃った。
俺は荷物の陰から動かず、耳を澄ませた。扉は完全には閉まっていないらしく、中の声がわずかに聞こえてくる。
「倉庫の件は、これで終わりか」
若頭の声だった。
「荷物は一部戻ったんだろう。仕事としては失敗だ」
「そちらが剣契に場所と時間を流したんだろう。予定どおりに進めば、こちらにも都合がよかった」
「黒雲会の評判が落ちれば、それで十分だ。あんたにも悪い話じゃなかったはずだ」
「俺の目的は別だ」
若頭の声が少し低くなる。
「連中が戻らなければ、残った荷物は俺が回収するつもりだった。ジュンに渡せば、失敗した仕事の後始末をしたのは俺だ。評価も上がる」
「だが、あの若衆が戻った」
「あいつが荷物を持ち帰ったせいで、動く理由がなくなった。今さら残りを回収しても、不自然に思われる」
俺は息を殺した。
やはり、俺が戻ったことで若頭の計画は崩れていた。
傷のある男は、荷物の中身を伏せたまま黒雲会に回収を依頼した。そして、倉庫の場所と時間を剣契へ流した。
仕事を失敗させ、黒雲会の評判を落とすために。
若頭は、その失敗を利用して自分の立場を上げようとしていた。
「それで、例の若衆はどうする」
傷のある男が尋ねた。
「まだ何も分かっていない。工房を回っているらしいが、どこまで掴んだかは不明だ」
「放っておくのか?」
「今は動くな。下手に手を出せば、こちらを疑う理由を与える。何を知っているのか、先に確かめる」
「面倒なことになったな」
「お前が余計なことをしなければ、こうはならなかった」
「俺のせいにするな。あの若衆が戻るとは思っていなかった」
そこで会話が途切れた。
足音が近づいてくる。俺は荷物の陰から離れ、裏手の通路を抜けた。振り返る余裕はなかった。
十分に離れたところで、ようやく足を止める。
若頭が倉庫の件に関わっていた。傷のある男と協力し、俺たちの仕事を失敗させようとしていた。若頭はその失敗を利用して、自分の評価を上げるつもりだったらしい。
俺が荷物を持ち帰ったことで、その計画は崩れた。
だから、若頭の行動が変わった。俺の動きを気にしているのも、そのせいだろう。
厄介なことになった。
今すぐジュンに報告することもできる。だが、手元にあるのは盗み聞きした会話だけだ。若頭を告発したところで、証拠がなければ俺の方が疑われる可能性もある。
そもそも、若頭が認めるとは思えない。
工房には、あの部品を持ち込んだ記録が残っているかもしれない。傷のある男が武器の製造を依頼した証拠や、金の流れが分かれば話は変わる。
それに、若頭と男が繋がっている証拠も必要だ。
俺は懐に手を入れ、倉庫で拾った金属片の感触を確かめた。
まだ使える手掛かりはある。
ただ、あまり時間をかけるわけにもいかない。向こうも俺が調べていることに気づき始めている。