若頭と傷のある男の会話を聞いてから、俺は工房へ向かう機会をうかがっていた。
あの男が違法な武器の製造を依頼していたことは分かっている。倉庫で拾った金属片も、その武器に使われる部品だった。
だが、それを証明できるものはない。
以前訪れた工房の店主は、俺の顔こそ見ていないはずだが、黒雲会の入れ墨と短剣は覚えているだろう。正面から訪ねても、まともに話を聞かせてくれるとは思えなかった。
そこで、数日かけて工房の様子を調べた。
店主が一人になる時間。作業場の明かりが消える時間。裏口を使う人間がいるかどうか。何度か通りを変えて確認し、夜になれば工房に人が残らない日があることを突き止めた。
その夜を待った。
通りに人影はほとんどない。周囲を確かめてから建物の裏手へ回る。裏口の鍵を調べると、以前より新しい錠前に替わっていた。
警戒されているのかもしれない。
無理に壊せば音が出る。俺はしばらく扉の周囲を調べ、錠前の隙間に細い工具を差し込んだ。何度か試すと、小さな音とともに鍵が外れた。
中へ入る。
金属と油の臭いが鼻についた。作業場には工具や部品が並び、机の上には途中まで組み立てられた機構が置かれている。
俺は音を立てないように奥へ進んだ。
書類が保管されていそうな棚を探す。最初に見つけたのは一般的な修理依頼の帳簿だった。目当ての情報はない。
別の引き出しを開けると、注文書や請求書がまとめられていた。
一枚ずつ確認していく。
やがて、見覚えのある記載が目に留まった。
傷のある男が依頼した武器の製造記録だった。
注文内容には、複雑な機構を持つ武器の部品が記されている。数量や仕様も細かい。倉庫で拾った金属片と形状が一致する部品もあった。
請求書には依頼者の名前と金額、支払いの記録が残されている。
これで、あの男が武器の製造を依頼したことは証明できる。
さらに書類を探す。
帳簿の間に、別の紙が挟まっていた。
荷物の受け渡しに関する確認書だった。
工房側が取引の記録として保管していたものらしい。受け渡し場所と日時、荷物の内容が記されている。
そして、指定者の欄にあった名前を見て、手が止まった。
若頭だった。
指定された場所は、俺たちが回収に向かった倉庫。日時も一致している。記載された荷物の内容も、先ほど見つけた製造記録とつながっていた。
俺は二枚の書類を並べた。
傷のある男が武器を製造させ、若頭が荷物の受け渡し場所を指定していた。
以前聞いた会話とも矛盾しない。
ただ、これだけで若頭が剣契に情報を流したと証明できるわけではない。荷物の受け渡しを手配しただけだと言い逃れる余地はある。
それでも、二人が同じ取引に関わっていたことを示す材料にはなる。
俺は二枚の書類を元の場所に戻すか迷った。
持ち出せば、工房側が気づく可能性がある。だが、何も持ち帰らなければ、ジュンに見せられるものがない。
結局、必要な二枚だけを服の内側にしまった。
他にも何かないか調べたいところだったが、長居は危険だ。棚を元の状態に戻し、工房を出た。
外へ出てからも、すぐには歩き出さなかった。
通りの向こうを確認し、人影がないことを確かめてから、その場を離れた。
これで若頭と傷のある男を結びつける材料は手に入った。
あとはジュンに渡すだけだ。
若頭は俺が調査を命じられていることを知っている。どこまで調べたかまでは知らないはずだが、時間をかければ何かに気づくかもしれない。
先に動かれるのは避けたい。
翌朝まで待つ理由はなかった。
俺はそのまま黒雲会の拠点へ戻った。
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拠点に着くと、周囲の様子を確認した。
若頭の姿は見当たらない。
今なら先にジュンへ報告できる。
近くにいた構成員に居場所を尋ねると、奥の部屋にいると教えられた。
俺は服の内側に書類があることを確かめ、部屋へ向かった。
「入れ」
扉を叩くと、すぐに返事があった。
中にはジュンが一人で座っていた。
「何だ」
「調査の件で報告があります」
ジュンは俺を見た。
「何か分かったのか」
「はい。若頭と、倉庫の件に関わっていた外部の男についてです」
その言葉に、ジュンの視線がわずかに鋭くなる。
俺は服の内側から二枚の書類を取り出し、机の上に置いた。
「こちらは武器の製造を依頼した請求書です。依頼者は、以前報告した左手に傷のある男です」
ジュンは書類を手に取り、目を通した。
「もう一枚は?」
「荷物の受け渡しに関する確認書です。若頭の名前が記されています。場所と日時は、俺たちが回収に向かった倉庫と一致しています」
ジュンは二枚を見比べた。
「これをどこで手に入れた」
「男が出入りしていた工房です。店主がいない時間を調べて、中に入りました」
「勝手に動いたのか」
「証拠が必要だと思いました」
ジュンは書類から目を離さない。
「この二枚だけで、若頭が何をしたかまでは分からないな」
「はい。荷物の受け渡しに関わっていたことは分かりますが、それだけでは剣契に情報を流した証拠にはなりません」
「他には?」
「以前、若頭と傷のある男が同じ建物に出入りしているのを確認しました。その後、二人が話しているところを聞いています」
俺は倉庫の襲撃について、聞き取った内容を説明した。
傷のある男が剣契に倉庫の場所と時間を流したこと。黒雲会の仕事を失敗させ、評判を落とそうとしていたこと。若頭はその失敗を利用し、残った荷物を回収してジュンに渡すことで、自分の評価を上げようとしていたこと。
俺が荷物を持ち帰ったため、その計画が崩れたことも話した。
ジュンは最後まで口を挟まなかった。
説明を終えると、ジュンは書類を机の上に置いた。
「話を聞いただけでは、証拠にはならない」
「分かっています」
「書類も確認が必要だ。工房が本当に取引の記録として保管していたものなのか、改ざんされていないかもな」
「はい」
ジュンはしばらく黙っていた。
「だが、若頭の名前がここにある理由は調べる必要がある」
「そう思います」
「お前は、これを誰かに見せたか」
「いいえ。ここに来るまで誰にも話していません」
「工房に侵入したこともか」
「誰にも話していません」
ジュンは書類を手元に引き寄せた。
「俺から確認する。若頭にはまだ何も言うな」
「分かりました」
「お前も今までどおりにしていろ。調査を命じられていることは知られている。急に動きが変われば、向こうも警戒する」
「はい」
「それと、工房に侵入したことは他言するな」
「分かりました」
報告は終わった。
俺は一礼して部屋を出る。
廊下を歩きながら、ようやく息を吐いた。
これで若頭より先にジュンへ証拠を渡せた。
ただ、安心はできない。
ジュンが確認を進めれば、若頭もいずれ何かを察する。俺がどこまで知っているのか、まだ確信していないはずだ。
それに、書類だけで若頭を追い詰められるかも分からない。
それでも、先に手を打つことはできた。
俺は何もなかったように自分の仕事へ戻った。
数日後、俺はジュンに呼び出された。
部屋に入ると、机の上に見覚えのある書類が置かれていた。工房から持ち帰った二枚の書類だ。
「報告がある」
ジュンは書類から目を離さずに言った。
「お前が持ってきた書類は本物だった。工房にも確認を取った。武器の製造記録も、受け渡しの指定も間違いない」
「若頭については?」
「調べた。傷のある男との接触も確認できた。倉庫の情報が外部に流れた経路もな」
ジュンはそこで一度言葉を切った。
「若頭が関わっていた」
やはり、という思いが浮かんだ。
「処分は決まったんですか」
「ああ。組織を裏切った以上、見逃す理由はない」
それ以上、詳しい説明はなかった。
俺は余計なことを聞かず、ジュンの言葉を待った。
「明日、処刑する。お前も立ち会え」
「分かりました」
「それと、もう一つ話がある」
ジュンは俺を見た。
「若頭の後任はお前にする」
一瞬、言葉の意味を測りかねた。
俺は若衆だ。剣の腕で上の連中に勝てるわけでもない。正面から戦えば、今でも簡単に殺されるだろう。
「俺が、ですか」
「他に誰がいる」
「俺は戦闘が得意ではありません」
「知っている」
ジュンはあっさり答えた。
「お前を戦わせるために上げるわけじゃない」
机の上の書類を指で叩く。
「今回の件で分かった。お前は人の動きや情報を追うことに長けている。隠されたものを探し、疑わしい人間を見つける。若頭の裏切りも、お前が調べなければ見過ごしていたかもしれない」
「それで、若頭に?」
「組織の中を見張らせる。構成員の動き、他組織との接触、情報の流れ。必要なことを調べて俺に報告しろ」
「部下を率いて戦う役目ではない、と」
「必要なら戦わせることもある。だが、お前に求めるのはそこじゃない」
ジュンは少し間を置いた。
「勘違いするな。信用したわけじゃない。使えると判断しただけだ」
「分かっています」
本当に信用されていないのだろう。
元の事務所を売り、仲間を見捨てた人間だ。そんな相手を簡単に信用する方がおかしい。
それでも、若頭の席に座れるなら話は別だった。
若衆のままでは、命令に従うしかない。だが、立場が上がれば情報に触れられる範囲も広がる。自分を守るために使えるものも増える。
「明日から、そのつもりでいろ」
「はい」
俺は頭を下げた。
***
翌日、若頭の処刑が行われた。
集められた構成員たちの前で、若頭は拘束されていた。周囲には幹部たちが並び、ジュンがその前に立つ。
裏切りの内容が簡潔に告げられた。
外部の人間と通じ、荷物の情報を流したこと。黒雲会の仕事を失敗させ、自分の立場を高めようとしたこと。
若頭は最後まで何かを言おうとしていたが、ジュンは聞かなかった。
処刑は短く終わった。
周囲の構成員たちは静かにその様子を見ていた。誰も口を開かない。
俺も何も言わなかった。
若頭が死んだことに、特別な感情はない。あの男が俺をどう扱うつもりだったのかを考えれば、同情する理由もなかった。
その後、ジュンが俺の昇格を告げた。
若頭の後任として、俺を任命する。
周囲から視線が集まった。
驚き、疑念、不満。反応はそれぞれ違ったが、歓迎されていないことだけは分かった。
当然だろう。
ついこの前まで若衆だった人間が、突然その席に座るのだから。
俺はその視線を受け流し、ジュンの前に立った。
「異論はないな」
ジュンの問いに、誰もすぐには答えなかった。
だが、組長の決定に公然と逆らう者はいなかった。
「これからは、お前が組織の内側を見ろ。何かあれば俺に報告しろ」
「承知しました」
頭を下げる。
若頭になったからといって、剣が強くなったわけではない。周囲の人間が俺を認めたわけでもない。
むしろ、これまで以上に警戒されることになるだろう。
それでも、若衆の頃とは違う。
今度は俺が情報を集め、誰を信用するかを見極める側に回る。
この席を失えば、次は自分が処刑されるかもしれない。
だからこそ、手放すつもりはなかった。