ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
夜の静寂が、黒い湖の底に位置するスリザリンの談話室を満たしていた。
緑がかった冷たい水光が窓を揺らし、暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音だけが響く中、四柱推命の天蓋付きベッドに横たわった僕は、初日の出来事を脳内で冷徹に整理していた。
映画の筋書き通りなら、ドラコは排外主義的な傲慢さを振りかざし、いずれヴォルデモートの駒として破滅の道を辿る。だが、目の前にいるのは意地っ張りで不器用な、少しばかりチョロい名門令嬢だ。このまま放置して死喰い人側に取られるのは、僕の「大団円生存戦略」において致命的なリスクになり得る。
(ロンとハーマイオニー、そしてドラコニアを融和させることができれば、戦力としても生存率としてもこれ以上ない布陣になる。……だが、真正面から純血主義を否定させれば、父親であるルシウス・マルフォイに即座に感づかれて家庭内から粛清されるな)
あの冷酷な純血主義の権化に怪しまれず、かつドラコニア本人の自尊心を傷つけずに軌道修正を図るにはどうすべきか。
僕の前世で培った社内政治と人心掌握のロジックが、一つの結論を弾き出した。
(純血主義そのものを否定するんじゃない。『真の高貴さ(ノーブレス・オブリージュ)』という枠組みにすり替えるんだ。「優れた血統を持つ者こそ、無知なマグル生まれを慈悲深く導く義務がある」という論理なら、マルフォイ家の誇りを保ったまま排外主義の毒を抜ける。ルシウスへの手紙にも『父上、私は愚民を導く立場として振る舞っております』と書かせれば疑われない)
完璧な思想誘導の青写真を描き終えた僕は、薄く口角を吊り上げ、眠りについた。
***
翌朝、大広間。
朝食のベーコンを優雅にフォークで切り分けているドラコニアの隣に腰掛け、僕はさりげなく、しかし彼女の知的好奇心とプライドを最も心地よく刺激するトーンで声をかけた。
「……なによ、朝から改まった顔をして。また具合でも悪いの?」
ドラコニアは紅茶のカップをソーサーに戻し、眉を寄せて僕を覗き込んできた。その耳朶は、昨日の今日で僕が隣に座っただけで微かに色づいている。
僕は上品に微笑み、声をひそめる「昨日の授業を見ていて思ったんだ。純血の気高さって、単に他者を拒絶することじゃなく、優れた者が導くことにあるんじゃないかなって」
ドラコニアはスプーンを持った手を止め、ぱちくりと銀灰色の瞳をしばたたかせた。
「 え……? 導く、ですって……?」
僕の言葉は、彼女が幼少期からルシウスに叩き込まれてきた「劣等な者を排除し、蔑む」という単純な純血主義とは、まったく異なる響きを持っていた。しかし、自らの血統の優位性を否定されるどころか、至高の高みに置かれたその論理は、名門マルフォイとしての自尊心を強烈に満たしたようだった。
「た、確かに……愚か者をただ遠ざけるだけでは、真の支配者とは言えないかもしれないわね。無知なマグル生まれや裏切り者たちを、優れたマルフォイが哀れみ、正しい魔法界の規律を教えてやる……それこそが、頂点に立つ者の風格というものよ!」
ドラコニアは胸を張り、得意げに細い顎を持ち上げた。自分の都合のいいように解釈を膨らませ、頬を紅潮させている。
「ふん、ポッター、マグル育ちの割には物事の本質をよく分かっているじゃない。……いいこと? あなたがそうやって私を敬う限り、私が慈悲深く導いてあげてもよろしくてよ?」
ツンとそっぽを向きながらも、その口元は抑えきれない優越感と嬉しさで緩んでいた。
僕はその様子を内心でほくそ笑みながらドラコニアのカップに紅茶を注ぎ足す。
「頼りにしてるよ。ドラコニアがそう振る舞えば、きっとみんな君の気高さにひれ伏すはずだ」
ドラコニアのカップに立ち上るベルガモットの香気。注がれる琥珀色の液体を呆然と見つめた後、彼女の視線は僕の手元から、そのまま僕の穏やかな笑顔へと吸い寄せられた。
「 ――っ、だ、誰も紅茶を淹れてくれなんて頼んでないわよ!」
ドラコニアは勢いよくティーカップの取っ手を握りしめ、顔を真っ赤にして僕を睨みつけた。しかし、その目には怒りの色は微塵もなく、むしろ不意打ちの紳士的エスコートに激しく狼狽した少女のそれだった。
「 ……べ、別に、あなたにそこまで言われなくても、私は最初からそうするつもりだったの! マルフォイがどれほど慈悲深く、寛大であるかを……あの愚民どもに思い知らせてやるんだから!」
鼻息荒くカップに口をつけ、熱い紅茶に小さく「熱っ」と舌を引っ込めながらも、ドラコニアは必死に威厳を保とうと背筋を伸ばした。そのプライドは完全に僕の誘導した「ノブレス・オブリージュ」のレールに乗っかり、自尊心を満たされた瞳は爛々と輝いている。
「 ……特に、あのグレンジャーとかいうマグル生まれの小娘よ。授業で必死に手を挙げていたけれど、所詮は本を丸暗記しただけの浅知恵。優れた純血の作法と魔法の真髄を、この私が直々に『導いて』あげる必要があるわね!」
自らを一段上の「導き手」と信じ込んだドラコニアは、グリフィンドールのテーブルを一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。排外から教導へ――思想の毒抜きは、驚くほど滑り出し順調だった。
「なら手始めに、今日の図書室で一緒に勉強に誘ってみるのはどうかな?」
と、悪戯っぽく微笑むみながらドラコニアに伝える。
「 ――は、はぁ!? な、何言ってるのよ、ポッター!」
ドラコニアは持っていたカップを危うくソーサーから滑り落としそうになり、ガチャンと甲高い音を立てた。周りの生徒たちが微かに視線を寄越すが、ドラコはそれどころではないとばかりに上半身を乗り出してくる。
「な、なんで私がわざわざあんな……あの、ボサボサ頭の知ったかぶり女と勉強なんて! そ、それにそんなことしたらウィーズリーの赤毛までついてくるんでしょう!? そんなの……そんなの、いくら慈悲深いマルフォイでも……!」
激しく動揺しながら抗議するドラコニア。だが、その言葉には「拒絶」よりも「未知の領域への戸惑い」と「ハリーの提案を無碍にしたくない葛藤」が滲んでいた。僕がじっと優しく見つめ返すと、彼女は金髪の毛先を指で弄りながら、蚊の鳴くような声で視線を落とした。
「 ……で、でも、まあ……あなたがどうしてもって言うなら。……あくまで、無知蒙昧な平民に、優れた純血の学問というものを恵んでやるだけよ! 私から頭を下げるような真似は絶対にしないんだからね!」
自ら言い訳を構築して頷いたドラコニアを見届け、僕は小さく微笑んだ。彼女の承諾を取り付けるのはこれで完了だ。あとは――図書室に呼び出される側の準備である。
(ドラコニアがどれだけ『慈悲の施し』のつもりで鼻息を荒くしていても、ハーマイオニーのプライドやロンの偏見と真正面からぶつかれば一瞬で決裂する。事前に二人の元へ行き、根回しをしておかなければ)
「マルフォイの娘が、どうやら家訓の重圧に苦しみながらも、僕たちの知識に興味を示して歩み寄ろうとしている」――そんな風に二人の義侠心と同情を煽るシナリオを頭の中で組み立てながら、僕は朝食を終えて立ち上がった。
朝の冷気が残る中庭の回廊。石造りのアーチの陰に、僕からの折り鶴のメモを受け取った二人が、周囲を警戒しながら姿を現した。
「おい、ハリー! 大丈夫なのかよ? 朝から急に呼び出したりして……スリザリンの連中に何か脅されてるんじゃないだろうな?」
ロンは赤毛を揺らしながら心配そうに僕のローブの袖を掴んだ。その後ろから、厚い教科書を胸に抱えたハーマイオニーが、鋭い観察眼を周囲に向けながら歩み寄ってくる。
「 スリザリンの生徒がグリフィンドールと接触するのは、寮の規則違反ではないけれど……かなり目立つわ。用件があるなら早く言ってちょうだい。次の授業に遅れたくないの」
二人の警戒と純粋な気遣いを受け止め、僕は少し困ったような、だが真摯で切実な表情を作って声を潜めた。
「 二人とも、来てくれてありがとう。……実は、マルフォイのことなんだ」
「マルフォイ!? やっぱりあいつか! あんな高飛車な嫌味女、ハリーをいじめてるんだろ!?」
「ロン、静かに! ……ハリー、彼女が何かしたの?」
二人が身を乗り出してきたタイミングを見計らい、僕は「名門の重圧に苦しみ、本当は友達を求めている孤独な少女」というドラコの人物像を、巧妙に二人の心へ刷り込むための語り口を整えた。
「実は彼女、厳格な父親の重圧で苦しんでるんだ。本当は二人と仲良く勉強したいみたいなんだ」
石造りの柱に朝の淡い光が差し込む中、僕の絞り出すような告白が回廊の静寂に落ちた。ロンは目を見開き、信じられないと言わんばかりに顎を落とした。
「はぁっ!? あいつが……あのマルフォイの娘が、僕らと仲良くしたいだって!? 冗談だろ、汽車の中じゃあんなに偉そうに僕を見下してきたんだぞ!」
「 ちょっと、ロン、声を落として! ……でも、ハリー。厳格な父親の重圧って、どういうことなの?」
ハーマイオニーは抱えていた教科書をぎゅっと抱き直し、知的な瞳に困惑とわずかな同情を宿らせた。正義感が強く、書物から「純血の名門家」の閉鎖的な環境を知識として知っている彼女には、この手の話は極めて刺さりやすい。
「だってルシウス・マルフォイだぞ? 闇の魔術にどっぷり浸かってて、マグル生まれを毛嫌いしてる連中の親玉みたいな奴だ! そんな親に育てられた奴が、僕らと勉強だなんて……何か裏があるに決まってる!」
「……いえ、待って。家庭環境のせいで偏った価値観を植え付けられているのだとしたら、本人は周囲の期待と自分の気持ちの間で引き裂かれているのかも……。授業中の彼女、傲慢に見えて、どこか周囲の視線を気にしているようにも見えたわ」
ハーマイオニーの優秀な頭脳が、僕の投げた餌を綺麗に咀嚼し、勝手に好意的な解釈で肉付けを始めてくれた。ロンはまだ腑に落ちない様子で頭を掻きむしっている。
「 う、うーん……ハリーがそこまで言うなら……。でも、あいつ本当に僕らに悪態をつかないでいられるのか?」
二人の視線が僕へと集まる。ドラコニアの歪んだ「導いてあげる」という尊大な態度を、あらかじめ「名門令嬢の不器用な照れ隠し」として受け止めてもらうための、最後の一押しが必要だった。
「もし彼女が失礼なことを言ったら僕が責任を持って止めるよ。まずは今日の図書室、少しだけでいいから試してみてくれないかい?」
僕が少し困ったように笑い、額の汗を拭う仕草を見せると、ロンとハーマイオニーの表情から急速に警戒の色が消え失せた。
「……わかったわ。ハリーがそこまで言うなら、放課後の図書室に行ってみる。でも、彼女がもし差別的な暴言を吐いたら、私は遠慮なく席を立つからね!」
「 うへぇ……気が進まないけど、ハリーの頼みだし、君を一人でスリザリンの連中に任せておくのも心配だしな。僕も行くよ。……ただし、あいつが嫌味を言ってきたら、僕だって言い返してやるからな!」
「ありがとう、本当に助かるよ」と二人に告げ、僕たちは鐘の音とともにそれぞれの教室へと別れた。
――そして放課後。埃と古い羊皮紙の匂いが満ちる静謐な図書室。
一番奥の目立たない大テーブルに、腕を組み、不機嫌を絵に描いたような顔で座るドラコニア・マルフォイの姿があった。背筋をピンと伸ばし、周囲を威圧するように睨みつけているが、その膝の上に置かれた細い指先は、緊張からか小刻みに震えている。
そこへ、警戒心を露わにしたロンとハーマイオニーが、教科書を抱えて足を踏み入れてきた。
「 ――遅いわよ、ポッター! 慈悲深い私が、わざわざこんな埃っぽい場所で待ってあげていたのよ? ……それに、そこの二人。光栄に思いなさい。このマルフォイが、直々にあなたたちの遅れた学問の面倒を見てあげるんだから!」
開口一番、顎をしゃくって尊大に言い放つドラコニア。絵に描いたような上から目線だったが、事前に「不器用な少女の強がり」と吹き込まれていたハーマイオニーは、怒るどころか、どこか痛ましいものを見るような生温かい視線をドラコに向けた。
「 ……ええ、そうね。教えてもらえることがあるなら、感謝するわ。マルフォイさん」
「 ――えっ?」
思わぬ殊勝な返答に、出鼻を挫かれたドラコニアは目を丸くし、ポカンと口を開けて固まってしまった。
ドラコの動揺を微笑ましく見つめながら、小声で耳打ちする「ね、言った通りだろう? みんな君を尊敬してるんだ」
耳元に触れそうな距離で僕が囁くと、ドラコニアはビクッと肩を跳ね上げ、その白い耳介から首筋にかけて一瞬で鮮やかな朱色に染め上げた。
「――っ、ち、近すぎよ、ポッター!」
ドラコニアは慌てて僕の肩を手で押し返そうとしたが、力はまったく入っていなかった。彼女は咳払いを一つして必死に呼吸を整え、上気した顔を隠すようにツンと顎をそらす。
「……ふ、ふん! あ、当たり前じゃない。マルフォイの名を前にして、平民が敬意を払うのは当然の義務よ。……そ、それにしても、思っていたより物分かりが良いじゃないの、グレンジャー」
ドラコニアは内心の動揺と喜びを隠しきれず、得意げに胸を張った。だが、その背伸びした態度を見つめるハーマイオニーの眼差しは、依然として「不遇な環境に耐える可哀想な子」を見るような深い慈愛と哀憐に満ちていた。
「 ええ。純血の古い家系に伝わる魔法の理論には、マグルの家庭では学べないことも多いもの。ぜひ、あなたの知識を共有してほしいわ。……無理をして背負い込まなくてもいいのよ?」
「 ……む、無理? 私が? 何言ってるのよ、マルフォイ家にとっては初歩中の初歩よ! ほら、変身術のこの節! 杖の振りが甘いと針の先が尖らないのよ、見てなさい!」
予想外の優しい言葉に調子を狂わされながらも、ドラコニアは意気揚々と羊皮紙を広げ、自慢げに解説を始めた。その横で、ロンはポカンとした顔で僕の袖を軽く引き、ひそひそ声で囁いてくる。
「 おい、ハリー……あいつ、本当にただの威張り散らす奴かと思ってたけど……なんか、変に必死だな。うちの兄貴たちがからかってくる時より、ずっと隙だらけに見えるぞ……」
事前の刷り込みが見事に功を奏し、ドラコニアの「傲慢なマウント」は、二人にとって「不器用な少女の健気な自己主張」へと完全に変換されていた。
「ね? 本当はいい子なんだ」
と僕がロンに意味ありげな笑みを浮かべ、さらに念を押すように囁くと、ロンの顔から残っていた警戒心がぽろぽろと剥がれ落ちていった。
「……うーん、まあ、確かに。あいつ、よく見ると小柄だしな……。なんか、大人の真似をして背伸びしてる妹のジニーを見てる気分になってきたよ」
ロンは呆れ半分、同情半分の眼差しをドラコニアに向け、肩の力を抜いて椅子に座り直した。もはや彼の中にある「憎むべき純血主義者のマルフォイ」という像は崩れ去り、「ちょっと面倒くさくて哀れな同級生の女の子」という認識に上書きされている。
一方、テーブルの向かい側では、ハーマイオニーがノートを開きながら、真剣な眼差しでドラコに問いかけていた。
「 『変身術初歩』の第三章、マッチ棒を針に変える際のエーテル伝導率についてなんだけど、マルフォイ家ではどう解釈しているの? 教科書の記述だと、少し曖昧な気がして」
「――ふ、ふふん! いいところに気づいたわね、グレンジャー! 教科書なんて大衆向けの薄っぺらいものよ。我が家の書庫にある魔術原論によれば、銀の針をイメージするなら、先端からではなく軸の中心から熱を奪うように魔力を収束させるのよ!」
ドラコニアは知識を披露できる喜びに瞳をキラキラと輝かせ、身振り手振りを交えて熱弁を振るい始めた。ハーマイオニーも感心したようにペンを走らせる。
「なるほど……! 軸の中心から熱を奪うのね。それは思いつかなかったわ。すごいわね、マルフォイさん」
「 ま、まあね! この程度、私にとっては朝飯前よ! ……べ、別に褒められたって嬉しくなんかないんだからね!」
ドラコニアは頬をほんのり染めながら、自慢げにふんぞり返った。その横顔には、自分の家柄の誇りを守りつつも、同年代から知識を認められたことに対する純粋な少女の笑みが微かに浮かんでいる。
図書室の一角に、奇妙で、けれど極めて平穏な「四人の勉強会」の空気が出来上がっていた。
ドラコニア好感度メーター
★★★★★★★☆☆☆