ハリーに憑依したらライバルが女の子だった件 作:TSドラコファンクラブ終身名誉会長
図書室での奇妙な勉強会を経て数日、僕たちは「闇の魔術に対する防衛術」の教室にいた。
教室中に立ち込めるのは、鼻を突く強烈なニンニクの異臭。吸血鬼避けだと本人は主張しているが、生徒たちにとってはただの拷問に近い。教壇に立つクィリナス・クィレルは、紫色の巨大なターバンを頭に巻き、教卓の影で小動物のように絶えず体を震わせていた。
「え、ええと……み、皆さ……ん、きょ、今日のじゅ、授業は……ゾンビの……たい、退治法……について……」
教科書を読む声すら途切れ途切れで、生徒の誰一人として彼をまともな魔法使いとして敬ってはいない。隣の席に座るドラコニアは、香水を含ませたレースのハンカチで鼻を覆い、心底不快そうに眉をひそめて小声で吐き捨てた。
「 くだらない……。あんな臆病者が教鞭を執るなんて、ホグワーツの権威も地に落ちたものね。ポッター、こんな授業を真面目に聞く価値なんてないわ。ニンニク臭くて頭痛がしてくる」
僕はおざなりに相槌を打ちながら、クィレルの後頭部に巻かれたターバンをじっと見つめていた。
(――あの中に、あの男がいる)
映画の知識が、警鐘のように脳裏で鋭く鳴り響く。あの分厚い布の裏側に寄生しているのは、肉体を失い、生き血を啜って辛うじて現世に留まっている闇の帝王ヴォルデモートだ。
今、地下の仕掛けの奥には「賢者の石」が隠されているはずだ。そしてクィレル――いや、ヴォルデモートは、不老不死の妙薬を手に入れて完全復活を果たすため、隙を窺っている。
映画の筋書き通りなら、学年末に僕が地下へ潜り、彼と対峙して焼き尽くす運命にある。だが、今の僕はスリザリン生だ。おまけに、周囲の警戒心や人間関係は原作のそれとは微妙にズレ始めている。
(……一番の悪手は、下手に原作通りに動こうとして予定調和を崩すことだ。だが、放置すれば奴は石を奪って完全復活する。僕が戦うリスクを最小限に抑えつつ、ダンブルドアに確実に処理させるには、どう立ち回るべきか……)
視界の端で、クィレルが教卓からチョークを落とし、慌てて拾おうとして情けなく足をもつれさせていた。その滑稽な姿の裏に潜む絶対的な悪意を想像しながら、僕は思考の海へと深く潜っていった。
ベルが鳴り響き、ニンニクの異臭が充満する教室から生徒たちが一斉に吐き出されていく。
「 ようやくあの悪臭から解放されたわ……! ねぇポッター、次の授業まで中庭でお茶でも付き合いなさいよ。我が家から最高級のアールグレイが届いたの。特別に淹れてあげてもよろしくてよ?」
ドラコニアは鼻の頭を僅かに赤くし、ツンと澄ましながら僕のローブの裾を指先で軽く引いた。だが、僕の頭の中は別の計算で埋め尽くされていた。
廊下の先では、教科書を胸に抱えたハーマイオニーと、クィレルの真似をして情けなく震えてみせるロンの姿が見える。
(――石を守るための仕掛け、そして三頭犬フラッフィーの存在。原作通りなら、三階の右側の廊下にあるはずだ。放置してダンブルドア任せにするのが一番安全だが、万が一の狂いに備えて現場の状況と警備の穴は把握しておきたい。……二人を巻き込む口実を作りつつ、自然な形で接触するか)
僕はドラコニアに「少し図書室で調べたいことがあるから、後で談話室で合流しよう」と柔らかく断りを入れると、足早にグリフィンドール生たちの列へ向かった。
背後からドラコニアの「なっ……! マルフォイの誘いを断るなんて、いい度胸じゃないのポッター!」という悔しげな声が聞こえたが、今はそれどころではない。
人気の途切れた中庭のアーチ下で、僕は二人に追いつき、声を潜めて呼び止めた。
「 お、ハリー! クィレルの授業、最悪だったろ? あんなので闇の魔術から身を守るなんて無理だよな」
「どうしたの、ハリー? そんなに辺りを気にして……何かあったの?」
ハーマイオニーは僕のただならぬ様子を鋭く察知し、眉を寄せて周囲に誰もいないことを確認した。
僕は深刻そうな顔で声をひそめながら
「始業式で校長が言っていた『三階の右側の廊下』のことなんだけど、少し気にならないかい?」
石造りの冷え冷えとしたアーチの影で、僕が深刻な声音を落とすと、二人の表情が一変した。
「――っ! おいおい、ハリー……! 本気で言ってるのか? 『最も悲惨な死を遂げることになる』って、ダンブルドアが脅したあの場所だぞ!?」
ロンは目を丸くして身をすくめ、まるで今にも校長やフィルチが影から飛び出してくるかのように、慌てて左右の回廊を見回した。
一方、ハーマイオニーは抱えていた分厚い教科書を胸の前でぎゅっと握り直し、知的な瞳を細めて警戒と探求心の入り混じった光を宿す。
「……気にならないと言ったら嘘になるわ。でもハリー、あそこは明確な立ち入り禁止区域よ。校則を破れば減点どころか退学の危険だってあるわ。……それに、あの校長先生がわざわざ新入生全員の前であんな言い方をしたのよ? 普通なら『近づくな』で済むはずなのに、あんな芝居がかった警告……まるで、何かが隠されていると言っているようなものじゃない」
「へ、へぇ……そう言われると、確かに変だな。ただの物置とかなら鍵をかけておけばいいだけだし……。ハリー、君、スリザリンで何かヤバい噂でも耳にしたのか?」
ロンは生唾を飲み込み、恐る恐る僕の顔色を窺ってくる。二人の警戒のベクトルは、「ただの悪戯心」から「校内の不可解な謎」へと綺麗にシフトしていた。
「他のスリザリンの連中が面白半分で近づこうとしている噂があってね。万が一の事故が起きる前に、どんな危険があるか僕たちで把握しておけないかと思って」
僕が困ったように眉を下げて苦笑交じりに告げると、二人の反応は目に見えて鋭くなった。
「うわ、マジかよ……! スリザリンの連中、やっぱりろくなこと企んでないな。あいつらなら校則破って危険な罠に突っ込んで、余計なトラブル起こしそうだ……!」
ロンは「スリザリンの企み」というフレーズに即座に食いつき、義憤に駆られたように拳を握りしめた。一方のハーマイオニーは、現実的なリスクを計算するように顎に指を添える。
「 確かに……もし生徒が立ち入って大事故にでもなれば、学校全体の問題になるわ。校長先生の意図がどうあれ、あそこに『何が』置かれているのか、最低限の脅威の正体くらいは知っておくべきかもしれないわね。防衛の観点からも」
二人の誘導は完全に成功した。僕は内心で満足の笑みを噛み殺す。
(――まずは三頭犬(フラッフィー)の存在を二人の目に焼き付けさせる。三頭の巨獣が扉の奥にいるという事実さえ共有できれば、二人は『学校の警備の異常さ』に気づき、やがて石の防衛という本質に辿り着く。僕ひとりで抱え込むより、この二人を情報網の共犯者にしておく方が、いざという時の立ち回りが圧倒的に楽だ)
「でも、どうやって調べるんだ? 昼間はフィルチが見回ってるし、鍵だってガチガチにかかってるんだろ?」
「『アロホモラ(開扉せよ)』の呪文ならもう習得したわ。……まさか、夜間に忍び込むつもりじゃないでしょうね?」
ハーマイオニーは僕の目をじっと見つめ、校則への躊躇と知的好奇心の狭間で揺れるように問いかけてきた。
「そのまさかさ。逆に夜間以外での調査のほうが他の生徒や先生たちに気づかれるリスクが高い」
「 ……分かったわ。今夜の消灯後、フィルチの巡回ルートの隙間を縫って、三階の廊下を『確認』するだけに留めましょう。決して無茶はしないこと。いいわね?」
ハーマイオニーは僕の返答に対して一瞬躊躇した様子を見せるが、僕の発言に理があると考えたのか了承を示す。
「 お、おう……! 頼むから血みどろ男爵や監督生に見つかりませんように……」
深夜の合流場所を取り決め、僕たちは何事もなかったかのようにその場を解散した。
――そして迎えた、午後の授業。
秋晴れの澄み渡る青空の下、なだらかな芝生が広がる訓練場には、グリフィンドールとスリザリンの生徒たちが二列に並んで立っていた。足元には、何十年も使い古された学校備品の飛行箒が一列に並べられている。
鷹のような鋭い黄色い瞳と、短く刈り込まれた白髪を持つマダム・フーチが、芝生の上を大股で歩き回りながら鋭い声を張り上げた。
「 さあ、全員、箒の左側に立ちなさい! ぼんやりしない! 右手を箒の上に突き出して、『上がれ!』と命じるんだ!」
生徒たち 『上がれ! 上がれ!』
訓練場のあちこちで叫び声が飛び交う中、隣に立つドラコニアは、勝ち誇ったような笑みを浮かべてこちらをチラリと見ていた。
「ふふん、ポッター。箒の扱いなら我が家で家庭教師をつけて徹底的に仕込まれているのよ。あなたが地面を転がることになっても、笑ってあげないこともなくてよ?」
澄ました顔でそう言い放つドラコニアの手のひらへ、箒が「上がれ」の一声で吸い付くように収まる。自慢げに胸を張る彼女の横で、僕は足元の箒を見下ろした。映画の記憶通りなら、ここでネビルが暴走事故を起こし、ドラコが思い出し玉を奪う展開が待っているはずだが――。
僕が静かに呼吸を整え、右手を伸ばして明瞭に通る声で命じる。
「上がれ」
ガタガタと地面で転がる周囲の箒とは対照的に、僕の箒はまるで意志を持った忠犬のように、吸い付くような軌道を描いて手のひらへと綺麗に収まった。完璧な挙動に、隣で胸を張っていたドラコが目を丸くして息を呑む。
その直後、けたたましい悲鳴がグラウンドの空気を切り裂いた。
「 うわぁぁぁっ! 止まって、止まってくれぇぇっ!」
恐怖のあまり箒を強く蹴りすぎたネビルが、制御を失ってロケットのように垂直上昇を始めていた。五メートル、十メートル――高度が上がるにつれ、彼の小さな体が恐怖で硬直していく。
「降りてきなさい、坊や! 戻るんだ!」
フーチの静止の声も届かず、箒は急旋回してネビルを宙へと放り出した。重力に引かれ、頭から石畳と芝生の境目へと真っ逆さまに落ちてくる。生徒たちから絶叫が上がる中、僕は迷わずローブの袖から杖を滑り出させ、落下点を見据えて極めて滑らかな手首のスナップを利かせた。
「 アレスト・モメンタム――!」
目に見えない巨大なクッションが空中に展開したかのように、落下速度が急激に減衰する。ネビルの体はふわりと空中で制動がかかり、地面からわずか数十センチの高さで減速し、芝生の上に痛打することなく転がり落ちた。
「なんて見事な……! 怪我はないかい、ロングボトム!?」
フーチが青ざめた顔で駆け寄り、ネビルの体を素早く確認する。擦り傷一つない無傷だったが、恐怖のあまり完全に腰を抜かして過呼吸気味になっていた。
「 外傷はないが、極度のショック状態だね。医務室へ連れて行くよ。……ポッター、咄嗟の減速呪文、実に見事だった! 私が戻るまで、全員絶対に地面に足をつけたまま動かないこと! 箒に乗った者は即座に追放だよ!」
フーチがネビルを支えて城へと走り去る背中を見送りながら、僕は芝生の上に転がっていた小さなガラス玉――日光を浴びてキラリと赤く光る『思い出し玉』へと自然な足取りで近づいた。
ドラコニアがそれを拾い上げようと一歩踏み出しかけたその瞬間、僕は先回りして音もなくしゃがみ込み、指先で玉を拾い上げた。
「あ……っ! ちょっと、ポッター……!」
ドラコニアが出しかけた手を気まずそうに引っ込め、唇を尖らせて不満そうに僕を見つめる。僕は彼女に軽く微笑みかけ、何食わぬ顔でグリフィンドールの列へと歩み寄ると、呆然と突っ立っていた赤毛の少年の手のひらへ、さりげなく玉を握らせた。
「ロン。これ、ネビルのだろう? 医務室へ行った後で返してあげてくれ」
「 あ、あぁ……! ハリー、すげぇよ、お前……! あんなの、上級生でも咄嗟にできるかどうか怪しい呪文だぞ……!」
ロンは目を輝かせて興奮を隠せない様子で玉を受け取った。
大惨事を防ぎ、トラブルの火種だった思い出し玉も回収した。これなら原作のような勝手な飛行劇も、ドラコニアとの余計な確執も発生しない。僕が完璧なリスク管理を終えて自分の定位置に戻ると、腕組みをしたドラコニアが、どこか落ち着かない様子でツンと横を向いた。
「 ……ふん。無駄に呪文だけは得意なようね。別に、あんな間抜けを助けてやる義理なんてなかったのに。……でも、まぁ、スリザリンの生徒があの場で一番優秀だったことは証明できたんだから、褒めてあげなくもないわよ」
顔を背けながらも、彼女の白い耳の先が僅かに赤らんでいるのを、僕は見逃さなかった。
「ドラコニアに褒めてもらえるなんて光栄だな。君のアールグレイを楽しみにしているよ」
僕が柔らかく微笑みながら言葉をかけると、ドラコニアはビクッと肩を震わせ、弾かれたようにこちらを振り返った。
「 ――っ! な、何よそれ……! 別に、あなたのご機嫌を取るために淹れてあげるわけじゃないんだから勘違いしないでよね! マルフォイ家の最高級の茶葉を、ただの平民の味覚で理解できるか試してあげるだけなんだから……!」
ペラペラと早口でまくし立てるドラコニアの両頬は、先ほどの耳の先どころかすっかり林檎のように赤く染まっている。
彼女は気まずさを誤魔化すようにフンと鼻を鳴らし、バサリと優雅にローブを翻してそっぽを向いたが、その指先はどこか所在なさげに自分の銀の髪を弄んでいた。背後で一部始終を見ていたクラッブとゴイルが、何が起きているのか理解できずに間の抜けた顔で顔を見合わせている。
その時、遠くの渡り廊下の影から、緑のローブをまとった長身の女性――マクゴナガル教授が、厳しい目差しで訓練場を凝視している姿が一瞬だけ見えた。
彼女はネビルの落下を完璧な呪文で救った「スリザリンのポッター」の一部始終を目撃していたらしい。何か深い考え事をするように眼鏡の奥の目を細めると、踵を返して城の奥へと去っていった。
原作のような「飛行の才能を見出されてクィディッチのシーカーに抜擢される」という筋書きは回避できたはずだ。目立ちすぎる英雄役などまっぴらごめんである。優秀な生徒という枠組みに収まりつつ、今夜の三階の廊下の探索に向けて盤石な布石を打てたことに、僕は内心で静かに満足していた。
ドラコのツンデレな反応を適度にいなしながら、僕はすでに思考のギアを夜の作戦へと切り替えていた。
(透明マントはまだ手元にない。クリスマスまでは自前の隠密能力で立ち回る必要がある。幸い、映画の知識と入学後の観察から、フィルチとミセス・ノリスの巡回パターンは概ね把握できている。消灯直後は地下から二階にかけて重点的に見回り、三階の立ち入り禁止区域周辺が手薄になるのは日付が変わる前後だ)
気配を完全に断つ幻術や目くらまし術(幻惑術)は高度だが、足音を消す消音の呪文(クワイエタスやシレンシオの応用)と、影に溶け込む基本的な隠蔽工作なら今の僕の技術でも十分に実用域だ。万が一の退路の確保、ロンとハーマイオニーの合流タイミング――チェス盤の駒を並べるように、脳内でシミュレーションを組み立てていく。
「……ちょっと、ポッター? 人の話を上の空で聞いてるんじゃないわよ。何よその難しい顔。まさか、さっきの減速呪文くらいで魔力を使い果たして知恵熱でも出したのかしら?」
怪訝そうに覗き込んできたドラコニアの切れ長の瞳に、僕は即座に無害な少年の笑みを貼り付けた。
「 まさか。ドラコニアが淹れてくれる最高級の紅茶に、どんなお菓子が合うか真剣に考えていただけさ」
「――なっ……! べ、別に甘いものなんて用意してあげるなんて一言も言ってないでしょ……! 本当に、調子のいいやつなんだから……っ!」
再び真っ赤になってそっぽを向いた少女を背に、僕の視線は静かに城の尖塔へと向けられた。今夜、禁断の扉の奥で眠る三頭の巨獣と対面する――その事実が、心地よい緊張感を僕の神経に走らせていた。
「談話室に戻ったら、早速そのお茶をごちそうになってもいいかい?」
僕が親しみやすい笑みを湛えて提案すると、ドラコニアはツンとした表情を保とうとしながらも、瞳の奥に隠しきれない喜びの色を滲ませた。
「 ……ま、まあ、あなたがそこまで懇願するなら、淹れてあげなくもないわよ。マルフォイ家の専属給仕が選定した特級品なんだから、一口一口ありがたく味わいなさいよね」
高飛車な言葉遣いとは裏腹に、その足取りはどこか弾んでいる。これで消灯前までのアリバイは完璧だ。スリザリンの談話室で名門マルフォイの令嬢と茶を嗜んでいたとなれば、僕の夜間の行動に対する寮内の疑念は極限まで薄れる。
授業の終了を告げる鐘が鳴り、生徒たちが箒を片付けて散開し始める喧騒の隙間を縫って、僕はグラウンドの出口付近にいた二人へと視線を送った。
ロンと目が合うと、僕はさりげなく左手首を指先で三度叩き、続けて人差し指と中指を立ててみせる。事前に決めておいたハンドサイン――『予定通り、消灯の二時間後、時計塔の踊り場』。
「……っ!」
ロンは緊張で喉を鳴らしながら小さく頷き、その隣にいたハーマイオニーは、まるで暗号文を完全に解読した優等生のように眉をキリリと上げ、無言の合意として胸の前で分厚い教科書を抱き直した。
完璧だ。彼らは完全に『正義感と知的好奇心に駆られた共犯者』として機能している。僕は満足感を胸に秘め、上機嫌な足取りで歩く白金ブロンドの少女の後を追って、薄暗い地下のダンジョンへと足を向けた。
地下牢の冷たい石造りの談話室は、暖炉の緑がかった炎によって仄暗く照らされていた。湖底の揺らめく影がステンドグラス越しに緑の光を投げかける中、ドラコニアは上品な磁器のティーカップを僕の前に差し出した。
ベルガモットの気品ある香気と、厳選された茶葉の豊かな香りが湯気とともに立ち上る。
「どう? マグル育ちのあなたでも、本物の香りくらいは理解できて?」
どこか値踏みするような視線を向けながらも、ドラコニアの手元は心なしか期待に小さく揺れている。僕はカップを優雅に持ち上げ、まずは香りを楽しみ、一口喉を潤してから、心底感銘を受けたように目を細めた。
「 素晴らしいよ、ドラコ。渋みが一切なくて、香りが口の中に長く残る。……正直、マグルの親戚の家では泥水のようなお茶しか飲ませてもらえなかったから、本物の魔法界の名家がどんなものか、君のおかげで初めて知ることができた気がするよ」
過度に卑屈にならず、しかし自らの不遇な過去を淡々と事実として差し出す。計算されたその一言は、ドラコニアのプライドを最大限に満たすと同時に、彼女の胸の奥にある庇護欲を容赦なく刺激した。
「 ――っ、あ、当たり前じゃない! 我が家の茶葉を、マグルの粗悪品なんかと一緒にされたら困るわ……。でも、そう……そんな酷い扱いを……」
気圧されたように言葉を詰まらせたドラコニアは、僕の顔をまじまじと見つめた後、気まずそうに自分のカップへと視線を落とした。尖っていた声音は、いつの間にか驚くほど柔らかくなっている。
「……ポッター…いいえハリー、あなたも大変だったのね。魔法界の名門であるポッター家の跡取りが、そんな野蛮な連中に預けられていたなんて、魔法省の怠慢だわ。……でも、もう安心なさい。ここはスリザリンよ。少なくとも私が、あなたが軽んじられるような真似はさせないから」
名門の誇りを胸に、少女は真剣な眼差しでこちらを真っ直ぐに見つめてきた。その瞳には、かつての冷笑や敵意の欠片もなく、ただ純粋な仲間意識と、微かな独占欲が宿っている。
彼女の完全な懐柔に成功した手応えを感じながら、僕は穏やかな笑みを返した。暖炉の火が静かにパチパチと爆ぜ、談話室の時計の針が、深夜の作戦決行の刻限へと一歩ずつ近づいていく。
ドラコニア好感度メーター
★★★★★★★★☆☆